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卓哉の手の平の中で、液晶画面が光って、黒い文字が浮かび上がった。
『共有者 7、13』
共有か!
相方は13…13って誰だ。
雅也は隣りで8だ。
だが、ここで目を上げてそれを探したら、誰かに見咎められてそれが人狼だったりしたら、即座に襲撃されてしまうだろう。
もし、二人のうち自分が潜伏することになったら、役職がバレてしまうのはまずい。
そう思った卓哉は、心の中で13、13と唱えるように覚えていた。すると、現れた時と同じように、スッとその文字は消えて行き、液晶画面はまた、何も映さない状態になった。
ホッと手を放すと、回りも何やら険しい顔を上げたところだった。
隣りの雅也は、卓哉を見て問いかけるような目をしている。その目は、人狼だったから仲間で無かったけどお前はなんだ?というのか、それとも村人陣営だったがお前はどうだ?なのか、全く分からなかった。
皆が皆、戸惑ったような顔をしている中、遠慮なく声が割り込んだ。
『では、役職確認が終わったところで、ゲームを開始致します。個人の部屋は、二階に向き合った16室の客室がありますので、そちらに番号に従って入ってください。16号室は鍵が掛かっていて、使うことは出来ません。その他、私が今説明したことは、お部屋の机の上にルールブックとして置いてありますので、個人でご確認ください。では、ここで質問を受け付けます。何か聞きたいことがありましたら、どうぞ。』
すると、すぐに洋文が口を開いた。
「このゲームには参加したくないと言ったらどうなる?」
声は、答えた。
『参加しないという選択肢はありません。こちらへ来られた事で、参加するという意思を示したということになります。それでも参加しないという事でしたら、棄権とさせて頂きます。追放処分ということになります。』
それには、また真紀が口を開こうとしたが、その前に杏沙が立ち上がって言った。
「追放って、どうなるんですか?」
モニターの声は、また何でも無いように答えた。
『強制的に別室へ移動して頂きます。全員同じ部屋です。その際、ゲームの観戦なども一切出来ない状態になります。』
玲が、ソファに座った状態で、腕を組んで言った。
「それってさあ、これ15人村でしょ?ってことはMAX7吊りだから初日に追放されたら結構な時間監禁されたままってことだよね?」
全員がその可能性を考えている中、モニターの声は律儀に答えた。
『はい。とはいえ他に選択肢などありません。それでもとおっしゃるのなら、誰かゲームを棄権なさればどうですか?追放がどういう状態なのか、それで見ることが出来ます。』
洋文が、それを聞いてグッと黙る。修一が、言った。
「それって…まさか命に別状なんて無いよな?追放って、まさかリアル人狼ゲームとか言って、本当に死ぬとか?」
卓哉は、それを聞いて身を硬くした。映画とか漫画で見たことはあるが、あれがリアルであるとしたら、かなり怖い。はっきり言って、逃げ出したい。
『それをはっきりさせるためにも、誰かが棄権したら良いと思いますがね。とはいえ、そうなると役欠けが生じるので、第三陣営も居る中で村人は更に厳しい精査が必要になって来ますが、それでも良いのならということですが。』
幸太郎が、唇をブルブルと震わせて突然、勢いよく立ち上がった。
「無理だ!」あまりに大きな声で、全員がビクッと幸太郎を見た。幸太郎は叫ぶように続けた。「本当に殺されるなんて!無いよな?!無いはずだ!追放なんかされないぞ!人外に当たったヤツ、居るんだろ!そいつが棄権したらいいじゃないか!村陣営の方が絶対に多いんだから多数決だろうが!」
洋文が、怒鳴るように言った。
「こら!何を言ってるんだ、追放がどんな様子か分からないのに、今誰か棄権なんかさせるわけには行かない!とにかく、今は黙るんだ!」
幸太郎は、洋文に向き直って怒鳴り返した。
「兄ちゃんは敵か!そうなんだな、人狼か狐なんだろう!オレが嫌いだから殺そうと思ってるんじゃないのか!」
洋文が顔をしかめると、修一が割り込んだ。
「こら!いい加減にしろ、嫌いだったら休みの日に誘ったりするもんか!とにかく、落ち着け!」
回りでそれを見ている女子達は、完全に退いてしまっていて、遠巻きにしている。モニターの声が、ため息をついて行った。
『…なんなら、こちらで鎮静剤を投与しても良いですが。どうしますか?』
それを聞いた幸太郎は、修一に両腕を掴まれて抑えられていたが、ピタリと凍り付いたように動きを止めた。鎮静剤…?
