FILE.6 計画通り?〔解決編〕
*事件関係者*
・八上和隆(14)
歴史部中学部長。中学3年生。青野に事件の解決を依頼。
・鈴木結衣(14)
歴史部部員。中学3年生。見た目と裏腹に気の強い少女。
・冴木貴之(13)
歴史部部員。中学1年生。かなりの毒舌で、高堂とは犬猿の仲。
・高堂達志(12)
歴史部部員。中学1年生。冴木といつも言い争っている、小柄な少年。
・水澤佳代子(26)
北次学園日本史教員。歴史部の顧問をしている。
「は、犯人がわかったって……」
突然の言葉に、八上は驚いて体を硬直させた。
「い、いったい誰なんですか!? というか、そもそもどうやって密室の中からすり替えたんですか!?」
堰を切ったように問いかける八上を、青野は「まあまあ落ち着いてください」と宥めた。
「順を追って説明しましょう。今回の事件でまず注目すべきことは、動機です」
「動機……?」
「ええ。犯人がなぜ文書をすり替えたのか――このことを考えていく必要があります。だって、ただ単に犯人が歴史部に嫌がらせをしたいんだったら、文書なんてすり替えないで盗んでしまえば事足りてしまうのですから」
「そ、それはたしかにそうですね」
「では、なぜ犯人はわざわざすり替えるなどという方法をとったのでしょう? 僕は八上さん、あなたがこの理由に深く関わっているように思えるのです」
「ぼ、僕がですか?」
先ほどよりさらに驚いた様子の八上は、思わず素っ頓狂な声を発した。それから、不安そうな顔になって、
「まさか、僕が犯人だとでも……?」
「いえ、そういうわけではありません」
青野がきっぱりと否定したので、八上は胸をなでおろした。
「僕が言いたいのは、つまり、あなたの行動が犯人の動機を解きあかす手がかりになっているということなんです。
確か八上さん、あなたは文書が盗み出される直前――17時頃に、高堂君から封筒を取り上げ、その中身が無事かどうか確認していましたよね?」
「は、はい。それでその時にきちんと中身があったとわかったんですが……」
「では、そのあと封筒と中身の文書はどうする予定でしたか?」
「どうするって……コンクールに送付をするつもりでしたが……」
「そこなんです」青野は鋭い視線を八上に向けて言い放った。「つまり、八上さんが確認した後で文書を白紙にすり替えることで、そのままコンクールに文書を応募させて、審査に受からないようにするつもりだったんですよ、犯人は」
「そ、そんな恐ろしいことを!!」
八上は思わず声を張り上げた。それから、我に返って少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
「すみません、少し取り乱しました」
「大丈夫です。ひとまず話を続けましょう。例の封筒には宛名が書かれており、そのまま送付する準備が整えられていたことは一目瞭然だったはずです。そして、そこまでされたものの中身をいちいち確認する人はそうそういない。だから、中身をすり替えてしまえば北次学園歴史部の栄光――連覇でしたっけ?――は途切れることになるのです。しかし、それでも不十分だと思った犯人は保険を用意した。それが八上さん、あなたに確認させることだったんですよ。ただえさえ準備が万端だった状態で、さらに確認をとれば、封筒は白紙にすり替えられたまま確実に送付されてしまいますからね。
もっとも、すり替えは発覚し、冴木君が鍵を閉めたおかげで密室からの消失というおまけまでついてきてしまいましたが。今回の事件で犯人にとって計算外だったのは、あなたが最終確認をしてしまったことでしょう。そのせいで、折角の計画は水泡に帰してしまったわけでしたからね」
それを聞いた八上は、「あのとき確認しておいて良かったぁ」と心底ほっとした様子になった。一方の青野は、推理の大事な部分を話そうと、真剣な表情を崩さずに続ける。
「さて、肝心の犯人ですが、ここまでくればもう簡単ですよね? 犯人の計画は最初から八上さんに確認させることを前提として成り立っています。あのとき八上さんが封筒の中身を確認することになったきっかけを作ったのは、封筒を本棚から引っ張り出して手に取った高堂君です。――そう、彼こそが、今回の事件の犯人だったんですよ」
◇
「は、はあ、いきなりそんなことを言われましても……」
高堂は困惑した表情で、八上と青野に返した。場所は自習室、彼は先ほどの宣言通り、勉学に励んでいた。
「だいたい、現場は密室だったんですよね? ……いや、その前に場所を変えましょう。自習室であんまり話をするのはよくないので」
