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高校生探偵・青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE1 青野優紀という探偵
3/8

FILE.2 青野優紀の誤算

*注*

前回の後半に3000字ほど追加してあります。そちらからお読みになってください。

計画性がないせいで、読んでいただいた方に不便な思いをさせてしまうかと思いますが、何卒ご了承ください。

「殺害されたのは染井佳乃そめいよしのさん、26歳。ここから歩いて5分ほどのところにある区役所に勤務しているそうです。死因は頭部を強くぶつけたことによる脳挫傷とみられ、リビングと廊下をつなぐドアのドアノブの部分に血痕が付着していることから、おそらくここに頭をぶつけたのだと思われます。傷跡の形状などを調べない限りなんとも言えませんが、何者かに突き飛ばされて亡くなったものとみて間違いないでしょう」

 背広を着こんだ若い刑事が、手帳を見ながらつらつらと述べた。目の前にはがっしりとした体つきをした中年の男がおり、彼は若手刑事の話を黙って聞いていた。

「ちなみに、死亡推定時刻は今から大体30分前、つまり、12時半過ぎ頃からとみられていますが、このマンションのエントランスにある防犯カメラに、12時50分頃に姿が映っていることから、犯行時刻はそこから発見された13時過ぎまでの10分程度に絞り込めるかと思います」

「なるほどな。ちなみに、第一発見者は誰なんだ、小西君」

 小西君と呼ばれた刑事、小西英介こにしえいすけは、続けて手帳を見ながら答えた。「あちらにいる高校生2人組です」

「なるほど、高校生2人か。……うん? まてよ、いや、まさか……」

「どうかされたんですか、警部」

 途端に唸りだした警部――権田正十郎ごんだせいじゅうろうに向かって、小西が問いかける。

「いや、なんかデジャビュを感じてな……まあいい、会ってくるとするか」

「あ、はい、こちらで……ううっ」

「おい、どうしたんだ」

 途端に口元をおさえて悶えだした小西に、権田は首を傾げる。

「い、いえ、さっきまで手帳を見てなんとか耐えていたのですが、遺体見てからずっと吐き気が……」

「おいおい大丈夫か? とりあえず、そこの窓を開けて……鑑識さん、大丈夫ですか?」

 権田が作業をしていた鑑識の男に確認を取る。

「ええ。リビングは粗方調べ終わったので問題ありませんよ」

「だそうだ。じゃあ窓を少しだけあけて換気をしておくから、早く体調戻せよ。あ、トイレなら外にあるマンションの共用トイレを使ってくれ。くれぐれもここで吐いたり、この部屋のトイレで吐いたり、そんなことはないように頼む」

「は、はい、わかりました……」

 小西は青い顔をしながら、さっそく部屋を駆け出て行った。

「まったく、一般人じゃあるまいし……。いや、まてよ。一般人のはずの高校生が何食わぬ顔で現場に残っていられるということは……」

「お久しぶりですね、権田警部」

 権田が声の方に視線を向けると、そこにはすまし顔の青野が立っていた。

「やっぱりお前か……となると、もう一人は……」

「美月です。今刑事さんに許可貰って、付き添いのもとトイレの方に行っていますよ」

「彼女は流石にここに居られんかったか」

 権田の呟きに、青野は「みたいですね」と頷いた。

「ところで、この現場ですが、警部はどう思いますか?」

 青野は、大柄な権田を見上げて問いかけた。

「どうってなぁ……。とりあえず、室内が少々荒らされているのがひっかかるな。遺体が見つかったここ――リビングはそうでもないが、その奥にある寝室には被害者のものとみられる衣服が散らばっていたり、デスクの上にある書類が荒らされていたりと、何者かが侵入し、部屋を物色したような形跡が各所にみられた」

