第11話 「一本背負投げを知らない人々」
「よっ、こらっ、しょっと!」
俺に向けて向かってくる野郎どものパンチ。
随分と強くなった俺ではそのパンチは
もはやスローのように見えた。
そのため、避けるなどまた安易だった。
「……なんだと?」
「んなバカな……!」
「な、なんですって?」
お嬢様の女達は驚いた表情をする。
…だってこいつら協調性がないもん。
我こそは、と言わんばかりに野郎どもは
俺の顔目掛けて殴ってくるもんで、
顔だけかばうように避ければいいわけだし。
「おらぁッ!!」
「くそがっ!」
そして野郎どもは少し学習したのか、
顔だけではなく体に向けて殴りかかってくるやつも出始める。
……もういいや。気が変わった。
少し遊んでやろうかとも思ったが、
コイツらに構ってる時間がもったいないとも
思い始めた。
「ほらよっと」
「うわっ!?」
「ぐぇ……」
野郎どもの足を封じるように、俺は足払いをする。とはいっても本格的な足払いではなく、ただほんの軽く……だ。
思った通り野郎どもは無様に体ごと崩れる。見かけ倒しとはこれのことだ。
「な、なにしてるんですの!!」
遊ばれている野郎どもを見て、お嬢様は
激励するように大声を上げる。
「い、いや……お嬢。コイツ……強いんすよ」
野郎どもの一人がそう言う。
「たかが転ばされたぐらいで何を言っているんです!?」
「…ッ、おおっ!!」
そんな彼女の言葉がきっかけとなったのか、
野郎どもの中の一人が俺に向けて突撃してくる。
「……」
そんな一人を、俺は無言で素早く襟を掴み
そのまま自分の体を後ろに向かせ、支え台としてコイツを投げるように襟を持ち上げて地面に叩きつける。
いわば……“一本背負い投げ”だ。
小学生の頃にかじっていたのが功となったようだ。
「が…はッ」
俺に突撃してきた奴は何が起こったのか
分からない表情で目を大きく開いていた。
「な……」
それを見たお嬢様の女は肩をわなわなと震えていた。そして……
「なんですのッ、そのふざけた動きは!!」
どうやら、この異世界はそういう戦い方があるということを知らないらしい。
現に周りの人達は初めてみるかのような
目をしていた。
「……まだやるのか?」
俺は野郎どもを軽く睨む。
「ひぃッ」
すると、野郎どもはすぐに恐怖を抱いた表情をする。座りながら後ずさる者もいれば、
その場から動けない者もいた。
「……ッ、覚えてらっしゃい! いつか必ず……!」
女は悔しそうな表情をして
いかにも悪役らしいセリフを吐き捨てて
俺の横を抜いて去っていく。
「ま、待ってください、お嬢~」
野郎どもは立ち上がり先ほど去って行った女
の後を追う。
「……はぁ」
どうやら災難は去ったようだ。
これでようやくミルクを買いに行ける────
…………┈ パチパチ ┈
ん?
何やらパチパチと音が聞こえた。
周りを見渡すと、何故か一部始終を見届けた
この街の人達が俺に向けて拍手していた。
「アンタすごいなぁ!」
「にいちゃん、かっこよかったぜ!!」
賞賛する声も上がってくる。
……なんだ、この状況は。
そんな賞賛されるほどのことをやった覚えはなかった。
もしかして、“一本背負投げ”が原因か?
この異世界にはなかった戦い方を見て
こうなったのかもしれない。
ただ野郎どもと一戦を交えただけなのに、
想像以上の周りの反応に、俺は……
「どうも……」
軽く頭を下げるしかなかった────────
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ミルクと冷蔵庫……“レイゾーコ”を買いに“ウルフ商店”に足を運んでいる途中。
「それにしても……すごかったな、ラロス」
前を歩いていたロエルは、俺の方に振り返り
美麗な笑顔を浮かんで俺にそう言う。
「いや……そんな大層なもんじゃない」
「大層なものか。今度我にもあれのやり方を教えてもらいたいぞ」
「……まあ、今度教えるよ」
「本当か! 感謝する」
そんな教えられるほどのことをやったわけではない。“一本背負投げ”に憧れてひたすらそればっかりやった結果がこれ、ということだけである。まあ、どっちみちやり方を軽く教えようかな、と思っている俺もいた。そんな会話をしてる内に、“ウルフ商店”が見えてきた。
「いらっしゃいませ……あ。あなたは……」
店主さんは俺を見るや否や、驚く表情をする。
どうやら覚えていてくれたようだ。
「以前おっしゃった通り、また来ました」
約束通りに、ここに来て……店主さんに声をかける。ここは何だ?と言わんばかりの表情を
するロエルだが、ひとまず置いておく。
「あら……それは、ありがとうございます」
心底嬉しそうな表情をするエルフの店主さん。
……こうやって会うのは2回目だが、
やはりこの人の美貌さは凄まじかった。
「それで、冷蔵庫……じゃなかった“レイゾーコ”とミルク売ってくれませんか?」
「ふふっ、ミルク好きなんですね」
「はは、お恥ずかしい限りで……」
主に俺が飲むものではないが、
ここはあえてそう言う。
「もしかして我のために買ってくれるのか? お前という奴は……」
俺の視界にロエルが飛び込んでくる。
彼女は、なんか猛烈に感動していた。
くどいようだが、スキルのおかげでロエルの姿etc.はこの店主さんにも見えない。
“わかったから大人しくしてろ”
そうアイコンタクトを送って彼女をなだめる。
店主さんは店の奥に置かれている小さな“レイゾーコ”を、両手で抱えて……
「んしょっ……」
とわざわざ俺の手が届く位置まで運んでくれる。もちろん、運んでくれた際におっぱいが揺れていたのを見逃すはずはなかった。
「あ、ミルクの方は何本になさいます?」
「ああ……」
うーん。とりあえず俺の隣にいる女と
アイツら二人の分として3本買っておくか。
……試しに俺も飲んでみるか?
「じゃあ、4本で」
「ふふっ、ありがとうございます」
本当にミルクが好きなのね、と言わんばかりの
美しい笑顔を浮かんで、棚からミルクを4本
取り出す店主さん。
「全部合わせて……425ゴールドになります」
大丈夫ですか? と心配そうな表情になる店主さん。
425ゴールドか。
……“資金作成”のせいで金銭感覚がおかしくなってしまった。現に今50万ゴールドぐらい持ってるもんだから、とても安く感じてしまう。
「ええ、大丈夫ですよ……はい」
ぴったり425ゴールド出しておいた。
「確かに。ありがとうございます」
店主さんは、礼儀正しくお礼を言ってから
頭を下げる。
「じゃあ、また」
俺は彼女にそう言って、
“レイゾーコ”を片手で肩に担いで
空いたもう一方の手で袋に入れたミルク4本を
持ってアイツらの待つ家に向かう。
どうやらこの異世界にも、“レジ袋”に近い
システムが存在するらしい。
どっちみち運ぶのに楽だから良い。
「……」
その場から去って行く俺の背中を、
何か意味を込めた瞳で見つめていた店主さんに
俺は気づくはずもなかった。
つづく
次回予告
ついに二人の待つ部屋に着くラロス。
そして、ロエルを目の当たりにした二人は─────!?
面白かったら幸いです。