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高校生探偵・青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE2 消えた文書の行方
6/8

FILE.5 消えた文書の捜索

「その通りです」

 青野が確認するように言ったのに、八上は頷いた。

「では、とりあえず文書がすり替えられた時の顛末をお話し願えますか?」

 青野は礼儀正しい態度で、続きを促した。八上は「はい」と言って話し始める。

「文書の存在を最後に確認したのは、昨日の17時頃のことです。その時、僕は同級生1人と後輩2人の計3人の部員と一緒に部室で文献資料の読み合わせをしていました」

「読み合わせ……?」

「1つの文章をみんなで一緒に読んで、分からないところなどを質問し合ったり検討したりする機会のことです」

 青野が首を傾げたので、八上は補足をした。

「読み合わせをしていたのは15時半から17時までの間です。ちなみに、この間高校生の部員は別の教室で活動をしていました。というのも、この時期はあたらしく入部した中学1年生たちが親しみやすいように、新入生に年齢の近い中学生だけで活動しているんです。もっとも、これは高校生がコンクールに向けて最終準備を行うためという目的もあるので、そろそろ中高で一緒に活動できるのではないかと……って関係ない話でしたね。すみません」

 八上に謝られて、青野は「はあ」と曖昧な返事をする。それから、八上は話を続けようとしたが、そこに彼を呼び止める声がした。

「あれ? 先輩、こんなとこで何してるんですか?」

 八上の背後から声を掛けてきたのは、背の低い男子中学生だった。150センチメートルほどの身長からするとずいぶん大きなカバンを肩から下げて、八上と青野を見上げている。

「ていうか、隣にいるのは誰すか」

 先ほどの生徒の隣にいた目付きの悪い男子が、青野を指さしてぶっきらぼうに尋ねた。

「あ、高堂こうどう君と冴木さえぎ君か。彼は小説部の青野先輩だよ」

「小説部?」背の低い方――高堂が首を傾げる。

「ああ、あそこで悪趣味なビラ配ってた人たちですね」冴木が辛辣な意見を述べた。

「ちょっと、そんなことを言わないでよ。す、すみません!」

 冴木の発言を受けた八上は、彼を窘めると、必死になって青野にぺこぺこと謝った。

「ああ、悪趣味なのは事実だから問題ないですよ」

「は、はあ……」

 青野があっけらかんと述べたのに、八上と高堂、そして火種をまいた冴木も呆気にとられた様子である。

「ところで、彼らはいったい?」

 青野に尋ねられた八上ははっと我に返って、

「あ、ああ、えーっと……こちらの彼が高堂達志こうどうたつし君、こっちが冴木貴之さえぎたかゆき君。2人とも、歴史部の中学1年生――今年入部した、期待の新人です」

「へえ、2人も入部したんですか」

 どこかの部活とは大違いだと思いながら、青野は高堂と冴木をまじまじと見た。

「でー、なんで先輩は小説部の先輩なんかとこんなところで話をしていたんですか? ここ、中学1年生のフロアですよね」

「ああ、それはね。ここで『どんな謎でも解きます』って言ってチラシ配りをしていたから――」

「ああ、この前の件について相談してみたんですね」

 高堂は納得した表情で頷く。一方、彼の隣にいた冴木は「なんか怪しいっすね。担がれたりしているんじゃ……」と怪訝そうである。

「まあまあ、そう言わずに……。あ、そうだ、今時間ある? だったら冴木君たちにも協力してほしいんだけど……」

「この前の話を思い出して話せばいいんでしょうか? それくらいなら構いませんけど……」

「俺も少しだけなら良いっすよ」

 高堂と冴木は、先輩から頼まれたからなのか、好奇心からなのか、ともかく証言をしてくれるようだった。

「ということです。彼らが、一緒に読み合わせをしていた後輩2人です」

「ああ、なるほど。ということは、中学2年生の部員はいなくて、中3にもう1人部員がいるということですね」

 青野の確認に、八上は首肯した。

「では、話の続きを……確か、読み合わせをしていたってところでしたね」

「なんだ、全然話していないじゃないっすか」

 冴木はあきれ顔で言った。八上は苦笑すると、話を続ける。

「部室の中で読み合わせをしていた僕たちでしたが、17時になったので切り上げて、自由時間をとることにしました。この時間に、僕はトイレに行きましたが、他の部員たちは部室の中にある本などを手に取っていたみたいです」

