1-1-04 新学期と仲間達…瓢箪から牛 22/8/17
加筆修正 20210424 20220817
8028文字 → 9438文字 → 10045文字
恒星間万能移民船『ハコ』諸元
※現在武装はありません
現在、第四期(ハコ端末20面体)
孵化から42日経過
メインコアブロックは亜空間に次元潜行中
外観 六角柱状のクリスタル、船色 碧色
基礎船殻完成・NT1000トン
現在内部空間拡張中
メインコア全高60m 全幅35m
主機・大型次元転換炉 現在4基
船殻用ナノマテリアル 在庫 1トン
昴の工作用 在庫 5トン
◆
アッという間に、今年の夏休みは終りを告げた。
今日から2学期が始まる。
手付かずだった夏休みの宿題は、昨夜徹夜する苦労も無く呆気なく終わった……終わったのである。
ほんとにチートなんだわ、この体。
一度でも己の目で見た物事は、その全て一部始終を思い出す事が出来るんだ。
それも、そこには詳しい補足まで付いている親切設計。
真っ白だった絵日記なんて致命的に駄目だろうと思ってたんだよ、それまでは…。
ダメ元で開いた絵日記だったんだけど、最初から肝心の天気や気温とかどうしようかと思ったさ……うちでは新聞もとってないしさ、まさか次々と同時刻の世界中の気温や天気まで一瞬で分かるとは思ってなかったよ。
最初はもうゲンナリした気分で表紙を開いたのさ、そしたら日付を鉛筆で書き出したそばから出てくる出てくるスラスラと……俺が必要だと思う情報がポロポロと……ナンジャコリャ…。
ハコの説明に拠ると人間の脳みそはとってものすご~く優秀で、瞬間的にでも視覚域に入ったものは、勝手に記録してしまうんだそうな。
ただし、それを自由自在に使いこなして思い出せるかどうかは、厳しい訓練をしないといけないらしいんだけどね。
俺は、ハコ曰く情報領域って云うところ、つまりは元の脳みそをバージョンアップされてる上に、サポート用の副頭脳まで装備されてるから、一度見たものはまず忘れないし即座に詳細に分析済みの情報として思い出せるのだ。
元の脳みそとは比べようもないほど記憶容量も拡張されているらしくこれも日々補填され最適化されるらしい……地球のスーパーコンピュータなんか端にも引っ掛けないらしい。
試しに六法全書を斜め読みしてみた。
10分で全部覚えちまった、マジか…。
ついでにひろげた広辞苑も……15分で丸暗記出来たのにはびっくりした。
でも実際のところは、ページを捲るのに時間がかかってるんであって情報を記憶するのは一瞬だったと言っておこう。
パネーョ!
そんな訳で、諦めていた夏休みの宿題を余裕をもって2時間ほどで終わらせたのは、昨夜のことである。
その様子を傍で見ていた両親に『俺、こんなんで学校に行く必要あんのかな?』と聞いてみたら『友達も居るんだし、今のうちに遊んでおきなさい。人脈は作っておくに越したことはないわよ』といわれたんだ。
うん、納得だね!
前にも言ったけど、この村にいる同年代の子供は俺を入れて5人だけだ。
中学以上の学校に通うためには、およそ30km離れた街まで出なければならない。
村の分校は隙間風の入るような木造平屋で、オバちゃん校長と兄さん担任の二人。
学年は違うけど、みんな1つの教室に纏まって授業を受けてるんだ。
オバちゃん校長こと 鷺ノ宮 都 58歳。
旦那とは既に死別しており、一人息子は文部科学省のかなり上の方のお役人らしい。
本校は教頭に任せてなんでこんな何も無い所に居るのか分からない経歴の人物だ。
今日も児童や若輩の教師を弄りながら、田舎ぐらしを満喫している。
兄さん担任こと 林 余市 24歳。
まだ先生になって2年目の新米教師である。
嫁さんを募集中らしいけど、こんな田舎にいる訳なかっぺ。
渓流釣りにハマり、雑貨屋の健三さん(健太のおやじさん)といつも一緒に釣り竿を担いで沢に通っている。
現在、雑貨屋の2階に下宿中で、健三さん曰く、善い鴨らしい。
そして児童は、俺のほかに4人。
堺 一 12歳。
6年生で生徒会長、現村長の孫である。
堺 双葉 8歳。
2年生、生徒会長の妹、村長の孫その2だ。
三河 健太 10歳。
4年生、5人兄弟の末っ子。
家業は、三河屋(雑貨屋 兼 旅館 兼 下宿屋)を営んでいる、健三さんの倅だ。
そして、長谷川 銀河 10歳。
4年生、昴の乳兄弟、幼馴染。
天文観測所 長谷川所長の一人娘。
ここも一番下の双葉が居なくなったら廃校かな~。
などと現実逃避していたんだが、今の状況を説明すると……。
正面には、俺を睨んで指を差している生徒会長の一。
左腕にぶら下がって人の顔を穴が空くほど見つめているのが、銀河。
正面から腹に突っ込んで来てしがみついてる、双葉。
頭をグリグリすんな!
