21
やっとの思いでキッチンで、冷蔵庫の中で見つけた焼きそばを温めて食べると、卓哉はホッと一息ついた。そして、狩人の誰かが自分に託してくれた紙を、そっとメモ帳の表紙についている、カバーの間へと滑り込ませると、お茶を飲みながら考えた。
昨日の護衛は、修一。ということは、普通に考えたら修一が噛まれてそれを守ったのだと考えられるのだが、このレギュレーションでは妖狐が居る。つまり、狼に噛まれても死なない、狐を噛んだ可能性もあるということだ。
狼が何を意図して誰を噛んだのは、狼にしか分からない。本当は、狼に狩人が誰を守ったのかという情報を与えたくはなかった。だが、皆と情報を共有して一緒に考えないと、分からないのだ。誰が狼なのか分からないが、もし思ってもない所を怪しいと言い出したら、そこが狐で、言い出した本人は狼だと見ることも出来るだろう。とはいえ、今回の狼は、玲が筋書き通りにはしないと言っていたぐらいなのだ。そんな尻尾を掴ませるようなことをするかは疑問だった。
それでも、先へと議論を進ませるためには、手にした情報を共有して皆で考えるより無かった。
自分一人で考えるには限界がある。
卓哉は、思い切って立ち上がると、メモ帳をしっかりと手にして、キッチンから出ようと足を向けた。
すると、玄関ホールへと繋がる扉が、パッと開いた。
「あれ?」雅也が、洋文と一緒に立っていた。「居間へ来いって玲さんが言ってたんだけど。オレ達、その前にお茶でも持って行こうって思ってこっちに寄ったんだよ。」
卓哉は、頷いた。
「オレ、昼飯今食べたばっかりで。1時半ぐらいに全員と話し終わって、その後考えたりしてたらどんどん時間が過ぎちゃってね。それで、早く話し合った方がいいからって玲さんに会って言ったら、飯食って来いって言われたんで、後は任せちゃったんだ。」
洋文が、声を潜めて言った。
「それで、狩人は無事に分かったのか?」
卓哉は、それには硬い表情になった。狩人の事を聞くのは、人外という気持ちがあったからだ。
しかし、洋文はそれに気付いたのか、慌てて言った。
「いや、違うんだ、誰が狩人だったとかじゃなくて、護衛先が分かったのかと思って。」
卓哉は、少し警戒気味に言った。
「それも、みんな一緒の所で言うよ。変に疑われたくないだろ?先に行ってるね。」
卓哉は、そこで話を切り上げて、扉から出て行こうとする。雅也が、急いで冷蔵庫へと走りながら、言った。
「待ってくれ、一緒に行こう。もうみんな集まってると思う。」
仕方なく足を止めて待つと、雅也は洋文の分もお茶のペットボトルを取って来て手渡し、そして卓哉と並んで、キッチンから居間へと向かった。
居間では、雅也が言っていた通り、皆がもうソファに座って待っていた。
こうして、みんなが集まっている中に入って行くのは何回目だろうと思いながら、卓哉は大股に歩いて行き、自分のソファへと座った。
「お待たせしました。じゃあ、一人一人に話を聞いて来た結果を伝えて、みんなで今日の吊り先を考えようと思って集まってもらったので、その結果を知らせるね。」
全員が、ゴクリと唾を飲んだ。雅也と洋文と同じように、ペットボトル飲料を持って来ている人たちが大半だったが、それを手にじっとこちらを見ている。卓哉は、続けた。
「結局、誰も狩人だと教えてはくれなかったんだ。ただ、オレが部屋を留守にしている間に、護衛先だけはメモを残してくれていた。だから、護衛先だけは分かった。」
じっと固唾を飲んで聞いていた、和也がうんざりしたように言った。
「どうして共有に言わないんだ。せっかく、チャンスを作ったのに。これから護衛先だって、共有者と一緒に考えられるから本人も楽だろうに。」
修一が、咎めるように言った。
「そんな風に言うな。確かにこっちからしたらそうだが、本人だってそれで共有者が自分を庇って、狩人の位置が透けたら襲撃されるだろう。そうなったら、オレ達占い師はたまったもんじゃない。噛み放題なんだからな。共有者だってそうだ。簡単に噛まれてしまうんだぞ。」
和也は、それでぐっと黙った。卓哉は、言った。
