ゴブリンに生まれたので他の魔物を倒しまくって種族進化して人間の冒険者に復讐してやる
何度、このゴブリンの人生を歩んできたのだろう……。
以前は人間だった気がするけど、気付いた時にはゴブリンとして生を受けていた。
そして、ある時は他の魔物に殺され、またある時は人間の冒険者に殺され、はたまた一つ前の人生では住んでいたゴブリンの集落で絶望的な食糧難で飢餓による餓死をした。
そのどれ一つの人生も楽なことはなかった。
むしろ酷く辛い人生だったと思う。
そして、最も悲惨な事は、なぜか僕はそのどの人生の記憶も残しているということだ。
何も救われない。
どう生きても楽になれない、幸せになれない。
……もう何の為に生きているのか分からない。
今回も何も改善することなく無残に死んでしまうのだろう。
でも、と思う。
今度こそはいい人生を歩めるんじゃないか、と。
今、居るのは人間の集落から少し離れた森にある洞窟の中のゴブリンの小さな集落だ。
僕はこの集落に1年前に生を受けた。
ゴブリンの成長は早く、1年間で人間でいう10歳くらいまで成長する。
僕も大人のゴブリンの3分の2くらいの身長になった。
この頃になると、自分で狩りをしたりして集落に食料を提供する役割を与えられる。
と言っても、まだ体が小さいので狙う獲物も小さい動物になるけれど。
この集落がある森にはそういった動物もいるが、僕達のような魔物もたくさん住んでいる。
魔物は魔力を持った動物だと誰かに教えて貰った。
魔力があると魔法が使える。
実際、この集落の中にゴブリンメイジというゴブリンの上位種の魔物もいる。
彼は火魔法が得意で、この前は人間の冒険者を撃退していた。
僕達の集落がまだ存命なのは彼の功績が大きい。
そして、そんな彼も含めてこの集落を統治しているのはゴンズというハイゴブリンの男性だ。
彼がとても仲間想いなので、今のゴブリンの人生はそこまで苦しい思いをしたことがない。
そうそう、ゴブリンって知能が低いと思われている様だけど、全くそんなことはないと思う。
皆、仲間想いだし、知恵を絞って生活環境を改善している。
ただ、人間も含めて天敵が多すぎて、文明を根付かせることができないだけなんだ……。
そういう訳で、今は狩りの途中な訳で、手頃な獲物が居ないか探している最中だ。
僕は森の中を集落から離れすぎない程度で散策する。
毎日行っている事だからもう迷うこともない。
と、少し遠くの方で人間の女の子の悲鳴が聞こえて来た。
人間に関わってもいいことなかったので無視してもいいけど、以前自分が人間だった気がするから人間には甘くなってしまう。
もし助けられるなら助けてあげたい。
まぁ強そうな魔物が相手とかなら迷わずに逃げるけどね。
悲鳴がした方向に走って向かうと、そこには足を怪我していている10歳くらいの女の子がいて、近くにはレッサーウルフという小さめの狼の魔物が2匹いた。
「こ、来ないで!」
「グルルゥ……」
女の子が短剣を振り回して叫びながらレッサーウルフを威嚇している。
レッサーウルフは隙が出来るのを待っている様だ。
うーん、僕はまだ生まれてから1年なので体格は小さいし、レッサーウルフ2匹は少し、いやかなり厳しい。
ただ、あんな子供の女の子を残して帰るのも寝覚めが悪い。
今僕の手には人間の冒険者が落としていった短剣がある。
これでレッサーウルフの首を切りつけるとうまくいけば殺せるだろうけど、2匹目はどうしよう。
そのまま狙いを僕に変えられると、いかにレッサーウルフと言えど、厳しいな。
と、ここまで考えたところで、まぁその時はその時か、と開き直れた。
だって、もし死んでもまた別のゴブリンの人生を歩むだけだし……。
何かいいことをして死ねるならこのゴブリンの人生にも意味があったと思えるしね。
という事で、僕はゆっくりとレッサーウルフに近付く。
レッサーウルフは女の子に夢中で僕には気付いていないようだ。
流石レッサーだな……。
「フッ!」
「グギャァァァ」
僕の奇襲はうまくいき、1匹のレッサーウルフの首を切りつけることが出来た。
もう1匹が慌てて距離を取ったので、その隙に首を切ったレッサーウルフの頭に短剣を投げつけて止めを刺した。
「え? ゴブリン?」
女の子が呆けた顔をしている。
まぁいきなりピンチにゴブリンが助けに来たらそんな反応になるよな。
