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高校生探偵・青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE1 青野優紀という探偵
4/8

FILE.3 春によくある……〔解決編〕

事件関係者

・染井佳乃(26)

 被害者。区役所に勤めている。

・長谷華見(29)

 染井の同僚。書類をとってくるよう染井に連絡を入れたらしい。

・佐倉祀(27)

 染井の彼氏。だが、別れようとしていた。

・花寄団吾(25)

 がらの悪そうな男。染井に借りた金を返すために連絡をしたと話す。



【注】シリーズ解決編です。まだ謎解きを楽しみたい、まだ問題編を読んでいない、という方はご注意ください。

「警部!」

 手帳を握りしめた小西刑事が、権田警部のもとへ駆け寄った。

「鑑識からの報告ですが、被害者のパソコンやスマートフォンなどからは、特に事件に関係しそうな情報は出てこなかったとのことです」

「なるほど、ご苦労」

 権田は簡単に礼を述べると、顔をしかめる。その様子を見た小西が、手帳を捲って話を始めた。

「しかしわかりませんね……。高校生の1人――このマンションに居住している小林さんが、1か月半ほど前から不審者を見かけるようになったと証言したため、その人物が今回染井さん宅に忍び込み、たまたま帰宅した染井さんを衝動的に殺害した……。現状はこのように考えられているわけですが」

「そこの前提は概ね間違いないだろうな。現場の状況からみて物取りの犯行であることは明白だし、殺害方法もきわめて衝動的だ。居るはずのない被害者が急に帰宅してきて、気が動転した犯人が過って凶行に走ったと考えるのが妥当だろう」

 権田が頷いて話すと、小西は手帳をさらに捲って目当てのページを見つけ、話をつないだ。

「その犯人として怪しいのが、被害者の家電に電話をかけ、染井さんが不在であることを確認できた人物――つまり、自宅に戻った染井さんに仕事の件で連絡しようとしたという長谷さん、別れ話を切り出すために会う約束をしようとした佐倉さん、そして染井さんに借金を返済するために連絡を入れた花寄さんの3人とのことですが……」

「そこからいまいち絞り込めんな。だいいち、長谷さんには犯行時の、佐倉さんには昨日までのアリバイがあるため、彼らには犯行が不可能だし、かといって金の工面が出来たと話していた花寄さんが盗みに入る理由もわからんし……。もしかしたら留守電は事件に関係なく、犯人は別にいるという可能性もおおいに考えられるぞ。むしろそっちをあたった方が良いかもしれないな」

「つまり、彼の推理が間違っていたということですか?」

 権田と小西は、現場に居座っている高校生――青野優紀を眺めた。

 と、ちょうど青野の方も警察2人組を見ていたらしく、小西は「あ、目があった」と声をあげる。

「なんだお前、何かわかったのか?」

 見られていたことに不快な心持ちでも抱いたのか、権田が少しぶっきらぼうに尋ねた。対する青野は、何事もなかったかのような態度で答える。

「ええ、わかりましたよ。僕の推測に誤りがなかったことと、誰が犯人なのかってことがね」



  ◇



「ちょっとちょっと、犯人が分かったって……まさか僕が犯人だなんて言うんじゃないですよね?」

 青野の声が聞こえたのか、容疑者の一人である佐倉祀さくらまつりが自分のことを指さして近づいて来た。

「確かに僕は別れ話を切り出すために彼女に連絡いれたけど、だからって盗みなんて働きませんって。それに、僕にはアリバイがある。不審者が1か月半くらい前から彼女のまわりをうろついていたって話だけど、僕は去年の4月から海外に行っていて、昨日1年ぶりに帰ってきたばかりなんだ。つまり、僕は不審者ではなくて、すなわち今日佳乃を殺した犯人でもない……。そういうことですよね?」

「だったら俺だって犯人じゃねーよ!! 彼女に借金してたっすけど、返す目途も立ってるんだし、わざわざ盗みに入った上に殺すなんて、そんなことするわけないじゃねーか!!」

 花寄団吾はなよりだんごも佐倉に負けじと主張する。彼に詰め寄られた小西は、「そ、そんなこと、僕はひとことも言っていませんよ……」と冷や汗をかいてたじろいだ。まさか留守電を聞いた時に「こいつが犯人でしょ!」などと叫んでしまったとは今更言えまい。