 権田のいう寝室は、玄関からリビングを挟んだ向かい側に位置する部屋だ。玄関を下にして、この部屋の見取り図を考えてみると、上から順に寝室、リビング、廊下、玄関の順に並んでいる。リビングと寝室、リビングと玄関への廊下には、それぞれ部屋全体の左側にドアがついており、また、廊下の右側にはトイレと浴室が、さらにその右側にはキッチンがある。トイレと浴室は廊下から、キッチンはリビングの右下側から、それぞれ出入りをすることができるようになっている。ちなみに、染井の部屋はマンションの端にあり、先ほどの見取り図の左側には窓が付いている。権田が小西のために開けた窓は、これである。

「ということは、物取りの犯行だとお考えですか?」青野が尋ねる。

「まあ、その線で行くのが妥当だろうな。ほれ、寝室の奥を見てみろ」

 権田は青野を寝室とのドアのところまで手招いて、寝室の中を指さした。寝室右手側にベッドが、入口の正面にデスクがあり、デスクのすぐ右側には外につながっている扉があった。

「あれはベランダに出るドアなんだが、あそこの鍵が開いていてな。おそらく犯人はあそこから侵入したんだろう。そんで、部屋の中を物色していたところに被害者がやってきて、衝動的に突き飛ばし殺害した――まあ、こんな筋書だろうな」

 権田は自信ありげにそう言うと、「それともなにか? これが怨恨による計画殺人とでも言うのか?」

 青野は首を横にふる。

「いえ、そうとは言いません。突き飛ばすことでドアノブに頭を打ち付けて殺害――なんて不確かな方法、計画殺人ならとりませんよ。今の権田さんの仰っていることで概ね間違いはないかと思います。それに、実は現場から立ち去る不審者と、僕と美月は鉢合わせているんですよ」

「な、なんだって?」

 青野の打ち明けに、権田は身を乗り出してくいつく。

「そもそも僕がこのマンションに来たのは、ここに住んでいる美月からある相談事を受けたからなんです。その相談事というのが、この部屋の主、染井さんが1か月半ほど前から急に洗濯物を外に干さなくなったということと、その頃からマンションにマスクにサングラス姿の不審者が現れ始めたということなんですが……」

「洗濯物はよくわからんが、その不審者というのは染井さんのことを狙っていた――すなわち、今回の事件の犯人であるという可能性が高いな」

「まあ、そう考えるのが妥当ですかね。それより、引っかかることが数点あるのですが」

「引っかかる点?」

 訊き返す権田に、青野は頷くと、寝室の中に入った。

「まず、散らばっている衣服です。見ると、みんなハンガーが付いているでしょう? それに触ってみると少し濡れている……。これって、干している途中の洗濯物じゃないですか?」

「ああ、みたいだな。と考えると、ここに倒れている、パイプをつなぎ合わせたような謎の物体は、おそらく……」

 権田は床に倒れていた、正方形を横に3つつなげたようにパイプを組み合わせた、不思議な物体を両手で持ち上げると、それをうまくバランスを整えて立ちあがらせた。倒れていたので分かり辛かったが、高さは1.3メートルほどあるようだ。

「こうやって、上から見たらZ字になるようにして立たせた後、洗濯物を引っかけて干すためのラックだろう」

「なるほど、犯人が部屋に入ってきたときに突き飛ばしでもしたんでしょうね。その時に干してあった洗濯物が散らばってしまった」

 青野は頷きながら、床に散らばっているものを踏まないようにして、今度はデスクの前に来た。

「次に机の上に乗っているノートパソコンですけど、おそらくスリープ状態になっていますね。あ、スリープというのはパソコンをつけっ放しにしておくと勝手に画面がブラックアウトしてバッテリーを節約する機能のことです」

「それはわかっている。で、スリープになっているということは、おそらくつけたまま消し忘れていたからだが……」

「もしくは犯人がつけたから、という可能性もあります。何らかの情報を盗み見ようとしたが、そこに被害者がやってきて、衝動的に殺害。気が動転してそのまま逃走したため、電源がついたままスリープ状態になってしまった――みたいにね」

