ミツと化け物
むかしむかし あるところに
はたらきものの 童が おった
童は ただ しあわせに なりたかった
そんな話を 書いてみました
しあわせって さがさないと 出てこないし
やっとつかんでも それが しあわせだと 気がつくのは
すぎたあとだな と さいきん よく思います
都からとおくはなれた、山おくの里にミツという女の童が住んでいました。
ミツは大変なはたらき者で、朝はニワトリがなく前に起き、水をくみ、畑をたがやし、兄弟だけでなく里の童のめんどうをみ、日がとっぷりとくれた後も、家のてつだいをしていました。
「ミツは本当に、はたらき者じゃあ」
「おっ父、おっ母も、じまんだろうて」
里の人びとは、そうミツをほめました。
けれど、ミツはそのくらしが、嫌になっていました。いそがしい毎日の中、ミツが自由に遊んだり、のんびりできる時間など、なかったのです。
ある秋のおわりです。
里に立ち寄ったある旅人が、みやげ話にと、童たちに都の話をしてくれました。
里の長の家より、りっぱなおやしきの屋根は、キラキラとかがやいていること。そこに住む人びとは、色とりどりの着物をみにつけ、とおくの国からとりよせたお香のにおいを楽しんだり、歌をよんだり、楽器をならして、くらしていること。おやしきの外には、市場がにぎわっており。皆、えがおがたえないということ。
そんな話を聞くにつれ、ミツは都に住む人びとがうらやましくなり、いつしか、なぜ自分とはちがうくらしをしているのだろうと、思いはじめました。
今までと同じように、畑をたがやし、童のめんどうを見ていましたが、ミツはどうしたら都の人びとのような幸せなくらしができるのかと、そればかり考えていました。そして、自分も都に行けば、どこかのお金持ちに召し上げられ、土のにおいのする着物ではなく、目の覚めるような色をした、いいかおりのする着物を着て、おいしいものを、くろうなく食べられるのにと、心からくやしがりました。
夢の中で都をみて、いつものように起きては、どうすれば都まで行けるかを、皆に気づかれないようにさがしました。旅人がやってきた時には、都につれて行ってもらうように、おねがいしました。
けれど、なかなか思うようにはいきませんでした。
ある時期から、ミツの住む里から少しはなれた山の中に、化け物が住んでいるといううわさが、里中に広がりました。
「ツノと、するどいキバを持ち、大変らんぼうな生き物だ」
「しっぽがヘビ。目は金色。夕方に火をふいて空をまっ赤にそめ、朝には千里へとどく大声をあげる」
「たからをたくさん持っており、女子をさらっては、やしきに囲っている」
里の人びとは、口ぐちにそう話しました。
けれど、だれもその化け物のすがたを、見ていませんでした。
はじめは、だれかが旅人からきいた、小さな話だったのですが、人から人へ伝わるうちに、どんどん大きくなってしまったのです。
大きくなった話で、里の人びとはふるえ上がり、夜は、かたく家の戸をとじ、ひっそりと過ごしていました。
そんな大人たちのようすをみた小さな童たちは、見たこともない化け物を恐れていましたが、大きな童は、大人たちのようすを見てわらっていました。
季節が過ぎ、雪もとけかかったころ、1人の童がいなくなりました。
童はある夫婦の間に生まれた1人むすこで、ミツに負けないくらい、はたらきものでした。里の大人たちは夫婦を気のどくに思い、あたりの山や川をさがしましたが、みつかりませんでした。
「あの童がいなくなったのは、化け物のせいでねえか」
「かわいそうに。もう、食われっちまってるんじゃないか」
「そういえばこの前、むこうの山で、里のものではない者を、みたと聞いたぞ」
畑もたがやさず、泣いてばかりの夫婦は、どんどんやせほそり、まわりが話す、いいかげんな話に耳をふさぎ、とうとう姿を見せなくなりました。