「それで…本当は護衛先を言いたくないんだが、みんなの意見を聞きたいと思って。狼が狐を知ったら、どうであれそこを吊るように持って行くかなと思ってね。」と、修一を見た。「昨日狩人が守ったのは、修一さんらしい。」
それを聞いて、修一は絶句した。
洋文が、怪訝な顔をした。
「なんで修一?普通玲か、他に真目が高かった有栖さんじゃないか?そうでなくても、占い師の中なら黒を出したオレが真だった時、狼が狙って来ると考えたらオレ守りが普通なんじゃ。」
しかし、それに太一が反論した。
「でも、それで護衛が成功した。」皆が太一を見る。太一は続けた。「だったら、結果的に読みが合っていたってことじゃないか?」
修一は、太一の言葉で、ハッとしたような顔をして、言った。
「いや…まさかオレだと思わなかったんで、驚いた。そうか、オレで護衛が成功したのか。ってことは、オレは明日は二連噛みされて死ぬんじゃないか。」
普通に考えたらそうだった。狩人が出て居たら迷うかもしれないが、しかし連続ガードが出来ないこの村では、明日は修一は誰にも守られないのだ。という事は、噛まれる可能性が限りなく高いということだった。
「それは…そうなんだけど。」
卓哉も、言葉を濁した。もし、人狼が修一を噛んでいないとしても、これで今夜は修一を噛めるということが分かってしまったのだ。
「でも、普通は霊能者を噛んで来るんじゃ。」そう言ったのは、洋文だった。「狩人が修一を守ったのは間違いないとしても、昨日はオレが出した杏沙さんの黒を、霊能者に黒だと確定されたくなかったはずだろ?噛めるなら、霊能を噛んで来るんじゃないかと思うんだよな。玲は護衛が入ってる可能性が高いとオレ達でも思ってたぐらいだから人狼もそうだろうし、そうなったら、残りの二人のうち、どっちかを真確定させないために噛んだんじゃないか。どっちかが噛まれていたら、残った方がいくら真でも、村目線最後まで真置きするのは難しいじゃないか。」
それを聞いた修一が、眉を寄せながらも、言った。
「それは…つまり、霊能を噛んだけど死ななかったってことか?確かに真でなくても、護衛が入って無さそうな方を噛んで成功したら、次の日いくら玲でも真置きされるのが難しくなる、って考えたって?」
洋文は、頷いた。
「そう。それで、死体無しが出たって事は、もしかして霊能に狐が紛れてるんじゃ。」
有栖が、顔をしかめて真紀を見た。
「でも…真紀さんって狐っぽくないように思うんだけどな。狐陣営だとしても、背徳者じゃないかって動きな気がするの。あまり意見を出さないし…自信が無さそうな感じがして。」
真紀は、明らかに機嫌を損ねた顔をした。
「あなた目線私が偽であるように、私目線でもあなたは偽なんだからね。私から見たら、しっかり発言する自信がありそうなあなたの方が狐か人狼に見えるけどな。」
有栖は、ムッとしたような顔をした。
「私は真霊能者よ。だから自分の結果には自信があるの。あなたはどうして結果を見ているのに自信が無さそうなの?おかしいじゃない。」
玲が、割り込んだ。
「対抗してるんだから言い合いになっても仕方ないよー。それより、当事者よりも他の人たちだよね。黙ってるけど、剛とか信吾はどう思ってるのー?」
剛は、困ったように女子達が言い合うのを見ていたが、玲に話を振られておずおずと言った。
「うん…オレは、素直に修一さんが真占い師だって分かったのかなって思ったんだけど、修一さんの昨日の結果は信吾白だし…洋文さんなら素直に噛んだんだろうなって考えるんだけど、噛まれたのは修一さんでないような気がするんだよね。そうなると、狐だけど、グレーに狐が居た時、そんなピンポイントに噛めないと思うから、役職の中かなって。つまり、莉子さん、有栖さん、真紀さんの内に誰かなって思うよね。」
隣りで、信吾が頷く。
「確かにね。修一さんで無かったとしたら、その辺りが噛まれてるはずだもんね。そう思うと、今日は役職者から吊った方が良いってことかな?」
莉子が、自分に矛先が向いたのが意外だったようで、驚いたように首を振った。
「私は真占い師なのよっ?吊り対象ってどういうこと?」
玲が、それにはおっとりと言った。