お世辞抜きでイテーんだよ。
人の不幸を右側で腹を抱えて笑ってる、健太。
お前、後で覚えとけよ……。
俺は不幸だー!
校門で銀河に捕まり、荷物を持たされた俺をからかって居た健太と、三人で校庭を移動してたところへ、兄ちゃんに甘えようとしたら無碍にされて、へそを曲げた双葉が俺に突撃してきたのだ。
双葉を引き剥がそうとしたが離れず、それを俺のせいだと指を差して憤っている兄ちゃんの図である。
そんな俺達が、広くもない校庭の真ん中で固まっていると、
「おはよ~みんな、予鈴が鳴る時間だからそろそろ教室に入りなさ~い!」と、オバちゃん校長から声がかかった。
「「「「「おはよ~ございます」」!」」」
「ハイ、おはよう」
そして、この体制は崩れずにそのまま教室へ移動中……重いってばよ。
担任入室……。
「おはようございます。みんな宿題やってきたかな~? では、出席を取ります。天河 昴 君?」
出席の確認がアッと言う間に終わり、課題の提出も滞りなく終了した。
担任は絵日記を見ながら、それぞれが夏休みの間、何をしていたかなどを聞いていたんだが、俺の番になって状況が変わった。
今俺は、校長と担任にガン見されて、冷や汗を流している。
左右と後ろからは、他の児童に……ジーと見つめられている。
体中に突き刺さる、視線が痛いと云うのはこういう事か。
「昴くん? 君は、本当に天河昴くん本人なんだよね? 従兄弟とか、生き別れの兄弟とかでは無く?」
「はい、本人ですよ。さっきからいったい何回聞くんですか? ちょっと夏休みの間に体を鍛えましたのでスッキリ痩せましたが……間違いなく本人です!」
「イヤイヤイヤイヤ~、悪い冗談だろ~! どう見たって別人だろ~、ほとんど別人だよ。いったいどんな鍛え方したら、小錦予備軍だった昴くんが君みたいになるっていうんだい?」
「小錦予備軍って、随分と酷くないですか? 先生~教育委員会に訴えちゃいますよ……」
「そうよ~林先生。確かに前の昴くんはコロッとしてて可愛かったけど、今のほうがスッキリして良いとこのお坊ちゃまみたいで良いんじゃな~い♪」
「校長。今はそういう事では無くて、昴が夏休みの間に別人と入れ替わったんじゃないかという話をですね~……」
「ハイ!、先生」
「何かな? 銀河さん」
「昴ちゃんは、すごくカッコ良くなって、こっちのが何倍もいいと思います!」
「ハイ!、先生~」
「……はい、双葉さん」
「昴に~ちゃんは、うちのおニイよりカッコいいと思います!」
「なっ、何を言うんだ、双葉~。昴なんて太った唯のオタクじゃないか!」
「昴に~ちゃん、太ってないよ!」 ビシッ!っと、双葉に指差されてます。
「そうね~私は、昴くんが健康的に痩せたその秘訣を聞きたいところなんだけど~」
ジーー。
「顔の雀斑も綺麗に消えてるわよね~。お肌もツルッツル!」
ほっぺをスリスリするのはやめてください、校長……。
「こッ、校長~」
「ま~ま~、この事は後で希美さんに電話して聞いとくから、どうせ今日はもう授業は無くてこれで終わりでしょ。皆さ~ん、明日からは普通授業になりますからね~、寝坊なんかしない様に。では解散! 気をつけてお帰りなさい」
パン、パン、パン
「「「「「先生、さようなら~」」」」」
「「はい、さようなら」~♪」
フ~、なんとか学校は、乗り切ったぞ。
あとは、勢いで押し切るとしよう。
バレそうになったら、母さんに丸投げすれば安心だ。
ナ~ンテッ、簡単に考えていたんだけど、世の中はそんなに甘くはなかった。
いや~女って生き物は怖いね~。
◆
《 昨夜の天河家家族会議 》
「昴、貴方は『ハコ』の事をみんなに言いふらしちゃだめだからね、分かってる? 私も胸張ってとやかく言える立場でもないけれど、大騒ぎになるのは分かり切ってるからね。この事はある程度準備が整うまでは、私達家族だけの秘密よ! いいわね、お母さんとの約束よ!」
