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高校生探偵・青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE3 殺人ハンバーガーの謎
8/8

FILE.7 そういうことね

 高堂達志は、目の前で般若の如き形相でこちらを凝視している女子高校生二人組を見て、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「さあ、はやく吐きなさい……」

「吐けば楽になるわよ……」

 吐くというのは先ほど食べた昼食のことですか、と軽口をたたこうとして、あわててそれを引っ込めた。今の彼女らにそんなことを言ったら、あとでどうなることかだいたいの見当がついてしまう。

「ええっとですね……まあ、その……」

 高堂は威圧感に冷や汗をかきながら、隣に座る男子生徒を見た。青野優紀という名の彼は、何を考えているのか分からない仏頂面で目の前を凝視している。いや、そういう風に見えるだけで、実際は何も考えずにただ目の前をぼうっと見ているだけなのかもしれない。うん、きっとそうだ。高堂は1人で頷いた。そして……

「なによそ見して頷いてるのよ。はやく質問に答えなさい?」

 目の前にいる怖い怖い先輩から脅しの文句を投げられ、震え上がってしまった。

 ああ、自分は何故こんな目に遭っているのだろう……。彼のこの嘆きの答えは、実に数時間前に遡る。



  ◇



 時は4月の終わりのとある土曜日。もういくつ寝れば、ゴールデンウィークである。長期休み以外滅多にとれない連休に、心を躍らせぬ学生はほとんど居るまい。

 もちろん、北次学園の生徒たちも例外ではなく、どの学年にも1人や2人はゴールデンウィークが始まる前から浮き足立っている人がいるという。もっとも、高校も3年生になってくると、受験に向けての勉強をしなければならないと嘆き、むしろ長期休みを恨めしく思う人も散見されるようだ。