「だってねえ、昨日守られてたのが修ちゃんだったんだよー?でも、修ちゃんって噛まれそうにないじゃん。確かに莉子ちゃんも噛まれそうにない位置だけど、有栖ちゃんと真紀ちゃんが対象になるなら、莉子ちゃんもかなあって。もちろん、洋くんもだけどね。洋くんなんか、人狼が真だと思って噛んだら死ななかったって思ったらあり得る位置だしなあ。修ちゃんだって守られたのが分かっただけで、噛まれたのかどうか分からないから外せないしね。とはいえ、昨日の時点でってなると、霊能者かな?霊能ローラーしたら人外は一人は落ちる事になるんだから、いいんじゃない?占い師は明日以降考えたらいいと思うよ。まだ呪殺だって出る可能性があるしね。占い師の真贋は結果で付けられるから、まだ置いといていいんじゃないかなあ。」
話が、どんどんと役職を吊る方向に流れて行く。
卓哉は、隣りの雅也、その向こうの幸太郎を見た。
「雅也、幸太郎さんも、どう思う?」
雅也が、考えていたようだったが、こちらを見て、真剣な顔で頷く。
「…オレも、今日は霊能どっちかからでいいと思う。二分の一で絶対に人外が吊れるんだし、そこがもしかして狐だって言うんなら、いいんじゃないかな。そりゃ呪殺出来るのが一番いいんだけど、そんなことを言ってる間に村人の負けが確定してしまう盤面になってしまうかもしれないだろ?そう思ったら、それらしいところを吊って行った方が良いんじゃないかって。」
幸太郎も、珍しく真面目な顔で言った。
「オレもそう思う。今日は、霊能からでいいんじゃないか。」
席順的に、有栖と真紀に挟まれる形になっている、和也も言った。
「オレも賛成だ。狩人が護衛成功していたとしても、そうでないとしても、占い師に手を掛けるのは明日以降でいいと思う。今日は、二分の一の確率で必ず人外に当たるんだから、霊能から行こう。」
有栖が、険しい顔をしながらも、言った。
「…仕方がないわ。村目線じゃ、どうしてもそうなってしまうわよね。だったら、私は自分の真目が上がるように夜の投票前の話し合いまでに考えをまとめて来るわ。私が生きていた方が、村のためになるって思ってもらえたらいいんだものね。」
しかし、真紀は取り乱して立ち上がった。
「嫌よ!どうして役職者の私達が吊られなきゃいけないのよ!片白の中に黒と、もしかしたら狐が混じってることが分かったんでしょう!だったら、そっちを詰めた方がいいんじゃないの!私は真霊能者なのよ!」
太一が、うんざりしたように言った。
「仕方ないじゃないか。絶対誰かが吊られるんだし、玲さんが証明してくれたように村が勝ったら戻って来れるんだよ。だったら、村が勝つように祈ればいいじゃないか。君以外が居なくなっても、村が勝たなきゃ結局君は帰れないんだぞ。」
真紀は、泣きそうな顔になった。そうは言っても、死ぬのは怖い。本当に帰って来られるのか、そんなことが頭を過ぎっているのかもしれない。
「…じゃあ、みんなの意見を汲んで、夕方6時にここに集まった時、霊能者二人の意見を聞いて、どちらかに投票することにします。今は、これで解散で。」
有栖が、凛として立ち上がると、スッと歩いて居間を出て行った。恐らくは、自分が真であるということを、皆に納得させる情報を集めてまとめておこうと思っているのだろう。
一方、真紀はがっくりと項垂れたまま、どうしたらいいのかと心細そうな顔をしていた。
こうして見ると、真里も莉子も、そんな真紀に声を掛けることも無く、遠巻きにしているのが分かる。
孤立無援な感じを受ける、真紀が本当に人外なんだろうか。
しかし、一人で頑張っているような印象を受けるのは、有栖も同じだった。あの、持って生まれた凛とした雰囲気が、皆を説得するのに役に立っているのは確かだが、自分の力で勝ち取った真目なのだ。
卓哉は、真ならもっと頑張って村に貢献しようとしてくれるはずだと、自分に言い聞かせて無理に真紀に背を向けると、急いで自分の部屋へと向かった。
一刻も早く、一人になりたかった。
誰かを殺す話し合いをするのなど、本当は卓哉もしたくは無かったのだ。その相手に、掛ける言葉など、それを主導している自分にあるはずなどなかった。
卓哉は、いっそのこと素村だったら良かったのに、と自分の役職を呪った。