十九話
新歓合宿は永佳とのその不思議なやりとりで終わることはなかった。
俺も永佳に習い睡眠をとるために中に入り、ロビーを通り抜けて部屋へ向かおうとする。
ロビーではそんなにお酒を飲まないが、ボードゲームを嗜むやつらが未だに白熱した戦いを繰り広げている。
おそらく、宴会場の方ではまだ声も聞こえてきているので、一旦お開きにはしたがまだ飲み足りないやつらが朝までパーティをしているだろう。
さっきの永佳とのやりとりでのもやもやを晴らすためにもう少し飲んでもいいかもしれない……。
と思いつつ、俺にとって役割を失ったこのラブレターはもう持っていても意味をなさないので、どこかゴミ箱にでも捨ててしまうことにした。
俺は先ほど会議をしていた研修室近くにある蓋のあいたゴミ箱に手紙を完全にぐしゃぐしゃに丸めて投げ入れる。
これで俺の十年間の禊ぎは終わったのだ。
一歩前に進んでしまう感覚、こうやって俺はまた変わりたくもないのに変わってしまうんだろうかと少し思っていると、研修室から何か鼻をすすったり、咳をするような物音が響いているのがわかる。
な、なんだ……?
いや、よくある話だろ、夜になるとそういうのが出るって話は。
特に何もそんな伏線のようなものは誰の口からも今日は飛び出ていないが、こんな陸の孤島のような場所でそんな話がないわけがない。
普通ならここはスルーできずに見に行ってしまって呪われるのがオチだ。
俺はもちろん、スルー……。って、そんなわけあるか。
誰かもわからないが、誰かが研修室に勝手に入って何かしてるに決まってる。
もう就寝時間自体はとっくに過ぎてるんだ。用もないならさっさと寝る様に促すべきだ。
俺は部屋には向かわず研修室の方へ向かい、研修室の戸を開けると電気もついていない。
だが、先ほどから少し聞こえていた鼻をすするような物音などは確かにその中から聞こえてくるのがわかる。
俺はわざわざ真っ暗闇の中で風邪をひこうとしているのか変なことをしてるのかわからないが、その誰かに問いかける。
「こんなところに引きこもってないで、さっさと寝ろー」
俺のその言葉に反応して、鼻をすする音は止まる。
その犯人の顔を確かめるべく、中に入り電気をつけようとした。
が、その誰かが震えるような声で、
「やめて、電気をつけないで」
と俺に小さく怒鳴りつけてくるが、俺はその凛として透き通るような声の主を声だけでわかる。
「舞ちゃん?」
「春原くん、今は絶対に電気をつけてはだめよ?」
「え、何々、何してんの?」
と俺は舞ちゃんのその不思議な行動に少しだけワクワクしながら、少し笑みをこぼしそうになる。
舞ちゃんのことだから、きっと真っ暗にしてお化けを待ってたとか言い始めるんじゃないかとかちょっと期待してみたり。
「……………私のことはどうでもいいから、先に部屋に戻って」
「そういわれても、こんなところで一人で真っ暗な研修室にいたら何してるか気になるじゃん!!」
「何もしていないわ。ボーっとしているだけ」
それはそれでかなり不思議だけどな!!