あたりを見回すと、自習室で高堂と同じく勉強をしていた生徒たちが一斉にこちらを見ていた。気になるから出て行ってくれ、と言わんばかりの表情である。
「たしかにその通りだね。他の人の迷惑になるし」
八上が同意したので、青野は高堂を外に連れ出すことにした。
校舎を出て、学園の中庭に移動する。中庭は校舎の端っこにあるスペースで、もはや中というより隅であると生徒からたびたび揶揄されてきた場所である。バレーボールのコート1つ分ほどの広さがあるので、体育などでよく使われているようだ。放課後になると部活の練習場所になったりもするみたいだが、今は誰も使っていないようだった。
青野は中庭の端の方にあるベンチを見つけると、そこに腰掛けた。
「えーっと、密室の話だっけ?」
「ええ。仮に僕が八上先輩に文書を確認させたとして、そのあと八上先輩が再確認するまでにどうやってすり替えたっていうんですか? 確かに僕は部室に1人で残りましたけど、さっきの証言にあった通り、出てきた時には文書の束なんて持っていませんでしたし、部室の中からも1枚たりとも見つからなかったって話じゃないですか。僕にすり替えることは不可能ですよ」
八上と高堂は立ったままである。青野は高堂を見上げながら、彼に反駁した。
「持ち出したのが1枚だけなら? 1枚だけだったら、部室から出るときに折りたたんで本にでも挟んでしまえば簡単に持ち出すことができますよね」
「どういうことでしょう」
「簡単なことですよ、八上さん。あの時あなたが確認した封筒の中身は既に白紙とすり替えられていたんです。一番上にくる1枚を除いてね」
「一番上……」
「ええ。高堂君は先ほど、封筒を手に取った時に中身を少しだけ出したと話していましたよね。そして、八上さんはその状態のまま封筒を取り上げた。そのときにタイトルの書かれた表紙が目に入れば、誰もその後ろにある紙の束が白紙だなんて思わないでしょう。こうして、高堂君はあなたを誘導して、さも文書がそっくりそのまま残っていたと錯覚させたんです」
「そ、そんな単純なトリックだったなんて……。僕はそんなものに騙されていたんですか……」
八上は自らのことを不甲斐なく思って嘆く。
「そもそも、今回の事件の密室は冴木君が部室に鍵をかけてしまったことで作り出された偶然の産物です。しかし、僕らから見るとさも犯人が密室を意図的に作ったかのように映ってしまう。だから、僕たちは『どうやって密室をつくったか』ということばかり考えてしまい、『どうやってすり替えたか』という部分には目を向けなくなってしまったんです。これが事件の真相を分かり辛くした一因でもあるのでしょう」
青野は八上をフォローしようとしたのか、こう付け加えた。
「ここで、事件の流れについておさらいしておきましょう。まず、一昨日の部活動終了後に部室に運び込まれた文書入りの封筒の中身を、あらかじめ白紙にすり替えておく――一番上に来る1枚を除いてね。続いて、昨日の部活動で部室に中学生全員が集まったところでさりげなく封筒を手に取り、八上さんを巧みに誘導して中身がまだあると錯覚させる。あとは、そのまま何食わぬ顔で高校生が活動している教室に戻り、自分のアリバイでも作っておけば、もし文書をすり替えたことが発覚したとしても疑いから逃れることができるという算段だったんでしょう。どうですか、どこか間違いはあります?」
高堂は先ほどからずっとだんまりを決め込んでいたが、ようやく顔を上げると不敵な笑みを浮かべた。
「残念ながらあなたの推理には穴がありますよ。あらかじめ封筒の中身をすり替えておくってことですけど、僕にはすり替えるチャンスがなかったんですから」
高堂は勝ち誇ったように言うと、
「一昨日の部活が終わった後、鈴木先輩が部室に鍵をかけた。それから僕が冴木と一緒に部室の鍵をあけたときまで、部室は施錠されていたはずですよね?」
「そういえば、水澤先生も『誰も鍵を取りに来なかった』と話されていましたよね」
八上の発言を受け、自説が補強されたと考えた高堂は、自信にみなぎった表情を青野に向けた。
「ほら、僕はいつ文書を白紙にすり替えられるというんです? 鈴木先輩が施錠してから僕が部室を開けるまで、文書をすり替えられるタイミングはまったくなかったんですよ。唯一できそうな、僕が鍵を開けた時も、僕は冴木と一緒にいましたし――それとも、冴木と僕がグルだとでも?」
