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その館の中は、外とは違って快適な温度だった。
入ってすぐは広いホールになっていて、正面には映画に出て来そうな木製の大きな階段があった。
こちらの想像に違わず、床一面には高価そうな絨毯が敷き詰められてあって、天井からは大きなシャンデリアがぶら下がっている。
ホールの両側には、また大きな木製の、彫り物が施された両開きの扉があって、そちらに部屋があることが分かった。
そして、その扉には明らかに後から付けただろうと思われる、プレートがあった。向かって左側の扉には居間、右側の扉にはダイニングキッチンと書かれてあった。
「…誰も居ないのか。」
先に入っていた、幸太郎が言う。玲が、後ろから叫んだ。
「誰か居ませんかー?!」
いきなりのことに皆驚いたが、しかし館の中はシーンと静まり返っていた。
玲は、肩をすくめた。
「誰も居ないなら、まだ来てないんじゃない?とりあえず、そっちの居間とかいう所で待ってるー?」
言いながらも、もうそちらに向けて歩いて行く。修一が、慌てて言った。
「玲、勝手にそんなこと…、」
だが、玲は扉を両手で掴んで、押した。
すると、その大きな扉の向こうには、それは広い居間が広がっていた。
正面には暖炉があって、使われてはいないようだったが綺麗に掃除されている。
天井からは、ホールにあるほどではなかったが、横に大きなシャンデリアが黄色い光を落としていた。
暖炉に向かって左側には大きな窓があり、その窓にはワインレッドの重そうなカーテンが吊り下がり、脇にまとめられてあった。そして、なぜか暖炉の前の広い一角には、一人掛けのソファがずらりと円を描いて置かれてあった。
「凄い部屋ねえ…。」玲にくっついてその部屋へと足を踏み入れた杏沙が目を輝かせて言った。「ねえ、本当に賞金、もらえるかもしれないわよ。ゲームに勝つぐらいでって思ったけど、こんな凄いお屋敷を持ってる誰かなんだもの、きっともらえるわ。」
洋文が、苦笑した。
「レンタルかもしれないだろう。普通に考えて、こんな屋敷を所有してたら見た目は良くても金がかかって仕方がないじゃないか。それより、あれは?なんかこんな屋敷に合わなくないか?」
見ると、暖炉の上には大きなモニターが吊り下がっていた。ここで、映画でも見るのだろうか。
卓哉が思っていると、玲がつかつかとソファへと歩み寄って、それに触れた。
「…これ、よく見たら15脚あるよ。それに、ここに番号が打ってある。もしかして、ここで話し合ってゲームをするんじゃない?モニターは、何なのか分からないけど…。」
玲がそう言ってソファを確認している間、皆がそろそろと居間へと入って来た。そして、最後尾の太一が居間の扉を閉めた瞬間、突然に正面のモニターがパッと点いた。
『ようこそ、人狼の館へ。』モニターには、誰の姿も無い。だが、青い画面の向こうで、声は続けた。『では、皆で名札についている番号順に座ってゲームを始めようか。』
名札の番号?
卓哉は、思わず自分の名札を見下ろした。そこには、卓哉、という名前の後ろに、小さく「7」と書いてあるのを見た。
「…?」
卓哉は、フラッとふら付いた。めまいか…そんなに長く立っていた訳ではないのに…。
何とか踏ん張ろうとしたのだが、足が言う事を聞かない。膝をついて脇に立っているはずの雅也に助けを求めようと貧血なのか霞んで来る目で見ると、その雅也がどうと目の前の絨毯の上に倒れて来た。
「…雅…也、」
口が動かない。
異変に気付いて回りを見ると、皆が皆バタバタと絨毯の上に倒れ込んで行くのが見えた。
…どういうことだ…?
卓哉はそう言おうとしたが、口はもはや動かず、視界はそのままぱったりと途切れた。
次に目が覚めた時、卓哉は何か柔らかい物にもたれ掛かって、キラキラと輝く天井のシャンデリアを見ていた。
ハッとして体を起こすと、回りのソファには同じようにソファに背中を埋めて目を閉じている面々が目に飛び込んで来た。
雅也は…?!