「それなら私だって、別に盗みに入る動機もありませんし、だいいち犯行時間のアリバイが立証されたんですよね? 逃げる不審者が高校生にぶつかったのが12時57分くらいだったらしいですが、私は12時55分には勤め先のデスクにいたんですから、犯行は不可能ですよ」

 残った長谷華見ながやはなみも、自らが犯人ではないと控えめに述べた。

 権田は3人の話を頷きながら聞くと、

「とか言ってるが、どうなんだね?」

 と青野に問うた。

「そうですね」青野は長谷の方へと歩み寄る。

「まず、被害者の染井佳乃そめいよしのさんの同僚である長谷華見さんは、犯人ではないでしょう」

 それを聞いた長谷は、安堵の表情を浮かべた。青野はそれを見て笑みを浮かべると、疑問符を浮かべている権田や小西たちに向かって説明を始めた。

「長谷さんは、たしかこう証言していましたよね、『役所の昼休みに染井さんが一旦家に帰ると言っていた』と。つまり長谷さん、あなたは染井さんが自宅に戻ったことを知っていた」

「え、ええ。そうです」長谷は頷く。

「ここで思い出していただきたいのですが、今回ここに疑わしい人物として長谷さん、佐倉さん、花寄さんの3人が集められた理由は、そこにある電話に残っていた留守電でしたよね? その留守電の意味を、犯人が染井さんの不在を確認するためであったと解釈して、みなさんを呼び出したわけです」

 青野は名前を呼んだとおりに、順繰りと容疑者3名を見回した。

「ですが、長谷さんは染井さんが自宅に戻ったことを知っていた。彼女が犯人なら、わざわざ家に電話を入れて確認なんてとりませんよ。そんなことをしなくても、染井さんが家にいるってことがわかっているんですから」

「そうか、家にいるってわかっていたのなら、そのタイミングを狙って空き巣に入るなんてこともないってわけだね」

 小西は手を叩いて言うと、得心顔になった。

「その通りです、小西刑事。つまり、長谷さんは犯人ではない」

 青野は言い切ると、男性2人の方を見て、

「というわけで、残るは佐倉さんと花寄さんの2人ですが……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 自分に矛先が向いてきたことに、佐倉が慌てて反応する。

「だったら犯人は花寄さんなんじゃないですか? だって僕は1年間アメリカに行っていて、昨日ようやく帰ってきたんですよ? そこの女子高生が証言した、『不審者が1か月半前から佳乃のまわりをうろついていた』っていうのが本当なら、犯人は当然その不審者。となると僕は犯人ではないですよね? それとも、彼女が嘘をついているとでもいうんですか?」

「おいおい、冗談じゃねーよ! 俺だってやってないってば!!」

「とかいってしらばっくれながら、本当は盗みに入ったんじゃないですか? お金の工面が出来たとかなんとかいってましたけど、本当は何も用意できてなくて、はったりをかましただけなのかも……」

「あぁん? テメェ、もういっぺん言ってみろよ、ゴルァ!!!!」

 花寄は佐倉の胸ぐらを掴むと、睨みを利かせて威圧した。口論が白熱して冷静さを欠いているのか、頬を紅潮させ、口からは唾が飛び散っているのが見える。一方の佐倉も、怯える態度を見せながらも、負けじと睨み返していた。

 そんな2人を、青野は「まあまあ、落ち着いてくださいって」と宥める。それから、声のトーンを少し真面目なものに変えて、佐倉に話しかけた。

「ところで、佐倉さんが先ほどから仰っている不審者についてですが……」

「な、なんだい? まさかそんな人はいなかったとか言い出すんじゃないよね」

 自分のアリバイに関わってくるからか、佐倉は慌てたように捲し立てる。

「わ、私はたしかに見たよ。染井さんのまわりをうろつく不審者を……」

 佐倉の言葉を受けて、美月は青野に訴えかけた。

「その不審者って、確かサングラスとマスクをつけていて、染井さんの周辺に出没していた。――もっと言うと、家に出入りしていたんだよね?」

 青野の確認に、美月は頷く。

「うん。怪しいなあとは思っていたんだけど、まさかこんなことになるなんて思っていなかったから……」

「ちょっと待ってくれ」

 美月の言葉を、権田が遮った。

「それっておかしくないか? その不審者が以前から染井さんの家に出入りしていたのなら、いったいなんだって今日に限ってこんなに部屋を荒らさなくてはいけなかったんだ? そんなことをすれば確実に染井さんに気付かれ、警察に通報されてしまうだろうに……」