小さな童たちはますますこわがり、化け物におびえる大人をわらっていた、大きな童たちも、次は自分が化け物にさらわれるのではないかと、こわくなってしまい、化け物の話をしなくなりました。
ところが、ミツだけは、心をおどらせていました。
少し前の夏。ミツは、都からきたある旅人に、化け物は都に住んでいたが、たからものをたくさん持ちだして、里のあたりに住みだしたのだろうと、聞いていたからです。
「都に住んでいたなら、里のようなまずしい心は、持っていないだろう。なくなった童は、化け物の家でぜいたくをしているんじゃないか。ああ、オラもつれて行ってくれないだろうか」
そう思ったミツは、前よりももっと山へ入る時間をつくり、木の実やたき木を拾うふりをしながら、化け物をさがしました。
日がしずむと、山のいただきから、冷たい風がどうどうとかけおりる、ある日の夕方のことです。
背中にせおったかごに、たき木をたくさん入れたミツは、急いで山を下りていました。
里にある家からもれるあかりが、点てんと見えはじめたころ、ミツの前に大きな大きなかげが、たちふさがりました。ミツはおどろいて、こしをぬかしてしまいました。
「何ものだ。ここで何をしている」
大きなかげは、ミツに言いました。ミツはふるえるだけで、声が出ません。
「ワシはこの山に、住まうもの。お前は山を下ったところにある、里の童か」
ミツはその声に、小さくうなずきました。
「た、たき木を拾いに……」
ふりしぼるように小さな声で、ミツは言いました。
「この山は、すてられた女子供や、道にまよう旅人が多い。これからもっと寒くなる。早く下るがいい」
ひくい声のかげのことばを聞きながら、ミツはふと思いつき、小さな声で聞きました。
「なあお前さま。お前さまは、里の皆が話す、化け物か?」
「化け物……そう、化け物だ。お前たちのいう化け物とは、いかにもワシの事よ」
どうっと風がふき、木の葉がかげをつつみ込むと、あっというまにそれは、すがたをあらわしました。
それは里のどの大人よりも背の高い男でした。ニキビとキズがきざまれた顔についた目は、カエルのようにはなれており、大きな口からは、かけた前歯がのぞいています。
ふくれた大きな体にまとっている着物は、ミツの着ているそまつなものではなく、とても上等なもので、このうすぐらい中でも、おり物のキラキラとした糸が見えるくらいです。
「化け物と呼ばれるのは、しかたがない。小さなころより、そう言って嫌われてきたゆえ、なれておる」
男はわらいます。そのわらう口もとが、大変ぶきみだったので、ミツは小さくふるえました。
「お前さまは、人をさらったり……食うたりしているのか?」
「人を食らうなど、ワシはそんな気味の悪いことはしない。どこでそんなに……いや、話が大きくなって、だれかが大きく付けくわえたのだろうな」
「食うたりせんのか?」
「食わぬ食わぬ。そもそも、このようなすがたではあるが、ワシは都でも名のある家の者。都の中でも、ワシに物をもうせる者は、ひとにぎりだ。そのような者が、人など食らうはずもなかろう」
「都……都と言ったか、お前さま。では都からうつり住んだのは、本当か?」
「ゆえあって、今はここに住んでおるのよ」
男は、はなれた両目でギロっと、ミツの体をなめまわすように見ながら言いました。
ミツは先ほどより、声をはり上げ、言いました。
「お前さま、オラを都へつれていってくれ」
ミツのもうし出に、男はおどろいた顔をみせました。
「里へかえせでではなく、都へと……何ゆえそのようなことを、もうすのだ」
「オラ、里から出てくらしたい。都は何不自由ないのだろ? キレイな着物を着て、皆にぎやかに、楽しくすごしているのだろ?」
「金があるものだけじゃ、下々(しもじも)の者どもは皆、あした食らうものもこまっておる。お前のような童が行ったところで、のたれてしまうだけだ」
「そこを、何とか……このとおり」
ミツはあたまを地面につけ、男に言いました。
