FILE.4 1人でも入れなさい!
お待たせしました、新シリーズスタートです!
「それでは、続いて小説部の発表です」
広い体育館の中に女子生徒の声が響いた。続いて、体育館の舞台袖から、男子生徒が歩いて出てきた。男子生徒とは、もちろん、青野優紀のことである。
青野は無表情のまま舞台の中央に立つ。彼の目の前には、北次学園の生徒が300人ほど、体育座りをしていた。全員が緊張した面持ちをしており、その顔立ちにはまだ幼さがみられる。それもそのはず、彼らは北次学園に入学したての中学1年生なのだ。
青野はそんな1年生たちを眺めながら、「しょうせつ……」と声を発して、ふと何かに気付いたように手元をみやった。それから、少し慌てたように、舞台の袖へと引き返していく。中学1年生たちは何事かと青野のことを目で追った。少しの間をおいて、青野はそそくさと戻ってきた。その手には、マイクが握られている。どうやら、彼が舞台袖に戻ったのは、マイクを持ってくるのを忘れたかららしい。
「えー、小説部です。本を読んでいます。ご清聴ありがとうございました」
頭を下げてから退場していく青野をみて、1年生たちは呆気にとられた。それもそのはず、現在体育館で執り行われている式は、『部活動紹介』という新入生に対して自分の部活をアピールする会だったのだ。あまりにも短すぎる紹介に、司会を務めているらしい女子生徒も呆気にとられたようで、やや間をおいてから「で、では、次に歴史部の発表を……」と慌てて言った。
そんな中、青野優紀ただ1人が、なかなか疲れたなあ、などと呑気に思いながら体育館を後にしたのだった。
◇
それから2週間ほどが過ぎた、4月下旬のある日のこと。その日は、各部活が毎年気を揉んでいる、『入部届』の提出日であった。入部届とは、その名の通り、自分が入りたい部活に提出する届け出のことである。これが出るのと出ないのとでは、今後の部活動運営に大いに支障をきたすため、各部活の部員――とりわけ、部長などの重要な役職についている生徒たちは、いったい何枚提出されたのかと毎日眠れない日を過ごすとか過ごさないとか。
冗談はさておき、サッカー部やら吹奏楽部やら、何もしなくてもとりあえず新入生がたくさん入ってきそうな部活はともかく、それ以外の弱小部――たとえば、ボウリング部だとか、歴史部だとか、園芸部だとか、勿論のことながら小説部もであるが――は、失敗すると部員が1人も入らない、なんて惨事がざらに起こるため、入部届の提出が大きな気がかりになっていることは事実である。
そして、小説部の中で、人一倍気を揉んでいる生徒がいた。
「……これ、どういうことよ」
高校3年生で部長を務めている、久田風美である。彼女は不機嫌そうに腕組みをして、小説部のいつもの活動場所である部室、その真ん中に仁王立ちすると、その下に控える後輩たちを見下ろした。
風美がやってきたのは、つい今さっきのことである。彼女が来るまで、部室の中では4人の生徒がめいめいに話したり読書をしたりと、それはそれは楽しそうに活動をしていた。
「えーっと、この前の続きだから……」
高校2年生の大山朝洋は、本棚の前で何やら呟きながら本を探していた。
「ああ、これこれ……おっと、落としちゃった」
大山は本棚の端――すぐ隣に、扉がある――にあった本を引っ張り出そうとして、過ってドアの前の床に落としてしまったようである。
彼が扉の前にしゃがんで本を拾っている、その背後で、高校1年生の3人組――小林美月、木島柚希、そして青野優紀の3人――は、雑談に興じているようだった。正確に言うと美月と柚希が話しており、青野はそれに巻き込まれている形だった。
「結局仮入部に誰も来ないまま入部届の提出日が過ぎていったけど、さすがにまずいんじゃないの?」
「また部員0人かもね……」
仮入部とは、部活を決めかねている生徒が参加できる、その部活にお試し入部をする制度のことだ。早い話が、大学の新歓のようなものである。北次学園では毎年行われており、最近では部活動における恒例行事の1つのようになっているようだ。各部活は、せっかく興味を持ってくれた生徒を逃さないよう、あの手この手を使って引きとめようと躍起になるのだ。