「た、たしかに妙ですね」

 小西も同調する。青野は彼らに笑みを見せながら、

「ほら、不思議な感じがしてきたでしょう? まるで、最初から不審者なんていなかったような……」

「う、嘘はついてないよ!?」

「そ、そうだよ、彼女が嘘なんて吐くわけないじゃないか!! 不審者は確かにいたんだよ!」

 佐倉が必死になって主張する。それを聞きながら、青野はくるりと体の向きを長谷の方へと向けた。

「ときに長谷さん」

「あ、は、はい。なんですか?」

 いきなり話を振られて戸惑う長谷に、青野は問いかける。

「もしかして、染井さんは花粉症・・・だったのではないですか?」

「え?」

 長谷は唐突な質問内容にこう返し、またその場の一同も首を傾げた。

「どうなんです? この質問、とても大事なことなんですけど……」

 周りの反応もあってか、青野は念押しをする。

「あ、ああ……たしかにそうでしたね。毎日マスクをつけていて、目薬も持ち歩いていましたし……。これが大事なことなんですか?」

 思い出すようにしながら、長谷は答えた。

「いえね、実を言いますと、染井さんが1か月半前から洗濯物を外に干さなくなったときいて、真っ先に花粉症を思い立ったんですよ。1か月半前と言えばちょうど2月の終わりごろで花粉が騒がれ始める時期ですし、重度な花粉症患者には洗濯ものに花粉が付着するのを嫌がって室内干しする人もいるらしいですからね。

 だから、最初に美月から話を聞いたとき、僕は染井さんは花粉症なのではないかと推測したんです。同時に、サングラスにマスク姿の不審者というのが実は花粉を避けている被害者本人なのではないかとも考えました」

「で、でも、花粉症なら専用の花粉症用メガネとかをつけるんじゃないの? サングラスなんてつけるのかな……?」

「花粉で腫れてしまった目を隠すためにならつけるんじゃないかな? いくら目薬をしているとはいえ、腫れた目がそんなにすぐに治るわけじゃないしね」

 美月が呈した疑問に、青野はわけもなく答えた。

「とまあ、僕は当初、染井さんが花粉症に罹っているだけなのだと思っていました。だから、美月には『すぐに解決する』などと言ってこのマンションまでやってきたんです。しかし、マンションの玄関で走り去る不審者とすれ違った時、もしかしたらこの推理が間違っているのではないかと思った。なぜなら、その不審者はセーターを着ていた・・・・・・・・・から」

「セーター?」

 小西が首を傾げた。

「ええ。セーターのように生地に凹凸がある衣服には花粉が付きやすいんですよ。洗濯物にまで気を配っていた被害者が、そんな服を着るわけないでしょう?

 しかし、被害者の部屋を調べてみて、やはり染井さんは花粉症だったのではないかと思い直しました。ティッシュペーパーを部屋の各所に置き、マスクを3箱もまとめ買いなんて、花粉症の人以外しないはずですから。

 しかし、染井さんが花粉症であったのなら、先ほど僕がすれ違った不審者はいったい誰なのでしょう?」

 青野に問いかけられて、権田と小西は2人で唸り始めた。

「それはつまり……この事件の真犯人ってこと、か?」

「ええ、その通りです。では、その真犯人とは誰なのか……。時に花寄さん」

「な、なんだよ」

 突然話を振られ、花寄はぶっきらぼうに答える。

「まさか俺がその犯人だとか言うんじゃねーだろうな、おい」

 話の流れからして、犯人として指名されるのではないかと勘繰った花寄は、青野に詰め寄る。

「いえいえ、そんなことは言いませんよ。ところで、あなたも花粉症ですよね? 荷物の中に個包装のマスクやポケットティッシュが多めにありましたし、小西刑事を怒鳴りつけて窓を閉めさせていましたから。あれって、花粉が部屋に入ってくるのを嫌がったからでしょう?」