「うん、でもバレそうになったら?」
「その時は、お母さんに連絡しなさい。なんとか誤魔化してあげるわ。譲さんもそれでいいわね?」
「おう! 分かった。それでな~昴。このレンズを固定する治具なんだがな……」
「うーん、ここを固定するんだね! こんなの直ぐだよ」
「イヤ~、助かるよ。流石~昴、アハハハ~♪」
「貴方達、ちゃんと人の話を聞きなさいよね。カァ~、この馬鹿親子が、遊んでないで何かいいアイディア出しなさいって云ってるのよ!」
[肯定。希美さま、その事ですが治療用ナノマシンを少量混入した美容クリームを作ってみてはいかがでしょうか。皆様の若返りの隠蔽と同時に副収入として利用できないかと愚考致します。飽く迄もお肌に若干のアンチエイジングを施す程度にナノマシンを調整すれば、専門家に分析されても唯の美容クリームとしか分からないようにする事が可能です]
「オオッ! それはいいわね。私達が広告塔になればいいんだし、これは日頃お肌の問題に悩んでいる世の女性には絶対に売れるわ!」
母さんは、ハコと何やらコソコソと悪巧みを始めた様子だ。
父さんは、完全に技術者としてのタガが外れてきている。
色んな機器や道具なんかを俺に弄らせて、改造品を作らせてるんだけれど、俺は魔法の工作マシンじゃ無いんだぞ。
誰か止めてくれよ~。
以前にも増して、マッドな感じになってゆく天河家であった。
◆
ハコの船殻は完成したけど、艤装がまだなので人は乗る事ができないし、まだ動かせる状態じゃないそうだ。
本体の様子を聞いてみたら、ハコのコミュニケーション端末の中心に投影されてる形が今の本体を映し出しているらしい。
これが船体を常時モニターするためのホログラフとの事だ。
孵化する前は、銀黒の卵に見えたけど、今は銀黒の六角柱に沢山の筋が見えていて、たまにサーって光りが走って綺麗なんだ。
現在は、内部亜空間の拡張にほとんどのジェネレーター出力を使っているんだって。
でも、どれくらいまで広げるのかハコは教えてくれないんだ。
[肯定。それは機密事項です。女には、秘密が沢山あったほうが魅力的でしょう。それにマスターの知識とスキルが向上すれば自然と分かる情報ですよ、精進してくださいね!]
だ、そうである。
現在4基ある次元転換炉の3つを内部亜空間の拡張と固定に使い、残り1つを次元潜行と制御や維持に使っている。
次のステージに進めば、次元転換炉を増やせるから、加速度的に建造スピードは上がっていくらしい。
ステージが1つ進めれば又1基、完成時には15基になる予定だ。
1基で空間制御が出来る出力のジェネレーターが15基……どれだけのエネルギー量なのか・・考えるのもイヤに成るほどの高出力だという事だけは分かる。
ハコが言うには、次元転換炉って高いところから低いところに水が流れるのと同じ様に、高い次元から低い次元へ流れ込むエネルギーの変異作用を利用することで無限にエネルギーを汲み上げる仕組みなんだそう。
そして、次元転換炉を起動する為には、同じ出力の次元転換炉を呼び水として使う事から、次元転換炉の存在する空間を安定させるためにもある程度の間隔が必要とされる。
これを、あまりに狭い空間で複数の炉を可動させると次元境界面が不安定になるんだってさ。
だから次元転換炉の存在する亜空間には、ある程度の余剰空間が必要であり、規模が大きくなる都度、順番に1基づつ増やしてゆくのだと説明された。
今以上の大きさの次元転換炉が作れないなら、もっと小型の物を量産すれば良いと思うのは、素人の浅はかな考えなんだろうな~と内心思いながら説明を聞く昴だった。
「「「昴~くん、あ~そびましょ!」」」
ギクッギクッ!
あの声は銀河たちだ。
[マスター、お友達ですか?]