男は少しだけ考えると、舌なめずりをしながら、ミツに言いました。
「都はとおい。行くのは、このワシでさえ骨が折れる。しかし、ぜいたくをしたいというだけであれば、ワシが何とかしてしんぜよう」
「本当か」
「ここから山2つ。ワシの住まいがある。そこでもてなそう」
男はミツをかた手でつまみ、背中へ乗せると、風よりも早く、山の中を走りだしました。
里のあかりは、あっというまに見えなくなり、星が空一面にうかぶころ、男は足を止めました。
先ほどまであたりをおおっていた木はなく、ひらけたそこには、とてもとても大きなおやしきがありました。大きな門の両はしからは、まぶしいくらい白いかべが、とおくにのびています。里の長の家にある門より、ずっとりっぱなものです。
「かえったぞ、門をあけよ!」
男が大声で言うと、重たい音をたてながら、門がひらき、あたりにあかりがつきました。
門をこえた先にあったのは、これもまた見事なおやしきでした。朱色の柱に、緑の屋根。門から伸びていたかべよりも、もっと白いかべには、鳥やどうぶつたちをかたどった細工が見えます。
おやしきの中にある庭は、見たこともないきれいな花が咲き、とちゅう見えた大きな池では、ミツの見たことのない色とりどりの魚が泳いでいました。
ミツはあんぐりと口をあけたまま、男の背中につかまり、その景色を見まわしていました。
「どうだ。ここは都のすべてを持ちこんでいる。ワシのひと声ですべてがそろい、ワシの言葉でなんでもかなう」
おやしきの長いろうかをすすみ、おくの大きな部屋で、ミツは背中からおろされました。
「まずは飯を食らおう。これ、したくを」
男が言うと、すわりこんだミツの前に、見たこともないごちそうが、ぱっとあらわれました。
ミツは、どれから食べればいいのか分からず、男の食べるようすをうかがいながら、はしをのばしました。
ごちそうはどれも、ミツがはじめて食べる味で、ひとしきり味わったミツは、ためいきをはきました。
「うまいか。これを食べられるのは、都でもほんのわずかな者だけぞ。かようなぜいたくをしても、ひとりでいては、とてもさびしい。そこでだ。お前をヨメにして、ここに住んでもらおうと思っている。もう今日までのように、はたらかずともよい。ここにずっといてくれれば、毎日ぜいたくなくらしができる。たまにワシの相手をしてくれれば、あとはお前なりに楽しくくらせばよい。悪い話ではないだろう」
ミツはごちそうに目がむいていて、あまり男の話をきいてはいませんでしたが、このごちそうを、毎日おやしきで食べられるならと、大きくうなずきました。
こうして、男とミツは、いっしょにくらしはじめました。
この化け物のようなすがたをした男。名を「キヨハラジブノツカサマサチカ」といい、元は都で大きな仕事をする、役人の長でした。
仕事のさいのうこそありましたが、生まれながらの、みにくいすがたのせいで、マサチカの父母や親せきだけではなく、だれからも嫌がられていました。
ある日、マサチカの出世にしっとした、何者かのうらぎりで、信頼していた家来によって、マサチカは殺されかけてしまいました。だれも信用できなくなったマサチカは、持てるすべてを持ち、1人でとおくの山へ、にげてきたのです。
マサチカは小さいころから、あらゆるまじないをこっそりと学び、1人になった今、そのべんきょうをつづけながら、すごしていました。
マサチカのまじないは、おやしきのどこにでも通じ、入りたい部屋は、かってにひらき、くらくなれば、あかりがつき、朝から夜まで、ごちそうが出てきました。
ミツは、それがおそろしいとすこしも思わず、目の前にある、うつくしい景色や、おいしいものを食べ、日のあたるろうかで、ごろりとねそべって、ひるねをしていました。
ミツはマサチカに、字の読み書きを教わりました。はじめておやしきに来た日に、紙のたばと思っていたものが、物語の書かれた本だとわかり、ひるねもやめて、様々(さまざま)な物語に心をおどらせました。