急いでみると、雅也は隣りのソファに居た。卓哉は、必死に雅也の腕を握って揺さぶった。
「雅也!雅也…大丈夫か!」
雅也は、うーんと唸る。その時に見た、名札の番号は8だった。雅也は、目を瞬かせると、卓哉を見て、ハッとソファから背を上げた。
「卓哉!なんだ、オレ、急にめまいがして…お前に掴まろうとしたら、お前も膝をついたから、そのまま倒れちまった。」と、回りを見た。「なんだ、みんなそうなのか?どういう事なんだ、ゲームってこれか?」
見ると、向かい側辺りに座る玲が同じようにふらふらと体を起こしたのが見えた。卓哉は、玲に向かって声を上げた。
「玲さん!大丈夫ですか。」
玲は、頭を振って自分をしっかりさせようとしているようだったが、卓哉の呼びかけに弱々しく微笑んだ。
「うん、僕は大丈夫だよー。それより、みんな大丈夫なの?」と、隣りの修一の腕を掴んで揺すった。「修ちゃん、大丈夫かい?うーん、でも、脈拍は正常だし問題無さそう。眠ってるだけみたい。」
そんな風に騒いでいるせいか、次々に回りのみんなが目を開いて状況が呑み込めない様子で狼狽した顔をする。洋文が、顔をしかめて肩の凝りをほぐすように回しながら、言った。
「なんか知らんが急に眠気みたいなのが来て意識が無くなるのを感じた。」と、ふと腕を見た。「なんだ?こんなもん着けて来た覚えはないが。」
それを聞いて、全員が自分の左腕を見た。
そこには、時計のような大きさで、銀色の腕輪のようなものが、ぴったりと貼りつくように装着されているのが見えた。見たところ、全員が同じ物を同じ場所に着けているようだ。確かに、卓哉は腕時計など何かが体にくっついているのが面倒に思う方なので、こんな物はつけて来なかったはずだった。
しかも、外そうとしてもびくともしない。
「なんだろう…?液晶が付いてるし、テンキーもある。」
すると、パッとまた、モニターがついた。皆の視線が、上に向かう中、対面の方向になる者達の視線は、こちら側の上を向いているのに気が付いて、ぐるりと反対側の上を見ると、そちら側にも扉の上に当たる位置に、同じようにモニターが設置されてあった。
どの位置に座っても、きちんとモニターが見えるようにという事のようだった。
『では、準備が出来ましたのでゲームの説明を致します。』
画面には、相変わらず誰の影もない。
だが、そこには皆の名簿らしきものが表示されてあった。
1杏沙
2剛
3信吾
4太一
5真里
6莉子
7卓哉
8雅也
9幸太郎
10有栖
11和也
12真紀
13玲
14修一
15洋文
「ちょっと待て、どういうことだ?」洋文が、モニターに向かって叫んだ。「なんだってこんなことをするんだ。この時計みたいな腕輪はなんだ?気絶させるなんて、暴力だぞ。」
確かに乱暴な話だ。
卓哉は、そう思って黙ってモニターの返事を待った。モニターからは、落ち着いた若そうな男の声が聞こえて来た。
『これからのゲームに真剣に向き合っていただくために、わざとこのような手段で皆様の準備をさせていただきました。まず、最初に申し上げておくのは、勝利陣営の方々には、間違いなく一人100万円ずつの賞金が渡されます。お帰りになる際に手渡しで現金でお支払いすることは確約致します。』
おお、と卓哉は内心は思ったが、顔には出さなかった。しかし、女子達のうち何人かは、もろに顔に出てしまっていた。
それでも、洋文は険しい顔をした。
「金なんかどっちでもいい。人狼ゲームをするだけだと聞いて来たんだ。暴力を受けてもいいとは一言も言っていないぞ。」
モニターの声は、さらっと答えた。
『暴力とは?後遺症の残らない薬品でしばらく眠って頂いただけです。もっと強い薬で確かな暴力の結果を残して欲しいとお望みであるなら、これからはそのように。』
洋文が更に言い返そうと口を開いた時、玲が横からその腕を掴んで首を振った。そして、言った。
「別に、喧嘩を売ってるわけじゃないんだよ。ただ、君達が僕達の命を手中に収めてるような印象があるから、心配してるだけだ。だって、ゲームをして勝つだけでそんな大金がもらえるって言うんだから、それなりの危険はあるかもって覚悟はして来たよ?でも、命を差し出すほどの額じゃないからさあ。」
