二十一話
「……って、居酒屋じゃねぇか!!!」
「居酒屋じゃねぇか!! じゃないわよ……」
と俺が入った瞬間に誰に突っ込んでるのかもわからない突っ込みをしたのにもかかわらず、入り口すぐのテーブル席に座る永佳にノリ突っ込み的な行動を突っ込まれてしまう。
俺が暖簾をくぐった居酒屋はどこにでもあるちょっと下町情緒あふれた古い雰囲気……を醸し出しただけの結構新しめの大衆居酒屋であった。
特筆すべきことはなにもない、店員さんの制服が可愛いだけだ。
「灯貴は何だと思ってこの住所にやってきたのさ……」
そりゃ……、繁華街の方のしかも何とかビル1Fとか書いてたから変だなぁとは思ったけどさ……。
「それで、舞ちゃんは?」
そのテーブル席には永佳だけが座っていて、テーブルの上には舞ちゃんのスマートフォンが置かれていた。
俺はひとまず店員さんの視線も痛いので、永佳の向かい側の席に座る。
「三条さんならトイレから二十分位出てこないわ。店員さんの視線も痛いの……、助けて」
「お、お前……、もしかして……舞ちゃんに飲ませた?」
「飲ませたんじゃなくて勝手に飲んだの……」
永佳はなんだか疲弊しきった顔を見せながら、うつむく。
うん、わかるよ。
舞ちゃんを酔っぱらわせると面倒くさいよな、わかる。
永佳はもう一度顔を上げ、
「なんなの、あの人……。それに二十分もトイレで何をしてるの、もしかして寝てる?」
「あぁ、舞ちゃんは酔うとトイレに引きこもる癖があるんだ」
「どういう癖よ、それ……」
無理やり出す方法は俺がトイレをノックしてやるくらいだろう、きっと。
もちろん、ほっとけばいずれは出てくるんだろうけど、お店の中でそれをやられるといい迷惑なわけだし。
でも、舞ちゃんが来る前に永佳に聞いておかなければならないだろう。
「なんで、大学生という身分を持ちながらこんな昼間からお酒を飲んでるんですか、あなたたちは」
「それは……、というかあたしは今日の朝に東京から帰ってきて、午前中だけ授業だったし今日まで大学休む予定だったのよ。そしたら急に三条さんから電話が着て今暇よね、遊びに行きましょうって」
「……なるほど。ってか、舞ちゃんから遊ぼうって言い始めるのもなかなか珍しいな」
俺のその言葉に永佳は一瞬ぴくっと反応をし、何かを隠すように苦笑いをする。
「まぁ、隠す必要もない気がするけど、乙女には色々あるのよ……」
「いや、俺も少しは心当たりがあるんだけど……」
きっと、俺のせいだ。
俺が全然ちゃんとしてないから……。
「とりあえず、とにかく三条さんをトイレから引きずり出すの手伝ってよ」
「それなら簡単だ。ちょっと待っててくれ」
とだけ永佳に言い放ち、俺は店の奥にあるトイレに向かう。
トイレの戸の前にいざ立つと、先ほどの講義室の前での緊張感を思い出してしまう。
それに酔っぱらった舞ちゃんのことを思うと……。
ぐぬぬ、舞ちゃんめ。
俺は二度三度深呼吸をし、これから繰り広げられる惨劇、いや喜劇に対して少しの憂鬱を覚えつつノックをする。
おそらくトイレの中の舞ちゃんはそのノックの主が誰なのかわかっていない。
だから、舞ちゃんは中にいるとアピールするためにノックをし返してくる。
もう一度俺はノックをし、
「舞ちゃん、俺だけど」
と語り掛ける。
すると、少しの間の後にものすごい勢いでドアが開き、そのドアは俺の額にダイレクトアタックをかましてくる。
「げふっ」
とあの日のように俺は床にひっくり返り、額の衝撃に悶絶する。
悶絶しながらも、扉から出てきた舞ちゃんを確認する。
その目は人をこれから殺すかのように据わっている。
殺戮の瞳で俺の顔を覗く舞ちゃんは、ものすごい勢いでトイレの戸を閉めひっくり返った俺の身体を足で跨ぐようにしてくる。
今日の舞ちゃんの服装はいつもの舞ちゃんらしからぬラフな格好、ジーンズにニット一枚、長い黒髪も大雑把にまとめ上げているというような出で立ちで、この態勢だとパンツ見えるかも、見えないかもみたいな期待は毛ほどもなかった。
いや、こんな状況でパンツ見たいなんて思い始めたらいよいよやばいやつだぞ、俺。
「や、やぁ、舞ちゃん」
「…………ふわぁああ、は、春原きゅぅうううぅん!!」
う、うぅ……始まった。
いつもの冷静な舞ちゃんと打って変わって、カナリアが鳴くような澄んだ甲高くどでかい声を上げて俺の存在に気付いたことを自白してくる。
そして、俺の身体の上に乗っかり俺の胸あたりに顔を置き、頬ずりしてくる。
まるで飼い主が帰宅したことを喜んでじゃれてくる大きな犬だ。
さすがにぺろぺろされるわけではないが、それに等しい行為がこの頬ずりなのだろう。
その悲鳴にも似た歓声に驚いたのか、永佳がこちらへやってくる。
「ちょっと、今の声……。って、えぇえ!?」
俺の置かれている状況に驚愕した永佳は口をあんぐりと開けて豹変した舞ちゃんを見ている。
「舞ちゃん、ほら、ハウス。ハウスだ」
と指示すると、舞ちゃんは急に立ち上がり、俺らが座っていた席に向かって一目散に走っていく。
お店の中で走るなんて危険なのに。
「な、なにあれ……。さっきまで確かに絡んできて面倒くさかったけど、あんなんじゃなかったわ……」
「わからん。でも、俺がノックして出てきたときはいつもあぁなって出てくる。幼児退行の一種なんじゃないか?」
なんにせよ、酔っ払いなのは間違いない。
ひとまず俺たちは席に戻って、一休みすることにする。
先に席についていた舞ちゃんはびっくりするくらいにシャキンと背筋を伸ばして椅子に座り、俺の顔を見るや否やその隣の席をポンポンと叩く。
「はいはい、今行くよ」
俺はしぶしぶその席に座ると、舞ちゃんはがばっと両手で俺の左腕を拉致してくる。
永佳はその向かい側に座り、ジトーっと俺らを交互に見てくる。
舞ちゃんは永佳に向かって敵意の目でじーっと見ている。
「で、あたしはこの状況を見せられて何をすればいいわけ?」
「わんわん!!」
わんわんって……。
「うわ……、めんどくさ……」
「すまん……。こうなったらしばらく水を与えて冷静にさせるか、もっと飲ませて寝るまで帰れない……」
「はぁ……。さっき二人で話してて思ったけど、なんでこんな面倒なやばい女といつも一緒にいるわけ?」
いや、舞ちゃんは面倒でもやばい女でもないぞぉ。
今は酔っぱらってるだけなんだ。いくら永佳でもそんなひどいことを言うのは許さんぞ。




