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1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(18)

 リンが狼になった。急に。榎戀は何が起きているのかが全く分からなかった。否、本当は心の底では分かっていたのかもしれない。ただ分かろうとしなかった。いいや、ただ分かりたくなかったのかもしれない。どちらにしよ、そのようなことは今、目の前で起こってる異変に比べたらたいそうかわいいものであることなのは間違いない。


「な、え? な、何が起こって......」


 狼となったリンはそのまま森の方まで逃げようと困惑する榎戀を置いて走っていった。しかし


「うわぁ! なんだ!?」


「妖だ! 妖が出たぞ!?」


 突然出てきた謎の生物に学院の生徒は皆、驚きと悲鳴の中間のような声をあげていた。


「ア、アンタ、何をしたの?!」


 榎戀は三日月の近くに来てそう告げた。彼女のその目は驚きと失望と軽蔑を兼ね備えた目をしており、彼女のその口調はまるで親を殺した相手への恨み口のような、激しい怒りを込めたものだった。


「ぼ、僕だって、そんなことになるなんて、いや、そうじゃなくて、リ、リンちゃんがまさか狼男、っていうかこの場合は狼女だけど、あの、それなんて、知らなかったというか、だ、だから、リンちゃんがあの時の狼男だなんて、知らなかった、というか、あの狼男がリンちゃんっていう保証なんてどこにもな......」


 その瞬間、榎戀は三日月に力いっぱいの平手打ちをした。


「大っっ嫌いっっっ......! 貴方なんて! 二度と顔を見せないで」


 そう涙を湛えて言い残し、榎戀はリンが逃げた方向に走っていった。三日月は今まで榎戀から受けたどんな罰よりも苦しく、痛く、さながら喉に引っかかった魚の小骨の如く、簡単には拭うことの出来ない不快でどうしようもない痛みだった。辛かった。元相棒のユグドラシルを失ってから、彼の心は深く閉ざされ、囚われていた。しかし、そんなどうしようもない彼をずっと気にかけてくれたのは榎戀だった。そんな彼女をあんな顔にさせて、幻滅されたというのがショックで居た堪まれなかった。いいや、それだけではない。リンもだ。過去に囚われ続けていた三日月にとって、彼女の存在は再び歩み始めるための足掛かりとなるような存在だった。元々あの子には嫌われていたが、それでも榎戀とは仲良くしてほしかった。彼女の笑顔の輝きだけでも、守りたかった。けれども、実際は皆に隠し通すこともできず、穏便に済ませようとした明治の考えすらも一蹴し、本人にはあれだけ立派なこと言っておいて榎戀の形相にすっかり竦み、あんなバレバレな保身の為の嘘を吐いた。


「何、やってんだろうな......本当に」


 惨めだった、どうしようもなく惨めだった。恥ずかしかった、どうしようもなく恥ずかしかった。何も出来なかった、何もしなかった、何も成し遂げなかった、何もすべきではなかった、中途半端だった、辛かった、逃げたかった、夢であることを願った、夢じゃなかった、自分が嫌いだった、自分の、後先考えず、他人に寄り添うことが出来ず、大事な人に反噬(はんぜい)し、この碁に及んでもまだ自分は被害者だと思い、すぐに嘘を吐き、自分のことしか考えず、他人を泣かせても、何もしないまま、仰向けで、「ぼーーーっと」してる今の自分がどうしようもなく嫌いだった。


 学院の反応は早かった。現れた妖を捉えるべく、決して市街地に放たさせないため、周りに囲んである門を閉じ、妖を学院内に封じこませた。これによりリンが再び森へ帰ることは殆ど不可能になってしまった。彼女を待っているのはもはや死しかないだろう。

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