マサチカは、ミツの知りたがった事を、ぜんぶ教えました。世の中のしくみや、決まり事だけでなく、鳥を使った文の出し方、星や石をつかったうらない、おどりや歌の楽しみ方。ミツはよろこんで、それをおぼえていきました。
ミツは、あのいなくなった童のことも聞きました。
いなくなったと思った童は、童のおっ父とおっ母が、わざと童を谷へつき落したのでした。
鳥たちに聞いたマサチカが童を見つけたときには、とうにこと切れてしまっており、マサチカは、なみだをながしながら、山のてっぺんで童をくようしたそうです。
ミツはなみだをながすふりをしましたが、もうもどらない里の話だと気づくと、どうでもいいことのように思えてしまい。そこから先、考えることもしませんでした。
夜にマサチカと、ふとんを共にすることいがい、何も嫌なことのない毎日はつづき、おやしきは、ミツが里をはなれてから、4度目の春を、むかえようとしていました。
それは、あたたかいお昼のことでした。
ふと気まぐれではなった鳥が、2日で帰ってきました。
鳥は里のようすをピィピィとミツに話しました。
里ではミツの親や兄弟だけでなく、皆がいまだに、ミツをさがしているというのです。
その話を聞いたミツは、とたんに里にいるおっ父、おっ母がこいしくなりました。
マサチカへの思いなど、さいしょからなく、おやしきのすみからすみまで、遊びまわったミツは、おやしきの中だけのくらしに、あきてしまっていたのです。そこへそんな里の知らせがあったのですから、なおのことミツは里に帰りたくなりました。
けれどミツは、なやみました。
このぜいたくが、もう何年もつづいたのです。たとえば里に帰ったとして、元のみすぼらしいあのくらしに、もどりたくはありませんでしたし、何よりまた起きてからねむるまで、だれよりもはたらかなければならず、かってきままに楽しいことなどできないことが、嫌だったのです。
それに、こっそりおやしきを出ようとしても、マサチカのかんしの目があります。
マサチカがるすにしていても、話しあいてになっている鳥や、池に泳ぐ魚でさえ、マサチカにミツのことを知らせていましたから、とてもにげられません。
今までぜいたくなくらしに、何のぎもんもなかったミツも、ふと思うことが増えてきました。
「もし里にあのまま帰っていたら、オラはどうなっていただろう。はたらきっぱなしでも、里の皆にいわってもらって、夫婦になって、しあわせになっていたかもしれない。もしかしたら、うつくしい旅人と、かけおちでもして、都へいっていたかもしれない。ああ、オラは何で、ついてきてしまったんだろ」
マサチカが、しばらくもどらないとミツにつたえ、東の方へでかけた日も、ミツはむかしの自分を、くやんでいました。
そうしてどんどん考えていくうちに、ふと、マサチカさえおらず、このおやしきが手にはいればと、思いつきました。マサチカはよくでかけていたのですが、ミツはマサチカの見よう見まねで、ほとんどのしかけを、うごかせるようになっていました。
これはよいと、ミツは起き上がると、文をこしらえました。
自分が化け物にさらわれて、もう何年もにげられなくなっている。
そう書かれたちいさな文です。
そして、マサチカの家来ではない、おやしきの外にいる鳥に文を里へとどけるよう、言いつけました。
今までおやしきに入ったことのないその鳥は、首をかしげながら、里へとんで行きました。
それから3日のあと。
大きな音と共に、おおぜいの武者たちがおやしきの前にやって来ました。
武者たちは、里にやとわれたということを、門の前でさけびました。
「……オラはだいじょうぶじゃ。早う助けてくりゃれ」
ミツは、はじめに名乗りをあげた1人にむかって、声をかけました。
「かわいそうに」
「この長い間、よくたえたものだ」
武者たちは、口ぐちに言いました。
