無題、悪夢、地獄、暗黒世界、死神誕生、少女堕ち、どれかを自由に選べ
ちょっと…グロテスクなシーンがあるやも知れません。そこは自己判断で!
そこは何と説明すれば良いのか。その判断もつかぬ空間。ただ言うなれば、古びた荒街の、黒い路地。
下方に熱気が漂い、上方には冷気が詰め込まれている。生温い空気。下が暑くて上が寒い、あべこべな温度。
その可笑しな光景。光は無い。
路地。道路。アスファルト――アスファルトなのだろうか――にはヒビが。同様に、ストリート――ストリートだろうか――にもヒビが。…これはどこかで見た…映画だ…映画の中のワンシーン…しかも地獄の場面ではないか…。
私(男なのか女なのはか忘れてしまった)は、その中を、冷気と熱気を混じらせるかき混ぜ棒のように、ゆっくりと――いや、速度などここでは関係無いのだ。勿論、時間も――ゆっくりと、そこを歩み進んでいく。
私の視線は前を見据えていて、何も見てないでいる。
ふと視線を横へ移すと、古びた土色の石壁に、‘探しています’の貼り紙が、何枚も塗ったくるように掲示されていた。その貼り紙の中の人々は、皆様々な種族であり、また貼り紙の文字も、様々な種類のものであった。しかし私には、全ての言語が理解できていた。貼り紙には、赤黒い汚れがついていた。
目を凝らしてみると、貼り紙などの他に、色々なものが見えてきた。聞くこともできる。
まず、人間(恐らく男)が、ヘッドフォンをつけたまま目を放心したように虚ろにさせ、どこかを見ていた。
ヘッドフォンをよく見ると、男の耳…いや、頭部にズブズブと埋め込んであるのがわかった。私は、あきらかに男自身の故意だと感じた。楽しそうに体を揺らし、音楽を聴いている。そそこまでに音楽を愛しているのだろう。音が漏れていた。ヘッドフォンからではない。男の口(かすかに開いた)から流れ出していた。
私は、なんの音楽なのか気になって、男の口を、がこ、と広げてみた。思った以上に大きく広がり、みちみちッと皮膚が突っ張った。先程よりも、大きい音量で流れる音楽。しばらくその音楽に耳をすましていたが、残念ながら、知らない音楽であった。
女の悲鳴が聞こえた。私は驚きもせず、そちらに目をやる。歓声であった、悲鳴というよりは。悦んでいるような。
女は複数いた。黙って他の女達を見続ける女もいたが、大半の女達は、灰色のスカートを振り乱し、ぎゃあぎゃあとその場を駆け回っていた。女達の表情は無邪気だ。
かけっこを見ていた私は、思わず笑みがこぼれた。微笑ましかった。
私の目に、肌色の物体が飛び込んできた。
もやもやとまだ形作られていなかったものの。だんだんとその肌色は、人間の男と女の裸体となり、私の目の前に現れた。女は、ただ男に愛撫を続ける。男も然り。互いは、その限られた二本の手で、躰を触れ合い、口から同じような愛の言葉を吐いていた。いや、実際にはハッキリとした言語には聞き取れない。私の独断、感じただけだ。二人はやがて、体勢を変えたり、場所を少しずつズレたりしていた。しかし二人は、何があろうと、離れはしなかった。私は、それがひどく羨ましく思ってしまった。
さて、先に進もう。
だんだん、さっきのようなものは見えなくなっていた。
代わりに、様々な景色が目の前には広がっていた。
はじめは戦場だった。血に濡れた刀が、刃こぼれした刀が、何本も突き刺さり、周りには骸骨になった屍が、ボロボロと地を這っている。私は血の匂いに、何故だか物凄く虚しくなってしまった。
次は学校だった。教室、グランド、部活動部室。そこには、土で汚れた靴が、何個も脱ぎ捨ててあった。
最終は民家である。そこに、二人の人間がいた。顔はよく見えないが、私の父と母だったような気がする(私には父と母がいたのだろうか)。
民家を出た。
私は…なんとも言えない気持ちになった。
――一体どこなのだろう、ここは。私は、この場所を知ってる。
私がいる場所は、再びはじめの路地に戻った。路地を、ずっと進んでいく。途中で黒い雨が降った。私の髪と服は、真っ黒になった。