玲が、珍しく真面目な顔をして、モニターを見上げた。
「それが、出来るの?今ここで?」
モニターの声は、無表情に答えた。
『できます。何のために腕輪をしていると思っているのですか?』
卓哉は、それを聞いて思わず自分の腕輪を見た。もしかして、この少し厚みのある金属の部分に、何か仕込まれてあるのか…?
それは、皆が思ったようで、玲が渋い顔をして言った。
「…つまり、僕達は君達の手の平の上って事だね。この中には、きっと鎮静剤だけでなくて、もっといろんな薬が入ってるんだ。きっと、医学をやってる僕達でも想像もつかないようなヤツも。」
モニターから、うんざりしたような声が答えた。
『ご想像にお任せ致しますが、いろいろな不測の事態に備えてはいます。少量で手首からでも十分に一瞬のうちに効果のある薬ばかりを厳選してありますので、何かありましても問題はありませんのでご安心を。』と、全員が黙り込むのを見たのか、また続けた。『それでは、これで。良いゲームを。』
そして、モニターからはブツッという音が聞こえて来て、会話は一方的に切り上げられた。
全員が、茫然と顔を見合わせる。もしかして、物凄く厄介なことに巻き込まれたのではないだろうか。
しかし、こうして囚われてしまった以上、相手の言うように人狼ゲームをするよりないのだろうか。
修一が、声を抑えて言った。
「…ここから、逃げることは出来ないか。」皆が、修一を見た。修一は小声で続けた。「きっと、この腕輪には大層な薬が仕込まれてるんだろう。だが、どこかから操作している限り、電波の届く範囲があるはずだ。そこから出てしまえば、そんな薬を投与される前にこれを外すことだって可能なんじゃないのか。玲、君はこの辺りがどこか知ってるって言ってたな。外へ出たらどうだ?」
玲は、それには腕を組んで息をついた。
「…確かに…僕はここから駅の方向は分かるよ。歩いて行くには遠いけど、大通りに出てタクシーを拾ったら何とか帰れるとは思うよ。でもね、ここから出られても、それを気取られないって思う?ここの敷地に入ってからだって、結構な距離があったよ?門扉まで100メートルはあるのに。全員で走って門扉をこじ開けてる間に気絶させられて終わりじゃない?気絶だったらまだいいけど…全員、殺されちゃったらどうするの?ここの敷地内ぐらいなら、電波はまだ届くと思うけどな。」
それを聞いて、杏沙が狂ったように腕を振り回した。
「もう、これ!どうしても抜けないのよ!まるで接着剤でくっつけてるみたいよ!」
卓哉も、自分の腕輪を見たが、確かにぴったりとフィットしていて、痛みは無いのだが、皮膚との隙間すらなかった。無理に回したりしようとしても、皮膚を引きちぎられるような痛みがあって回すことすらできない。
恐らくは、何かで固定されているのだろうと思われた。
「とにかく…パニックになったら終わりだ。」洋文が、苦々しい顔で言った。「玲が言うように、門扉まで行く間に殺されでもしたら大変だしな。いったいどこの誰がこんなことをさせようとしているのか分からないが、それでも人狼ゲームをしろってんだろう。何かいい方法を思いつくまで、言う通りにするしかない。これが腕についてる以上、何をされるか分からないんだ。さっきここへ入った途端に全員一瞬にして眠らされたのも、びっくりするほど手際がいい。油断しない方が身のためだ。」
莉子が、震える声で言った。
「じゃあ…人狼ゲームをして、勝ち残らなきゃならないってこと…?」
修一が、それを振り返って頷いた。
「そうだな。殺されることは無いと思うが、何かしらの危害を加えられないとも限らない。だから、ここは皆で頑張って考えて、勝ち残ることを考えよう。」
卓哉は、不安な顔のまま、モニターを見上げた。そこには、まだ番号と名前の一覧が表示されたままになっている。
そして、共有者の相方である13番は、玲だった。