「一応、何か手がかりがあるかもしれないから中を調べておくか」

 権田は部下を呼びつけ、指示を出した。その間に、青野は寝室を抜け出ると、今度はリビングにある棚――リビングの寝室寄りのところにある――の方へと歩いて行った。

「おい、どうした、優紀」

 権田は彼に声を掛け、自分も寝室から出てきた。

「この電話ですけど……留守電が3件ありますよね」

「ああ、そうみたいだな」

「もし権田さんが泥棒に入ろうとして、でも中に人がいるかも知れなくて不安なとき、どうしますか?」

「不安なら泥棒に入らん」

 権田から帰ってきた率直な回答に、青野は苦笑いをする。

「それでも入らなければならない理由があったら? それで、被害者の家の電話番号を入手していたらどうします?」

「どうするって……とりあえず電話を入れて、それに出るか出ないかで判断を……なるほど、そういうことか」

「この3件の留守電、断定はできませんが、犯人のものである可能性もありますよね」

 青野はそう言って、権田を見上げた。

「ああ、調べてみる価値はありそうだぞ。とりあえず、3件の留守電をあたってみよう」

 権田は部下を呼ぼうと周囲を見回す。すると、折よく小西が部屋に戻ってきた。

「おお、小西君、ちょうどよかった。体調は大丈夫だったか?」

 権田に呼びかけられて、小西は元気よく頷くと、

「はい! トイレが使用中だったのでなんとか持ちこたえられました!!」

「空いてたら吐いていたのか……」

 権田は何とも言えぬ心境でため息を吐いた。

「というか、いくらなんでもトイレに引き籠りすぎじゃないですかね、美月は」

「まあ、自分の住んでいるマンションで人が亡くなっているのを見てしまった彼女の心境も少しは思いやってあげなさいよ」

「ついでに初めての臨場で体調を悪くした僕のことも思いやって……」

 小西が頭をかきながら言うと、

「それはない」

「ないですね」

「2人そろって一蹴するんですか!? ――というか、なんで権田さんはこちらの第一発見者の高校生とそんなに親しげに話しているんですか!?」

 小西が今更ながら疑問を呈する。青野と権田は顔を見合わせて、

「お前が言えよ」

「いやいや、ここは権田さんが」

「無駄に謙遜するな、優紀らしくない」

「それはお互い様なのでは?」

「あのー、漫才みたいなやりとりはいいので、取りあえず話していただけませんかね……」

 小西は手帳を片手に、控えめに話を促した。

「あー、こほん。では仕方がないから私が話そう。私と彼――青野優紀はずいぶん前にとある事件で知り合って以来、度々事件現場で鉢合わせる仲なんだ」

「え、鉢合わせるって、そんなに何べんもあることなんですか」

 青野と権田を交互に見ながら、小西は問いかける。

「いや、普通はないな。だけどこいつに限っては普通じゃない、特例だから仕方がない。ほら、推理小説なんかによくあるだろう。事件を引き寄せる体質というやつが」

「あーあ、なるほど! 参考になります!」

 小西は納得して嬉しそうに手を叩くと、それを手帳に書き留め始めた。

「いやちょっと待て、なんで手帳に書いているんだ?」

「大事そうなことは全部メモする習慣を付けているんです」

「そうじゃなくて、今の話は別に何も重要ではなかったと思うが」

「いえいえ、僕にとっては大事な話で……」

「あのー、漫才みたいなやりとりはいいので、とりあえず話を先に進めましょうよ」

 先ほど小西が言ったのと同じような台詞を青野は吐いた。2人は恥ずかしそうに肩をすくめる。

「あーっと、確か留守電が……って話だったな?」

「留守電、ですか?」

 頭に疑問符を浮かべた小西に、権田が先ほど青野から受けた説明をそっくりそのまました。1分後、小西は納得した顔で、手帳を片手に留守電の内容を聞く準備を整えた。

