第一章 魔術師殺し⑤
北新宿の建設中のビルに、僕達はやって来た。
建設現場に入る許可を貰っている訳ではない。だから僕達は『勝手に』入る。監視カメラがあるんじゃないか、って? それぐらいはちゃんとしているさ。
「……この『護符』、効果あんのかな?」
「……あると、思う。あれでも魔術師の端くれだから」
「あれでも、って……。杏、言い方ってものがあると思うけれど」
「それを言うなら、恭平だって言い方ってものがあると思う」
そう言われちゃ、何も言い返せない。
夏乃さんは、分流とはいえ、柊木家の人間である。だから、柊木家の魔術を使おうと思えば、使うことが出来るのだ。今回のような、護符だってそうだ。
だけれど、夏乃さん曰く、私は魔術師から足を洗ったからねえ、とのこと。今のように、魔術絡みの依頼があったとしても、直接自らが動くことはなく、杏に頼むような日々が続いている、という訳だ。
ちなみに――手数料は二十パーセント。
残りの八十パーセントを、二対一の割合で受け取っているのが僕達だ。
僕は別に受け取らなくて良い――そう言ったのだけれど、一応助手として働いているのだから、金は受け取っておけ、と言われてしまい、仕方なく受け取ることにしている。
「……それにしても、怖いね。誰も居ないビルに侵入するっていうのは」
「ビルと言っても、未だ完成していない状態のビルだけれどね」
杏は冷静に訂正する。
それを聞いて、僕は深々と溜息を吐き、ドアを開けた。
勿論、指紋が付かないように『対策』を取って。
「……それにしても、ここにやってくるのは確かなのかな」
「多分、そうだと思う」
「……『匂う』のかい?」
こくり、と頷く杏。
それを見て僕は、少しだけ寒気がしたような気がした。
魔術を感じたとは到底言い難い。
何せ僕はただの人間なのだから。
彼女は、魔術師である上に、『魔術』を嗅覚で読み取ることが出来る――という才能を持ち合わせている訳だけれど。
凄いよ、やっぱり杏は。
僕と比べちゃいけないぐらいに、凄い。
「……やっぱり、君は凄いよ」
「……何故、そんなことを言う? 今になって」
「いや、何故だろうね。僕の思いがそうなっただけ、とでも言えば良いかな」
「……変な奴だな」
一蹴されてしまった。
でも、その通りだと思う。
僕は――ただの人間だ。
彼女は――魔術師だ。
その違いに、何の差があるったって、一目瞭然だと言っても良いだろう。
僕と彼女の違いは、天と地の差。月とすっぽんぐらいの差があると言っても良い。
ならば、僕が居る意味って何だろうな?
――考える。
――考える。
――考える。考える。考える。考える。
でも、結局、答えは見えてこなかった。
答えを見出すことは、出来なかった。
分からなかった。
分かりたくなかっただけじゃないか?
いや――どうなんだろうか。
「ちょっと、恭平」
僕がずっと考え事をしていたのに、杏はそれを引き留める。
「……ごめん、ちょっと考え事をしていたんだ」
「なら、良いけれど。恭平、考え事をしていると『何処かに行ってしまいそうな』感じがして」
「……そうかな?」
「そうだよ」
そうして、僕達はビルの屋上へと向かう。
そこに立っていたのは――一人の少女だった。
学生服に身を包んだ彼女は、怯える様子もなく、ビルの屋上、その端に立っている。
「……居た、ね。何故未だ飛び込んでいないんだろう?」
「きっと何かギミックがあるはず。時間か、プロセスか。いずれにせよ、早く彼女を解放しないと……」
「そうはさせないよ」
その声が聞こえたのは、僕達の背後からだった。
背後に回り込まれた――! と思って、僕達は急いでそちらに回る。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
黒い服に身を包んだその青年は、うっすらと笑みを浮かべて、こちらを向いていた。
「……あなたは、いったい誰ですか。彼女を殺すつもりですか」
「そうしなければ、僕の望みが叶わない」
「命を犠牲にすることに、何の意味があるんですか!」
僕は叫ぶ。
それを聞いた彼はくくくっ、と笑みを浮かべたまま。
「……それでも僕は願いを叶えるんだよ。『彼女』を生き返らせるためにね!」