「まあ、あなたと冴木君が犬猿の仲というのは演技である可能性もありますけど、共犯である確率は限りなく低いと思いますよ。彼はミーティングルームへ向かった後、1人でトイレに行っており、アリバイがありません。もし共犯なのだったら、疑われないようにミーティングルームに残って高堂君と一緒にアリバイを作っているはずですから」
「だったら、不可能じゃないですか!!」
高堂のその叫びを聞いて、青野は微笑をみせた。その笑顔に、高堂は背筋をふるわせる。なぜだかわからないが、得体のしれない恐怖心が湧きあがってきた。
「それが可能になるんですよね……。とっても原始的なトリックを使うことで」
「原始的なトリック……?」
首を傾げる八上を見て、青野は説明を始めた。
「聞いてみれば馬鹿馬鹿しいトリックですよ。一昨日の部活が終わった後に八上さん、鈴木さん、それから歴史部の部長の3人で部室に向かったとき、既に高堂君は部室の中に身を潜めていたんです。そして、部室の中に隠れたまま片付けに来たあなたがた3人をやり過ごして、鍵がかけられた後に堂々と文書を白紙にすり替えたんですよ。その後で誰にも見つからないように気を付けながら部室を出れば、鍵を使わずに部室に侵入することが可能になります。
先ほどの証言で、高堂君が一昨日の部活を早退したっていうのがありましたよね? 実はその時に帰ったふりをして、そのタイミングで部室の中に入り込んだんでしょう。部室は活動中は基本的に鍵をかけていないという話でしたので、忍び込むことは容易にできますよね」
「でも、部室に隠れる場所なんて……」と八上。
「ドアの裏、なんてのはどうでしょう。開け放たれたドアと壁、そして本棚に挟まれてできた隙間にじっと身を潜めていれば、小柄な高堂君なら気付かれることなくやり過ごせるのでは?」
青野は先ほど部室で大山が久田をやり過ごそうとした際のことを思い返した。小説部の部室と歴史部の部室は間取りが同じで、かつドアのすぐわきに本棚があるところまで共通しているので、同じことを再現するのは容易な事だろう。大山は体格と久田の勘が鋭かったせいですぐに看過されてしまったが、小柄な高堂であれば、そして対象が歴史部のメンバー位なら欺けそうなものである。
「確か、部室に籠っている臭いを抜くために、部室に行ったときはドアを開け放しておくように心がけていたんですよね? このトリックはドアを閉められたらすぐにばれてしまうお粗末なものですが、日頃から歴史部の部員の間でなるたけドアを開けて換気をしようという認識があったのならば、成功する確率はぐんと上がります」
「で、でも、今のトリックを使って文書をすり替えたとしても、そのあと部室の鍵が開けられたままになっちゃいますよね?」
「その点については心配いりませんよ。だって、昨日真っ先に部室の鍵を開けに向かったのは、他ならぬあなたなんですから」
高堂の苦し紛れの反論を、青野は軽くいなす。
「おそらく、冴木君の目を盗んで鍵を開けたふりをしたんでしょうね。鍵穴に鍵を突っ込んで、さも回しているかのように演技をすれば、気付かれる確率はかなり低いと思いますよ。
ちなみに、すり替えるときに使った白紙は部室のプリンターの脇に置いてあった印刷用のものを使用したんでしょう。かなりの量のストックがありましたから、100枚くらい減っても少し怪しまれるだけで、自らに疑いの目が向くようなことはないでしょうからね」
高堂は唇をかみしめて、俯いたままだ。
「僕の推理はこれで終わりです。はっきりいってすべて状況証拠で物的な証拠はまだありませんが……」
「自白しますよ」
青野の言葉を遮って、高堂は言い放った。
「だって、八上先輩が最終確認をしたせいで僕の目論見は完璧に崩されましたからね。今更足掻いたところで僕には何の利益もありません。それに、今この状況で言い逃れられたとしても僕に対する疑念は残ったままですからね。それならいっそ白状した方がましってもんです」
「な、なんでこんなことを……」
高堂の敗北宣言を受け、八上は声を震わせ問い詰める。
「僕が歴史に興味を持ったのは、7歳上の兄の影響なんです。兄は他校の歴史研究部の部員で、それは熱心に活動していましたよ。僕も小学生ながら、兄に対して――歴史に対して憧れを抱いていたんです」
高堂はぽつぽつと語りだした。
「でも、その兄が成し遂げられなかったことがあった……。例の歴史コンクールの最優秀賞は、何年かけても取れなかったんです。それを、この学校の歴史部は獲得した」
「ま、まさかそれを僻んで……!?」
「さあ、どうだかわかりません。でも、自分の中で抑えようのない“なにか”が突然湧き上がってきて、それに突き動かされたら、こんなことをしていたんです」
「そ、そんな無茶苦茶な……」