「では、ききましょうか。えーっと、まずは12時30分頃にかかってきたものからです」

 小西が電話機のボタンを押すと、電話機から音声が流れ始めた。

『あー、僕だ、まつりだよ。ちょっと会って話したいことがあるんだけど……とりあえず、折り返し連絡をくれるかな? よろしくお願いします』

 若い男の声がしたのち、『12時31分です』と時刻を告げるアナウンスが流れた。

「では、次行きます」

 小西は先ほどの内容をかなり速く手帳に書き込むと、青野たちに確認して、またボタンを押した。

『あの、長谷ながやですけど、できれば件の書類をお昼休み中に持ってきてもらえませんか。お願いします』

『12時42分です』

 今度は女性の声であった。

「では、最後の1件を流しますね」

 最後も小西が再生ボタンを押した。

『えーっと、話していいのかな? 借りてた金の用意が出来んで今日返しに行きたいんスけど、いつ頃なら大丈夫っすかね。返事お願いしやーす。……あ、名前言うの忘れたわ。まあ、話してる内容でわかっか。あ、でも、一応いっとくか……。花寄はなよりです。よろしくお願い頼んます。ではー』

『12時45分です』

 3件の留守電が流れ終わって、一同は少し黙りこくった。それから、最初に小西が口を開く。

「最後の男怪しすぎませんか!? もうこいつが絶対犯人でしょう!!」

「いや、態度で判断するなよ……」

 権田があきれ顔になるなか、青野が口元に笑みを浮かべて、声を発した。

「まあとにかく、まずはこの3人に話を聞いてみることにしましょうか。時間から考えて、この中のどの人物にも電話をかけて不在を確認してから染井さんの部屋に侵入できる可能性はあったわけですから、ここで逃すわけにはいかないでしょう?」



  ◇



 それから30分後、問題の3人は意外にも早くマンションへと集まった。

「あの、染井さんが亡くなったと聞いたのですが、ほ、本当なんですか!?」

 一番早くやってきたのは、2番目に留守電を入れた長谷華見ながやはなみであった。小柄な彼女は、その顔立ちから見て、被害者と同年代かそれより少し上ではないかと推察された。

「佳乃が死んだと聞いたのですが、いったいどういうことなんでしょう」

 2番目に現場へやってきて、意外にも淡々とした口調でこう述べたのは、最初に留守電を入れた佐倉祀さくらまつりである。長身である彼は、妙に冷静な雰囲気を醸し出していたが、これはもしかしたら唐突な知人の死に対する驚愕をひた隠しにしている裏返しなのかもしれない。

「ちょっとちょっと、警察からいきなりこんな呼び出しなんて、冗談じゃないっスよね!?」

 最後にやってきたマスク姿の金髪男は、花寄団吾はなよりだんごと自らを名乗った。彼は佐倉よりは背が低いのだが、目付きが恐ろしく、ともすれば佐倉よりも迫力があるように見えた。先ほどの言葉もどちらかというと威圧がかかっているような、そんな雰囲気である。

 染井の部屋へとやってきた3人は、リビングの机の前に集められた。彼らの前に権田が立って、コホンと咳払いをすると、彼は話を始めた。

「えー、さきほどお伝えしました通り、この部屋の居住者である染井佳乃さんが何者かに殺害されました。彼女が殺害されたのは12時50分から13時過ぎまでの10分間と判明しており、彼女が殺害される直前にこの家の電話に留守電を入れたあなた方にお話を伺いたくここにお呼びした次第です」

「あの、ちょっといいですか」

 長谷が控えめに申し出た。権田は「なんでしょう」と応える。

「染井さんが亡くなったと考えられている時間ってなんでそんなに短く狭められているのでしょうか」

「ああ、それはですね、12時50分頃にこのマンションのエントランスにある防犯カメラに帰宅する染井さんの姿が映っていたことと、ご遺体がたまたまやってきた高校生に発見されたのが13時過ぎだったことを勘案して、その間の10分であると断定したわけです」