 さて、そんな浮き足立った(?)空気漂う学園に、いつもと大して変わらない毎日を過ごしている集団が居た。もちろん、我らが小説部のことである。

「おかしい……」

 場所は小説部の部室。部員の一人である木島柚希は、腕を組んでなにやら思案顔である。

「やっぱり私はおかしいと思うんだ……」

「何がおかしいんだい?」

 彼女の先輩である大山朝洋が、眉をひそめる柚希の顔を覗きこんだ。

「いえね、先日青野くんが入部させたという少年のことですよ」

「ああ、なるほど」

「たしかにおかしいわね」

 大山と柚希の同級生である小林美月は、彼女の発言を受け、それに頷いた。どうやら、柚希が何を考えているかだいたい見当がついたようである。

「なにかおかしなところがあったっけ?」

「とぼけないでよ!」

 柚希に怒鳴られて、青野は思わず身をすくめる。

「とぼけるなと言われたところで、ねえ……。彼は()()()()()()()()し……」

「そりゃあ、そうでしょうね。だって初めて部室に来た日から()()()()()()()()()()()()()もの!」

「なるほど、そもそもいないなら変なこともできないと。賢いなあ……」

「賢いなあじゃないでしょ!! ねえ、青野くん絶対何か知ってるよね!?」

 青野は憤慨する柚希を見て、「僕ってそんなに信用ないんですか」と大山に問う。

「そりゃあ、この前の一件があったからね……」

 この前の一件とは、間違いなく小説部員ビラ配り事件のことであろう。

「とは言われましても、僕もなんでこんなに部活に来ないのか分からないんですよね……」

「ううむ」

 青野の微妙な返答に、柚希は顔をさらにしかめると、

「ならば、残された道は1つしかない……」

「どうするの?」

「それはね、美月……今からあの幽霊部員を拉致して、徹底的に教育するのよ!!」

「WHAT?」

 美月は間の抜けた声をあげ、青野と大山はそろって首を傾げた。

「そうと決まれば、早速行動に移すわよ!! ほら、はやくこっちに来る!」

 柚希は美月と青野の腕をつかむと、そのまま彼らを連れて部室を出ようとする。

「あ、あのー、僕はどうすれば……」

「大丈夫、直ぐに捕まえて何とかするんで、それまで部室に待機していてください!」

 1人取り残された大山に対し、柚希は満面の笑みを浮かべて言った。

「その自信はいったいどこから来るのよ……」

 呆れたように発せられた美月の一言は、おそらく彼女の耳には届いていないだろう。


   ◇



「でもさ、よく考えてみれば、もう授業が終わってかなりの時間が経っているわよね。とっくに家に帰っているんじゃないの?」

 中学1年生の教室へ向けて歩く柚希の後に続きながら、美月が疑問を呈した。

「大丈夫、多分彼は残っているわ」

「え、なんでわかるのよ。まさか柚希も青野君みたいに、高度な推理能力を手に入れたっていうの?」

 美月が感心したように言うと、柚希は事も無げに、

「いや、女の勘よ」

「その程度の根拠でよくそんなに自信を持てるよね」

 青野は苦笑を浮かべながらも、柚希について歩く。

「まあ、信じるか信じないかは……この教室の中を見て確認してくださいな!!」

 柚希たちは高堂の所属するクラスの前へと到着した。その中を覗くと……

「うそ、いるんだけど……」

「ふっふっふ、私の見立てに間違いはなかったようね!!」

 若干引いている美月をよそに、柚希は教室の中に飛び込んでいった。

 そんな彼女を見て腰を抜かしたのは、教室に1人で残っていた高堂である。

「わ、え、な、なんですか……」

「高堂達志確保!!」

 気を動転させる高堂の腕をつかむと、柚希は高らかに勝利を宣言した。

「へ、な、ま、まさか……小説部!?」

 柚希を近くで見て――そして、その後ろに控える青野の存在を認めて、高堂は彼らが何者なのか合点がついたようである。

「な、なんでここに来たんですか……」

「それよりなんでまだ教室に残っているのよ。みたところ一人しかいないし……」

 美月のもっともな疑問に、高堂は「自習です」と素っ気なく答えた。そういえば以前会った時も自習室で勉強していたか、と青野は納得する。

 一方柚希はニヤリと笑って、

「私たちがなぜここに来たかですってぇ? 教えてあげるわ、あなたを部活に引きずり出すためよ!! さあ、こっちに来なさい!!」

 柚希は高堂の返答を聞かず、彼の腕をつかんだまま教室の外へ連れ出そうとする。

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「うん、どうしたのかな?」

 高堂の制止に、柚希は少し不服そうに応じた。

「な、なにも入部したから必ず部活に顔を出さなければいけないなんて決まり、どこにもありませんよね? 部活に出るか出ないかは、僕の自由じゃないですか。それを強制されるなんて、僕の権利を……」

「うん、部室に来ようか」

 彼の御託をすべて聞き流すと、柚希はそのまま高堂を室外へと強引に引き摺り出した。

「いや、ちょっと、僕の話を……」

 不満の声をあげる高堂。と、彼の声に「グーーッ」という不気味な音が混じった。それと同時に、高堂は柚希に掴まれていない方の手で自らの腹部をさする。

「あー、そういえば、お昼を食べていなかったなぁ! 今から食べに行って、そのあとに必ず・・部活に出席します!! ですので、解放してもらえませんかねえ……?」

 嘘らしい作り笑いを浮かべて柚希の拘束から逃れんとする高堂。が、自分の腕が余計に締め付けられているのに気が付くと、恐る恐る柚希の顔を見上げた。彼の視線の先には、貼りつけられたような、冷たい笑みを浮かべた柚希が。

「ならちょうどよかった。これから一緒に・・・食事に行きましょう」



  ◇



 こうして、ようやく冒頭の場面に戻る。

 彼ら(青野、美月、高堂の3名)は、柚希の「とりあえず私イチオシのハンバーガーショップに行こうか!」という一声に異議を唱えることもできず、北次学園から徒歩10分圏内にある、全国的に有名なチェーン系列のバーガーショップに行くことになった。「イチオシがチェーン店ってどうなんだよ……」との青野の呟きは、残念ながら柚希の耳には届かなかったようである。

「さーあ、こんだけ空いてるんだし、ここで思う存分話を聞くことにしようか!」

 こうして、彼らは店内の隅にある4人席を占領し、高堂の尋問を開始したのだった。


  *


「ふーん、なるほど。そういうことね。つまり、高堂君、あなたは歴史部で悪事を働いて居辛くなったから、青野くんを頼ってうちの部活に来たわけね?」

 当初は突っ走る柚希に若干引き気味だったはずの美月は、存外ノリノリな様子で高堂に尋問を行っていた。

 彼女から蔑むような視線を受けた高堂は、心外だと言わんばかりに抗議の声を上げる。先ほどまでたじろいでいたくせに、口達者なのは平生時と変わらないらしい。

「僕は別に歴史部に残っても良かったんですよ? でも、この――青野先輩が是非にと頭を下げてきたんで、仕方なく小説部に転部して()()()んです。そこのところ、誤解されちゃあ困りますね」

