十一話
「こっちこっち」
と少し離れた小島に舞ちゃんと女子たちがそこに座っている。
いわば女子卓みたいな状況で、ハーレムを築いてしまったかと楽観的に構えていたその時だ。
永佳はその女子の一人に指を差し、仲良くなったという子を教えてくれる。
「ほら、あのゆるふわ系のボブヘアーの子」
ん……? あ……?
「初めまして、お兄さん」
あ、あれ。この子見たことある。というか、あの髪型でこの顔の特徴、全部見たことある。
というか、めっちゃ……タイプだ。
じゃなくて。
わざとなのか、少しレトロでクラシックなフリルのついたお嬢様風のコーデも全部見覚えがある。
あれだ。
俺が一夜を過ごしてしまい、本当に夢でなければ……。
俺の童貞を奪ったと思われる女の子だ!!
その子はニコニコと俺に笑みを送ってくる。
「なに、見惚れてんの? いや、本当にあざといくらいに可愛いわよね……」
「お前に言われたくもないだろうが」
俺は空けられた席に座るかどうかを悩んでいると舞ちゃんが、
「何をしているの、春原くん。私の隣、空いてるわよ?」
と座るように促してくる。
しぶしぶいつものように舞ちゃんの隣に座り、永佳も例の子の隣に座りなおすと舞ちゃんはなんだか上機嫌そうに、
「それでは、女子卓にきた春原くんにかんぱい」
と音頭を取ってくる。
それを見届けた例の子は、
「私、未成年じゃないので、お酒飲んでもいいですか?」
と聞いてくる。
「えー、じゃあ私も!」
と永佳まで便乗してくる。
いや、もちろん成人してるなら飲んでもいいんだよ、法律的にはね?!
ほら、でも周りの子たちがうらやましそうにして、飲まないようにするために極力控えるだけであって。
と思っていたが、よく見るとこの卓に座るのは新入生が永佳と例の子、あとは舞ちゃんと他に女子の先輩が三人だけであった。
しかも、この先輩たちはウワバミだ。酒好きで蛇のような女たちが集まっている。これはよくない展開しか思いつかない。
ウワバミ先輩たちは永佳と例の子にのめのめーとお酒を注いでやっている。
「先輩、他の下級生の子も見てるかもしれないのでお酒はあまり」
「堅いこと言わないの、三条ちゃん! 今日は宴会だよぉおおお!!」
だめだ、聞く耳もたない!
「ところで……」
酒を注がれ、ぐいっと一気にビールを飲んだ例の子はグラスを卓に置き、話をし始める。
「私、先輩たちのこと知りたいです~♪」
「お、じゃあ自己紹介から行きましょう!」
ウワバミA先輩がそれに乗る。
「こういう時は男の子からお手本ね! それじゃあ灯貴君いっちゃって!」
とウワバミB先輩が俺にいきなり降ってくる。
「ともっち! ビール入ってないよ!! 自己紹介が終わったらイッキでしょぉ~!」
そして、ウワバミC先輩は突然当たり前のようにアルハラをしてくる。
「先輩たち、イッキは禁止って言われてたでしょ?!」
と俺が突っ込むが、
「「「言いたいことはーのんでから!!」」」
と息ぴったりのコールが始まる。
収集をつけるためにはこれを飲む方が早い……。別に俺は酒に弱くもコールを振られるのが嫌でもないし。
というか、この人たちも当然人を選んでやっているのはわかっている。さらに実はわざと俺にコールが行くように仕向けている。
そのため、俺は先輩の言う通りビールを一気に口に入れる。
「まったく……。自分は春原灯貴と言います。三年、理学部の高分子学専攻です。もう一杯飲みます。後、舞ちゃんはお酒をあまり飲めないので、舞ちゃんの分も飲みます」
俺はウワバミ先輩たちを黙らせるかの如く、さっきのも含めて一度に三杯一気に飲む芸を見せる。これは絶対にマネしちゃだめだぞ、よい子の諸君。
「あら、ありがとう。私は三条舞です。春原くんとは中学からずっと一緒のクラスで今も同じ所属です、よろしくお願いします」
舞ちゃんはいつものように礼儀正しく挨拶し、お辞儀をする。
「三条ちゃんは相変わらずお堅いなぁ。あ、私たちはOGだから特にないよー。たまぁに顔出すだけだからさ!」
「はぁ?! ずるくない?!」
「お、ともっちやるのかい?」
「じゃあ、俺が勝手に自己紹介するから、先輩たちもちゃんと俺に飲ませた分飲んでくださいよ! はい、右から英瑠先輩、美子先輩、椎奈先輩です、よろしくね!!」
「いくらなんでも雑!!」
「じゃあ、三人分自己紹介したからともっちも、はーいかんぱーい!」
とセンパイ一人ずつ俺に乾杯してきて、俺はさらに三杯のビールを飲まされる。
「ちょ、ちょっと灯貴、いくら何でも……」
と永佳は心配そうな顔で見てくるが、俺の狙いはこうやって、大量に飲まされたふりをしてさっさとこの場を去り、その次に自己紹介する例の子の存在を見なかったことにしようという俺なりの処世術である。
だが、例の子はぱちぱちと拍手をして、
「灯貴センパイかっこいいですね!」
とほめてくる。
い、いやぁ、それほどでも……。
少し照れていると、掘りごたつになっている席の下の方から俺の弁慶を蹴られたような衝撃が走る。
「人の友達にデレデレすんな、キモイ」
永佳である。
「いくらなんでも蹴ることはないだろ!?」
「春原くん、次の後輩ちゃんが自己紹介できずにいるから黙っていてくれるかしら?」
「は、はい……」
舞ちゃんまでも手厳しい。しかも、脱出に失敗してしまったじゃないか。
う、トイレ……。までがセットだったのに。
「えっと、その……」
例の子は少しもじもじと照れた風にし始める。
その仕草の一つ一つがいちいちかわいらしい。
「冬咲胡桃って言います……。結構人見知りなのでうまく話せるかわかりませんが、よろしくお願いします」
「って、待てい! さっき酒飲んでいいかとか聞いて来たりしてたんじゃんか!」
とウワバミAが突っ込み始める。
「それは、その……、お酒を飲んだらちゃんと話せるかなと思いまして……」
こういうあざとい感じのって女子からすると媚びた感じでキモイとか思われるんじゃ……、と思っていると、酒好きウワバミ先輩たちはオヤジ化しているのかとてつもなく和んだ表情をしている。
だが、俺はこの子の本性を知っている。
「あ、あの冬咲さんはなんで実行委員の新歓に?」
その理由を俺は知っているが、頭をフル回転させて彼女を委員会に入らせないように誘導することに決めた。これはその第一歩である。
「それは、その……。永佳ちゃんに誘われたので。でも、私、入ることに決めました」
冬咲胡桃は顔を真っ赤にしながらもじもじとそういう。
これはやばい。だが、会話の流れを掌握しなおすために、先輩を使う。
「なんで? 結構忙しいから慎重に決めた方がいいよ! ね、先輩たち?」
しかし、冬咲胡桃に和んでいる先輩たちは無言を貫く。
それを見た冬咲胡桃は、さらに続けてとんだ爆弾発言をしてしまう。
「忙しくてもいいんです。その……、灯貴センパイかっこいいなって思いましたし、一緒にいたいなって思ったので……」
……あ、この子の方が一枚上手だ。無理だ。