八上は困惑した表情を浮かべる。あと一歩で部活に大きな被害が及ぶところだったので、彼の反応も仕方あるまい。
これで話したいことは済んだのか、高堂は青野の方を向いて、
「さあ、これで満足ですか、探偵さん」
「満足とは?」青野は首を傾げる。
「はっきり言って君の動機とかには興味ないんですよね。それより、今回の一件で歴史部に居辛くなると思うんだけども、そのあたりはどうなんでしょう?」
「はあ……」
予想外の返答に高堂は間の抜けた表情になる。それまでベンチに腰かけていた青野は、立ち上がって高堂に詰め寄った。そして、彼に畳み掛けるように――それから、最高に悪い笑顔を浮かべて――言った。
「そこで、ちょっと提案があるんだけどさ……」
◇
場所は北次学園小説部。部員たちが部長久田風美の強権によって強制的に部員集めに従事させられてから、数日が経った。
青野が離脱――もとい、逃走をしてからも、部員たちは必死になってビラを配り続けた。しかし、全て捌けるはずもなく、彼らの目の前に残ったのは山積みのビラだった。
「こんなに残ったのがばれたら久田先輩に殺される……」
「いっそのこと燃やしてしまうか?」
「それよ! 証拠を隠滅しましょう!!」
美月、大山、柚希の3名は、すさまじい手際で証拠の隠滅に取り掛かり(その間、青野への恨み節をひたすら吐いていたらしい)、なんとか久田にばれないように手を打ったのだった。
「そうしてあれから初の部活なんだけど……部員は案の定0だよなぁ……。ビラの方は何とかなったけど今度は部員をなんとかしないと……」
部室の中で、大山が頭を抱えた。先日の久田の剣幕を考えると、頭が痛い。
「というか、全ての元凶・青野優紀はいったいどこにいるのかしら」
「そういえばいつもなら寝そべって本を読みふけっているはずなのに、今日はいないわね」
話す柚希と美月は、怨嗟のこもった目をしていた。
「さては逃げたか」「逃げたな」「卑怯者め」「ビラの山に埋もれて燃えてしまえばいいのに……」
「ちょっとちょっと、物騒な事言うのやめてよ」
大山が慌てて2人をなだめた。
そんなわけで、部室の中には不穏な空気が流れていたのだが、突如扉が開け放たれ、その空気は一息に散り散りになった。
「いやあ、今日は最高の気分だ!!」
扉の向こうには、先日とは対照的な――いつもに増して機嫌のよい風美が、爽やかな春風を浴びて立っていた。もちろん、春風云々の件は比喩であるが、部員たちには本当に爽やかな風が流れているように見えたのだ。
「せ、先輩、どうかしたんですか……」
機嫌のよい彼女も、それはそれでなんだか気味が悪いなと思いながら、大山はおずおずと尋ねた。
「うん、君たちは聞いていないのか? まあいい、本人に直接話してもらいましょう」
「ほ、本人……?」
そう言って美月が見た先には、青野と、彼に連れられた小柄な生徒がいた。
「ちゅ、中学1年生……」
柚希が彼を見て絶句する。
「え、どういうこと? なんで青野君が後輩を引き連れているの? そもそも誰? 何の目的でこんなところに?」
「み、みつ、みつき、と、とり、とりあえず、おち、おちつこ、おちつこう」
「2人とも、落ち着こうね」
冷静さを保ちながら、大山が青野たちの方へ顔を向けた。
「いったいどういうことなんだい?」
「彼は高堂達志君、僕が連れてきた新入部員です」
「高堂達志です、よろしくお願いします」
青野に続いて、少年――高堂が機械的な挨拶を述べた。
「シンニュウ……ッ!」
「ブイン……!!」
美月と柚希は、情報の処理が追いつかないのか、こちらも機械のように静止した。
「俄かには信じがたいが……いったい何があったんだい?」
「それはトップシークレットです。教えられませんよ。ねえ、高堂君」
高堂はフンと鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。
そんな彼を見ながら、風美は上機嫌に青野の背中をばしばし叩くと、
「いやあ、よくやった!! さすが私が見込んだ青野優紀なだけはあるわ!! 優秀、実に優秀!! 青野優紀バンザーイ!!」
彼らの混沌とした様子を見ながら、青野は部室の茣蓙の上に上がって何食わぬ顔で読書をはじめ、高堂は1人ため息を吐いたのだった。
次回
高堂が入部した理由を突き止めるため、美月と柚希は青野と高堂を拉致・ハンバーガーショップにて尋問を行う。しかし、隣の席にいた客の1人が突然悶え苦しんで……。
CASE3 殺人ハンバーガーの謎
FILE.7 そういうことね
Next hint
・ポテト