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それでも、現実と向き合わねばならない。
全員が同じ考えなのだろう。特に文句を言うことも無く、全員が久しぶりに揃ってソファへと腰かけた。
すると、モニターの男声は言った。
『まずはお疲れ様でした。村人陣営の方々には、先にお配りさせて頂きました賞金をお受け取りください。』
それを聞いた幸太郎が、慌てて立ち上がると紙袋から一つずつ、封筒を取り出しては村陣営だった者達に配り始めた。
卓哉もそれを受け取ったが、ズシリと重みがあって、それなりの厚みがある。中をチラと見たら、きちんと帯附がついた札束が一つ、綺麗に収まっていた。
振込とかじゃないんだ。
卓哉は思ったが、これが目的で来たのだ。
なので、大事に胸のポケットへとそれを滑り込ませた。
男声は続けた。
『それから、敗者にもゲームに参加してもらったので、その労働対価として、まあ、バイト代として給与を支給します。』
それには、杏沙が頷いて、幸太郎が持っていたのと同じ紙袋から、封筒を取り出した。
「これ。狼と狂人と狐と背徳者の分ですって。生き残った日数によって額が違うんですって。」
見ると、確かに封筒の表面には、印字された名前が見えた。杏沙は、それを名前を確認しながら配って歩いた。
『やはり長く生き残った方々の方がそれなりに仕事をなさったということなので。では、それを受け取ってもらってから、今後のことをお話致します。』
皆の動きが、ピタと停まった。今後の話…。
何を言われるのだろうと、皆が固唾を飲んで見つめる中、特に構える様子もなく、モニターの男の声は続けた。
『今回のゲームはこれで終了ですが、生憎迎えのバスが明日の午後に到着する予定です。また、お迎えに上がったのと同じ駅のターミナルまでお送り致します。それまでは、特に制限なども設けておりませんので、ご自由にお過ごしください。見ると、冷蔵庫のアルコールなどは全く減っておりませんでしたし、この機会に飲んでおかれては?16号室はもう解放されているので、そこにあるボードゲームなどもご自由に使って頂いて結構です。何か食べたいものがありましたら出来る限りご要望にお応えして揃えるように致しますが、何かありますか。』
全員が、黙ったままフリーズしていた。
何を言われたのか、一気にまくしたてられて分からなかったのだ。
「え…」雅也が、口を開いた。「ちょっと待て、このまま帰っていいって事か?その、明日の午後にバスが迎えに来て?」
男声は、怪訝な声で返した。
『そう申し上げたつもりですが?』
修一が、怒ったように言った。
「勝ち残った者だけが帰って来られるとか言っていたんじゃなかったか。どういう事だ、負け陣営も帰れるって?」
男声は、ハアと大袈裟にため息をついた。
『負けたら帰れないと、いつこちらが申し上げましたか。勝利陣営は、帰ることが出来ると言いましたが、負け陣営がどうなるかにはこちらから一切言及しておりませんが。』
皆は、顔を見合わせた。そう言われてみたら、そんなことは一度も聞いていなかった。ただ、勝利陣営が帰って来られるとわざわざ言うということは、負けたら帰られないということかとこちらで判断しただけなのだ。
つまりは、最初から全員を帰すつもりだったと。
「じゃあ、最初から全員帰すつもりだったのか。」
洋文が言うと、男声は頷いたようだった。
『帰さないなど犯罪行為ではありませんか?普通に考えたら分かるかと。』
しかし、幸太郎が抗議するように腕を振った。
「こんな腕輪で変な薬を打って死んだように見せかけたりしたじゃないか!殺されるとか、帰れないとか思うじゃないか!」
男声は根気強く答えた。
『本気で命がけの人狼ゲームをして頂きたかったからですよ。遊びの人狼ゲームなど、我々は見飽きておるのでね。ヒトと言うのは、計算でヒトを非情に殺すのか、自分の命のために、他を犠牲にするのか、自分が犠牲になるのか。決して作業ゲームではない、本気の命の取り合いの人狼ゲームというのを見せてもらいたかった。とはいえ、玲さんが生き返るのを証明しているので、そこはどこまで本気で居られたのかこちらからも懐疑的ではありますが。やる気を失くされるぐらいならこれぐらいでちょうど良かったのかと。』
洋文が、抗議した。
「それでも!やり過ぎだと思う!最初にも言ったがこれは暴力だろう。脅してゲームをさせるなんて。」
男声の声は、ふと途切れたかと思うと、今度は違う、一度聞いたことのある、尊大そうな男の声に変った。
『君達は人狼ゲームをするためにここへ来たのではなかったかね?金が欲しいから来たのだろう。大金にはリスクがつきものだ。そんなことも分からないとは思えないがね。とはいえ、君達がこんな事はトラウマになる、忘れたいと言うのなら、全て消し去ってやっても良いぞ?』
洋文は、ドキ、とした顔をした。消し去る…?