「歴史部の部室には大きな本棚があっていろいろな史料が読めるようになっているんですよ」

 高堂が少し誇らしげに言った。青野は「うちの部室にも大きな本棚ならあるんだけどな」などと思ってみたが、別段口に出していうことでもなかったので、胸の内にとどめておいた。

「ちなみに、俺は日本の中世に関する本を読んでたっけな。鈴木すずき先輩は崩し字辞典を片手に古文書こもんじょを読んでいた気がするし、高堂はぶつぶつと独り言をつぶやきながら本棚のまわりを徘徊していたよ」

「人聞き悪いなぁ。僕は読みたい資料を探していただけじゃないか!」

「だからって声出しながらやる必要ないだろ。はっきりいって耳障りで気持ち悪いんだよ」

「はあ!? 何もそこまでいう事ないだろ!! そっちこそ、気取って本なんか読みやがって!」

「ねえちょっと、2人とも……」八上が宥めつつ間に入ろうとする。

「ああ、悪いか!?」

「悪いよ!」

「あのー、一応初対面の人もいるわけだし……」

「だいたい俺が入部届出したときだって……」

「この前の昼休みに……」

 やいやいと言い争いを白熱させる2人に八上はほとほと困り果てる。

「本当にすみません。2人とも反りが合わないところがあるみたいで、いつもこんな感じなんです。昨日も鈴木さんに5回くらい叱られていましたし……」

 後輩の口論が手におえないと踏んだのか、八上は青野にぺこぺこと謝った。どうやら彼はよく人に謝るタイプの人間らしい。

「その、鈴木さんというのは?」

「ああ、僕と同じ中学3年生の、歴史部部員です。あの日一緒に部室で読み合わせをしていた、最後の1人ですよ。さっきの冴木君の話の中にも出てきていましたよね」

「そうでしたね」青野は頷いた。

「でも困ったなぁ……。いつもは鈴木さんが一喝して鎮めてくれているんですけど、今はいないですし……」

 がやがやと相も変わらず言い争う2人を見て、八上はどうしたものかとため息をつく。と、そこに、鋭い声が響いた。

「ちょっとあんたたち、また騒いでいるわけ!? 周りに迷惑だからやめなさいよ!」

「うわっ、なんか来た!」

「“なんか”って何よ、人を物みたいに言わないでもらえます?」

「さーせん」

「誠に申し訳なく存じております」

 反省しているのかしていないのかわからないが、とりあえず冴木と高堂は目の前の少女に頭を下げた。

「まったく……HRホームルーム長引いたから早く帰ろうと思って急いでいたら、すぐ上の階から聞きなれたうるさい声が聞こえてきたので、来てみたらこの様よ……。というか、八上君じゃない。なんでここにいるの?」

「ああ、鈴木さん。実は今、昨日の件について小説部の青野先輩に相談しているところで……。昨日の話をしてもらっていたら、口論を始めたものだから困っちゃってさ。あはは……」

「あはは、じゃないでしょ……。中学部長なんだし、少しは威厳みたいなのがでてきてもいいんじゃないかと思うけど……」

「いやあ、僕はそんな威厳とか求めていないし、なんなら鈴木さんに部長変わってもらってもいいし……。って、今はそんな話じゃないか」

 八上は苦笑しながらあたまをかくと、はっと我に返って青野の方を向いた。

「彼女がさっき話した鈴木さんです」

鈴木結衣すずきゆいです。どうも」

「青野といいます」

 青野は一礼して簡潔な自己紹介をした。元来、彼は長々とそのようなことをする性質ではない。

 鈴木は、品定めするように青野を見ていた。身の丈は八上と同じくらいか、それより少しだけ低く、小豆色のフレームの眼鏡をかけている。見た目だけならば気弱そうなのだが、先ほどの一件を見る限り、そんなことはまったくないようである。

