夏休みが取りたいので、君の夏休みを私に頂戴!
夏休み初日。梅雨が開けて夏本番の日差しに熱せられた自室からノロノロと這い出した。朝から外に出るなんて学校に行くときくらいだったのに。
行くあてもなく、日陰になっている公園のベンチに腰を下ろす。
今年から高校に通うようになり人生で十回目となる夏休みに何もする気が起きず、うなだれていた。
もちろん学校から宿題が出ているし、未クリアのゲームも、未読の漫画も、家に帰ればできることはいくらでもある。
それでも、こうして公園のベンチで一人暇をつぶしていた。一人だと思っていた。
「神戸夏樹くん、よね?」
一人だと思っていたので驚いた。こんな朝早く話しかけられるなんて、と視線を向けたが見覚えがない姿だった。
真っ白なワンピースを着た少女。同じくベンチに座ったまま、俺の顔を覗き込むように腰を折り曲げていた。
「私は夏の女神。あなたには女神を代行してもらいたいの」
少女は立ち上がると向かい合うようにして、返事を待っている。
「あぅ……クソ?」
俺は混乱して女神の名を正しく発音できなかった。しかし、自称女神は何も気にも掛けずサングラスを掛け、麦わら帽子をかぶり、ひまわりのワンポイントがついた淡い水色のキャリーバッグをそばに置いていた。
「何もすることがない君の代わりに、私が夏を満喫するの。その間は、女神の役割を任せたわ」
「女神の役割? 何だそれは」
「世界を見守る仕事よ。この世界は平和だけど、今も魔族の存在に脅かされる世界が君を待っている」
「いや、お前を待ってるんだろう。俺にはなんの力もない」
「ふん、そういうと思っていたわ」
女神はそう言うとキャリーバッグから卵くらいの大きさの種を取り出した。見た目はヒマワリの種。これを食べなさいと突き出されたそれを受け取るが、食べ方がわからない。
「そのままガブっといけばいいのよ」
俺はしぶしぶ、言われたとおり口に運ぶ。食べた瞬間ココナッツのような甘みを感じる。果汁が乾いた喉を潤してくれた。
「これで、あなたに女神の力が宿ったはずよ」
「代わりにカナヅチになるとかないよな?」
「女神の実にカナヅチになる呪いはないわよ。女神の眼が使えるようになっただろうから、顔を見るだけで名前と年齢がわかったりするわ」
言われて女神の顔を見るとたしかに、ニキシー管のようはぼやけたヒカリが文字をかたどっている。
「アウクソー、年齢はいち、じゅう、ひゃぁああああ!」
女神は、すばやく人差し指と中指で女神の眼を封印した。