「うん。ハコ、お前は隠れてろよ。今は、まだバラす訳に行かないからな。何かあったらテレパシーだ!」
[肯定。マスターは、以前と違い身体能力も数倍になっています。気をつけて行動をお願いします。素のままで力を振るうと怪我だけではすみませんよ]
「了解。それじゃ~行ってくる」
「おまたせ~。今日は何して遊ぶんだ?」
「川行こ~よ、にーちゃん先生とハジメちゃん釣りに行ったよ」
「おニイがアタシおいて行ったの。健ちゃんは護衛だって」
「まったく、親父から双葉と遊んでやれって言われたんだけど、三人で釣りだってよ」
「ふーん、それじゃ釣りバカの冷やかしにでも行くか~」
「ねーねー昴。夏休み何してたの、ほとんど家にいなかったよね。お父さんは、オジさんとオバさんも休みとって家族でどっかに行って来たんじゃないかって言ってたけど、どこ行ってきたの?」
「それは俺も聞きてーな。お前休み入って早々に夏風邪引いて寝込んだって、お袋が聞いて来たけど、その後家族揃って居なくなっただろ」
「ずーと雨戸が閉まってたもんね。一緒に宿題やろうと思って声掛けに行ったんだけど。電話もずっと留守電になってたしさ」
「チョット家族でハワイのスバル望遠鏡を見に行ってきたんだ。去年できた国立天文台の反射望遠鏡でさ、鏡の大きさ11.8mもあるんだぜ」
「うわー、家族そろって好きよね~。ハワイまで行って望遠鏡って、その割に日に焼けてないみたいだけど」
「ハワイって言ってもマウナ・ケア山の山頂は、4139mもあるんだぜ。富士山より高いんだ。泳ぎに行ったわけじゃないから、そんなに日焼けなんかしないさ」
「ふ~ん、いいな~。私は、お盆にお祖母ちゃんとこ行っただけだもんな~」
「俺なんか家の手伝いばっかだぜ。自営業は、バイト代もでねーしよ」
「ねーねー、昴に~ちゃん。なんかおみやげ無いの? 見せて見せて!」
うっ、これは墓穴を掘ったかな……なんかで誤魔化さねば。
「う~ん、父さんに聞いてみるよ。なんかあるんじゃないかな~、後で見せてやるよ」
「ヤッタ~! たのしみー。オッミヤゲ! オッミヤゲ!」
ハワイのお土産ってアロハシャツかチョコレートぐらいしか思いつかないな~。
これも母さんに相談しよう。
父さんは、あまりアテになんないだろうし、ハコに情報収集させとくか。
「それにしても、しばらく見ない間に大型トラックが増えたんじゃないか? さっきから5台もすれ違ったけど、こんな田舎に会社なんかなかったよな~」
「うん、10日ぐらい前から通るようになったんだけど、峠こえて山向こうに出来た産廃処理場に運んでるみたいよ」
「ふ~ん、良く国の認可降りたね? 一応この辺って国有林だし天文観測所も国の施設だろ。無認可施設じゃ無いといいけどな」
「おじいちゃんがね、一昨日から眉間にシワ作ってお父さんと何か話してたよ。わたし、難しいことは解んないけど、裏山がどうとか、不法投棄がどうとか」
「あ~、それは揉め事の予感がするな~。大事になるかもしれないね」
「若菜のお父さんて村役場の職員だよね。うちのお父さんは、何も言ってなかったけど聞いてみようか?」
「そうだよ~お父さんは、ちほうこーむいんて言うんだって。おじいちゃんが役場では、親子じゃね~ぞって言ってた~♪」
「アハハッ、そりゃー厳しいね。でも村長たちが話してるって事は、処理場とは別口でも問題が起きてそうだな~」
「親父も川が汚染されるかもって頭抱えてたな。今日も釣りしながら見てくるって言ってたし……」
ワイワイと四人で田んぼの畦を突っ切って、沢沿いに走る舗装はされているけど広くもない道路を山の方に入っていくと、釣った魚ではなくゴミ袋をブラ下げている健三おじさん達が帰ってくるところだった。
「「「お~い、今日の獲物は? 」何か釣れた~?」ゴミ?」
「ああっ駄目だ駄目だ! 川の脇を大型トラックが引っ切り無しに通るから、魚が怯えちまって釣れやしねえ。それにこれを見ろよ!」
と、ぶら下げていたゴミ袋の口を開いた。
「ッ、これオフィスゴミだよね、産業廃棄物だよ。うわ~使用済みの伝票が残ってる。シュレッダーにも掛けてないやつだ」
「オウッ、捨てた奴が分かるかもと思って持ってきたんだ。怒鳴り込んでやる」
「爺ちゃんと父さんが不法投棄の話ししてたから、役場に持っていったほうがいいんじゃないかな?」
「公務員がこんなこと言っちゃイケないのかもしれないけど、山向うの処理場にしても絶対に政治家か役人が絡んでると思いますよ。チャンと筋道通さないと揉み消されちゃうんじゃないかな」
「うっわ~……」
新学期早々、大問題の発生である。
◆
