二十話
新歓合宿の後、ゴールデンウィーク残りの日は主だった委員会の活動もなく、永佳も雑誌の仕事と言い放ち東京に行ったきりで次の登校日がやってきた。
俺は今、講義室のドアの前に立ち尽くしている。少しの緊張感を覚えてしまっているのだ。
二限の必修の授業。確実に舞ちゃんが大学に、講義室にいる。
もし、まだ怒っていて無視されたらどうしよう……。という不安が頭をよぎってしまうのだ。
今までこんなことはなかったんだ。
俺がどんな悪さをしてもどれだけ怒らせても、その日のうちにいつも通り舞ちゃんが俺に微笑んでくれていた。
でも、今回は一味違う。
次の日になっても舞ちゃんはまったく俺と話そうともしてくれなければ、微笑みかけてもくれなかった。
あの日の夜、すぐにでもフォローに行く選択肢を取りに行くべきだったのだろうか。
舞ちゃんならすぐに許してくれると楽観的に構えた愚かな自分を呪ってしまう。
永佳が帰ってきたことや、胡桃で童貞を卒業したことなどの春原灯貴の史上大事件が最近になって頻発しているが、それら以上のインパクトを俺の心の中に残しているらしい。
「春原-! なにやってんだ、邪魔だぁ!」
俺は気まずさとなんて舞ちゃんに話しかければよいのやらと呆然としていたところ、親友と呼べるレベルではないが、たまに一緒に飲みに行くがっかフレンズがそう叫びながら、俺を押しのけ講義室のドアを開ける。
そして、ついでにと言わんばかりに俺を室内へと引きずり込んでくる。
こいつがクラブに行こうとか熱く語ってきたから俺は今大変、変態的な状況に晒されていることを思い返す。
そんなことはどうでもいいので、慌てて俺はいつも自分が座る席の方を見る。
いつもなら、そこには舞ちゃんがその隣に先に座っている。
だが、俺がいつも座る席の隣には舞ちゃんの姿はなかった。
俺は緊張感からの解放に大きな安堵を感じて、ため息をついてしまう。
いや、気まずいからってため息はないだろ、俺。
とにかく、やっぱり俺もまだ何を話していいかわからないし、今日はチャラ男のフレンズの隣へ行こう……。
「どうした、春原。慰め会の後どっかいったと思ったら、三条さんとやっとこさ付き合い始めたのにもう喧嘩っすか」
あぁ、そうだった。
学科では俺と舞ちゃんが付き合ってることになってるんだっけ。普段と態度を変えなさ過ぎてすっかり忘れていた……。
「まぁ、そんなとこ」
やれやれだぜ、というような表情をするチャラ男はそれ以上俺に何かを問わず、
「まぁ、別れたらまた慰め会してやるから言ってくれよ」
とだけ返してくれる。
きゅんきゅんしちゃうわね、このチャラ男。
でも、そもそも付き合ってるわけでもないし、俺はおう、とだけ相槌を打っているとよぼよぼなおじいさんの教授がとぼとぼと講義室に入ってきて講義を開始し始める。
舞ちゃんは珍しくも寝坊なのだろうか、まだ来ていない。
……気まずいけど、連絡だけは入れておくか。
俺は舞ちゃんに今日はしっかりノート取っておくから安心して休んでも大丈夫だよ、と書き送信ボタンを押す、前に指を止めた。
そう、いつも通り接すればいいんだ。俺たちの仲なんだし。
しっかり謝って、いつも通り接していれば舞ちゃんも許してくれるはずだ。
だって、泣き顔を見ただけなんだぜ……?
確かに、いつも冷静沈着な舞ちゃんが泣いてるなんてレア中のレアだけどさ……。
そうそう、たぶんそれにびっくりして怒って、泣き顔を見られて少し恥ずかしくて避けてるだけなんだよ、きっと。
うんうん、違いない違いない。
…………。
本当にそれでいいのか、俺。
自己完結で勝手に間違えた解釈をしてすれ違って、十年もずっと離れ離れになったなんて話聞いたことないか?
