三話
沈黙の時間。
俺は今の食卓の椅子の上に正座をさせられている。
この状況はいったい何なのだろう。
「おい、マックス、これはどういうことだ……」
俺は従兄にこの状況を説明させようとする。
マックスという名前はこのゴリラの本名ではなく、あだ名である。
彼の名前は真岸真武という。俺が小さかったとき、マキシマムと呼んでから気付いたらマックスというあだ名になっていた。
目の前のマックスはうほっと言いながらバナナをほおばり、うほっという。
嘘だけど。
「昨日、言ったじゃねぇか。話すことがあるから必ず家には帰ってこいよって」
無駄にゴリゴリに隆起した二の腕の筋肉を見せびらかしながら、マックスは牛乳を啜る。
顔もゴリラのように濃ゆい顔で筋肉までゴリゴリに膨らんで、一体マックスは何になりたいのだろう、と思いながら俺はマックスの右隣に座るやつを睨み付ける。
「で、なんでお前は俺んちの前にいたんだ、永佳」
と目の前にいるその女、永佳がなぜ朝っぱらからおめかしをして、化粧までばっちり決めて俺の家の前に立っていたのかを問う。
すると、永佳は俺が正座させられている椅子を軽く足で小突く。
「それよりもまず何か言うことがあるんじゃないのかな、春原灯貴くん?」
とてつもなく晴れやかな笑顔、だがしかし。
決して目が笑っているようには見えない。
「Hey Hey、そんな怖い笑顔で見つめないでくれYo、夏目永佳ちゃん。惚れちまうぜ」
わざとラッパー風に適当なことを言ってみる。
永佳はてきとーなことを言う俺に先ほどよりもほんの少し強い力で椅子を蹴飛ばしてくる。
「って、永佳、お前はいつからそんな暴力ヒロインみたいになってしまったんだ?!」
「うっさいなー。せっかく十年ぶりくらいに会ったのにもっと他に言うことあるんじゃない? 真武くんなんて、永佳ちゃん、久しぶりだな。ものすごい別嬪さんになって惚れちまうぜって言ってくれたんだよ?!」
「惚れちまうぜ、なら俺もいったじゃないか!」
「はぁ?! なにさ、あんなふざけた態度取っておいてそんなこと言うわけ?!」
俺らが開口一番喧嘩をおっぱじめそうなときに、マックスが、
「まぁまぁ、お前ら朝っぱらから喧嘩することはないだろ。灯貴も久しぶりに永佳ちゃんに会って緊張してるんだ」
と俺らの間に入り仲裁をする。
別に緊張なんてしてない。俺の知る永佳がやはりどこにもいないと思って、少し悲しい気持ちになってるだけなんだからねっ! ぷんぷん。
永佳の方を見ると、少し寂しそうな顔を見せている。寂しそうな顔をしたいのはこっちの方だ。
昔の永佳は、ともくーん、待ってー、置いてかないでー。と泣きべそをかきながら、俺の後ろに従順にもついてきていたというのに。
「それでは気を取り直して灯貴の質問ではなく、あたしの方から尋問をします。あんた、朝まで何やってたの?」
うぐっ。そこを触れられたくはない。
「そうだぞ、灯貴。さっきも言ったが、必ず家には帰ってこいって言ったよな?」
「気付いたら朝だったんだ……。約束を忘れるほど飲んでた俺が悪いです、ごめんなさい」
「まったく、親のお金で大学行かせてもらってるくせに朝まで飲み歩いてるなんて信じられないんだけど……」
何と罵られようと、二日酔いだし、眠いし、正座つらいし、もうとりあえず謝っておこう……。
「その通り、本当に僕は人として約束も守れない、親に養ってもらいながら遊んで歩くダメでクズな男です、ごめんなさい。だから、もう正座やめていい?」
「どうする、真武くん? まったく反省の色が見えませんが……」
いや、しっかり反省していますしお寿司。
マックスは俺の宇宙一反省していそうな顔を見て、ため息をつく。
「まぁ、ちゃんと帰ってきたわけだし、結果的にこの後の予定も灯貴に改めて任せられるわけだから、俺としてはいいんだが……」
「えー、そうやって甘やかすからこんなになっちゃうんですよ?」
こんなにってなんだよ……。
まだ、再会してそんなに時間経ってないんだが? 俺の何がわかるんだ、と突っ込んでやりたいが、俺はお口にチャックをしておく。
俺は勝手に許されたことにして、正座を解き、椅子に深く腰を掛ける。
「それで? なんだよ、この後の予定って」
「あたしの家探しよ。後、大学まで案内して」
「ホワイ? なぜ?」
「その微妙にたまに出てくる英語ウザい。普通に話して。それにそれくらい察してよ。あたしも来週から一緒の大学に通うの」
あたしも来週から一緒の大学に通うの。
あたしも来週から一緒の大学に通うの。
……?
「え、はぁ?! いや、お前、大学に通うってどういうことだよ??」
「何言ってんの、文字通りの意味でしょ。来年度からの新入生として大学生になる、ただそれだけじゃん」
「いや、だって、ほら。元アイドルで現ファッション雑誌のモデルのEIKAだろ、お前?」
俺が口走った疑問を聞いて、永佳は、
「なんだ、ちゃんと見ててくれたんじゃん……」
とぼそっとつぶやきながら先ほどまでの笑っていない笑顔とは異なり、破顔したように笑みをこぼす。
「アイドルは勉学に集中するためにやめたの、それはアイドル卒業するときにちゃんと言ったつもりなんだけど。モデル業は大学にいって独り暮らしするには続けなきゃいけないだろうからやってるだけ。あたしだって、大学生になりたいよ」
そ、そんな……。
まさか。
永佳が同じ大学の後輩に?
元々、永佳は俺と同い年だ。アイドルをやめたのは一年前。おそらく、高校はしっかり卒業したのだろうが、一年間を勉強に集中しただけで腐っても国立大学に進学できるなんてハイスペックなやつだ……。
いや、でも待てよ?
これって、まさに俺が求めたドラマみたいな恋ではないか?
十年近く前に離れ離れになった幼馴染が芸能人になって、みんなの人気者に。でも、その芸能人としての肩書を半分捨ててまで主人公の大学に進学してくる。
こ、こんな……ドラムみたいな展開、あってもいいのか?
「それでマックスは今日予定ありなのか?」
俺は少しニヤついてしまいそうになる気持ちを抑え、マックスに問う。
「俺は今日からスポンサー回りだ」
マックスは、というか俺もだが、大学の学園祭実行委員会に所属している。マックスは委員長を務めているため、そういう渉外的な立ち回りも行っている。
地元の飲食店などの学祭のスポンサーになってくれる私企業は実際に足を運んでお礼を言いにいっているのだ。
ということは、早速俺はあのEIKAと本人公認でデート……。
なんて、幸運だ。確かに少し性格が、いや少しどころかとんでもなくひん曲がってしまっているようではあるが、実際にそうなのかどうかは再会したばかりで俺もつかみ切れていない。
「わかった、わかった。俺が永佳と一緒に永佳の家を探して、大学を案内すればいいんだな?」
「そういうこと!」
「わかった。でも、さすがにほとんど眠れてないし、頭痛いから1時間だけ寝てもいいか?」
「もちろん、あたしも早く起きすぎて暇だったからお化粧しただけだし。出るのは10時くらいね?」
そうと決まれば、あとは頭痛薬をのんでおふとぅんインだ!