五話
俺は永佳の代わりに不動産屋さんに謝り、永佳の後を追う。そして、外で待っていた永佳はにやにやしながら仁王立ちしていた。
「いいこと思いついちゃった。どうせ、物件探して入居可能になるまで灯貴の家に泊まることになってたし、そのまま居候させてもらおうかな」
「は?」
確かに家は何を隠そう大学徒歩圏内だし、部屋も余っているし、エアコンをつけようと思えばつけることができる。そして、一軒家だからこそ風呂もトイレも別だ。
だが、それはいくらなんでも、いくらなんでもだぞ?
「ま、待て待て。そんな、居候するなんてマックスも許さないだろ?」
そうやって正論を振りかざしてみるが永佳は誰かに電話をし、というかいつの間にかマックスと連絡先を交換していたらしいくマックスに電話をし始めた。
「あ、真武くん? いい物件なかったから、しばらく居候させてもらうことってできる? お金も入れるし、なんなら食事当番もやるよ! 後、真武くんのお願い事ならなんでも聞いちゃう」
「いやいや、いくらマックスでもそんな条件を出されたところで、オッケーするわけない。それになんでもお願い聞いちゃうとか、そんなの変なお願いされたらどうするつもりだよ?」
さらにど正論を言ってみると、永佳は俺のことを思い切り睨んできて、獰猛な狼のようにグルグル言っていそうな顔を見せる。
いや、怖いって。
「あ、ほんと? よかったー。じゃあ、今日からよろしくお願いします」
は?
「真武くんいいってさ。それに灯貴みたいにえっちでキモイお願いとか考えてないよ、真武くんは。学祭実行委員会に入ってくれればそれでいいってさ。はぁ、なんて優しいんだろ、真武くん」
「おいいいい、マックスぅうううううう!!」
俺は焦って、マックスに電話を掛けてみる。
「なんだ? もうそろそろスポンサーのところに着くから後にしてほしいんだが」
というマックスの声がスマホから聞こえてくる。
「いや、おま、いくら何でも永佳と一つ屋根の下で暮らすとか無理だよ、無理無理。それにマックスだって永佳と会ったことなんて数回しかないじゃねぇか」
マックスは俺の従兄であってもこのエリアに住んでいたわけじゃない。小さい頃こっちに遊びに来たとき永佳を含めて遊んだりしていただけだ。
それなのに、簡単に家に住まわせるとかいう価値観にまったく共感が出来ない!
俺は一度永佳の方を見ると、永佳はすごくうれしそうに満面の笑みを浮かべている。
可愛い……。いや、違う。
「叔母さんから家のことの決定権は俺にすべて一任すると言われている。叔母さんが使ってた部屋も余ってるし、ほったて小屋みたいなところに住まわせるよりかは男所帯のところに住まわせた方が変な虫も寄り付かんだろう」
確かにそうかもしれないが……、いや、でも待て。そもそも、俺らのどちらかが変な虫ならぬ狼になってしまうかもしれない可能性を考えていないのか?
だって、こんな……。アイドルになれるほど可愛くて、モデル業もできるほどスタイルもいい女の子が一つ屋根の下にいて正気でいられるのか?
永佳は俺の方に一歩近づいてきて、芳しい香りを放ちながら上目遣いで俺を見てくる。
永佳の姿はまさに高貴なるダイヤモンド。キラキラ光を反射させつつ、俺の目にその後光を焼き付けてくる。
ま、まぶしい。
「やっぱり無理だ、俺には無理だ!! それにマックスが突然永佳を襲う狼になっても俺にはお前を止められるだけの筋肉は持ち合わせていない!!」
「……切るぞ? お前のそんな妄想に付き合ってる時間はない。お前が変な気を起こさない限りは家ではそんな間違いは起こりえない。さて、話はこれで終わりだ」
ぶつん、つーつーと機械的な切断音が俺の耳に入ってくる。
う、嘘だろ?
「残念だったね? そんなにこのあたしと一緒に住むのが嫌なのかな? あたしはうれしいけどなぁ」
「……え? うれしいって?」
と俺の反応を見てなのか、永佳はクスクスと笑い声を堪えきれずに俺を嘲笑しているかの如く、
「ほら、真武くんってすごくいい身体してそうだし、かっこいいし優しいし、あんなにいい人と一緒に住めるなんて女冥利に尽きるわ」
と嬉々とした声でくるくるダンスのステップのごとく一回転し、そう主張してくる。
に、逃げて、マックス! じゃない、え……。
「え、永佳はマックスのことが好きなのか?」
「さぁ、どうでしょう?」
さらに永佳はいたずらっぽくニマニマと俺の反応を楽しんでいるようだ。
本当に永佳は……、変わってしまったなぁ。いつから、こんなひねくれた奴になってしまったんだ……。
まぁ、いい。
「わかった、もう、マックスに逆らったところで勝てるわけでもないし……。とにかく、さっさと住む家決めるんだぞ?」
「善処しまーす」
別に、俺だって永佳と一緒に住むのが嫌なわけではない。もちろん、こんなかわいい子と一緒に住むなんてドラマみたいだし、ラッキースケベとかなんとかかんとかがあったりして、気付いたら恋に落ちて、マックスがいない時を狙って二人であんなことやこんなことが出来るかもしれないわけだし。
だが、その前に俺が耐えられるかどうかがわからない、もう一度貞操を失ってしまった(?)らしい俺にはそんな歯止めが効くのかもわからない。
それに、こんなに変わっていても永佳のことはずっと好きだったんだ。だから、付き合いたいし、俺のダメなところをいちいち監視されて評価を落とすわけにはいかないからこそ、家にいるのに気を抜けない。
くそ……、いったい俺の平穏はどこへ向かって行ってしまうんだ。
「じゃあ、お家も決まったことだし、早速大学に行こー!!」
俺の気持ちなんてまったく考えてもくれず、永佳はそそくさと大学の方へ歩き始める。