さて、その仮入部の参加者が0名であるということは、すなわち部活に興味を持った生徒が1人もいないということである。このことにさすがに危機感をおぼえているのか、美月と柚希は先ほどからあれこれ話をしていた。
「だいたいさ、青野君がテキトーな発表をしたせいでこうなったんだよね」
「そうそう、あれは酷すぎたよ。超が100個つくくらい面白かったもん!」
「あれは流石にないよねー。動画に収めておけばよかったな、って後悔してるもん」
2人はそう言って青野のことをちらちらと見た。茣蓙の上に寝そべっている青野は鬱陶しそうにフンと鼻息を鳴らすと、そのままくるりとそっぽを向いて読書を始めた。
風美がやってきたのは、実にこの時だったのである。彼女はまず部室のドアを勢いよく開け放って、怒りを隠さないままずかずかと部室の中へ入ってきた。部室のドアを開けっ放しにしていることからも、かなり怒っていることがわかるだろう。その態度に、美月と柚希はギクリと背筋を震わせて、綺麗な姿勢で正座をし、風美の方を向いた。
次いで、風美は、寝そべったままの青野のもとに蹴飛ばさん勢いで近づくと、
「起きなさい!!」
と大声で叫んだ。流石にうるさかったのか、青野は「やれやれ」と言って腰を上げた。
「なんなんですか、騒々しい」
「あんたねぇ……!」
「ひ、久田先輩、落ち着いてください!!」
青野に掴みかかろうとする風美を、美月と柚希は慌てて両側から押さえ込んだ。それで冷静さを取り戻したのか、風美はコホンと咳払いをすると、1枚の紙を突き出した。
「ゼ、ゼロ……?」柚希は首を傾げる。
風美がこちらに示した紙には、赤い字で大きく「0」と書かれていた。まるで0点の答案である。
「今年の入部届の提出数よ」
「ああ、なるほど」
「やっぱりそうだったんですね」
口々にいう美月と柚希に風美はため息を吐いた。
「……これ、どういうことよ」
こうして、冒頭の台詞に戻るのである。先ほども述べたように、風美は隠しきれない不機嫌なオーラを放ち、青野たちの前に立ちはだかっていた。
「ど、どういうことと言われても……」
「青野くんがやらかしちゃったからねえ……」
「バッカじゃないの!!!!!!」
風美の叫びに、高1女子2人は「ひぃっ!?」と震え上がった。
「確かに元凶はそこで寝てた大馬鹿野郎よ。でも、あの最悪な部活動紹介から何もリカバリーをせずに胡坐をかいていたあなたたちにだって非はあるでしょう!? というか、どうしてこの馬鹿が紹介の場に立つのを止めなかったのよ!」
「す、すいませんでしたぁ!!!!」
正座をしたまま頭を下げる2人。一方、元凶となった青野は素知らぬ顔で部室の窓を眺めていた。
「ちょっと、青野くんも謝りなさいよ」
「なんで? 僕は何も悪いことしていないよ?」
「いや、でも……」
「僕は権力には屈しないからね。部長がなんだっていうのさ、まったく」
次の瞬間、目にもとまらぬ速さで繰り出された風美の握りこぶしが、青野の頭を直撃した。
「な、なんなんですか! さすがに武力行使はいただけませんね。断固抗議します!!」
ボコッ、という鈍い音を発していたので、かなり痛かったのだろう。青野は頭を両手で押さえながら、反抗的な目で風美を見上げた。一方の風美は何食わぬ顔で――というか、青野を無視して自分のカバンをまさぐっていた。
「ほい、これ」
そう言って茣蓙の上に置かれたのは、A4紙の束であった。ざっと見て200枚ほどはありそうだ。
「とりあえず今すぐにこれを配ってきなさい。今からでも遅くはないわ」
「え、こ、これは……」
美月は紙束をまじまじと覗き込む。そこには、『今からでも遅くない!!』『楽しい小説部!!』『すごいぞ小説部!!』などと入部を煽る文言が書き連ねられていた。
「私が作ったチラシよ。これを今すぐ配ってきなさい。いーい、誰でもいいから、とにかく“1人でも”入れなさい! 誰か入るまで許さないんだからね」
「そ、そんな無茶な……」
柚希が嘆くと、美月も諦めた表情でため息を吐いた。
「仕方がないよ。とりあえず配りに行こう。私と柚希、青野くんに大山先輩がいれば……って、大山先輩は?」