僕は急いで止めを刺した短剣をレッサーウルフから抜き、もう一匹と対峙した。
手に武器を持っていない状態で襲われたら危なかったけど、このレッサーウルフはかなり知能が低い様だ。
「ガルァ」
レッサーウルフが動揺から復帰したのか襲い掛かってくる。
ただ、僕も伊達にゴブリンの人生を何度もやり直していない。
レッサーウルフごときの動きなら飽きる程に見てきているので、この小さい体でも避けることくらいはできる。
僕はレッサーウルフの攻撃を間一髪で避けて、そのままレッサーウルフの方に向けて走っていく。
レッサーウルフはすぐさま体制を立て直して、また僕に襲い掛かろうとしている。
「ガァァ」
そして、また鋭い爪を出して僕を襲ってきた。
僕はスライディングするようにレッサーウルフの下に潜り込んで、そのままレッサーウルフの腹を切り裂いた。
レッサーウルフの返り血が生暖かくて気持ち悪い……。
「キャン」
レッサーウルフは苦しそうにフラフラしながら少し歩いたところでバタッと倒れた。
そのレッサーウルフの倒れるところを見下ろしながら僕の心臓はこれでもかとバクバクと動いている。
フー、やれば出来るもんだな。
ここまで頑張って魔物と戦ったのは初めてかもしれない。
「やだ、助けて……」
返り血に塗れた僕を見て女の子が怯えて命乞いをしてくる。
うーん、せっかく助けたのに。
まぁ、ゴブリンだし、仕方ないか……。
「ア゛、ア゛ッヂニマヂ、ア゛、ル」
僕は頑張って人間の言葉で町のある方向を教えてあげる。
うーん、ゴブリンの体だとうまく発音できないんだよな……。
「……え? た、助けてくれたの?」
少女の言葉に僕は頷いて答える。
「あ、ありがとう……」
その後、少女は痛む足を引きずりながら人間の町の方に向かって歩いて行った。
うん、なんかいいことをすると気分がいいな。
その後、小さい動物を仕留めてゴブリンの集落に帰った。
―――――
それからは特に変わったこともなく、1ヶ月の時が過ぎた。
僕は相変らず狩りをしながら生活をしていた。
あの女の子の事は誰にも言っていない。
言ってしまうと、なんで人間なんか助けたんだって絶対に怒られるしね……。
その日はそんな変わりのない日常だった。
集落には多くのゴブリンが体を休めながら英気を養っていた。
かく言う僕も狩りに行く前に少しゆっくりしていて、そろそろ行こうかと考えていた頃だった。
ふと、遠くから人間の声が聞こえて来た。
「おい! こっちであってんのか!?」
「キャッ! うぅ……、は、はぃ」
後から聞こえて来たのはこの前助けた女の子か?
人間たちは確実にこちらに近付いてきている。
ま、まさか……!
「おい! 人間の言葉を喋れるゴブリンなんてどれだけ高値で売れるか分かんねーんだぞ! しっかり案内しろよな!」
なんで、なんで?
僕は助けたんだよ……?
「ま、待ってください! あのゴブリンさんは私を助けてくれて」
「はぁ!? うるせーんだよっ!」
「キャッ」
どんどん近付いてくる。
洞窟の中のゴブリン達は既に臨戦態勢だ。
ただ、ゴンズは僕の方に向かって歩いてくる。
『人間の言葉が喋れるゴブリンとはお前の子とか?』
ゴンズがゴブリンの言葉で僕に話しかけてくる。
『は、はい』
『人間を助けたというのは本当か?』
『……はい』
バシッ!と殴られて僕は吹っ飛ばされた。
『お前の処分は人間共を殺した後だ……。野郎共、行くぞ!』
そう言って、ゴンズを中心に成人している男性ゴブリン達が一斉に出ていく。
僕はぐったりと横たわりながらその様子を眺めていた。
外では冒険者達とゴブリンが戦っている。
「はん! 雑魚共が!」
流石に冒険者は慣れたように数の差をものともせずにゴブリンを一匹、また一匹と殺していく。
それは作業の様だった。
『舐めるな人間!』
ゴンズが両手剣を片手で振り下ろす。
凄い力だと思う。
「おっと、ハイゴブリンか。まぁオレ達の相手じゃね~けどな」
「グギャ!」
冒険者の男はゴンズの剣を、余裕を持って躱し、そのままゴンズの腹を切り裂いた。
ゴンズの腹からは大量の血と内臓が飛び出しており、まず間違いなく彼が助からないことを物語っている。
その後は一方的だった。
出て行ったゴブリンは皆殺し、洞窟に居た女性のゴブリンも次々に殺されていく。
そこには僕の母や妹もいた。
なんで?