俺たちが道の真ん中でゴミ問題を騒いでいた頃、母さんの職場でも騒ぎが起こっていた。
今日出勤した父さんたちは、無理な長期休暇を取ったお詫びや仕事の引き継ぎをする為に、それぞれヘルプを頼んだ所員の所に挨拶に行ったんだ。
そしたら当然、夫婦揃って若返った姿を晒すことになって、当然のように騒ぎになったらしい。
男性所員は、リフレッシュして若返った位に思ったらしいんだけど、女性所員はそれほど甘くはなかった。
母さんに纏わり付いて、ベタベタと髪と肌を確かめ……泣きながら『教えろ~教えろ~』と、まるで亡者かゾンビの様だったと話していた。
その様子に父さんを含めて男たちがドン引きして居たところ、所長の鶴の一声でその場は一応収まったらしい。
天河夫婦は、どんなリフレッシュをして若返りにも似た容姿になったのか、研究者らしくレポートにまとめて後ほど報告会をする、という事になったそうな。
その場は取り敢えず収まったけど、困ったのは母さん達だ。
二人揃って頭を抱えてしまったらしい。
父さんは、美容や若返りにはあんまりこだわりが無い方だ。
だから当然そんな知識は欠片も無くて、今度の事はほとんど母さんに丸投げだ。
母さんは、即座にテレパシーでハコに連絡。
昨夜のハコとの打ち合わせを叩き台に必要そうな情報を集めようと、うちのワークステーションモドキに司令を出したらしい。
家に帰ってきてモニターを見たら、あ~らビックリ。
すんごいスピードで、世界中の化粧品メーカーや製薬会社にハッキングを開始しちゃってたんだって……。
あとからハコに聞いた話だと、ハコが地球上の情報を集めるために、あのワークステーションモドキには簡易型AIを組み込んであって、常に新しい情報をハコに送って居たらしい。
そこにやり甲斐のある仕事が放り込まれた為に、簡易型AIが無駄にやる気を発揮して大騒ぎになったと、こう云う訳だ。
ハコのいう簡易型AI、ハコと比べれば簡易型なのかもしれないけれど、もうほとんど自我と云ってよいものを持つ一歩手前、その受け答えは生身の人としているのと変わらず、無駄がなく仕事がとっても早い速いのだ。
母さんも最初のうちは、ハコが片手間にサポートしてくれてると思ってたらしいんだけど、打ち合わせとは違ったデータが出始めて気がついたんだってさ。
そんなドタバタしながら纏めた資料に、マル秘・持ち出し禁止の判を押して、押取り刀で会議室しつらえられた特設会場(女子職員の仕業)に向かったら、どっから話を聞きつけたのか鷺ノ宮校長と長谷川所長の奥さんが最前列に陣取って座っていたんだそう。
顔はニッコニコで笑ってるのに、目がギラついてて凄い迫力だったらしくて、発表が終わる頃には母さんも精神的に疲労困憊といった様子だったとか、ご愁傷さま
後日、この日のレポートを元に化粧品を試作して配る事が決定して、やっとみんな納得して帰ってくれたんだってさ。
アンチエイジング、特に美容や化粧品のことになると、世の女性はここまで人格が変わるというお話。
おお~、怖い怖い……。
◆
「全く、ひどい目に合ったわ。ほんと、あそこまで行くと別の生き物ね」
「イヤイヤイヤ~、少し前の希美もあんなだったからな。俺は、女の実態を再認識した気分だよ」
[肯定。兎に角早急に試作品の開発を開始いたしましょう。さもなければ修羅の群れが押し寄せてくるものと予想いたします]
「うううっ…。そうね、それじゃ後は任せたわよ昴!」
「え~、やっぱり俺がやんのそれ?」
「私が材料と美容クリームの買い付けするから、昴はナノマシンの製作と調整、ハコからサポートしてもらって使えるようにして頂戴。譲さんは、機器の方をお願い。化粧品の調合に使う秤やタンク。出来たら入れ物の瓶なんかもお願い!」
「あ~母さん、入れ物はチョット細工したいから俺の方で用意するよ。ハコ、ナノマシンの混入量の調整を瓶に持たせる事は出来ないかな? 使用者のバイタルとか肌状況なんかをカルテに吸い上げる事って出来るよね。入れ物の瓶は、使用する人専用の物を用意して名前なんか入れちゃってさ、クリームだけ詰め替えるようにして、詰替えする時にナノマシンの補給と各種情報の蓄積を出来れば理想の化粧品が出来るんじゃないかと思うんだ」
「昴、そのアイディアいただきよ! 完全会員制にして情報の漏洩を防ぎましょう。多分、自分専用の化粧品が出来上がるなんて聞いたら、世の女性はどんなにお金出しても飛びついて来るわよ」
[肯定。提供する化粧品の質を落とさずに最適化を進める為のデータは、最大限集める必要があります。小さいとはいえ化粧品のメーカーを起こすのですから、情報は多いに越したことはないと思います。それで、商標等はどういたしますか?]