美月は室内を見回す。
「あ、あれ、おかしいな……さっきまでいたはずなのに」
「外に出た気配もなかったけど、飲み物でも買いに行ったのかな」
部室の中には大山の姿は見当たらず、いつも通りに本がぎっしり詰まった本棚があるだけである。
「とーにーかーくー! 1人でもいいから部員を入れること! わかったわね!!」
「は、はい!!」
美月と柚希が慌てて返事をすると、鼻息を荒くしながら風美は部室のドアへと向かった。彼女が入って来た時にドアを開け放しにしていたので、スタスタとそのまま部室を出ると、ドアをバタン、と大きな音を立てて閉めた。
「ふうー、怖かった……」
久田がいなくなったので、美月は安堵の息をもらす。
「って、あれ、大山先輩!?」
美月が見た先には、先程まで部室にいないはずだった大山が頭をさすりながら立っていた。
「いやぁ、たまたま本棚の脇にいたら久田先輩が来てさ。先輩が開けたドアと本棚、そして壁の間にできたスペースにちょうど僕が隠れるかたちになってね。先輩が勢いのあまりドアを開けっ放しにしていたから、まったく気づかれる気配がなかったんで、ずっと息を潜めていたってわけさ。まあ、あの剣幕の先輩の前に出にくかったってのもあるけどね」
「ほへー、全然気が付きませんでしたよ。忍者にでもなれるんじゃないですか」
柚希が感心した声をあげる。大山はさも面白そうに笑ってみせると、
「まあ、とりあえず君たちで部員のほうは頑張って入れてね。僕はお暇させてもらうから……」
「え、先輩もチラシ配り、やるんじゃないんですか?」
美月の言葉に大山はニヤリと笑って、ドアノブに手をかけた──次の瞬間。部室のドアがいきなり、すさまじい勢いを持って開かれ、大山に直撃! 彼は「痛い!」と悲鳴を上げて茣蓙の上に悶え転げ、高1の3人組は慌てて飛び退いた。そして、ドアの方に目をやると、そこには仁王立ちした久田の姿が。
「はん! 私がそんな子供だましに引っ掛かるわけないじゃない!! 高校2年生の体格じゃあ、気配でバレバレだったわよ! そんなふうに隠れたいんなら、もっと小柄にならないとね! まあ無理な話だけど!!」
呆気にとられる一同の前で、久田は得意気な顔をして、高笑いをした。
◇
北次学園の3号館――そこは、中学生の全教室が収容されている建物である。以前述べたように、北次学園は中高一貫の学校で、中学は1つの学年に200人ほど、高校は400人ほどが在籍している。そのため、全ての生徒を1つの校舎に収めるわけにもいかず、中学生の教室が集められた3号館と高校生の教室が集められた2号館の2つに分けられている。中高一貫とはいっているが、実質は中学校と高校が1つの敷地に別々にあるような感じである。
ちなみに、3号館、2号館ときたら、当然のことながら1号館も存在する。1号館には職員室や会議室などがあり、主に教員が使用している建物である。1号館の1階には食堂があり、そちらは昼食の時間と放課後に生徒で賑わっている。また、4号館という建物も存在し、そこには家庭科室や技術室、理科室など、様々な教科用の教室が集められている。入学したてほやほやのうちは、いったい自分が行きたい教室がどこにあるのか、少々迷ってしまう生徒も多いらしい。
さて、中学生の教室がある3号館――その中でも1年生の教室があるフロアの、階段の踊り場にて、小説部の面々が必死に勧誘活動をしていた。
「小説部、入りませんか!? 楽しく読書ができますよ!! 面白い先輩もたくさんいます!!!!」
「小説部でーす」
「入部届の提出日が過ぎちゃいましたけど、今なら! まだ! 引き返せます!! さあ、小説部に入部をッ!!」
「小説部でーす」
「部室にある本棚には多種多様な本が揃えられています。飽きるくらい読書を楽しめますよ」
「小説部でーす」
「ねえ青野君、真面目にやってるの!?」
「小説部でーす」
美月、柚希、大山の3人が必死さを醸し出しながらビラ配りを行っている横で、青野は機械的に口を動かしながら、道行く人に風美特製のビラを押し付けていた。
「ちゃんと答えなさい!」
「小説部でー……痛っ」
美月に頭をポコリと軽く叩かれた青野は、不機嫌そうな表情で彼女を睨みつける。
