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俺だってドラマみたいな恋がしてみたい!  作者: 満点花丸
第一話 とある日、少女との再会
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二話

 なんだ、ろう、これは、

「ねぇ、もう一回……しよ?」

 全然わからない……。

 頭が回らない。

 なんだか温かい。

 雲の上にいるかのようにふわふわとしていて……。

 俺の顔を覗き込むその女の子の顔を見つめる。

 永佳……?

 顔が近づいてきたとき。

「うほぁわ!!」

 俺はとてつもなく悪い夢を見ていたのか、飛び起きては肩で息をしていることに気付く。

「ゆ、夢か……」

 と俺が一人ボソッとつぶやくと、眠っていたベッドで何かがもぞもぞと動くのがわかる。

 そちらに目を向けてみると、ガウン姿の見知らぬ女の子が寝ているのが見ただけでわかる。

 えっと……?

 え?

 俺は自分の姿を見てみるが、どうにもパンツ一丁である。

 隣で眠る少女は、少し暗めだが茶髪のボブヘアーの髪型をしている。

 一度状況を整理しよう。

 そう冷静になったとき、俺はとてつもない痛みが頭を打ち付けてくるのをやっと理解する。俗にいう、二日酔いだ。

 俺は昨晩、失恋残念飲み会に連れられ、最終的にナイトクラブに連れていかれたことまでは覚えている。

 そして、見知らぬ女の子。

 これってまさかあれなのか。伝説の……お持ち帰りぃいい! って、やつなのか?

 いや、まて、俺はまったく記憶もなく今まで守ってきた貞操を失ってしまったというのか?!

 幸いにも女の子はまだ深い眠りについていそうだ。ここで逃げて俺が忘れれば、このことはなかったことにできるのでは……?

 大丈夫、女性と違って男の貞操は本当に失われたのかどうかなんてわからない。

 よし、そうだ、逃げよう。

 俺は努めて冷静に辺りを見渡すが、来たことがなくても明らかにここはそういう行為をするためのホテルであることはなんとなく察することが出来る。

 お金はどうした……。わからない。

 俺はこっそりベッドを抜け出し、自分の財布を見つけ出す。

 俺の記憶の中にある手持ちのお金とそう変わらない金額である3人の諭吉が俺の財布を温めていてくれた。

 よし、これは手切れ金だ。忘れる代わりにこの諭吉、すべてここに置いていくことにしよう。

 さらば、諭吉ぃ。

 俺は焦りながらも音を立てずに服を着始め、彼女にばれることなく退出することに成功した。

 ホテルを後にし、あたりがまだ若干薄暗いことに気付く。現時点で朝の5時。まだ始発の電車は走っていない。

 身体がずっしりと重いが、ここからなら歩いて帰れない距離でもない。

 三月の寒さが身に染みるが、これは俺の至らない脳味噌がもたらした天罰だと思って粛々と受け入れる覚悟を決め、歩き始める。

 市内一の歓楽街を歩いていると、同じようにへべれけな足取りで歩くサラリーマンや男女でいちゃつきながら歩くカップルなどが見える中、ビルの一角にある酒屋さんに貼られた一つのポスターが目に飛び込み、立ち止まってしまう。

 約一年前、アイドル活動を休止した少女。アイドル当時、清涼飲料水の広告に選ばれ、その広告が今も変わらず貼られているらしい。現在は勉学に専念しつつEIKAとして雑誌のモデル業を細々と続けている、らしい。

 なぜこんなに詳しいのか?