「どうも、たまたまやってきた高校生です」

 青野は恭しい態度でお辞儀をした。

「あのー、その高校生らはなんで佳乃の部屋に来たんですかね……? たまたまじゃ腑に落ちないんですけど……」

「確かに怪しいなァ。おい、オメェが殺っちまったんじゃねえのか?」

 今度は佐倉と花寄が問いかけた。なお、花寄は問うというより青野に詰め寄るといった感じであった。

「いえ、たまたま1か月半くらい前から染井さんの周囲をうろつく不審者がいると聞きまして、このマンションに来たんですが、そこで異様な感じでマンションから走り去る不審者と鉢合わせたので、これはなにかあったと思い部屋に来て遺体を発見したというわけです」

「はぁん、よくわかんねえがわかったぜ」

「それってわかってないんじゃ……」

 呟いた小西は、花寄に凄まれて「ひいっ」と縮み上がった。

「あ、あの、その不審者が今回の事件の犯人ってことなんですか?」

「そう考えています、佐倉さん」

 権田が答える。それを聞いた佐倉は、少し考えながら、

「それなら……僕は犯人じゃないと思います……。あ、これって疑われているんですよね?」

「はぁ? 疑われてんのかよ!?」

「あ、いや、それはその……」

 佐倉の言葉に反応して、花寄が小西に詰め寄った。恐ろしさからかしどろもどろになる小西をよそに、権田が説明する。

「まあ、現段階では参考程度にお話を伺っているだけですが、今後の流れ次第であなた方に疑いがかかる可能性も否定できませんね」

「それなら、その前に話しておきます。実は僕、つい昨日まで1年間、仕事の関係でアメリカに行っていまして……。例の不審者が佳乃のまわりを1か月半前からうろついていたのなら、僕にはアリバイがあるから犯人ではなくなりますよね?」

「それは本当ですか? おい、君、裏取りの方を頼む」

 権田は花寄から相変わらず睨まれて震え上がっている小西をちらと見た後、別の部下に指示を出した。

「そちらの方はこちらで調べさせていただきますが、その前に、皆さんからお一人ずつ、被害者との関係と留守電を入れた理由をお聞かせ願いますか」

「あ、あの、では、私から……」

 先ほどまで静かにしていた長谷が、おずおずと手を挙げた。

「私は区役所の福祉関係の課に勤めておりまして、染井さんとは同僚の関係でした。染井さんの家に連絡を入れた理由は、今朝彼女が書類を忘れたと言っていまして、あの、12時から13時まで区役所のお昼休みだったんですけど、その間染井さんが一旦家に帰ると言っていたので、それなら書類を持ってくるようにと、確認の意味を込めて電話を入れた、というわけです」

「なるほど。えー、では、あなたは12時50分から13時の間、どこでなにをしていましたか?」

「えーっと、あのー、その間は区役所に居ました。お昼休みだったので、持参したお弁当を食べ終えて、一息ついていたところでしたね。自販機にコーヒーを買いに行ったりしていたので、席を外していた時間はあったと思いますけど、13時の5分前には自分の机にいたと思います」

 権田はその話を聞いて、

「確かここから区役所まで歩いて5分だったな……。時間的にはギリギリ間に合うか間に合わないかくらいだが……」

「ちょっと待ってください」

 考えて呟いている権田を、青野が遮った。

「僕が犯人と思しき不審人物にぶつかったのは遺体を発見するほんの2、3分前のことだったんですよ。仮に遺体発見が13時だったとしても、犯人がこのマンションを立ち去ったのは12時57分くらい。そこから走りとおして区役所に戻ったとしても、13時の5分前に自分の机に座っていることはできないと思いますが」

「それはそうだが……。まあいい、一応こちらも確認を取っておきましょう」

 権田はまたも部下を呼びつけて、指令を出した。それから、青野の方を見て、問いかける。

「そういえばお前、犯人とぶつかったんだったよな。どうだ、ぶつかったのは彼女だったかわからないか?」

 権田に問われた青野は、顔をしかめて首をひねった。

「いやー、なんとも言えないですね。僕はいきなり背後からぶつかられて、頭から床に激突していたわけですから。後姿をちらっと見ただけで、詳しくは観察できませんでしたから……。美月ならもっとなにか知っているかもしれませんけどね」