「って供述してるけど、そこのところどうなのよ」

 今度は柚希が青野に視線を向ける。

「いやだな、僕が彼に頭なんか下げるわけ無いじゃないか。彼の戯言だよ。信じるべきではない」

「おや、いいんですか? 僕が居なくなって困るのは先輩の方ですよね? あの怖そうな部長に何をされるか……」

「別に、最初から怖いと思ってないし」

 高堂は嫌みを込めて言ったのだろうが、青野は気にした様子をおくびにも出さず、飄々とした様子である。その態度をつまらないと感じたのか高堂はそっぽを向いてしまった。

「まあまあ、仲良くしなさい」

「先輩には言われたくないですね」

「それには同意」

「ちょっと何よ、その言い草」

 不服そうに眉をひそめる柚希。そ、その時、彼女の背後から女性の声が聞こえたので、柚希ははっと後ろを振り返った。

「あ、ここの席あいてる。ちょうど4人席だし、ピッタリだね」

 柚希の視線の先で、眼鏡をかけた若い女性が、青野らのテーブルの隣を指さしてこちらへ歩いてきた。

「あ、すみません。ここ通ります」

 彼女はそう言って狭いテーブルの隙間を通ると、ソファ席につめて腰掛けた。さらに続いてもう1人、同じく若い、小柄な女性がテーブルの間を縫って歩く。

「どうも、申し訳ありません」

「はあ、いえいえ、お気になさらず」

 小柄な女性――白いワンピースを着こなしていた――に丁寧にお辞儀をされ、美月は曖昧な表情を浮かべ、これまた曖昧な返事をした。目の前の彼女はいったい何に申し訳なく思ってこちらへ頭を下げてきたのだろうか?

 それから、ふと後ろを振り返ると、彼女らの連れと思しき女性2人が、こちらに向かってくるところだった。よくよく見てみると、それ以外にも店内は客でごった返しており、入店時の3倍はいるかと見紛うほどの賑わいである。そろそろ席を外すべきかと美月は考えた。



  ◇



「にしても、すごい混んでるわね……」

 椅子を引いてそこに腰掛けながら、ジーパンに白Tシャツ姿の女性がため息を漏らした。

「ほんと、ウチが席確保しといて良かったでしょ。感謝してよね」

 彼女の向かいに座る女性――最初にソファに腰掛けた人が、得意げな顔をして言った。

麻果まはてさんはいつも目敏いですからね。いつも羨ましいなあって思うんですよ?」

「あら、ありがと、楓朱ふうしゅ

 麻果と呼ばれた彼女は、楓朱――白いワンピース姿の女性に向かって微笑んだ。

「さ、混んでることだし、早く買いに行った方が良いんじゃないの?」

 今度は、楓朱の目の前の席に荷物を置いた、茶褐色のショートヘアの女性が口を開く。彼女がちらと目を遣った先には、客を捌ききれず、長い列ができてしまっているレジがあった。