「それで? ここにいる阿呆たちはいったい何をごちゃごちゃとやっていたのかしら」

「ああ、高堂君が本棚の前をうろうろしていたって話をしていたらね……」

「なにそれ、全然話進んでいないじゃない」

 鈴木はさきほどの冴木と同じようなことを言った。青野と八上が出会ってからかれこれ15分ほどは経過しているのだが、一向に話は進展する気配を見せない。

「まあ、とにかく続きをお願いできますか」

「あ、鈴木さんは急いでいるって言っていたので、ここは僕たちだけでお話ししても構いませんかね」

「僕はいいですけど」

 八上の申し出に青野は快く頷いたが、鈴木が首を横に振って、

「大丈夫よ。数学の先生のところに行って、ちょっと質問したかっただけだから。それよりこっちの方が楽しそうだし、なにより私も気になっていたからね」

「はあ、そうですか」

「それに、私がいないとまたこのお馬鹿な2人組が喧嘩を始めるでしょう?」

「確かにそうですね」

 青野は正直に答えた。失礼だとは思わなかったらしい。

「えーっと、じゃあ、話の続きを……」

「僕が本を選んでいたところからですよね!」

 高堂が八上を遮り、割って入る。

「僕が本を探していたら、本棚の中に封筒が挟んであるのに気が付いたんです。前に部室に来たときにはなかったなぁと不思議に思ったので、それを手に取って中を少し出してみたら……」

「それが白紙とすり替えられた文書だったということですか」

「その通りです。高堂君が見つけたところに、ちょうど僕がトイレから帰ってきたので、慌てて回収しましたけど」

 八上が言うと、高堂がしきりと頷いて、

「そうそう、八上先輩がすごい勢いでひったくってきたんですよ。『それは大事なやつだからダメ!!』って叫んで……」

「まあ、お前みたいなやつが不用意に触ったらどうなるかわからないもんな」

「なにを……!!」

 冴木がフンと笑ったので、高堂がむきになって突っかかる。

「だからやめなさいって!!」

 鈴木の一喝により、言い合いに発展しかけていた2人は渋々静かになった。

「で、確認したいんですけど、その時に文書はあったんですか?」

「は、はい。確かにありました。ちらっと見ただけですが、タイトルが書かれた表紙は一昨日見たときとまったく変わっていませんでしたし、触ってみたところ100枚分くらいの厚みはありましたので……。ああ、ちなみに問題の文書ですが、すり替えられる前日――つまり、一昨日に僕と部長で中身の確認をして、封筒に入れて部室に持ち込みました」

「部室に文書が持ち込まれたのは、その時が初めてですか?」

「はい、そうです。持ち込んだのは部活が終わった直後で、部室から持ち出した荷物を片付けるときに一緒に持っていきました。確かあの時は――部長と鈴木さんが一緒だったかな? 高堂君は読み合わせが終わった17時頃に早退したはずだし、冴木君も部活が終わった後すぐに帰っていたはず……だったかな」

「うん。私も片付けるときにちらっと見たけど、ちゃんと文書はあったと思うよ」

 八上に話を振られて、鈴木は思い出しながら頷いた。それから、鈴木は続けて、

「で、私が部室の鍵を閉めて、水澤先生のところに返しに行った――はずです」

「なるほど。それから部室に誰かが入ったりは?」

「多分ないと思います。僕らが部活の読み合わせのために部室に入るまで、誰も入っていないはずです。あ、顧問の水澤先生に確認を取っておきましょうか? 鍵は先生の机にあって、どんなときでも先生の許可を取らないと持っていけないようになっているので、誰かが鍵を持ち出したなら覚えている筈ですよ」

「お願いします」

 青野は軽く頭を下げた。

 ちなみに、小説部も毎回部室で活動しているが、その部室の鍵は歴史部と同様に顧問の東谷の机にある。――のだが、部員たちは特に東谷の許可を取らずに勝手に持ち出しており、中には合鍵を作ってしまった部員もいるとかいないとか。もっとも部室で悪事など働きようもないし、そもそも部員数が限られているので、まったく問題は起きていないようだ。

「では、すり替えられるまでの話を続けてお願いします」

「ああ、まだそっちが途中でしたね。どうも話がふらふらと寄り道して申し訳ありません」

 八上は青野に謝ると、そのまま話を続けた。

「高堂君から僕が封筒を取り上げたところからでしたね。その後、封筒は元の位置――本棚に戻しておきました。それから、全員で部室を後にしました」

「厳密にいうと、高堂が部室の中にちょっとだけ残っていましたけどね」

 冴木に言われた青野は、高堂の方をうかがった。高堂は慌てて弁明する。

「別に何かしていたわけじゃないですよ!! 読みたかった本を借りていっただけですから。も、もちろんその間は部室の中に1人でいましたけど、封筒から紙を抜き取って白紙にすり替え、もとの文書を持ち出すことはできなかったはずですよ」