よしよし、でも、最近胡桃だったり、永佳だったりで舞ちゃんとそこまで話せていない気がするから、ゆっくり二人で話しながら夜を飲み明かしてもいいかもしれない。
それに、永佳のことで相談もしておきたいしな。
「嘘だぁ。最近、舞ちゃんと話せてないし。どうよ、二人で二次会でもさ」
「ごめんなさい、そんな気分ではないの。飲みたいならおひとりで。それか冬咲さんとでもいっしょに飲めばいいのではないかしら?」
「いや、舞ちゃんと飲みたいんだけど……。それに胡桃と朝まで飲んだら俺の貞操の危機を感じてしまうわ」
といっても、舞ちゃんが知らないだけ、俺も覚えてないからそのことをなかったことにしてるだけで俺の貞操は奪われてしまったのだが……。
とりあえず、しっかり顔を見て説得しよう。
舞ちゃんの言いつけは守らず、電気をつけてしまおう。
そう思い、俺は電気のスイッチに手を掛ける。
そして、舞ちゃんがやめ、と言っている間に俺は電気をつけてしまう。
電気をつけたときに現れた舞ちゃんは壁に寄り添い、先ほどの永佳のように体育すわりをしている。
一つ違うところを言えば、その驚きの目にたまる涙だ。
「え、舞ちゃん……? どうした?」
と、俺は舞ちゃんの正面に行き、目線を合わせるために屈んで舞ちゃんの左肩に右手を乗せる。
俺がそうすると、舞ちゃんは眉をひそめより一層目に涙がたまり、終いにはその溜めた涙を落とす。
俺は自分自身がどんな顔をしているのかわからない、だが、すぐにわかることがある。
俺の手が払われ、そして、俺の左頬に衝撃が走る。
バチンという破裂音が耳をつんざき、あまりの急な衝撃に俺は態勢を崩し、倒れてしまう。
いわく、ビンタというやつだ。
「電気をつけないで、って言ったわよね?」
舞ちゃんはひっくり返った俺に見向きもせず、立ち上がりそういった。
ジンジンと痛む左頬を抑えながら俺は舞ちゃんを見上げていると、舞ちゃんはきつく瞼を閉じ、何かを後悔するような表情をしてその研修室を去っていった。
「あ、あれ……? どうして、こうなった。いや、電気をつけないでってそういうこと……?」
理不尽な展開ではあるが、それを招いた自分の今の空気の読めなさに自分自身を責めたくなる。
舞ちゃんと喧嘩をしたとしても、実際に手が出てきたのは初めてのことだ。
だいたい、俺が悪さをして舞ちゃんに怒られるが、すぐに舞ちゃんは笑顔で許してくれるから、手が出てくることなんてまずなかった。
せっかく永佳と仲直りできたのに……。今度は舞ちゃんか……。
いや、胡桃と出会ってからおかしなことばかりが起こる……。
不思議と問題が勝手に降ってきては俺を悩ませる。
今回に関しては俺が悪いのだろうけど……、とにかくもうやってしまったことをいつまでも想いこんでいても始まらない。
俺は気を取り直して、立ち上がる。
これがもし恋人同士の喧嘩ならさっさと追いかけて抱きしめた方がいいんだろう、それこそドラマなら。
だけど、舞ちゃんと俺の間にはまったくそんなフラグもないわけだし、いきなりそんなことしても余計に怒らせてしまうかもしれないわけだし。
今は舞ちゃんも気が立っているだろうし、冷静になるまで待って明日にでも謝ろう。
それに舞ちゃんならきっとすぐにいつも通り、仕方ないわね、と許してくれるに違いない。
自業自得ではあるが、また一つ悩みの種を生み出してしまったのと永佳の不思議な態度に余計にもやもやさせられる。
呑気に飲んでる気分でもないけど、今日は色々ありすぎて気晴らしをした方がいいかもしれない……。
どうするか迷った挙句、決めきれずに俺は研修室の電気を消し、ひとまず研修室を出る。
そこで、宴会場からお手洗いのために出てきていた男子の後輩と鉢合わせ、そいつに
「灯貴さんも飲みましょうよぉ~!」
と誘われる。
ふむ……、他の委員会のメンバーからしたら俺がどうとか舞ちゃんと何があったかとか永佳とのことも胡桃とのことも関係ないんだ。
普段の俺なら、誘われたら特に迷いもせず二次会に駆けつけるのだし、ここで断って変に思われてしまうくらいなら、二次会に顔を出してみて、やっぱり気分じゃなければすぐに寝ればいいだけだ。
二次会に参加した俺は何だかんだ周りに流されてしまい、日が昇ってくるまで飲み明かしてしまった。
次の日、舞ちゃんにお説教を食らったらしい胡桃も何かを反省したのかあまり絡んでも来ず、帰り道はそういう意味では平穏無事に過ごすことが出来た。
だが、その舞ちゃんの様子は傍から見ればいつも通りではあるのだけど、話しかけようと近づけば避けられ、終いにはその日は舞ちゃんと一度も会話をすることなく終わってしまった。