そして私は、だんだん寂しくなってきた。もう飽きてきたという感じに似ている。
………おい、いい加減にしておくれ。そろそろここから出してくれよ。
私は、誰に向かったわけでもなく。ただ、低い声で言った。
「勝手に出て行けばいいじゃない。そんなの、あなたの自由よ」
少女だ。
少女は何処からともなく現れて、私の目の前に居た。今にも壊れてしまいそうな、ぼろぼろの椅子に腰掛けている。
どこかで見たことのあるような顔だ。はて、どこで見たのであろうか。
「飽きてきたの?飽きてきたのなら勝手に居なくなってよ。ここは私の世界なの。あなたにはあげないわ」
ひどく悲しくなった。
何故だろう?同情か?この少女に対する同情なのだろうか。私は、私は何故泣いているのだろう。
「ふふふ。私の世界は寂しいでしょう?それがいいの。もしこんな世界に寂しくないものが現れたりしたら、私、辛くて死んじゃうわ」
死。
私は少女の顔を懸命に見た。誰なのだこの少女は。
どこかで見たことがあるのだ。大昔に、そして極最近に、見た。
どこで見たのだろう。……絵…写真?…………――――――鏡。
この少女は鏡で見たのだ。
そう――――――――少女は私である。
私(少女)は、私に告げる。
「私はこの世界で生きていくの。何も無い、とても不便ではあるけれど、ここはとても居心地がいいの」
「だからあなたはいらないの。私が二人も居たら、この世界はせまくなる」
私は、私(少女)に反論した。
お前が生きていけるものか。
お前が お前が
「――――――、」
私は私(少女)の名を、戒めるように呼んだ。
「私、つまりお前は死んだのだ。ここは私の死後の世界だ。お前はこの世界で生きてはゆけない。生きてはならないのだ。私はもう死んだ。なにも、未練など無いはずだ」
「なぜそう思っているの、あなたは。確かにあなたに未練は無いわ。でも私は、私はね」
私(少女)は、笑いながら泣いている。
「死にたくないのよ!!!」
少女は泣いているが、私は別に悲しくなどなかった。
何故だろう。何故か少女のことが憎くなり、少女のことが鬱陶しくなった。
なにをめそめそと。なにを自分勝手に。―――――――こいつは自分のことが可愛くて仕方がないようだ。
苛立った。
私は少女を殺した。
たちまちに、世界は骸だけとなっていた。あの男女も、灰色のスカートの女たちも、ヘッドフォンの男も。
みんな肉の剥げた骸骨になっていた。
少女も然り。
少女の頭蓋骨が、残った。
少女の頭蓋骨は、全然可愛くもなんとも無いお面になっていた。
「………なかなか、似合いそうだ」
ワタシは笑った。笑ったつもりだったが、うまく顔の筋肉が動かず、無表情のままだった。
ああ、そうか。笑顔なんぞ、この姿には必要無い。
真っ黒いコートを翻し、元の道を戻り始めた。
‘探してます’の張り紙。その張り紙を見つめながら、この手でなぞっていくと、どろついた液体がその張り紙らから湧き出た。ワタシはその出来事に驚きもせず、振り返りもしないで進んでいった。
湧き出た液体は、やがて形を作り、屍や人間の姿へ成った。
人間は、白く輝き、笑顔でワタシに何かを叫んでいた。
ワタシは、いちいち振り返り答えるのもなんだか恥ずかしかった…いや面倒くさかったので、かっこつけたかんじで、後姿で手を振った。
それだけしか、出来なかった。
死を司る神。―――死神。
ワタシはそのような存在になれたのだろうか。
否、成ったのだ。ワタシは死神。少女の死を、強く望む。少女の生を、強く望む。
少女の……――――――幸を、強く望む。
「ワタシの名前は死神DEATH、どうぞよろぴくおねげえしまっす」
「な…なんじゃそりゃァァァァァァ!!!!!!!!」
少女は、松田●作並みのリアクションをとった。
少女よ、幸あれ。
実はこれ、まじで私が見た夢です。怖かったです、自分を殺すの…がたがたぶるぶる(笑)まあだいぶ前の話なんですが。この夢を見てから、死神の話を思いついたしだいです。ちょっとだけ、これからの展開に重要な感じですが、そんなに関係ないので、頭の隅っこにでもおいといてくだされば、と。