なんで僕達が殺されないといけないの?
何も悪いことなんてしてないじゃないか!?
僕は激痛に薄れゆく意識の中でその冒険者を呪っていた。
「おい、こいつか?」
冒険者はゴブリンを剣で指しながら女の子に確認している。
その度に女の子は首を振っている。
そして、遂に僕の前に来た。
「おい、こいつもう死にそうじゃねーか」
「ゴブリンさん!」
そう言って女の子が僕の方に駆けて来た。
くそっ、この子を助けなければこんなことにはならなかった。
僕がバカだったんだ……。
人間なんて皆自分の事しか考えていないんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
そう思おうにも、女の子を僕を抱きしめてずっと謝ってくる。
分かっているんだ。
この子は悪くないんだ。
悪いのは目の前にいる忌まわしい冒険者なんだ……。
「ノ゛、ノ゛ロ、テヤ゛ル!」
僕は必死に言葉を絞り出す。
そう、呪ってやる!
次のゴブリンの人生では絶対にお前を殺してやる!
「おっ! 本当に人間の言葉を話した! でももう死にそうじゃ誰も買わね~っつうの。は~、折角来たのに大損だぞ」
そう言いながら僕に剣を向ける。
「ダメっ!」
「うるせ~っ!」
「キャッ!」
女の子が僕を庇うけど、冒険者の男が叩いて吹っ飛ばしている。
そして、そのまま剣を振り下ろし僕の今回のゴブリンの人生は幕を落とした……。
―――――
ふと気付くと僕はまたゴブリンとして生を受けていた。
まだ鮮明に覚えている。
同胞が冒険者の男に虐殺されている光景を。
必ず復讐してやる……。
と、そこで、僕はわずかな違和感を覚えた。
今までの生まれ変わりの時よりも体が軽い、というか力が付いている気がする。
僕は衝撃を受けていた。
そうか、そういう事か!
思い当たるのはレッサーウルフを倒したということのみ。
あれだけが今までの人生との違いだ。
という事は魔物を殺せば殺すほど、生まれ変わる時の力が大きくなるという事だ。
このことに気付いてから、僕はひたすら魔物を殺した。
毎日毎日、他のゴブリンに変人扱いされながらひたすら殺した。
ただ、あの冒険者に復讐する為に。
そして、何回目か生まれ変わりをして、遂にその時は訪れた。
僕はハイゴブリンとして生を受けた。
遂に種族進化を果たしたんだ。
でもまだ足りない。
あの時、ゴンズは相当強かったと思うけど、それでもあの冒険者には勝てなかった。
だから僕はその後も魔物を殺すことをやめなかった。
ハイゴブリンになってから群れを統率することもあったけど、ひたすら魔物を殺した。
あまりに戦いばかりだったので、魔物を殺すようになってからの平均寿命は数か月だ。
それでも魔物を殺すのをやめない。
ただただ、あの冒険者に復讐するために。
そうして、魔物を殺して殺して生まれ変わる度に強くなる僕は遂にハイゴブリンからさらに種族進化した。
ただ、普通はゴブリン系の上位種族になるはずなのに、僕が進化したのはオーガだった。
しかも多分普通のオーガよりも小さい。
恐らく、ゴブリンから急に種族が変わった影響だろう。
でもそんなことは全く関係ない。
だって、こんなに力が溢れているから。
これであの冒険者に復讐できる……。
僕は人間を探し始めた。
そして、人間を見つける度に人間の言葉を話して逃がす、という事を繰り返していた。
そうすればきっとあの冒険者はまた僕を捕まえに来るだろうから。
そして、そんなことを繰り返して数か月、遂にその時は来た。
「おい! 人間の言葉を話す小さいオーガが居たってのは本当なのかよ!?」
「へ、へい! 本当の事でさぁ! あっしゃそれはもうビックリしやして!」
「ははは、それが本当なら間違いなく数億ゴールドは行くな、いや数十億かもなぁ」
遂に念願のアイツが来た。
相変わらず嫌らしい笑みを浮かべている。
あぁ、会いたかったぞ……。
「その人間の言葉を話すオーガとは僕の事だよ」
僕は溜まらずに冒険者達の前に姿を現した。
「うぉ! マジで人間の言葉を話してやがる! しかもオーガにしては小さいし変異種か!? それに何年か前のゴブリンよりよっぽど言葉がうまいぞ」
冒険者は心底嬉しそうに言葉を発する。
彼からしたらオーガもゴブリンもそこまで大差はないのだろう。
「そら、ファイア!」