「そっか、瓶作るのにも商品名くらい入れないとね。母さん、どうしようか?」
「ウ~ンそうね~、『株式会社タウルス』なんてどうかしら。商品名は『ノルン』よ。運命の女神の名ね、中高年には『ウルズ』、成年には『ヴェルダンディ』、ヤングには『スクルド』、時の三姉妹の名前よ。『貴女に、時の魔法をお送りします♪』なんてキャッチでどうかしら~♪」
「なんで会社が『牡牛座』なのかは、何となく分かるよ。俺が居るからだよね?」
「ええっ、昴が居るから運命の歯車が回りだした。昴は、『統べる者』『絆ぐ者』の意味なの。覚悟しておきなさい、今回の事はほんの始まりよ。会社の登記登録はやっておくわね。代表取締役は私、譲さんと昴は役員よ。どうせなら何人か仲間がいると、心強いんだけど追々増やして行きましょう」
「何で父さんを社長にしないの?」
「譲さんは、公務員として天文観測所に席を置いていたほうが、何かと融通がきくわ。私は、ハコと家のシステムがあれば好きな事が出来そうだし、昴も私が家に居たほうがいいでしょ? それに貴方から目を離すと心配で、仕事なんて手に付かないて云うのが本音なんですけどね!」
「はううう~、ごめんなさ~い」
◆
私は、鷺ノ宮 都、この村の小学校の校長です。
今、私の前では昴くんのお母さんの希美さんが、画期的なアンチエイジングと美容について、そしてそれらを利用した化粧品のプレゼンをしているわ。
彼女も昴くんと同じ様に見違えるように綺麗に若がえっているわね。
事の切っ掛けは今朝、学校に登校して来た希美さんの息子の昴くんが夏休み前とは別人の様に大変身していたのが始まりよ。
あの変わりようを目の当たりにしたら、夏休みの間に何かあったと思うのは当然よネ。
だからその辺のところを、母親の希美さんに突撃しようとして天文観測所まで来てみたら、玄関で銀河ちゃんのお母さんの長谷川真澄さんがウロウロしてるじゃな~い。
どうしたのか話を聞いてみたら、天河夫妻が夏休みが明けて出勤してきたらビックリするほど若返っていて、他の所員が大騒ぎになったんですって。
このままじゃ仕事にならないし見るに見かねた天文観測所の所長、彼女の旦那の長谷川修一さんが、鶴の一声でその場を収めたらしいんだけど、その時の方便が傑作だったらしいのよ。
「お前らみんな研究者の端くれなら、天河達の体験をまとめたレポートを研究発表として落ち着いて聞け! 天河、後はよろしくな♪」
ってな具合に天河夫妻に丸投げしたらしいの、どう?傑作でしょ。
私も教育者として学問を長年教えてきた一人として、最前列で拝聴しようじゃない。
さあドンドン質問しちゃうわよ、学会じゃ野次だって飛ぶんだから、当然よネ。
プレプリント見たけどこれはホントに画期的だわ。
これは、世界が変わる予感がするわよ。
試作品のモニタリングは、絶対に死守しなくちゃだめね。
横にいる真澄さんも目の色が変わってるわよ。
当然よね、目の前の希美さんとこの資料を見せられたら……。
そして会社が設立された。
株式会社 TAURUS
資本金 500万円
代表取締役 天河 希美
監査取締役 天河 譲
取締役 天河 昴
従業員数 現在0名
登記業種 化粧品の製造販売、光学・電子機器等精密機器の設計開発、ソフトウェアの開発、データ配信等管理運営、それらに付随するサービス。