「私がどうかしたの?」

 青野の呟きに反応して、ぬっと彼らの後ろから美月が現れた。

「うわっ、でたぁ!!」

「お化けみたいに言わないでよ、まったく」

 青野のオーバーな反応に、美月はあきれた表情になる。

「それで、何の話をしていたの」

「ああ、僕にぶつかってきた不審者の話だよ。僕は背後からいきなり突撃されたからよく見てないんだけど、美月ならもっとわかるんじゃないかと思って」

「あー、そういうことね。でも、あの人すごい勢いで走り去っていったし、あんまりよくわからなかったかな……」

 美月は申し訳なさそうに、そう答えた。権田は少し残念だ、という風に唸る。

「ウーム、分からないなら仕方ないか……。では、次の方にお話を……」

「その前にちょっといいッスか?」

 不機嫌そうな声で、花寄が権田の言葉を遮った。

「な、なんでしょう」

「そこの窓、なんであいてんだよ。さっさと閉めろ!!」

 小西が応じると、花寄は威圧的に詰め寄り、先ほど権田が開けた窓を指さして怒鳴った。

「ひゃ、ひゃい!!」

 「なんで僕が……」と内心思いながら、小西は従順に窓を閉めに向かった。

「えーと、では、とりあえずあなたからお話を伺えませんかね?」

「アアン? 俺を疑ってんのか?」

「いえ、そんなことは滅相もございません!!」

 花寄は権田に凄んだのだが、なぜか小西が必死に頭を下げた。

「まあいい。話してやんよ」

 花寄は小西の態度を鼻で笑うと、なぜかすんなりと話を始めた。

「俺が染井さんに連絡したのは、前借りてた金を返すあてが出来たからってんで、その報告をするためサァ。ちなみに家電に連絡入れたのは、ケータイだと仕事中に電話がかかって迷惑だと思ったから。どうせ留守電にメッセージ残せると思ってなァ」