「あ、ああ」花寄は首肯して、「一応マスクしてっけど、できれば窓が閉まってた方が気持ち的にも楽だからよ」

 青野はその言葉を満足そうにきくと、その場の全員を見回して、不敵な笑みを見せた。

「さて、染井さんだけではなく、花寄さんも花粉症であるということがわかりました。ここで少し考えてみて欲しいのです。僕が目撃した犯人はセーターを着ていましたが、もし花寄さんが犯人なら、はたしてセーターなんかを着用して犯行に臨むでしょうか? いいえ、そんなことはしないでしょうね。なぜなら、先ほど僕が話した通り、セーターは花粉が付きやすい服なのだから。つまり、花寄さんは犯人ではないということになります。

 ……もうおわかりですね? 犯人は染井さんが家にいることを知っていた長谷さんでも、花粉症である花寄さんでもなく――昨日までのアリバイを持ち、それを先ほどからしきりに主張なさっている佐倉さん、あなたですよね?」

 青野はそう言って、鋭い視線を佐倉に向けた。一方の佐倉は、汗を流しながらしどろもどろに反応する。

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ……。さっきから言っているように、僕にはアリバイが……」

「ですから、そのアリバイはもう崩れているんですよ? なぜなら、美月が目撃してきた不審人物というのは花粉を避けようとした被害者本人なのですから。

 佐倉さん、あなたは最初に権田さんから不審者の話を聞いたとき、本当はなんだかよくわかっていなかったんでしょう? ただ、上手くやれば容疑から逃れられると考えたあなたは、海外に行っていた話を持ち出してうまいこと自身のアリバイを成立させたんだ。違いますか?」

「そ、そんなの嘘っぱちだ! だいいち、あんたの言っていることはまるで筋が通ってないよ! た、ただの消去法じゃないか!」

 佐倉は青野を指さして怒鳴り散らした。それに対し、青野は余裕の表情を崩さずに続けていく。

「もちろん、他にも根拠はありますよ」

「な、なんだって……?」

 戸惑う佐倉に、青野は笑みを浮かべたまま口を開いた。

「あなた、『染井さんとは帰国したら結婚をすると約束していた』と話していましたよね。そんなに親密だったのなら、当然持っているのではないですか? この部屋の合鍵を……」

「あ、合鍵……?」

 佐倉は少しの間をあけて、「あ、ああ、持っているよ」と頷く。

「でも、そんなこと関係ないでしょ!? だって犯人はたまたま鍵が開けられていたベランダから侵入してきたんだから! そうですよね、刑事さん!!」

 佐倉は、寝室の方を指さして叫んだ。権田は「あ、ああ、そうですね」と頷く。青野はそれを聞いて、首を傾げて問いかけた。

「たまたま鍵が開いていたということは、染井さんが閉め忘れていたってことですよね? 何故なんでしょうか?」

 青野の問いの意味が分からなかったのか、佐倉は一瞬呆気にとられた素振りを見せた。

「……は? そ、そんなの、洗濯物を干すときにでも――」

「そんなわけないんですよ。だって、花粉症だった染井さんは洗濯物を室内干ししていたんですから。そして、花粉に苦しむ染井さんがこの時期にわざわざベランダに出るとも考えにくい……。となると、なぜベランダの鍵が開けっ放しになっていたんでしょうかね? まさか、ここ1か月半の間、ずっと開けられていたとでも?」

「そ、そうでないとも、い、言い切れないだろう!!」

 佐倉は苦し紛れに反論するが、青野は余裕の態度を崩さず、話を進める。

「そうですかね。僕ならこう考えますけど――。玄関から合鍵を使用して堂々と忍び込んだ犯人が、自分を疑いの目から逸らすために、わざとベランダへのドアの鍵を開けて、さもそこから侵入したかのようにみせかけた――と。だって、ベランダから侵入不可能だったら、いったいどうやって犯人は部屋に忍び込んだのかという話になり、そうすると、当然視点は玄関へと向いて合鍵を持っているあなたが染井さんから疑われてしまいますからね。

 それに、僕たちがエントランスで犯人とすれ違ったということは、犯人は染井さんの部屋の玄関から逃げてきたということ。もしベランダから侵入したのならば、染井さんを殺害してしまって気が動転していた犯人は、来た時と同じくベランダから逃げるものなのでは? 犯人が玄関から逃げたということは、入ってきたときも玄関からだったということ。つまり、合鍵を持っていると先ほどお認めになった佐倉さん、あなたが疑わしくなってくるんですよ」