ミツは、これで里にもどれると安心し、こっそりわらいました。
あとは武者たちにマサチカを、たいじしてもらえばよいのです。
「皆の者、聞いてくりゃれ。化け物がもうじき帰ってくるはず。皆さぞかし、名のある者とお見うけする。そこで、化け物が帰ってきたところを見はからって、いちもうだじんにしてほしい。さすれば門もひらき、オラは里へ帰れるじゃ」
「そうかそうか。ではわれらは、かくれて待つとしよう」
武者たちは森にかくれ、マサチカの帰りを待ちました。
マサチカは明け方に帰ってきました。とちゅう、家来の鳥たちから、帰るのを待つよう言われましたが、早くミツの顔を見たかったマサチカは、耳をかさずにやしきへとむかったのです。
マサチカが門の前についたとたん、おちこちからたくさんの武者がとび出し、マサチカをかこみました。
「おのれ、だれの手の者か!」
マサチカは、やりや刀をふるう武者たちに、持てるすべての術でたちむかいました。けれど、大人数には、かてません。ゆだんしたマサチカは、とうとう武者たちのさしたやりで、死んでしまいました。
マサチカをうちとった武者の声で、ミツはしずかに、おおよろこびしました。
あの、みにくいマサチカの相手をしなくとも、これから、このぜいたくなくらしが、手に入ったのです。
あとは武者たちに帰ってもらえばいいと思ったミツは、外へむかって言いました。
「助けよや! おやしきの門がひらかず、なんぎしておる」
武者たちはあわてました。力を合わせて門をひらこうとしますが、すこしもひらきません。
かべをよじ登ってみた者もいましたが、ふしぎな力で、はじきとばされてしまいます。
本当は、ミツがじゅもんをとなえれば、門がひらくのですが、武者たちに帰ってほしいミツは、とじたままにしていたのです。
「だめだ! 一度さくせんをたて、ふたたびまいろう。それまで、しんぼうなされよ」
そう言いのこし、武者たちは全員、帰ってしまいました。
ミツは、男たちの足音がきえたところで、大きくわらい声をあげました。
「これでもうこのおやしきは、オラのものだ」
その言葉は、高い天井に、大きくひびきました。
しばらくわらった後、どれすこしだけでも自分の夫だった者の、さいごでも見ておくかと、ミツは思い立ち、門をひらこうとしました。
ところが門はひらきません。
じゅもんを変えても、おしてもひいても、今までかんたんにひらいた門は、ピクリともうごきません。
ミツはあわてました。助けをもとめようとしましたが、武者たちはもう山を下りていますので、何の声も音もしません。
おやしきの木にとまっていた鳥たちに、助けをもとめました。
「鳥たちよ。オラをここから出しておくれ」
「だんなさまからの言いつけで、それはできません」
鳥たちは皆、そう言って聞いてはくれません。
ミツは大声でだれかいないかと、おやしきの中を、かけまわりました。
しかし何も聞こえてはこず、ミツの声はむなしく、あたりにちっていきました。
いつもなら、マサチカが何とかしてくれますが、今は武者たちに殺され、門の前で倒れてしまっています。
ミツは門をありったけの力でたたき、それでも足りぬならと、ちかくの石をなげつけました。
その音はおもく、ミツのさけび声さえも、かきけしてしまうほどでしたが、門はちっともひらきません。
やがて、つかれはてたミツは、おなかが空いたので、いつもの大広間にもどり、夕食を出すように声をあげました。しかしその声にこたえるものはなく、ミツが何度大きくよんでも、何も出てはきませんでした。それどころか、夜のとばりが下りても、あかりはともることをせず、おやしきの中はくらく、しんとしずまりかえっています。
「なぜ……なぜだれもおらぬ。なにも出てこぬ。なぜ……なぜ」
ミツは小さくつぶやきながら、その場につっぷし、ホタルの光が池の上でゆうがに遊ぶのを、ぼんやりと見つめるほかはありませんでした。
おしまい