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エピローグ

そうしてそこから夜まで談笑し、夜通し皆で普通に人狼ゲームに興じて朝を迎え、居間で思い思いに仮眠をとった後、迎えのバスに乗せられて、あっさりと日常に帰って来た。

あれは何だったのだろう、と思う事もあったが、大金を手にした卓哉は学生生活に不安も無くなり、いつしか遠い記憶になりつつあった。

玲はといえば、それから何度か学校内で顔を合わせて話したりはしたが、今度は海外の大学の講師に呼ばれたと言って、前期の講義が終わってすぐに大学を去った。

あちらでは9月から新学期なのだそうで、準備もあるのでと七月下旬にはもう、居なかった。

送別会には卓哉も呼ばれて行ったのだが、あまりに女子学生が多く、玲の回りに集まっているのでろくに話も出来ずだった。

それでも連絡先は知っているので、また話す機会はあるだろう。

それでも雅也と共に学生生活を楽しむうちに、卓哉はそんなゲームをした事実すら、忘れて行ったのだった。


「ありきたりのゲームになってしまったな。」広い執務室の中で、年齢不詳の男がデスクの向こうでつまらなさそうに言った。「金が掛かっただけだ。面白みもない。」

酷評される中で、玲がその前に立って膨れっ面で答えた。

「だって、みんな何も知らないのに。かわいそうじゃないかって思ったんです。それは僕だって最初は検体探しだからって大学へ行ったけど、みんないい子達だったんだ。ジョンだって、僕に少しは回りと協調を覚えるのがいいって言ったでしょー?」

隣に立つ若い男が頷いた。

「今回は別に普通のゲームでいいって事だったし、あれで良かったんじゃないですか、彰さん。クライアントから特にクレームはなかったでしょ?」

彰とかジョンと呼ばれた男は腕を組んでちらとその男を見た。

「要。やるからにはそれなりのものを提供しなければ私だって納得しないのだ。あの薬はもう十分に治験したし、これ以上金を使って試す必要はない。薬での細胞の維持は皆もう見慣れてしまっていてクライアントとしては驚きもない。この上は、次の段階の実験かと思っているところだ。」

玲が、驚いたように彰を見た。

「え、まさか次って…アレじゃないよね?」

要は、苦笑して玲に頷いた。

「アレだと思うよ。」と、彰を見た。「エアロゾル用に開発したヤツですよね?効くかどうか試すんですか。」

彰は、頷く。

「本当なら今回やりたかったが、玲がまだこっちでの治験が済んでない物を使うなと言うから。分からないか?あれが実用出来たら、テロが起こった時でも投与が間に合って犠牲者が激減するのだぞ。体がバラバラにさえならなければ、いやバラバラになっても頭さえ無事なら助けられるかもしれん。」

要が、何度も頷いた。

「籠城されても一気に皆を仮死状態にすることで、既に傷を負っていても治療が間に合いますしね。オレもあれの実用化には賛成です。でも、それ用の場所を作らないと…噴霧してからそこの空気をまた入れ換えなければならないし、気密性の高い部屋の準備が必要です。」

彰は、面倒そうに手を振った。

「ああ、それは任せる。出来次第連絡をくれ。」と、玲を見た。「で、君はどうする?もう被験者集めはしたくないのか?」

玲は、それには何度も頷いた。

「もう僕はしないよ!どこかの知らない誰かにしてください。だったら手伝うし。」

彰は、ふんと鼻で笑うような仕草をして、要を見た。

「…だそうだ。知っていようといまいと、ヒトには変わりないのにな。私は区別はしない。同じヒトを助けるための崇高な役割を担えるのだぞ?ヒトという種族全体のためだ。だったら要、君が被験者を集めてくれ。」

要は、玲の気持ちも分かったが、彰の言う事も分かった。何しろ彰は、自分が作った薬は軒並み全てまず、自分に試す。そのデータを取らせ、それを見て改良し、いけるとみたら被験者を集めて試す。問題なのは、その被験者に何をするのか話さないだけで。

「…分かりました。」要は答えた。「じゃ、玲。アレックスと一緒に気密性の高い部屋を一見普通の家に作る話し合いをしてくれる?オレは他の部署で一緒に治験してほしい事がないか聞いて来るから。」

玲は、黙って頷いた。要は、玲が出て行くのを見送って、彰に向き直った。

「彰さん、普通は仲の良い友達を、何も話さずに被験者にするなんてしたくないものなんですよ。玲の気持ちもわかってやってください。」

彰は、机に肘をついて指を組み、その上に顎を乗せた状態で答えた。

「まあ、今の私には理解出来る事でもある。だがな要、ヒトを生かすのは、それなりに犠牲も必要な時があるのだ。ヒト全体のためには、自分の感情だけで決めてはならない事もある。皆平等だ。ならば私が、知らない誰かなど助けないと言ってしまったらどうする?私は神ではないのだ。私が知っているからと、こちらは生かして知らないこちらは殺すなどという事をしてしまえば、偏ってしまうだろう。私というヒトが死んでも、皆が生きる術を残さねばならない。私は後何年生きられるのだ?そんなことは、誰にも分からないではないか。私が死んだら全てが終わるような事は、私はしない。無意味だからだ。それとも要、君は私と心中するか?」