「あ、あの……ちょっといいですか?」

 すっかり縮こまった小西がおずおずと話しかける。

「なんだ?」

「あの、メールで送れば済む話だったのでは……」

「ばあっか野郎!!!!!!」花寄は一喝。

「金銭的でデリケートな内容だから自分の声で伝えた方がいいと思ったんだよ!! 文句あっかゴルァ!!」

「ひ、ひぃ! すみません!!」

 小西は花寄の剣幕に慌てて土下座をした。

「そこまでするか……」

「なんか彼の中でトラウマになっているんですかね……」

 権田と青野は、可哀想な子羊でも見るようにして、小西を見やった。一方花寄は気にも留めない様子で、

「んーと、確かあと話すことは、その……アリバイ? だっけか?」

「え、ええ。念のため」

「ま、特になんもねえよ。あ、いや、12時半ごろは病院に行って薬を貰ってきたけどよ。んで、病院を出てぶらぶらしてたらあんたらから電話がかかってきたってわけよ」

「念のため、手荷物を確認してもよろしいですかな?」

 権田に頼まれて、意外にも一悶着もなく花寄は手提げかばんを差し出した。

「ほらよ。貰ってきた目薬と、財布ぐれえしか入ってないけどな。あ、それとチッシュも入れたっけな」

「チ、チッシュ……ああ、ティッシュのことですね」

 権田が中身を確認しているところを、小西と青野がわきから覗く。

「ほほお、ポケットティッシュが3つですか。種類がまちまちですけど、駅前で貰ったんですか?」

「ああ、すぐ近くの駅で配ってたからよ、ここに来る前に貰っといたんだ。自分で持ち歩いてるのもあるけどな」

 青野はその答えに「なるほど」と頷いた。

「あれ、このマスクは何なんです? 個別包装にされたやつが4枚も入っていますけど」

「なんだよ、俺がマスクを持ち歩いちゃ悪いのか? アアン?」

「そんなことは滅相もございません申し訳ございませんでした!!!!」

 小西がまたも必死に頭を下げるのを傍目に、権田は礼を言いつつかばんを花寄に返却した。

「ひとまずは病院の方に確認をさせていただきますが、おそらくアリバイにはならないでしょうな。ここから近くにあるんでしょう?」

「ああ。駅のほうに歩いて20分もかかんねえよ。これで十分か?」

 権田は頷いて、最後の一人――佐倉の方を向いた。その視線を受けて、佐倉は自分から話し始める。

「えーっと、僕は佐倉祀といいまして、佳乃とお付き合いさせていただいている者です。……なんですが、実は彼女に連絡を入れたのは、別れ話を切り出すためでして……」

「ほーお、別れ話ですか」

「ええ。僕が海外へ行ってから1年の間、まったく会えていませんでしたので……なんというか、冷めてきたと言いますか……」

 佐倉は申し訳なさそうに話す。

「じ、実は、帰国したら結婚しようとまで話していたので、その、どうしたものかと思いまして……」

「はー、そうですかそうですか」

 権田は――というか、その場の一同はあきれた様子だ。

「な、なので、前はこの部屋にも良く来ていたんですけど、帰国してからはまだ来ていなかったので、今が1年ぶりです。それがこんな形になってしまうなんて……。うっ、うっ」

 佐倉は嗚咽を漏らすが、まわりはあくまでも白々しく彼を見ていた。

「そ、それで、アリバイ、の話でしたっけ? あいにくずっと家にいたので、特にはありませんが、先ほど話した通り、1年間日本にいなかったので、その、高校生が証言したという不審者には僕はなり得ませんよ」

 言葉を区切り区切り、涙を流しながら、佐倉は語る。

「あの、1つ聞いてもいいですか?」青野が俯きがちになって話す佐倉に声をかけた。

「な、なんだい?」

「先ほど染井さんのカバンの中を探ったら携帯電話を見つけまして、その着信履歴を見ていたんですが……この080から始まる電話番号、あなたのものでしょうか?」

「おい、いきなりなんでそんな質問……というか待て、なんでお前がそんなもの持ってるんだよ!」

「まあまあ権田さん、そう怒らないでくださいよ。で、佐倉さん、どうなんです?」

 青野は画面を佐倉に見せる。

「えーと、そうだね。これは僕の番号だ。昨日帰国したって話したけど、その時に携帯電話にかけたんだよ」

「なるほど、よくわかりました。それから長谷さん」

「は、はい、なんでしょう」

 今まで黙っていた長谷は、急に話を振られて肩をビクリと震わせた。

「あなたも昨日染井さんに電話をかけているようですね。着信履歴に『長谷』と書いてあります。これ、あなたでしょう?」

「あ、はい。先ほど話した書類ですが、昨日電話で内容を話し合ったもので」

「なるほどなるほど。どうもありがとうございます。大変参考になりました」

「愉快そうで結構だが、こっちは勝手に証拠品を荒らされて不愉快なんだが、どうしてくれるんだ?」

 権田が強面の顔をしかめて、青野に低い声をかけた。花寄とはまた違った恐ろしさを感じてしまう。

「ああ、その件は失礼しました。きちんとお返しいたします」

 青野は礼儀正しくお辞儀をすると、携帯電話を権田に差し出した。権田がそれを受け取ると同時に、携帯電話の着信音が鳴り響く。

「ああ、失礼。私です」権田はそう言うと、持っていた携帯電話を小西に渡し、ズボンのポケットから自分の携帯電話を取り出した。

「ああ、私だ。――ああ、そうか。わかった」

 彼は手短に応答すると、電話を切り、その場にいる全員に向かって話しかける。

「ただいま入ってきた連絡によると、佐倉さんがここ1年間ずっと海外にいたことと、長谷さんが13時の5分前には自分のデスクの前に着席していたことは、どちらも間違いないと判明いたしました。よって、お2人のアリバイは現段階では証明された形になります」