「け、消すって、何を?」
男の声は、嘲るように笑った。
『命と言ったらどうする?…安心したまえ、我々はヒトを生かすために研究しているのであって、殺すためではない。そんなことはしない。消すのは、記憶。君達は知らないか?ヒトの記憶など、曖昧なものなのだ。いくらでも改ざんして書き換えることが出来る。穏やかな記憶と変えてやろう。そうしたら、楽な遊びで大金を手にしたと意気揚々と帰れるだろうしな。』
玲が、サッと洋文の腕を掴むと、険しい顔でブンブンと首を振った。洋文が、怯えたように黙ると、玲はモニターに向かって、言った。
「記憶はこのままでいいよ。僕達には別に、このゲームに関して異議も無いしそれなりに楽しんだと思ってるから。賞金ももらったし、負け陣営だってお給料もらったし。このまま、ここで遊んでたら明日の午後にはバスで駅まで送ってくれるんでしょ?」
男の声は、特に動揺も無く、答えた。
『要がそう説明したと思うが?』
要って誰だ、と思ったが、話の流れから多分先に話していた男のことだろうと卓哉は思った。玲は、頷いた。
「だったらいい。みんな無事なんだし、ちょっと驚かされただけで、元気だ。約束のお金ももらったし、別に文句なんか無いよ。あ、でもピザ宅配してもらってくれない?そろそろジャンクフード食べたい。」
杏沙がそれを聞いて、手を上げた。
「あ、私も!ハンバーガー食べたーい!」
すると、また声が最初の男の声に戻った。
『分かりました、夕方までには揃えます。それでは、また何か質問がありましたら答えるまでモニターに向かって叫んでください。何も無ければ、次はバスが迎えに来た時までご連絡は致しません。』
もうさっさと切り上げようとしているのを感じた修一は、慌てて腕を上げて叫んだ。
「おい、待て!腕輪は?!このままかよ?!」
男声は、ハイハイと付け足すように言った。
『念のためバスに乗り込むまではそのままですが、この屋敷の門扉を出るまでに勝手に外れますので。運転手に返してからバスを降りてください。それでは。』
ぶつ、という無遠慮な音を残して、さっさと通信は切れた。
取り残された皆は、黙って顔を見合わせた。助かった…?いや最初から、言われてみたら殺されるなどあり得なかったのかもしれない。
なのに一見、死んだようにしか見えない状態の仲間たちを見て、殺されると思い込んでいただけで。
すると、洋文が口を開いた。
「…言われてみたら、こんなに必死に考えてゲームをするなんてなかったかもしれない。監禁されて、殺されると思うからこそ、誰かをとりあえず吊る、とか、じゃあ自分を吊って色を見てくれ、とか投げやりなプレイなんかなかなか出来なかった。最後に吊ってくれと言ったのは、勝利を確信したからだったし。向こうが言うように、本気のゲームを見たかったのなら、人間性を観察するにはいい方法だったんだろうな。」
それでも、修一はブスッとして言った。
「本気で死ぬんだと諦めたけどな。もうそんな経験は真っ平だ。とはいえ…」と、自分の封筒を覗いた。「…結構あるぞ。一、二…オレ、十万ある。」
同じ陣営の杏沙が、ええー?!と声を上げた。
「嘘?!私たったの二万円よ?!ちょっとヒドーい!」
玲が困ったように言った。
「仕方ないよー杏沙ちゃんは一番最初に吊られてるんだものー。後は遊んでただけでしょー?そうなるよー。」
卓哉が、玲を見上げて疑問に思ったので、言った。
「玲さん、さっき、どうして洋文を止めたの?もう危害は加えられなさそうだったけど…記憶とか、冗談かなって、なんとなく思ったんだけど。」
玲は、途端にスッと厳しい顔になると、卓哉を見つめた。
「冗談なんかじゃないよ。」卓哉が驚いていると、玲は続けた「僕みたいに研究所に籠ってるとね、いろんな情報が入って来るんだ。もちろん、医療関係に偏った情報だけどね。それに、脳を専門にしている人達の中じゃ記憶の操作なんて常識さ。薬を使わなくても出来るぐらい、記憶ってほんとに曖昧なんだよ。僕はこれ以上、変な薬で君達を毒したくなかった。だからああ言ったんだ。ヒトの体をよく知ってる者たちに逆らわない方がいい。これでいいんだ。これ以上変なことに巻き込まれたくないでしょ?」
皆が、じっと真剣にそれを聞いている。玲は、どこかの研究機関に居た…言えないが、知っていることも多いのだろう。
修一が、勢い良く立ち上がった。
「…ま、もう終わった。」と、封筒を胸ポケットにしまった。「バイト代も稼いだし。友達には、頭を使うバイトだったがキツかったとでも言っておくよ。面倒なのは嫌だし、言いふらしてさらわれて、記憶を消されて廃人にでもなったら厄介だしな。みんな元気だったんだし、それでいい。」
皆の緊張が、それでフッと弛んだ気がした。雅也が卓哉に言った。
「ほんとに吊られた奴らとか襲撃された奴らは気楽にやってたんだぞ?16号室に来てみるか?ボードゲームとかもいっぱいあって…そうだ、ここへ持って来よう。ここでみんなでしないか?せっかく時間があるんだし、楽しまなきゃな。ほら、もう金の心配も無くなったんだし。」
卓哉は、頷いて立ち上がった。もう終わったのだ…命の危機なんか、最初からなかった。
「うん!どんなゲームがあるんだ?」
卓哉は、立ち上がって雅也と並んだ。雅也は歩きだしながら、説明した。
「ええっとな、人生ゲームと、UNOとか…」
歩いて行く二人について、他の皆もぞろぞろと歩き出す。
あの強い緊張感は、腕輪が巻き付いたままなのに、もうなかった。