命を手中に、と聞いて、卓哉はぞくっとした。回りの皆も、サッと顔色を変える。
確かに、殺そうと思ったら、さっさと殺せたのかもしれない状況だ。
洋文はモニターの向こうの人に正論で謝罪でもさせようと思っているのかもしれないが、この状況でそれは得策だとは思えなかった。
玲の言葉に、大して動揺した様子もなく、声は答えた。
『確かにそうですね。我々は、意味も無く命を奪ったりはしません。決めるのはあくまでもあなた方です。それでは、ゲームの説明をしましょう。まずは、時間の過ごし方からです。』
画面の半分に、スケジュール表が現れる。
しかし、卓哉はその言葉の意味を考えていて、それどころではなかった。相手は、意味も無く命を奪ったりはしない、と言った。決めるのは、こちらだと。
それが、どういう意味なのかよくわからなかったが、何やら薄ら寒いものを感じた。
皆がどう思ったのか分からなかったが、洋文も黙って眉根を寄せたまま、説明を聞く体勢になっている。
声は、淡々と言った。
『ご覧の通り、夜22時には消灯されます。その際、部屋は施錠されますので、ご自分の部屋へと入っているようにしてください。村役職の役職行使時間は、22時から24時です。腕輪にあるテンキーで、占い師は占いたい相手を、狩人は守りたい相手の番号を入力して、0を三回打ち込むと決定されます。占い結果、霊能結果共に液晶画面に表示されます。24時には結果は消えるので、それまでに確認してください。次に、人狼の役職行使です。24時から明朝5時まで、人狼の方はこの時間帯、部屋の外へ出ることが出来ます。集まって、誰を襲撃するのか話し合い、襲撃する相手の番号を入力して、0を三回押して決定してください。そして朝6時に、部屋は解錠されますのでお好きに過ごしてくださって結構です。キッチンにたくさんの食べ物を随時準備してあります。毎日補充されますので、ご安心ください。議論などはお互いに話し合って時間を決めておこなってください。ただ、夜19時になりましたらこちらへ集まり、音声ガイダンスに従って必ず誰かに投票してください。そうして、誰か一人を必ず追放してください。以上のルール、また、ゲーム以外で他人に迷惑を掛ける行為などは、全て追放対象となり、ゲームから脱落となりますのでご了承ください。ルール違反での脱落をされた場合、陣営の勝利があったとしてもその人には賞金は支払われません。』
命の保証とかそんな話が出て居た後だったので、賞金がどうのと言われても、今はピンと来なかった。しかし、それをじっと見ていた真紀が、おずおずと口を開いた。
「あの…追放って?他の部屋で待機って事ですか?」
男の声は、言った。
『質問は全ての説明が終わった後に受け付けます。』
突き放すでもなく歩み寄るでもない、そんな事務的な口調だった。
それでも、びくびくとしていた真紀はそれで黙った。次に、スケジュール表が消えて、役職一覧が出た。
『次に、ゲームについてのご説明です。15人役職多め村です。内訳は、村人3人、占い師2人、霊能者1人、狩人1人、共有者2人、人狼3人、狂人1人、妖狐1人、背徳者1人。詳しいご説明は、人狼ゲームをするという前提で募集しているのでご存知であるとして省略致します。本日は初日で、初日占い有り、人狼の初日襲撃無し、狩人の連続ガード無し。つまり今夜の襲撃も狩人の守り先入力も無いということです。占い師だけ、占い先の入力を行ってください。明日から、夜19時の投票と、22時からの全ての村陣営の役職行使、24時からの人狼陣営の役職行使が行われることになります。それでは、腕輪をご覧ください。」
全員が、言われるままに自分の腕輪を見る。すると、声が続けた。
『只今から、ランダムに役職がそちらの液晶画面に現れます。人狼の方には他の仲間の番号が、共有者のかたには相手の番号が、それぞれ表示されますので、見逃さないようにしてください。』
突然の事に、卓哉は驚いた。回りも慌てふためいて、急いで液晶画面を他から見えないように右手で覆うのが見えた。
卓哉も、急いで手で隠して、そこに何かが現れるのを待った。