要は、渋い顔をした。

「彰さんが死んだらオレだって死にたくなるので心中したっていいとは思いますけど…でも、彰さんがオレ達の事だって迷わず被験者にすることはわかっています。必要だと思ったらやるでしょうね。」

彰は、要の言葉に少し驚いた顔をした。そして、フフンと笑った。

「君が私に愛情を持ってくれているのは置いておいて、そうだな私は、君達のことも必要なら被験者にするだろう。ただ、そうするときは理解出来るだろうから内容の告知はするつもりだ。」

そういう事ではないのに、と思いながらも、それが彰の考えなのだろうからと、要は頷いた。

「わかってます。」

出て行こうとする要に、彰は言った。

「ところで要、私はいくら君に想われても応える事は出来んからな。私はこう見えても女性が対象なんだ。他を当たってくれないか。確かマシューが同じ好みであったかと思うぞ。聞けば同じ趣向の奴を紹介してくれるのでは。」

要は、ビックリして彰を振り返った。え、そっちの心配?!

「彰さん!別にオレは彰さんをそんな風には見てませんって!オレだって女性が対象です!」

彰は、眉を寄せた。

「そうなのか?私が死んだら死にたくなるとか言うから。私はなぜか男性に言い寄られる事が多くてな。君もてっきりそうなのかと思ったのだが。」

要は首が千切れるのではないかというほど首を振った。

「オレには前に彼女が居たじゃないですか!彰さんが放浪時代に女性とあちこち問題起こして大変なことは知ってますし、オレとどうの思ってません!」

彰は、それでも怪訝な顔をした。

「ふーん?いや…違うぞ、私は想うのも想われるのも特に性別は関係ないのだが、そこに性的な事まで求められたら無理なだけなのだ。男性でも好みの者は居る。そういった意味では君のことは好きだ。」

彰はいつでも直球だ。

要は予想外だったので、真っ赤になってうろたえた。

「え、え、あの、オレも好きですけど、あの、そうじゃないんですよ、ほんとに、あの、」

彰は、要がうろたえているのを見て、ふうとため息をついた。

「まあなあ、想い合うだけなら私だって誰でも問題ない。性的なことを他で済ませて来てくれということだ。私は尊敬できるところがあるヒトならば、誰でも愛しているのだという自信があるからな。」

要は、呆気にとられた。ということは、彰が好きだというヒトは結構この研究所内に居るだろう。そして、男性が多い。

つまりは、別に要だけが特別というわけではないのだ。

「…そういうことですか。だったら、オレだってアレックスだって玲だって好きですし、みんな尊敬していますよ。」

彰は、はーあとあくびをしながら大きく伸びをした。

「そういうことだ。私はこの研究所へ招く者達は、大抵尊敬できる所を持っている者にしているし、そうなって来ると愛する者達に囲まれていて幸福なのかもしれないな。」と、目の前のモニターに視線を移した。「退屈だ。何か無いか。」

機械的な音声が答えた。

『返信を待っているEメールが57件あります。書きかけのレポートが三本あります。昨日書き上げたレポートの公正が終わったもの五本の確認が必要です。』

彰は、バシ、と机を叩いた。

「仕事ばかりだ。新しい何かを求めているのに。知的な刺激が欲しいのだ。私がしているのはアウトプットばかりではないか。」

機械的な声が答えた。

『最近のご興味がありそうな論文をご提示しますか?』

「もういい。」彰は立ち上がった。「要、そんな事より人狼はやめて次は前に言っていたテーブルトークロールプレイとかいうやつをやらないか。何なら私が誘導役に行ってやってもいいぞ?普通の人狼は飽きたし適当に玲たちに任せよう。私達は別の薬の開発班と、脳科学をやってる奴らと実験しないか。無人島を一つ持ってるからあそこでやろう!」

卓哉は、仰天して彰をまじまじと見た。

「え?!急にそんなことを言っても無理ですって!前に準備していて、邪神がどうのって作り物の世界が理解できないってちっとも事前知識に興味を持ってくださらなかったのに!」

彰は、ハッハと笑った。

「大丈夫だ!あれから資料集とか言うやつを三冊ぐらい読んで丸暗記はしてあるんだ。さあそうと決まったら場所造りだ!」

彰は、部屋を飛び出して行く。

要は、ため息をついた。思いつきであちこちで実験しようとされたらたまらない。舞台設定して、そこへ誰かを連れて来るこちらの身にもなって欲しい…。

そう思いながらも、嬉々として新しい事へと向かう彰に、要は苦笑してその後に続いたのだった。

もう、あの人狼ゲームのことなどどうでも良かった。

ありがとうございました。次は、砂時計の虜~本当は死なない人狼シリーズTRPG番外編https://ncode.syosetu.com/n9160gb/です。明日から投稿しますが、明後日からは裏表の二ページで展開し、ネタバレ無しで読みたい場合は、裏を飛ばして読んでもらい、後から裏をまとめて読む、という形にしてもらった方がいい読み物になっています。

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