「久田先輩といい、美月といい、うちの部活には暴力的な人がおおいなぁ」
「青野君が真剣にやらないからでしょう!?」
「だいたいさぁ」柚希が横から割り込んでくる。
「今私たちがこうしてチラシ配りに従事させられているのって、部活動紹介を真面目にやらなかった青野君のせいだよね!?」
「その部活動紹介を僕に押し付けたのは柚希達じゃないか」
青野がムスッとした顔で放った言葉に、柚希と美月は少したじろいだ。
「でも、だからって真剣にやらなくていいってことじゃないでしょう!? 青野君があの場でやったのって、マイク忘れて舞台袖に戻ったのと小説部が本を読んでいるって情報を申し訳程度に流したのと、ご清聴ありがとうございましたって頭を下げたことくらいじゃない!」
「否定はしないけど十分すぎない? 実際本読んでるだけだし」
「だとしても! もっと話すべきことあったんじゃないの、ねえ!」
「僕はあれでいいと思ったから……」
「はいはい、もう終わり!」
言い争いを始める青野と美月の間に、大山が割って入った。
「ほら、下級生が見てるよ? 恥ずかしいと思わないの?」
美月ははたと我に返り、周囲を歩く中学生たちが怪訝そうな面持ちでこちらを見ていることに気が付いて赤面した。一方の青野は「思いませんね」とあっさりした口調で述べる。
「だいたい僕は新入部員が入ってこようとなかろうとどうでもいいですし。久田先輩が鬼の形相でこの紙を押し付けてきたから、仕方なく配ってあげているんですよ?」
悪びれる様子もなく平然と言ってのけた青野に、その場の小説部員3名はやれやれと頭を抱えた。
「でも、このままじゃ埒があかないのは確かだよ。ただ本を読むことを強調しているだけだと、まったく部員が入ってこないような気がするなぁ」
「確かにそうですね、大山先輩。――かくなる上は、もうこれしか残されていないわ」
何やら決意に燃えた瞳で、美月が言った。それを見た大山と柚希はギョッとした表情になる。
「な、何をするつもりなのよ……」
戦慄した様子の柚希が尋ねた。
「簡単な事よ」美月は胸を張って答える。それから、相変わらず怪訝そうな表情でちらちらとこちらをうかがっている中1たちに向かって声を張り上げた。
「小説部には腕利きの探偵がいますよー! 何か困ったことがあったらすぐにご相談くださーい! 秒で解決してもらえまーす! 気になった方は小説部へー!!」
その声に、青野はピクリと肩をふるわせた。
「ちょっと勝手に――」
「なるほど、青野君を使うのか」
「こりゃあ名案だね!」
「いや、2人もくだらない話に乗らないでよ。僕責任取れないからね」
釘をさす青野に見向きもせず、2人は美月にならって宣伝を始めた。
「お悩み相談は小説部へ!」
「どんな謎もぱぱっと解決!」
「日本一の名探偵と知り合いになれますよ!!」
「さあさあ、ぜひ小説部にいらしてください!」
「最高のおもてなしをいたします!!」
口々に言う彼らを見て、青野は珍しく呆れた表情になる。
「もはや勧誘の趣旨がずれていない? こんな部活誰も入りたくないでしょ」
青野が彼にしてはまともな意見を述べるも、他3名はまったく聞く耳を持たない。青野がさらに文句を垂れようと口を開いたその時、彼らの背後から男子の声がした。
「あのー、ちょっといいですか?」
「え、なに……って、は、はい、なんでしょう」
美月が振り返った先には、彼女より少し背の高い、男子生徒がこちらをうかがっていた。先ほどまで青野がわめいていたので、彼の声だと思ってぞんざいな返事をしてしまった美月は、慌ててかしこまった口調になる。
「いえ、その、なんといいますか……」
男子生徒は、自分から話しかけておいて、しかし何か躊躇うことがあるのか、もごもごと煮え切らない態度をとる。そんな彼を見ながら、美月は「もしかして入部希望者?」と淡い期待を抱いた。
「どんな謎でも解いてくれる、という声を聞きまして、それで声を掛けてみたんですけど……」
美月の淡い期待はすぐに消え去った。よくよく見てみると、彼女よりは年下のようだが、しかし初々しい新中学生という感じは全くせず、むしろ中途半端に大人びた印象を受けた。