 その言葉に、長谷と佐倉はほっとした表情に、残された花寄はムッとした表情になった。

「おいおい、だからって俺が犯人だとか言わねーよな。留守電入れただけなのに犯人扱いされちゃたまんねーぜ」

「ご、ご安心ください。そんなことはまったく御座いませんから!」

 花寄の機嫌を損ねないよう、小西は必死に彼を宥めた。

 そんな彼を見てため息を吐きつつ、青野は美月の肩をちょんちょんと叩いた。

「ねえ美月、ちょっといいかな?」

「な、なに?」

「こっちに来て、見て欲しいものがあるんだけど」

 青野は美月を手招きすると、部屋の端にある棚へと足を進めた。

「ここに箱のティッシュがあるでしょ?」

「ええ、あるわね」美月は頷く。

「それから、すぐそこにあるテーブルの上にも、寝室のベッドの脇にも、デスクの上にも、そして台所の中にまで、箱ティッシュがあったんだ。多いと思わない?」

「え、ええ、確かにそう思うけど……」

 それがどうかしたのか、と美月は疑問を投げかけた。青野はそれに答えもせず、今度は棚の下段を指さす。

「それからここ、マスク50枚入りの箱が3つも置いてある……なにか気が付かない?」

「何かっていわれても……そんな大事なことなの?」

「うん。とってもね」

 青野は笑みを浮かべると、今度は近くにいた鑑識の職員に声をかけた。

「あの、すみません。遺体の周りに不自然な点がなかったか、お聞きしたいんですけど」

「え、ええ? 不自然な点……は遺体には特にはなかったけど、遺体のすぐそばの床から唾液が見つかってね。さっき調べてきたんだが、どうやら被害者本人のものらしいんだ。喋った時に床についたものにしてはちょっと大きくて不自然だな、と思ったんだが、それくらいかなぁ。あとは、寝室やリビングで何本か毛髪を見つけたから、持って帰って調べようと考えているけど……」

「なるほど、どうもありがとうございました!」

 青野はきちんと礼をすると、美月の方へと戻っていった。鑑識課の職員は、それを不思議そうな顔で見つめる。

「ねえ、なにかわかったの?」

 帰ってきた青野に、美月は問いかけた。青野はにっこりと笑うと、自身の籠った口調で言い放った。

「ああ、ばっちり。染井さんを殺した犯人があの中の誰なのかってことと――僕の見立てに間違いはなかったってことがね!」

次回予告

シリーズ解決編! 殺人事件の犯人と、美月が持ち込んだ相談の真相はいかに!?

FILE.3 春によくある……



Next hint

・洗濯物


参考画像

挿絵(By みてみん)

現場の見取り図です。赤いバツ印が遺体の発見場所となっています。


事件関係者

・染井佳乃(26)

 被害者。区役所に勤めている。

・長谷華見(29)

 染井の同僚。書類をとってくるよう染井に連絡を入れたらしい。

・佐倉祀(27)

 染井の彼氏。だが、別れようとしていた。

・花寄団吾(25)

 がらの悪そうな男。染井に借りた金を返すために連絡をしたと話す。


謎解きとヒント

 今回の事件では、「犯人が誰なのか」ということについて問いたいと思います。手がかりはすべて作中にあり、また論理立てて考えることで自ずと犯人がわかるようになっている……はずです。

 とはいえ、どこから攻めればよいのか分からないという方のために、ヒントをさしあげましょう。

 そのヒントとは、「消去法を使え!」です。今回の事件、実をいうと、ある2つの事実に着目すれば消去法で犯人を絞りこむことができます。また、それ以外に数点、犯人を追い込むための手がかりは揃っています。

 消去法でいくもよし、その他の手がかりから詰めるもよし、です。もし、犯人がわかった! となったかたは、ぜひぜひ南後までお寄せください。感想にでも、活動報告にでも、はたまたメッセージにでも構いません。もちろん、心の中にとどめていただいても構いませんよ。



改稿の記録

2019/5/25 あとがきに情報を追加

2019/5/26 誤字を修正

2019/5/26 現場の見取り図を追加

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