「じゃあ、霧夜きりやがまとめて買いに行ってくれる? ウチらみんなで行ってもいいけど、あの列の中に4人で入ったら迷惑になるだろうし……」

「それ賛成。じゃ、私は照り焼きチキンバーガーとスムージーで。スムージーの種類は何でもいいわ。私の嫌いな酸っぱい系の果物が入っていないやつなら」

「はあ、わかったわよ……。千鶴ちずるがテリヤキとスムージーね」

 白Tシャツの女――千鶴は、茶髪の女性――霧夜に対して、「お金はあとで払うわ」と付け加えた。

「じゃあ、ウチはノーマルなハンバーガーとジンジャーエールでお願い」

 霧夜に買いに行くよう頼んだ麻果は、何食わぬ顔で要求した。「もちろんお金はちゃんと払うから。払わなかったら陰湿な高校生のイジメみたいだしね」

「楓朱は何にするのかしら?」

 千鶴は左斜め前に座っている彼女に問いかけた。楓朱は「あ、いや、ええっと……」と歯切れの悪い返事をしながら、申し訳なさそうに言った。

「私はピーチシェイクだけで結構です」

「そーいえばダイエット中だかなんだか言ってたわね」

 霧夜は頷くと、

「他にはもうない?」

「あ、ポテトも買ってきて。みんなで割り勘にして食べましょうよ。……あ、1名食べられない人がいたっけ」

 千鶴から視線を送られて、楓朱はやはり恐縮したような態度で、

「あの、えっと、私のことはお構いなく……」

「じゃあ、ウチと千鶴と霧夜の3人で割り勘すればいいんじゃない?」

「りょーかい。サイズは……3人だからLでいいかな?」

 千鶴と麻果が頷いたのを見た霧夜は、蟻の列のように長いレジ待ちの客たちを見てため息を吐き、その一番後ろへと歩いて行った。

 霧夜がいなくなったのを見届けてから、千鶴は流し目で楓朱を見やる。

「にしても、最近ダイエットダイエットとか言ってるのは、何、彼氏にでもフラれたわけ?」

「え、ええ? そんなことはないですよ」

 楓朱は戸惑いながらも、きっぱりと否定した。

「そもそも、ウチらはルームシェアしてるんだから、男なんてできたらすぐに他の3人にばれるでしょ。楓朱にそんな気配なかったし」

「それもそうね。あなたが同じ学科の男と付き合い始めた時だって、バレバレだったし……。1年前に別れた時もすぐに気付かれてたしね」

「ちょっと、その話はやめてよ。そんなこと言ったら、千鶴だってつい最近まで付き合ってた彼氏にフラれたって嘆いてたじゃない」

「フン、あんな男こっちから振ってやったのよ。それに私、どっかの誰かさんみたいに未練たらたらじゃないし……」

「あのー、あんまりそういう話をここでするのはどうかと思いますけど……」

 楓朱に指摘されて、千鶴と麻果は周囲から見られていることに気が付いた。もちろん、すぐ隣の席に座っていた中高生4人組もちらちらと視線を送っていた。

 千鶴はその視線に少し居た堪れなくなったのか、

「私、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 と言って席を立つ。

「あら、家を出るときにもトイレに行っていたような気がするんですけど……具合でもお悪いのですか?」

「いや、体の方は特に何ともないんだけど、尿意が……」

 言いかけてから、コホンと咳払いをすると、そのまま無言でトイレへと向かっていった。


  *


 千鶴は時間をおかずに席へと戻ってきた。彼女は、なんとも煮え切らないような表情で椅子に腰かける。

「なにかあったのですか?」

「いや、別に……」

 言いながらも千鶴はため息を吐く。と、そのタイミングで麻果が席を立ったので、千鶴はギョッとした表情になって彼女を見た。

「何そんな顔してるのよ。ウチもお手洗い行くだけだって」

 そう言って、麻果は、荷物を手にすると、テーブルとテーブルの間の隙間――今度は青野たちのテーブルとは反対側のテーブルとの境目だ――をそろりそろりと通り抜け、トイレへと向かう。そして、その途中で何かに気が付いた様子で引き返してきて、

「ねえ、ハンカチ持ってない?」

「持ってるけど……。ああ、忘れたのね。はい、これ」

 千鶴はジーパンの右ポケットから四つ折りにされたハンカチを取り出すと、麻果に手渡した。

「どうもありがとう。じゃ」

 受け取ったハンカチを持つ手を振りながら、麻果はトイレへと歩いて行った。

「そういえば、先ほどから気になっていたのですが……」

 麻果が席を立って少ししてから、楓朱が千鶴に切り出した。

「時計、新しくされたのですか?」

「え? いや、だいぶ前から持ってるけど……。いい時計でしょ」

 時計のついた左腕を楓朱に見せながら、千鶴は得意顔である。

「ちょっと触ってみても?」

「もちろん構わないわ。外した方が良い?」

「あ、いえ、そこまでしなくても、腕をこちらに伸ばしていただければ……」

 千鶴は楓朱の言うとおりに、腕を彼女の方に伸ばした。楓朱は時計に触れて、「ふむふむ、なるほど」などと呟いている。

「ありがとうございます。実は、お母さまの誕生日が近づいておりまして、プレゼントの参考になるかと思って見させていただいたのです。千鶴さん、ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