 語るまでもない、ファンだったからだ。それも生まれたときからのだ。

 何を言っているのかわからないだろう、俺も頭がぼやぼやしていて何を言っているのかわからない。そもそも誰に語り掛けているのだろう。

 まぁ、いいや。

 再び足を前に踏み出し始め、俺は自宅へと向かう。

 歩いて小一時間ほど、よく見知った風景が眼前に広がり始める。

 そこここにまだ残る雪も、立ち並ぶ裸の木々もそれと平行線に並ぶアパートやマンションも、少しずつ光景を変えてはいるが、何年も大きくは変わっていない。

 だが、時の流れとはいかにも残酷なものだ。変わってほしいなんて一遍たりとも思っていないのに街の景色は移ろっていく。

 しかし、人は変化に対してはなかなかにナマケモノだろう。何をしなくても受動的に世界は変わっていくが、人の内面や癖なんかは能動的に、しかも強い心を持って変えようとしなければたいていは挫折する。

 例えば、俺が昨日今日で童貞ではなくなってしまったのだとして、それで俺は今日からドラマみたいな恋をしたいという気持ちを捨てることが出来るのか、いや出来ないだろう。

 人だけではない、本来この世界のあらゆるものは変化を嫌う。

 慣性の法則やレンツの法則なんていうものはまさにそれだろう。

 電車が止まるとき、一緒に動く車内の人は安定した動き方を続けようとしておっとっととなるし、コイルを貫く磁力線の数が変わり安定性を失わないように電磁誘導が起こるなんていうのはまさに変化を嫌う世界そのものじゃないか。

 俺も本来ならばそこまで大きく変化して生きていたいと思っている人間でもない。

 好きだった幼馴染の女の子と小学生の時に離れ離れになるのも嫌だったし、泣き虫で俺にずっとひっついていた女の子が俺の見知らぬところでイケイケになって様々な人に笑顔を振りまいているのを想像するだけでも心がぎゅっと押しつぶされそうになる。

 今は俺の自宅だけが心の憩いの場だ。

 確かに、大学入学時に親が海外に転勤してしまったため、ちょうど同じ大学に通う従兄(ゴリラ)が一人暮らしで羽目を外さないようにと住み始めたりはしたが、大きくは変わらない。

 そう、最近になってからは本当に安定した暮らしではあったのだ。

 一つだけいうことがあるなら、幼馴染への恋心がぐつぐつのドロドロに煮込まれておかしな価値観を与えたせいで、女性関係に関してはまったくの不安定であるため、そこを早く安定させたいのだ、俺は。

 それが、先に脱童貞をしてしまうなんて、一生の不覚すぎるのだ。幸いにも、俺の記憶は曖昧すぎるほどに曖昧だ。普通に酔っぱらってパンツ一丁になって寝ていただけかもしれないのだと言い聞かせて心の安定を保つしかない。

 俺は起き抜けで新聞を取りに来るご近所さんに挨拶をしながら歩いていると、ようやく自宅にたどり着こうとしていた。

 だが、この距離になって初めて気づく。

 家の前に女が立っている。

 もっと明確に情報を得るために、その女を観察する。

 真っ白なベレー帽をかぶったアッシュゴールドの垢ぬけたセミロングの髪。今時の女子が着ていそうなビッグシルエットの黒のMA-1に、赤系のフレアスカート、そこから伸びる驚くほど細長い足に黄色いステッチが靴底の横に施されている3ホールの革靴。

 あからさまに都会感丸出しなあの女は誰だ、家に何の用だ。

 もしかして、マックスのあれか、彼女なのか?

 俺は恐る恐る家に近づくが、俺の気配に気づいたその女がこちらを向く。

 その一瞬、時が止まった様に感じていると春一番とばかりに強風が身体を突き抜ける。

 そして、家の前に立つ女が被るベレー帽はその強風にあおられ、こちらに吹っ飛んでくる。何よりも都合よく俺の手元にそのベレー帽が降ってくる。

 俺は降ってきたベレー帽を掴み、もう一度その女の顔をよく見る。

 昔の面影も多少は残っているようにも思うが、そんなのはどこにも感じさせない化粧の仮面を身に着けている。そして、二年ほど前は街のいたるところで見かけたアイドルの顔そのものだった。

「ふーん、朝帰りなんていいご身分だね?」

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