本屋さんに入ってみた。
「ねえ、あそこ本屋さんがあるわ。行ってみましょうよ、マサル」
「そうだな。興味あるな。本屋さん。どんな本が売っているのかな」
「いらっしゃいませ!」
自動ドアで中に入ると店員が俺達に元気な声で声を掛けた。
「一体どんな本が売っているのかしらね」
鈴の目は凛凛と輝いている。
しかし、本を手に取って俺の眉間に皺がよっているのに気付いた。
「どうしたのマサル?」
「まあ予想通りっちゃあ予想通りだけどな」
俺は手に取った数冊の本を鈴に見せた。
「何これ。全部危険物乙四類の本じゃない。マサル。もしかして……」
「そう、そのもしかしてだ。この本屋さんは危険物乙四類専門書店なんだよ」
「嘘でしょ。私のわくわくを返してよ。とは言えそれはそれで若干ワクワクしている私もいるけど」
「確かにそれは俺も否定できない。危険物乙四だけで本屋さんが成り立つ、というより内容丸被りばっかな気がするんだけど。意味あるのかな」
「いえ、そうでもなさそうよ。だってほら危険物乙四を題材にした絵本や、漫画もあるし」
「本当だ。危険物乙四類の少女漫画や、水着写真集まであるぜ」
「本当! 表紙の女性がガソリンスタンドで写真を撮っているわ」
「漫画はどんな内容なのかな。ちょっと見てみるか」
漫画をめくると、ちょうど戦闘シーンが目に飛び込んできた。
『き、貴様! 物理変化能力者か!』
『そう、俺は物質の三態変化を極めし勇者だ! 液体から気体に気化する事も出来るし、気体から液体に凝縮別名液化する事も可能だ。それだけではない、液体から固体に凝固する事も出来るし、固体から液体に融解する事も出来る。更に固体から直接気体に昇華する事も出来るし、気体から直接固体に昇華する事も出来る』
『くそが、勇者が出てくるなんて聞いていないぞ。しかも気体から固体、固体から気体へのどちらも同じ呼び方の昇華すらも極めているなんて。俺の敵う相手じゃない! ここは一旦退散だ』
『逃がすか! 固体の氷が熱を吸収して水になるように、気体の水蒸気が熱を放出して水になるように、世界が変わろうとも俺の信念は変わらない。くらえ! 奥義沸騰波!』
するとモンスターの体内が沸騰して死んだ。何だこれ。
「いやなんだこれ」
「どうしたの? マサル。なんか勇者が相手を沸騰させて倒したんだけど」
「ふうん。なんだか面白そうね」
「そうか?」
「それに勇者の使う能力は基本の物理、化学として試験に出る所なのよ」
「まじかよ。本当に全部が危険物乙四類に特化した本屋さんなんだな」
「本屋さんだけじゃないわよ。この世界の全てが危険物乙四類で出来ているんだから」
「ああそうか」
「私もこの本屋に入ってようやく気持ちの切り替えが出来たわ。この世界はそういう世界なんだと割り切って行きましょう」
「そうだな。だけど何冊か本買いたいな」
「私達お金持っていないでしょう?」
「確かにそうだな」
そして立ち読みを終えた俺達は本屋を出た。