冒険者の男は火の魔法を使って牽制してきた。
そのファイアはあの時のゴブリンメイジの放つファイアより大きく威力が大きそうだ。
でも、ファイアはファイア。
ブンッと僕が手を振ると冒険者の男のファイアは掻き消える。
「は?」
そして、僕は一気に加速して冒険者の男の剣を持っている右手を手刀で切り落とした。
「い、痛ぇー!!」
「君は最後まで殺さないよ。そこで泣きながら待っていてね」
そう言って、僕は周りにいた他の冒険者と案内役の男を殺して回る。
ある男は心臓を一突きし、ある男は首を切り、ある男は腹から内臓をもぎ取って殺していく。
そう、あの時にゴブリンの皆を殺していったように、今度は僕が人間を殺していく。
どんどん返り血に塗れていく僕を見ながら冒険者の男は恐怖からか失禁している様だ。
そして、我に返ったように右手を抑えながら逃げ出そうとしている。
「ひ、ひぃ~、こいつは化け物だ。なんでこんなとこにこんなに強い魔物がいるんだよ」
もちろん、コイツを殺すのが僕の目的なので逃がす訳はない。
僕はゆっくりと冒険者の男に近付いて行き、冒険者の男を蹴り飛ばした。
「ぐぇっ!」
冒険者の男は太い気にぶつかり苦しそうに呻き声を出している。
そして、目の前に僕が立つと、ガクガクと顎を鳴らして怯えている。
「そう言えば、君がさっき言っていた言葉を話すゴブリンだけど、あれば僕の事だ」
「ほぇ?」
冒険者の男は呆けたような顔をしている。
「君には感謝しているんだよ。だって君のおかげで僕はこんなに強くなれたんだからね」
「な、何のこと、だ?」
「この瞬間をどれだけ待ち侘びたか君には分からないだろうな。あれからの僕の人生は全て君への復讐の為の人生だったんだ。あの時、何の罪もないゴブリンを君は惨殺して回っていたね。まるでその辺の虫を踏み潰すみたいに」
「ご、ゴブリンなんて害虫と何も変わらね~! ぐぁ!!」
僕はその言葉を聞き終わるや否や冒険者の男の足を踏み潰した。
冒険者の男の足は変な方向に曲がっている。
そして激痛からか口からは涎を垂らして悶絶している。
それからは僕の気が済むまで足を、腕を、彼が死なない様に気を付けながら潰していく。
冒険者の男は「殺してくれ~」と言いながら涙と涎で顔はグチャグチャだ。
こんなにやっているのに僕の気持ちは楽にならない。
それどころか、やればやる程に虚しくなっていく。
こんなものなのか。
僕が何年もかけて成し遂げたかった復讐はこんなにも虚しいのか。
もういいか。
そう思い、一思いに冒険者の男の首を切り落とした。
「終わった。何だかあっけなかったな……」
僕は満たされない思いを抱きながら呟いた。
本当に死ぬ気で頑張ったんだ。
実際、何度も何度も死んだ。
一つとして楽な死はなかった。
それもこれも全てはこの冒険者の男を殺す為に。
なのに、やっと目的を達したというのに僕の心にはポッカリと穴が開いたような感じだ。
全然満たされない。
きっと違うんだ。
僕がやりたかったのは復讐なんかじゃなかったんだ。
僕は守りたかったんだ。
あのゴブリンの家族達を。
それが出来なかったから恐ろしく復讐に燃えたんだと思う。
不甲斐ない自分が情けなくてそんなことにも気づけなかったんだ。
そう、これからは皆を護れるようになろう。
復讐を果たしてから、僕は本当の望みに気付いた。
ただ、僕のこの罪はきっと消えない。
だから僕はこれから自分のことを「シン」と名乗ろう。
もう誰もこんな罪を犯さないように、僕が全ての罪を背負おう……。
最後までお読み下さりありがとうございます。
連載している「セントリア魔術学園物語 ~魔術学園で死に別れの妹を見つけたので今度こそ別れないようにします。ついでに人族最強になって魔族共を一網打尽にします。~」という小説の筆が進まない時に何気なく書き始めたら、思いの外書けてしまいましたので投稿してみました。
全然ハッピーエンドじゃないので、個人的にはあまり好きな終わり方じゃないんですけど、僕の中でこの話は凄く重要な位置づけを持っているので作品として残したいな、と思い最後まで書いてみました。
拙い文章ですが楽しんで頂けたら幸いです。
そして、もしお時間があれば連載の方を見て頂けると嬉しいです!
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