Merry-go-round
「彼氏と来たかったなー」
遊園地に入ると同時に、光輝がそんなことを言い出すものだから、隣で遥は大いに狼狽えた。
「え、居るの?」
「居ないから言ってんの」
ロマンチックとは欠片も言い難い服装で、二人は休日の遊園地に来ている。寂れているせいか、人は少ない。
「彼氏と二人で遊園地! ……遥の場合は彼女か。とか凄くいいと思わない? お化け屋敷で彼氏の腕に抱き着く彼女! 彼氏の運転で乗り回すゴーカート! 疲れたらカフェで休憩して、最後はやっぱり観覧者で夜景を眺めるの!」
「ここは夕方で閉まるけどね」
光輝が遥をブッ叩いた。
「彼氏とだったらここには来ない!」
頭を押さえながら遥がすごく複雑そうな顔をする。
「ま、せっかくのフリーパスなんだし、今日一日遊び倒すつもりで!」
「おー」
頭を押さえたまま、遥がやる気の無さそうな返事をした。
結論から言えば、総じてボロかった。
お化け屋敷はがおー、という電子音が聞こえて身構えたものの何も出てこなかったり、ゴーカートはエンジンが付いておらず、代わりに足こぎのペダルが付いていた。カフェは存在すらしておらず、代わりに屋台のタコ焼きと自販機のジュース、観覧者に至っては『強風のため運休』の札が掛かっていた。ゴンドラが風で揺れている。
「自分で誘っといてなんだけど、家でゲームしてた方がよかったね……」
ベンチに腰掛けて、光輝がげんなりとした顔で言った。
「光輝、コーヒーカップ回し過ぎ。酔った」
同じくげんなりした顔で、遥が言った。
「自棄だったの!」
まばらだった人も、空がオレンジ色に染まったせいでもういるのかすら分からない。
『閉園まで、あと三十分となりました』
園内に付けられたスピーカーから、事務的な声が聞こえてきた。
「……帰ろっか」
「うん……。あ」
遥が思い出したように立ち上がる。
「メリーゴーランド乗ってない」
「はぁ?」
遥が指さす先で、ファンシーな音楽を奏でる木馬が回っていた。
「わたしはいいよー…遥一人で行っといで」
光輝が手をひらひらと振ってグロッキーをアピールすると、遥は一度くるくると回る木馬を見て、そして光輝に向き直った。
「…………一人で?」
……………………。
「わかった! 一緒に行こう! 行きましょう!」
光輝は勢いよく立ち上がり、遥の背中を押しながら駆け足でメリーゴーランドに向かった。
「待って! 光輝! 歩ける! 一人で歩けるから! 転ぶ!?」
暇そうにしていた係のおじさんが、二人が来るとのんびりとゲートを開け、遊具内へと招き入れた。
「馬に乗るんじゃないの?」
迷わず馬車に乗った光輝に、遥が怪訝な顔で聞くと、光輝は気だるげに「恥ずかしいじゃん。この歳にもなって、ただ回るだけの馬に乗るとか」と言って寝始めたので、遥は諦めたように隣にあった茶色の木馬に跨った。
二人が乗ったのを確認して、おじさんが気の抜けた声で「発車しまーす」と言った。ファンシーが音楽が流れ出し、ゆっくりと回転し始めた。光輝はぼんやりと外を見るでもなく眺めて、遥はそんな光輝を手すりに掴まりながら見ていた。
すぐに回転が止まり、おじさんの「終了でーす。お忘れ物にご注意くださいー」という気の抜けた声がした。
もともと大した荷物を持っていない光輝は気だるげに馬車を下りようとし―――
―――差し出されていた手に気が付いた。
「白馬の王子様じゃなきゃダメ?」
困ったように言う遥が、妙におかしくて、
「ん、今日は許す」
そんな言葉を口にして、光輝は遥の手を取った。
「今度は彼氏と来れるといいね」
帰り際、遥が何気なしに呟いた。
「遥こそ、次は彼女とかもよ?」
光輝が茶化すと、遥は微笑んで、
「僕は、いいよ。今日も十分楽しかったから」
そう言った。
つられて光輝も微笑んで、
「こいつめっ」
そう言って笑い合った。