俺は変化を嫌うと自分では言っている。
でも、俺が変化していない、つまり成長していないからこそ周りは俺から離れていてしまうんじゃないか?
このまま俺が変わらず無難な方向に進んでしまえば、舞ちゃんは俺から離れていってしまうんじゃないか……?
だから、今までしないような行動をする。例えば、ここで飛び出し舞ちゃんを探しにいって謝る……。のがドラマだろう。
だけど、現実問題ここで飛び出したところで舞ちゃんを見つけられるかどうかなんてわからない。
こんなに仲良くしているのに舞ちゃんの家すらどこにあるのか俺は知らない。
好んで買う服の系統とか、よく行くセレクトショップとか、好きな食べ物とか嫌いな食べ物とかお金の使い方とか、好きな芸能人とか好きな音楽とか奇妙なほどに趣味趣向がほとんど一緒なのは知っているのに。
舞ちゃんがどこに住んでいて舞ちゃんが俺の隣以外ではどこにいて、どんな交友関係を築いているのかとか舞ちゃんのプライベートなところは一切知らない……。
だから、探すったってどこに行けばいいのかまったくわからない。
舞ちゃんとたまに行くカフェとか、一緒に勉強しに行った図書館とか、カラオケボックスとかそういうところに行ったって見つかるかどうかなんてわからないだろ。
いや、そもそも別にただ二限の講義に来ていないだけなんだ。
朝一でなくても、遅刻する可能性なんていくらでもあるんだ……。
とにかく今ではない。それにこれは必修の授業なんだ。単位を落とせば、留年だってある。
だからこそ、休んでしまっている舞ちゃんのために俺はノートをしっかりとるべきだし、この講義が終わった後に何かすればいい。
ドラマとかそんなバカげたこと言ってないで俺は現実と向き合うべきだ。
でも、それでもやっぱり俺が今こうして自己完結するだけじゃなくて、しっかりと舞ちゃんと話して仲直りすればいい。変な衝動で動こうとするな。
冷静になった俺はノートの件ではなく、舞ちゃんに講義が終わったら電話をしようと書き直し、連絡を送った。
そのメッセージに既読が付いたのは二限の講義が終わって昼ご飯を食べているときだった。
俺は焦って昼食を掻き込み、すぐに改めてスマートフォンを確認する。
電話してもいいとかそういうメッセージすらやってこない。
でも、いい。今は強引に出ても出なくても、とにかく電話をしよう。
俺はそのメッセージアプリから通話ボタンを押し、舞ちゃんへ連絡をする。
しばらく応答待機のメロディが耳にながれるが、その音がブツリと切れる。
そして、周りの少しの喧騒の中から、小さな吐息が聞こえてくる。
「あ、灯貴? ちょっと、今暇?!」
ん……?
俺は確かに舞ちゃんのアカウントに向けて電話をしたよな。
俺は一度、スマホから耳を話し電話先を確認するが、間違いなく舞ちゃんに宛てて電話をしている。
だが、なぜ……? 永佳が出た?
「なんで永佳……? ってか、お前いつの間に帰ってきてたんだよ」
「その話は後で話すから! 暇なら、今から送るとこにきて、おねがい」
この後は俺も講義は入っていない。
実行委員会の活動再開も明日から出し、暇と言えば暇だ。
だが、俺の心はざわざわとざわつく。
そんなに焦って、しかも学校に来れていない舞ちゃん。
なぜか電話にも出られていない……。
ま、まさか?
「わ、わかった。今から行くから」
俺は急いで大学を出て、タクシーを捕まえる。
永佳から送られてきた住所を運転手に伝えると、十分足らずでその現場にたどり着いた。
俺は意を決してその建物の入り口の暖簾をくぐる。