「そ、そんなの言いがかりじゃないか!」

 叫ぶ佐倉を無視して、青野はさらに話し続ける。

「それに、別れ話を切り出すために連絡を入れたって言っていましたけど、本当は既に別れ話をしていたんじゃないですか? 染井さんの携帯電話の着信履歴にはあなたの携帯電話の番号が表示されていましたけど、彼女が電話帳に連絡先を登録していたのなら名前が表示されているはずです。そう、着信履歴に『長谷』と表示があり、現に昨日電話をかけたと話している長谷さんみたいにね。

 つまり、あなたの連絡先は染井さんの携帯電話に登録されていないということです。でも、恋人だったのに登録していないというのは少し不自然ではないですか? つまり、もとは登録されていたのに染井さん自身があなたの連絡先を削除した──」

「別れ話を切り出されたから、ということか」

「そういうことです、権田さん」

 青野は権田に頷いてみせた。

「にもかかわらず、佐倉さん、あなたはこれから別れ話を切り出すと話していました。なんでですか?」

「そ、それは……」

「あなたが犯人であるという根拠はまだありますよ。権田さんが『たまたまやってきた高校生が遺体を発見した』と話したとき、あなたは『その高校生らはなぜ佳乃の部屋に来たのか』と質問をしていましたね? でも、この発言はおかしいんですよ。なぜなら、美月がトイレから戻ってきたのはその話をした後で、あの時この場には僕1人しかいなかったんですから。それなのに、『高校生ら』とあたかも複数いたかのような表現を使ったのは何故でしょう?」

 青野は問いかける。佐倉は体を震わせながら、じっと床を見つめていた。

「お答えにならないのですか? なら、僕から話しましょう。

 あなたが遺体の第一発見者が高校生2人だと知っていた理由……それは、あなたが現場から立ち去る不審者――そう、僕にぶつかったあの人物だったからですよね? 僕とぶつかったあの時、あなたは慌てていたとはいえ、学校の制服を着た人物が2人いたことくらい認識できたはずです。そして、権田さんから聞いた『高校生』という単語と、自分が先ほどぶつかった制服姿の男がいるのを見て、『あの時の高校生たちが遺体を見つけたのか』と勘づいた。だから現場には1人しかいなかったのに、複数人で発見したと思ったのでしょう」

 そこまで言い切ってから、「違いますか?」と青野は挑発的に言った。佐倉はそれにも答えない。

「まあ、この部屋をくまなく調べれば、帰国してからこの家に来ていないはずであるあなたの痕跡が出てくるでしょう。先ほど鑑識さんが被害者の物ではない毛髪をいくらか見つけたらしいですから、調べれば佐倉さん、あなたのものだと簡単にわかると思いますよ?

 ああ、そうだ。あなたの着ている衣服、そこから染井さんの痕跡が出てくるかもしれません。例えば、染井さんがくしゃみをした時に付いた、唾液なんかがね」

「くしゃみ?」

 首をかしげた美月に、青野は頷いて、

「セーターを着た人物に突き飛ばされたなら、当然突き飛ばされたときに顔が服に近づいたはず。その時にセーターに付いた花粉を吸い込んで、くしゃみをしたってことだよ。その証拠に、遺体のそばの床に被害者本人の唾液が飛び散っていたんでしょ? 染井さんはマスクを口もとから下ろしていたみたいだったしね」

「なるほど、部屋に入るときにマスクを外したということか」

 権田が頷く隣で、小西が手を叩いて声を上げた。

「そうか! 床に飛び散るほど唾液が飛んだなら、突き飛ばした本人にもかかったはずってことだね!」

「その通りです、小西刑事」

「調べさせていただけますかな?」

 権田は冷や汗をだらだらと流している佐倉に詰め寄る。

「まあ、彼の家を調べれば、もしかしたら出てくるかもしれませんよ。──問題のセーターがね。それが出てくれば決定的な証拠になるでしょうね。もっとも、筋の通った言い逃れができるのなら、喜んでお聞きしますがね」

 その言葉を聞いて、佐倉は震える声を絞り出した。

「怖かったんだよ……」

「怖かった?」

 手帳を手にした小西が、疑問符を投げかける。そんな彼に、佐倉は引き攣った表情で訴えかけた。

「ああ、怖かったんだよ! 別れ話を切り出したとき、『それならこっちにも考えがある』とかなんとか言いやがったんだ!! だから、もしかしたら何か僕の弱みを握られているんじゃないかと思って、それで怖くなって調べに来たんだよ!! でも何も見つからなくて、焦っていたところに――」