「確かに、あのときはちょっと厚めの本を一冊と、読み合わせに使ったプリントを1つ、それから筆箱を持っていただけで、他に何も持ち出していなかったと思います」

「それに、すり替えが発覚した後先輩方と部室を隈なく探しましたけど、どこにも文書はありませんでしたよ」

 鈴木と八上が、高堂を庇う。高堂はそれに少しほっとした様子を見せ、冴木は不服そうに舌打ちをした。

「なんだよ、その態度」

「いやあ、なんだかつまらねえなぁと思っただけ」

 冴木の素っ気ない態度に高堂は眉をひそめて、

「そういえば、僕が部室から出てきた後部室に鍵をかけたのは冴木だったよな」

「はあ? だからなんだよ。そんなことを言うならお前だって、昨日みんなで読み合わせをするために部室に入った時、鍵開けてたじゃんか。お前と一緒に部室にいったからよく覚えてるぞ」

「だ、だからなんだっていうのさ」

「それはこっちの台詞だっつーの!!」

「だから何回そういうくだらない言い争いをしているのよ!!」

 本日何度目かは分からないが、とにかく鈴木が叱りつけて2人は落ち着いたようだった。

「とにかく、室内に文書が残されたまま部室に鍵がかけられたんです。――そういえば、いつもは読み合わせをした後は鍵をかけないで部室を出て行ってしまうんですけど、昨日はちゃんと施錠されていましたね」

 八上のその言葉に、今度は鍵をかけた冴木の方へ視線が向く。

「なんだよ、その視線は。不用心だなと思っていたから気を利かせて閉めただけじゃないか」

「そ、そうだよね。別に疑ったわけじゃないよ。誤解を招くようなこと言ってごめんね。閉めてくれてありがとう」

 八上は冴木に対しぺこぺこと謝った。彼の方が先輩なのだが、冴木が不機嫌そうに顔をしかめているせいで、なんだか年齢が逆転しているようにも見えてしまう。

「まあ、それはいいから次に行きましょう。部室を出た後、私たちは高校生たちがいつも活動している、ミーティングルームに行きました。私たちが教室についたところで、高校生の先輩方がちょうど休憩時間に入られたみたいだったので、私たちも休憩することにしました。――まあ、読み合わせを終わらせた直後にも休憩していたんですけどね」

「でも、結局トイレに行ったり水飲みに行ったり――休憩っぽいことをしていたのは八上先輩だけでしたよね。僕たちは部室で史料を読んだりしていたわけですし」

「どこかの誰かは独り言言いながら本を探していただけだったけどな」

 冴木は悪態をついてから、「でもまあ、高校生と合流してからまた休憩時間になったおかげで俺もトイレに行けたんだけど」

「そういや随分と長かったよなぁ。15分くらいいなかったような気がするけど」

「ああ、悪いかよ!」

「オホン!!」

 鈴木が火種を察知して咳ばらいをした。ふたりがまた喧嘩を始めるのではないかとおろおろしていた八上は、それを見て安心した様子である。

「あの、ちなみに、休憩時間の間、僕と鈴木さんは部長に言われて例の封筒を部室に取りにいくことになりました。それで部室に行ったんですけど……」

「その時には文書が無くなっていたということですか?」

 青野にきかれた八上は首を横に振って否定する。

「いえ、実は部室の前まできて、そういえば鍵を持っていないということに気が付きまして……ほら、いつもは開けっ放しにしているんですけど、冴木君が施錠してくれたので」

「それで、八上君が部室の鍵を取りにミーティングルームに戻ったんです。その間私は部室の前でのんびりと待っていました。5分くらいしてから八上君が息を切らせながら戻ってきたので、私が鍵を受け取って部室を開けました」

「いやあ、何分体力がないもので、急いで鍵を取りに行って戻ってきたらそれだけでかなり疲れてしまって……」

 八上は恥ずかしそうに言うと、それから急に神妙な面持ちになった。

「それで、鈴木さんと僕は部室に入って封筒を取り出しました。で、何の気なしに中身を出してみたのですが……」

「そのときに無くなっていたんですね」

 青野が言うと、八上と鈴木はそろって頷いた。

「それで、私たちが慌ててミーティングルームに戻り――そうそう、この時慌てすぎていて部室の鍵をかけるのも忘れていましたっけ。とにかく、部長をはじめとした高校生の先輩方に報告したところ、皆さんすごい驚いた様子で……」