 それからまた少したって、楓朱が、今度はすくっと立ち上がった。

「どうしたの?」

「ああ、喉が渇いたので、お水を取りに行こうかと……。ほら、このお店は飲み水はセルフサービスですから」

 楓朱はレジの脇にある冷水機を指さす。

「じゃあ、私の分もお願い。実は私ものど乾いてて……。レジが混んでるみたいで霧夜が全然帰ってこないし」

「わかりました。では、4人分のお水を汲んできましょう」

 楓朱は微笑むと、狭いテーブルの間を――麻果と違って青野たちのテーブル側である――歩いて水を取りに向かった。その彼女と入れ替わるようにして、麻果が席に戻ってくる。

「あら、千鶴一人になってたの?」

「いまさっき楓朱が飲み水を取りに行ったのよ」

「なるほどね……。はい、これ。ハンカチ。ありがとう」

「どうも」

 千鶴は簡潔に受け答えをすると、ハンカチをもとあったポケットにしまい込んだ。

 そこに、4人を代表して買いに行っていた霧夜がようやく戻ってくる。

「はーい、買ってきたよー。……って、あれ、楓朱は?」

「今さっき水を汲みに行ったところよ」

「ありゃー、行き違いになっちゃったか。まあいっか」

 霧夜はそう言って、持ってきたトレーをテーブルの中央に置いた。

「うーんと、これが千鶴のテリヤキで……ああ、バナナのスムージー買って来たけど大丈夫?」

「まあ、うん。どうも。いくらだった?」

「テリヤキが390円で、シェイクが200円。合計590円よ」

「じゃあ、600円で」

 千鶴はカバンから財布を取り出すと、その小銭入れの中から500円玉と100円玉を1枚ずつ出して、霧夜に手渡した。霧夜は自分の財布から10円玉を出すと、それを千鶴に渡す。

「これでお金は大丈夫ね。じゃあお先にいただきまーす」

 千鶴はそう言って、自分の照り焼きチキンバーガーを手に取ると、包み紙を剥がしてハンバーガーに齧り付いた。

「えーっと、こっちも早く清算しちゃわないと」

「あなたはノーマルのハンバーガーだから290円と、ジンジャーエールの120円、しめて410円ね」

「お、ちょうどあるわ。はい、410円」

 麻果は財布から小銭を取り出すと、霧夜に渡した。

「うん、100円玉4枚に10円玉1枚……。しっかり受け取ったわ」

 彼女が確認したのを見届けて、麻果はハンバーガーとジンジャーエールを自分のもとへ引き寄せた。

「で、このピーチシェイクが楓朱ので、200円と……。それからこのフィッシュバーガーとジンジャーエールが私のもので、残ったポテトは皆で割り勘――あ、そうだ、あとでポテトの代金分担しないと」

「じゃあ、食べ終わったら渡すわ」

 千鶴がバーガーを半分くらい食べ終わったところで顔を上げると、トレーの上に残ったポテトを1つ手に取った。そこに、水を汲んできた楓朱が戻ってくる。

「ああ、もう食べ始めてしまったんですね」

「ええ。清算も楓朱以外終わってるわ。あ、結局あなた、ポテトも食べないわけ?」

「はい。ポテトも炭水化物の塊ですからね。厳禁です」

 千鶴は彼女の返答を聞いて、つまらなさそうに眉をひそめると、

「でも、すごくおいしいんだけどなあ……。ねえ」

 同意を求めるように周囲の2人を見て、ポテトを口に運んだ。

「まあ、おいしいのは事実だけどね。炭水化物とか脂質の塊なんだろうなあって一度思っちゃうと、ウチはあんまり食べる気起きなくなるなあ……」

 麻果はそう言いながらもポテトを手に取る。――その時だった。

「うぐっ」

 突然、彼女の目の前にいた千鶴が、苦しそうにうめき声をあげた。そして、そのまま、椅子から崩れ落ちて……

「ち、千鶴さん……!?」

 楓朱が慌てて立ち上がり、彼女の方を覗き込む。千鶴の隣に座っていた霧夜は、素早く千鶴を介抱しようと動いた。そして、「動かないでください!」という男の声に制止される。

 男――青野優紀は、倒れこんだ千鶴のもとへと駆け寄って、彼女の首元に手を当てた。

「……美月、警察を呼んで。残念ながら、もう息はないみたい」

「そ、そんな……」

 麻果は力が抜けたように、どさりとソファに座り込んでしまった。

「ね、ねえ、警察ってどういうことなの?」

 平静を保ちながら、霧夜が尋ねる。青野は、しゃがみこんだまま彼女を見上げると、

「彼女は先ほどうめき声をあげてからわずか1分と経たずに絶命しています。このことからも事件性が高いのは明らかです。それに……口から僅かにアーモンド臭がする……」

 青野はそこで区切って立ち上がると、その場にいる皆に向かって言い放った。

「これは、青酸系の毒物による、毒殺事件である可能性が非常に高いんですよ」

次回

FILE.8 バーガーショップの殺意



Next hint

・毒物の痕跡



*作者より*

 新シリーズ開幕しました。ちなみに、前回の事件での動機が微妙な感じなのは一応仕様です。今後の展開に生きてくる……はず。

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