「染井さんが帰ってきてしまったということか」

 権田の言葉に佐倉は頷き、さらに捲し立てる。

「ああ、その通りだよ! それで気が動転して、頭が真っ白になって、気付いたら――気付いたら頭から血を流した彼女が目の前にいて……」

「でも、染井さんのパソコンや携帯電話などからは、事件につながるようなものは――あなたの弱みになるようなものは、出てこなかったと鑑識から報告を受けましたが……」

「嘘だ!! きっとどこかに隠してるに違いないんだよ!!!!」

 佐倉は狂乱状態になって、小西に掴みかかった。

「でも、染井さんはあなたの連絡先を電話帳の中から削除していたんですよね? それって、あなたと決別するためだったのでは?」

「う、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! そんなの……」

 頬を震わせて、佐倉は青野を見る。青野は、冷たい表情で言い放った。

「染井さんがあなたに言ったという、『こっちにも考えがある』というのは、もしかしたらハッタリだったのかもしれません。だとしたら、彼女は引き留めたかっただけだったのかもしれないですね。1年間で身も心も離れていってしまった、あなたのことを」

「そ、そんな……。ぼ、僕は、僕はなんてことを……」

 崩れ落ちる佐倉を見ながら、青野はぼそりと呟いた。

「まあ、冷静さを欠いていたあなたは、その言葉を真に受けた結果、ただの薄汚い殺人者に成り下がってしまったのでしょうけど……」



  ◇



「でも青野君ってやっぱりすごいよね……。私から話を聞いた時点で、もう花粉症のことを見抜いていたんでしょう?」

 感嘆した様子で、美月が言う。佐倉ががっくりと肩を落としながら権田達に連行され、青野たちは無事に現場から解放された。

「ああ、うん、まあね。セーター着てた不審者とぶつかった時はさすがにミスったかと思って焦ったけど」

 青野はそうぼやくと、「ところで、さ」と隣を歩く美月の方を向いて、彼女の肩に手を置いた。いきなりのことに、戸惑いをみせる美月。

「え、な、何?」

「お願いがあるんだけど……」

 青野は、いつになく真剣な口調で言う。

「お昼ごはん、奢ってくれない?」

「…………はあ?」

 美月は素っ頓狂な声をあげた。そんな彼女に構うことなく、青野はへらへらとした調子で笑いながら話し始める。

「いやさ、どうせ花粉症だろうなあ目星付けてたから、本人に確認とればそれで終わると思ってたんだよね。だからお昼を抜いたんだけど……。まさか殺人事件に発展して、推理することになるとは思わなかったから、今もうおなかがペコペコで……」

「却下」

 ぺらぺらと話す青野に、美月は冷たく言い放った。

「え、なんでよ」

 冷めた視線を送る美月に、青野は不満気に口をとがらせる。

「ほら、さっき『青野くんはすごいよね』とか言ってたじゃん。感心したなら、その分のお駄賃をくれたって……。いや待てよ、そんなややこしいこと言わなくても、さっき部室掃除した分の労いとして奢ってくれれば……」

「なんでそんなことで私が奢る必要があるのよ! だいたい部室を汚くしたのは青野くんでしょ!?」

 美月の剣幕に青野はたじろぎながらも、「えー、柚希だって汚してたじゃん」と抗議する。だが、そんな理屈が通用するわけもなく、美月に一蹴された。

「そういう問題じゃないでしょ!? とにかく、嫌だったら嫌なの!! 私家に帰るから、じゃあね」

「え、ちょっと待ってよ。……あーあ、いっちゃった。なんでそうプリプリとするのかねえ。まったく」

 立ち去っていく美月を見送りながら、青野はマンションのエントランスへと、悲鳴を上げるお腹をさすりながら歩いて行ったのだった。

次回予告

小説部存続の危機!? そこに舞い込む依頼……密室から消失した文書の謎を解け!

CASE2 消えた文書の行方

FILE.4 1人でも入れなさい!



Next hint

・新入部員



*作者からひとこと*

 犯人、当てられたでしょうか?

 次回は以前投稿していた作品ですが、内容はかなり変わっています。ですので、以前から読んでいただいている方にも楽しめるかと思います!

 次回もお楽しみに(^^)

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