「それで、高校生と僕と鈴木さんで部室に向かい、ほんとうに無くなったのかどうか確認しました。このときに部室をくまなく探したのですが、文書は1ページたりとも見つかりませんでした」

「ちなみに、そのときミーティングルームに中学1年生――高堂さんと冴木さんは残っていたわけですよね? 彼らはどうしていたのですか?」

「ああ、それなら」高堂が口を開く。「冴木が長いトイレから戻ってきたところで、ちょうど先輩方が部室に向かうところでして、その後は不本意ながら2人きりでミーティングルームに残っていましたよ」

「結局その後先輩たちが戻ってきて――何も見つからなかったってぼやいてたっけな。それで部活は解散になったはずだぜ」

 冴木が言ったところで、その場が静まり返った。「小説部です! よろしくお願いします!!」という声が背後から聞こえてきて、青野は美月たちが未だに部員集めを行っていることに気が付いた。

 八上は鈴木、高堂、冴木の3人を見回して、

「えーっと、話すことはすべて尽きた感じです。他に何か気になるところなどはありますか?」

「そうですね……。特に皆さんにお聞きすることはないですけど――もしできるのでしたら、部室を見せていただけませんか?」

「ええ、勿論構いません」

 青野の要望を、八上は快諾した。

「ちょうどいい機会なので、水澤先生に部室の鍵を誰か借りに来ていなかったか確認しておきましょう」

「私たちはお役御免な感じなのかな?」

 八上が鈴木に頷いたのを見て、高堂と冴木はそそくさと階段を下りていく。

「それではさようなら。僕は自習室にいるので、何かあったら来てください」

「俺はちょっと食堂寄ってから帰りますけど、面倒臭いんで何かあっても来ないでください」

 こちらに顔も見せず帰っていった彼らを見て、鈴木がため息を吐いた。

「まったく、礼儀ってものを知らないのかね……。あ、私は数学の先生に質問をしに行くから、あと30分くらいは学校に残っています。何かありましたら職員室まで来ていただければ……」

「わかりました」

「それでは、行きましょうか。僕と青野先輩も水澤先生のところに寄らないといけないから、職員室まで一緒にいこうか」

 八上はそう言って、階段を下りる。青野と鈴木もそれに続いた。青野がふと後ろを見てみると、すっかり疲れた顔をした小説部員3名がまだ残りの多いビラを必死に配っていた。それを見ていたら美月と目が合い、同時に恨みのこもった視線をぶつけられた気がしたので、目を逸らしてそそくさと八上たちのあとを追うことにした。


  *


 職員室で鈴木と別れた青野と八上は、そのまま水澤の机へと向かって行った。

「失礼します、歴史部の八上ですが、水澤先生、部室の鍵を取りに来ました」

「あれ、今日部活ないはずだけど……どうしたの?」

 若い女性教師――水澤佳代子みずさわかよこは八上に訝しげな表情を見せた。

「いえ、昨日の件を解決するために小説部の青野先輩へ依頼をしたので、彼に現場である部室を見ていただこうかと……」

「ふーん、別にいいけど、あんまり部外者を入れるのはよろしくないから手短にお願いね」

「それはもちろん、わかっています。ところで、一昨日――前々回の部活が終わって部室の鍵を閉めてから、僕たちが昨日の部活で鍵を開けるまで、誰かが部室の鍵を取りに来たってことはありましたか?」

 八上に問われて、水澤は少し考えると、「なかったわ」ときっぱり断言した。

「私がいないときにこっそり取りに来てもまわりの先生が気付くだろうし、鍵を入手するのは難しいんじゃないかしら」

「とのことです」

 八上が青野に報告すると、青野はなるほど、と唸った。

「これで充分かしら、小説部の――」

「青野先輩です」

 水澤が言葉に詰まったのを見て、八上がフォローした。

「青野君。探偵みたいな感じだけど、あんまり無理しないでね」

「はあ、それはどうも」

 水澤との話はそれきりになって、青野と八上は歴史部の部室へと向かった。歴史部の部室は小説部の部室の隣にあった。

 八上は鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリと音を立てて部室を開けた。

「どうぞ」

 扉をおさえて、青野を中に促す。

「お邪魔します」

 少しだけ頭を下げて部室に入ると、青野は室内を見回した。部室の間取りは小説部と変わらないようだ。部活ごとに差をつけていたら不和の種になるからだろう。

 間取りだけでなく、内装も似たような感じだった。壁に沿うようにして設置された本棚が、その印象を強めているようだ。本棚にはギッシリと本が詰め込まれており、その中にある分厚い辞書などは、物々しい雰囲気を醸していた。

