十四話
青い池は文字通り、池の色が鮮やかな青だ。
池でも海でも浅瀬じゃなければ太陽の光のほとんどが吸収され、青い光だけが吸収されないからどこでも青いと言われるかもしれないが、ここは本当に青い。
水色の絵の具が全体にいきわたっているように鮮やかな青色の池が眼前に広がる。
そんな天然物の不思議などに心を躍らせる余裕など俺にはなく、次の観光スポットである四季彩の丘の花のカーテンですらまったく印象に残らず、合宿所にたどり着いてしまった。
合宿所では荷物などを部屋にまとめ、早速全員で集まり、今後の班構成などが発表された。
といっても、今年の学祭の班はすでに動き始めているので、多くは二年生が教育係となり、その人の下についた一年生はその人が所属する班で約二か月を過ごす。
今年は新入生の人数も多く、三年生も教育係をやることになった。今日から教育係と活動を始めるのだが、前もって胡桃の教育係は俺であると予告されていた。
しかし、その件で少し憂鬱な気分になりつつも、一つだけうれしい知らせがあった。
それは永佳の教育係も俺が務める、ということだった。
マックス曰く、俺と永佳でミス・ミスターコンの企画やスカウトを行ってほしいということだった。例年、うちの学校のミス・ミスターコンは結構に人が集まらない。かなり頑張ってようやく開催人数ギリギリ集まるくらいなのだ。
自己顕示欲の塊のようなやつらがそこまで多くない、ということなんだろうかね。新歓の実績から俺と永佳のコンビが一番いいだろう、ということだった。
あとは、俺以外の教育係を永佳につけた場合、そいつが暴走して変なことをしないかと恐れてということもあるようだ。
班分けなどの説明を受けた後、教育係はそれぞれの担当の子と個別にミーティングを行い、仕事の説明を行う。
俺も例にもれずしっかりとその役目を果たすために、企画班の集まる小会議室で三人の島を作り俺は二人に説明を始めた。
「とりあえず、ざっくり企画班のやることを説明するな。学祭の準備期間は主に模擬店とか屋台などの学生から持ち込まれた企画の審査、管理。学部単位で行われる展示物の審査、管理。ミス・ミスターコンの企画、学祭に呼ぶ著名人の選定とかが大きな仕事だ。当日は各地で行われるステージイベントのMCとか裏方、安全管理なども行う」
「はーい。各地で行われるステージイベントって何があるんですか?」
「例年だと大講堂で軽音部のライブ、カラオケコンテスト、あとは芸能人のトークイベント、野外ステージでのダンスとかよさこいのイベント。あ、前夜祭は仮装行列のイベントもある。後夜祭では各団体の売り上げ、人気ランキングの発表とミス・ミスターコンの最終審査、ロックバンドの学園祭ライブもある」
「結構イベント目白押しですね」
「そりゃそうだ。それに毎年三日間で十万人規模が訪れるから、本当に大変なんだぞ?」
俺の説明に対してしっかり聞いて質問などをしてくるのは胡桃だけだった。
一方、永佳は俺の話なんて聞いていないのかそっぽを向いて違う方に視線が行っている。
「永佳、聞いてるか?」
「はーい、聞いてますー」
永佳がちゃんと聞いているかを確認しても、まったくこちらの方を向かず空っぽな返事を俺に渡してくる。
「聞いてるならいいんだけど、これは仕事の話だからしっかりとしてほしいんだけどなぁ……」
「大丈夫、聞いてるから。はい、次。それで今日は何をするの?」
「実は企画班に関してはもうすでに大体の仕事は終わってるんだ。だから、後は当日に向けた準備として誰がどこのイベントに配置されるのかの決定。あとはイベントのタイムテーブル作りと、広報がパンフレット作りに使うための模擬店のリストと出展内容をまとめるのが今日の仕事」
要は、事務作業はみんなが集まれる時にさっさとやっちゃおうということだな。
俺はざっくりと説明を終え、一瞬一息ついてから、後は班全体の会議と仕事の割り振りが発表される時間になるまで待機する旨を伝える。
すると、胡桃は晴れやかな笑顔を俺に向けてくる。
「センパイ、そういえば私聞いちゃったんですけど、仮装行列の伝説ってあれ本当なんですか?」
「なんだ、それ?」
まったく聞いたこともなければ興味もないが、おそらくこいつがこんな表情で言い出したことだから、よくある恋愛成就の伝説とかそういう類のものであろう。
「知らないんですか? 仮装行列で仮装した男女で最後にゴールしたら、その学祭のうちにカップルになって、それからは仲睦まじく恋を成就させるっていう話ですよ」
「知らんな。ってか、それなら俺は去年舞ちゃんと仮装行列の係だったで最後尾でゴールしたけど、付き合ってないから嘘だな」
去年のことを思い出すが、間違いなくそうだった。
逸れたり道を間違えたりする人が出ないように、確実に俺らが一番後ろを歩いて最後にゴールしたのだ。
「えー、嘘だぁ!! だって、毎年出てるって言ってましたよ、椎奈先輩が!」
「あのウワバミ軍団は酒で脳がおかしくなってるからきっと記憶違いだろ。そもそも、去年がそうじゃないんだから」
と俺が冷静に否定していると、
「でも、灯貴。傍から見たらあんたと三条さんは付き合っているように見えるのかもね」
と永佳が突然会話に参加し始める。
さっきまでそっぽを向いていたというのにこんな話になってから参加し始めるとはけしからん。
「今は胡桃ちゃんにご執心なようだけど、胡桃ちゃんが来る前はずーっと三条さんとイチャイチャしてたって、これは美子先輩が言ってたよ」
「いちゃいちゃって……。古くからの縁なんだから仲いいのは当たり前だろ」
いや、俺自身も内心でてきとーにいちゃこらとかいうけどさ。
別にそういう他の意味があるわけではない。
単純に舞ちゃんと話して楽しいからそういうだけだ。
付き合うとか付き合わないとか考えたことすらない。
「まぁ、とにかくあの先輩たちの言うことは鵜呑みにするな。俺が違うって言ってるんだから、違うんだよ」
「ほんとかなー? センパイ、私たちにはこんな態度ですけど、他の一年の女の子たちに対する態度がやけに紳士のくせにたまに意地悪したりして。結構人気なんですよ、一年女子の間では」
胡桃は口を3にしたようにぶつくさ文句を言っているが、胡桃は俺のことを本当によく見ているらしい。たったの少しの期間で俺の本性が暴かれているのがわかる。
だが、ある程度一緒に過ごしているとその本性がばれたりするから、先輩たちの間では俺は顔だけと言われているのだ。
実際、彼女を委員会の中で作ったことも作ろうとしたこともない。同じ団体の中でそういういざこざが起きるなんて、そんなリアルにあふれた恋なんて怖いだけだろう。
まぁ、ある意味では少女漫画っぽいけど。
「胡桃ちゃん、本当にこんなやつやめた方がいいよ。あたしが保証する。昔だって、あたしにもう顔なんて見たくないとかいってたくせに……」
「そんな昔のこと……っていうか、あんとき!」
と口を開こうとしたときに、俺は一瞬言いよどむことになる。
まだ、自分自身の心の準備も整っていないのにそのことを今ここで言及したらどうなるだろうか。
わからない。
そう思っていると、企画班の班長が集合の号令をだし、この話は途中で終わることになる。