「ええ、まあ、こちらの青野君がどんな謎でも解き明かしてくれますよ」
そう言って、美月は青野を前に押し出した。
「もっとも、彼が受けてくれるかどうかは気まぐれですけど……」
「もちろんお受けしましょう。立ち話は何ですから、どこか座れるところに移動しましょうか」
「え、あ、え、いえ、僕は立ったままで結構です」
青野は途端にキリッとした表情になって話しかけた。先ほどまでまごついていた男子生徒は、なおしどろもどろになりながら対応する。
「そうですか、ではここで話を聞きましょう。――――その前に、このビラ配り、続きをよろしくね!」
青野は嬉しそうにビラを美月に押し付ける。
「あ、ちょっと、青野君!!」
彼女は慌てて青野を呼びかけたが、時すでに遅し。青野は男子生徒を踊り場の隅まで連れて行くと、そこで詳しい話を聞き始めた。不純な動機交じりな青野はともかく、八上は真剣そのもので話をしている。そのためか、そこに割って入るのは気が引けたらしい美月たちは、渋々ビラ配りを続行した。
「えーっと、まず、君の名前と学年を教えてもらえるかな?」
「あ、はい。八上和隆といいます。中学3年生です」
そう言って、八上は青野に改めてお辞儀をした。
「それで、僕に解いてほしい謎というのは、いったいなんでしょう」
「あー、えーっと……。僕は歴史部の中学部長をしているんですけど、つい昨日不思議なことに巻き込まれまして……」
「不思議なこと?」
「ええ」八上は頷いて、「完全に施錠されたはずの部室から、先輩が作成した文書が盗まれたんです」
完全に施錠――すなわち、密室状態であることを聞いた青野は、より一層興味を抱いたようだった。
「なるほど、詳しく説明をお願いします。まずは……盗まれた文書が何だったのか、ということから聞いてもよろしいですか?」
「は、はい。文書というのは、うちの部活の高3の先輩がコンクールに応募するために書いたものです。全部で100枚くらいあって、A4の封筒に入れてありました」
「100枚もですか……」
枚数の多さに青野は眉をひそめた。八上は「ええ」と頷いて、
「うちの歴史部は例年コンクールで賞を獲っているんです。昨年度は最優秀賞に輝いたものですから、今の高3の先輩は今年のコンクールを連覇するために、1年以上かけて文書を作成していました。……コンクールのこと、ご存知ありません?」
「ははあ」
日頃他の部活の成績などにまったく興味のない青野は、適当な返事でお茶を濁した。
「つまり、そのコンクールに応募するための文書が消え失せて応募することができなくなってしまったから、それを見つけ出してほしいと……?」
「いえ、そういうことではありません」
八上は存外きっぱりと否定した。その返答に困惑する青野に、八上は説明を加える。
「実は、文書自体はワープロソフトで書かれているので、もとのファイルからもう一度印刷し直せばまったく問題ないんです。現に、先輩方は発覚した直後に顧問の水澤先生のもとへと印刷を頼みに行きまして、現在は既にコンクールに応募できる状態になっていると聞いています。しかし、僕にはどうも腑に落ちないところがあるんですよ。
まず、先ほど申し上げた通り、その文書が部室から消えたとき、部室は完璧に施錠されていて、疑いようのない密室状態だったんです。そんな状況下でいったいどうやって文書が盗まれたのか、どうも納得できません。そして、2つめなのですが……」
八上は顔をしかめて言った。
「応募用の文書は確かに盗まれたんです――封筒から消え失せてしまったのですから。しかし、その代わりだと言わんばかりに、大量のA4サイズの白紙が応募用の封筒の中に入れられていたんです。このことがどうにも引っかかって仕方がないんです……」
「なるほど、つまり、密室状態だった部室から、応募用の文書が大量の白紙とすり替えられていたということですか……」
青野は神妙な面持ちでそう言った。
次回予告
青野は八上の話をもとに、容疑者3名から話を聞くことになるが……。
FILE.5 消えた文書の捜索
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