 もっとも、まったく同じというわけでもなく、部室に茣蓙が敷かれておらず、代わりに長机が並べられていたり、部室の奥にプリンターや印刷用と思しき紙、ハサミやノリなどの文具があったり、また扉の正面にはホワイトボードもあった。ホワイトボードには色々な情報が無造作に書き込まれていたが、青野はほとんど理解できなかった。興味もないので、別段よく見ようともしなかったというのもある。

「封筒があったのは、どこの本棚でしょう」

「そこです」

 八上は扉の右手側にある本棚を指さした。歴史部の部室は三方を本棚で囲まれており、残った一方には先述のホワイトボードがあった。その後ろは窓になっているので、本棚を置くわけにはいかなかったのだろう。

「ちなみに、この本棚の上から2段目――ちょうど真ん中あたりに入れていました」

 部室のドアを開けたまま、八上は部室の中へと入って行くと、本棚の中段の端を指さした。そこに文書入りの封筒があったらしい。

「ちなみに、ドアが開けっ放しですけどいいんですか?」

「ああ、それなら問題ありません。古い本がたくさんあるので、どうしても臭いがこもってしまって……。部室に来た時は換気目的でドアを開け放しておくんです。もっとも、中で活動するときは流石に閉めておきますけど。丸見えは嫌なので……」

「なるほど」

 青野は納得したように頷いてみせた。

「高堂君から封筒を取り上げた時に中身を確認したとのことでしたけど、その後はどうするつもりだったんでしょう」

「ああ、そのまま封をして送るはずでした。すでに住所や宛名は書いてありましたので、あとは郵便局に行くだけの状態でして」

 青野は「ふむ」と唸って長机の周りをぐるりと歩く。

「この文具類はなんでしょうか」

「それなら、色々な用途がありますよ。例えば印刷した地図を貼り合わせたり、文化祭の展示を作るときに使ったり……。ちなみに、そこに置いてあるプリンターは資料を印刷して配るときなんかに使っています。紙とインクを多めに蓄えておけば、先生の手を印刷でいちいち煩わせる必要がありませんので、結構重宝しているんですよ」

「なるほど、紙というのはこれですね」

 青野はプリンターの脇に積まれた紙の束を見て言った。それから、また机の周りを歩いてドアのところまで来ると、

「こんなところで大丈夫です」

「わかりました」

 部室の鍵を八上が閉めていると、青野がふと気が付いたように言った。

「そういえば、部室を開け閉めする時って、みんなが揃った状態でしているんですかね」

「えーっと……時と場合によります。部室を開けるときは1人だけです。一番早くHRホームルームが終わった部員が、職員室まで鍵を取りにいって、勝手に開けておくんです。逆に閉めるときは全員揃っていることが多いですね。部活で使った物品を活動場所から部室に3人くらいで運び込んだ後、鍵をかけて、それからじゃんけんで誰が鍵を返しに行くか決めるんです」

 八上の説明を受けた青野は、少しの間黙って何かを考えていた。鍵をかけ終えた八上は、それを持って職員室へ戻ろうと言った。

「青野先輩もいらっしゃいますか? 僕1人で片付けても構わないのですけど」

「待っているのもなんですので僕も一緒に行きましょう」

 青野はそう言って、八上とともに部室棟を後にした。それから、思い出したように付け加える。

「ああ、それと、犯人が分かりました」

次回予告

文書すり替え事件、次回解決!!

FILE.6 計画通り?〔解決編〕


Next hint

・封筒の宛名


容疑者一覧

・八上和隆(14)

 歴史部中学部長。中学3年生。青野に事件の解決を依頼。

・鈴木結衣(14)

 歴史部部員。中学3年生。見た目と裏腹に気の強い少女。

・冴木貴之(13)

 歴史部部員。中学1年生。かなりの毒舌で、高堂とは犬猿の仲。

・高堂達志(12)

 歴史部部員。中学1年生。冴木といつも言い争っている、小柄な少年。


・水澤佳代子(26)

 北次学園日本史教員。歴史部の顧問をしている。


*改稿の記録*

2019/6/30 次話のタイトルを変更

2019/7/5 事件当日に部室を開錠したときの内容を一部追記

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