1-1-03 酷い目にあった…そして改造された俺! 22/7/15
加筆修正 20210423 20220715
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母さんは、俺が目を覚ました事を父さんに知らせる為に電話のあるリビングへ移動していった。
母さんが居なくなったのを見計らっていた様に、ベッドのヘッドレストで置物に成っていた『ハコ』が俺の手の中に飛び込んで来た。
「ハコ、酷いじゃないか。もう少しで俺は溺れ死ぬところだったんだぞ。必要な事はもう少し前に説明してくれても良かったんじゃないのか? いくら何でもあの状況で30分は、短すぎるよ!」
[肯定。私の説明が不十分だった事を認めます。マスターには、大変申し訳ありませんでした。今後は、もっとマスターとのコミュニケーションを円滑に行う為に、主に脳波通信を使用いたします。これは一種のテレパシーです。マスターとの距離が大きく離れている場合は、超空間通信を使用いたしますが、太陽系内惑星域ぐらいの距離でしたらテレパシーで十分です。それ以上の距離ですとタイムラグが発生しますので超空間通信を御使用ください。それぞれ能力の使い方は、睡眠学習にてレクチャーされているのでもう説明の必要は無いと思います]
「ハァ~了解……。でもこの一週間で君も随分と様変わりしたんじゃないの。四角だったのが16面体のサイコロみたいになってるよ」
[肯定。すでに当ユニット〈方舟〉は、第三期の成長過程へ移行いたしました。孵化前(6面体)から、孵化直後(8面体)、そして初期進化過程(12面体)を終了致しました。現在、内部記憶領域の拡張中です(16面体)。地球の単位で256ヨッタフロップス、768グルーチバイトで、更に増大中……。次回、第四期の成長過程で本船内部亜空間の拡張を行います。およそ300時間後となります(20面体)]
「ヨッタって10の24乗だよね。グルーチってなん桁?」
[肯定。グルーチは、10の30乗になります。演算速度と記憶容量の限界突破と共に、現在蓄積可能な各種情報の収集を開始いたします。円滑な情報収集のためにデータの収集を行う通信ラインの構築をお願いいたします。地球のコンピューターの使用する通信ラインに接続する事が出来れば、そちらを都度拡張して補助的な情報収集記録媒体を構築いたします。本船は、メインジェネレーターに次元転換炉を装備していますが、現時点では基礎となる転換炉1基にて稼働しております。船内空間の拡張と共に随時ジェネレーターのバージョンアップと増強を行い、最適な状態に移行する予定です。現在、本船の保有するナノマテリアルの残量は、外部からの補充が為されない状態でおよそ300トン程です。初期の次元転換炉構築と内部拡張にて使い切ってしまいますので今後は随時補充が必要となります]
「イヤイヤイヤ、それって桁がおかしな事に成ってないかい? それに君は、見た目の形は少し変わったけどまだ20センチ位の大きさしかないよね?」
[肯定。現在、マスターのお側にあるのは、本船のコミュニケーション用アクセス端末です。船の本体は、亜空間にて船体の構築とナノマテリアルプラントの拡張を行なっております。今の状態で本船を通常空間に現界させますとマスターのいらっしゃるこの島国が跡形も無く吹っ飛ぶ事になります。その際の余剰エネルギーの解放で地球表面の生命活動圏が壊滅する確率98パーセント……]
「チョッチョッ……ちょっと待ってよ! 日本が吹っ飛ぶってどうゆう事か説明してくれないかな。それにナノマテリアルを補充するってどうすればいいのさ?」
[肯定。現在の本船は、亜空間にて船体の構築に全てのパワーウエイトを振り分けておりますが、この惑星上のデータがまだ不足しており、大気中にそのまま船体が現界した場合、大気中の各種原子との純粋融合が発生すると予想されます。この現象は、綺麗な原子爆弾といえば分かりやすいでしょうか? 本船の構築がある程度完成していれば、現界する領域に共鳴フィールドを形成して融合反応を起こさずに現界する事ができる様になります。現在、本船の純粋質量は、およそ700トンほどとそれほどの質量ではありませんが、もしもこの質量で純粋融合反応が発生したと仮定すると、この惑星の3分の1ほどの大地は一瞬で消滅しエグれて大気は吹き飛び、地軸にも多大な影響が出るでしょう。この惑星が生物の住めない惑星となる事を保証できる内容です。さて、もう一つのご質問ですが、当ユニットがデフォルトで保有しているナノマテリアルでのコア外郭完成予想は、総質量1000トンですが、実際には船内亜空間の拡張が開始されることになり、理論上ほぼ無限に内部亜空間を広げる事が出来る様になります。従いまして可及的速やかにナノマテリアルの補充が必要となります。ナノマテリアルの形成を行うには、最初のうちは私が把握分析して亜空間に格納し、船内に設けたナノマテリアル製造プラント(※後にMMMの名で登場)にて一度原子にまで分解した各種マテリアルを分子変換し全ての素材となるナノマテリアルに還元生成致します。理論上どんな物質でも分解再利用が可能ですので、素になる物質はどんな物でも構いません。要らないものを取り込ませて頂き、船体の構築用資材として使用致します。また、構築用資材だけではなく、必要な物質への分子変換も可能ですので、一度ナノマテリアル化して備蓄しておけば、瞬時の構築や補修などにも使えて非常に便利で安心です。ちなみに地球で珍重される貴金属やレアメタルなども生成可能です]
「いや、安心って……それ全然安心出来ないんだけど……」
[否定。マスターはすでに睡眠学習において、基礎的な知識と技術的な能力を学習済みです。今後は、実践的に知識と能力を使用する事で各種レベルが上がって行くと思われます。現在のマスターは、宇宙船の船長としてのスキルが皆無ですのでレベルは0です。能力の習熟度が上り、知識が増せば立派な宇宙船の船長に必ずなれます。頑張って下さい。必要な知識情報や状況の分析、慣れてくれば各種エネルギーやその流量、物質や質量の分析情報も網膜に投影されます。マスターが収集した情報のほか、私が収集整理した情報も本船からのバックアップとして受ける事になります。最適化は、随時進めますが、かなりの情報量となりますのでこちらも頑張って慣れてください]
◆
しばらくすると、電話を掛けに行った母さんから声を掛けられた。
「昴、体に異常が無い様なら食事にするからベッドから起きて来なさい。お父さんも直ぐに帰ってくるって言ってるから先に始めてましょう。あと、確認することが有るからその碧いのも持ってきて頂戴ね♪」
「うん、分かった~。(ハコ、行くぞ)」
(ウッ、これは怒られるんじゃないのか……)
[(肯定。お供いたします、マスター)]
俺たちは、リビングに降りていった。
母さんは、こちらに背を向けて肉を焼いている。
う~、何故か母さんの背中から圧力を感じる。
異様なオーラのような物が立ち上っている様に見えるのは気のせいだろうか……。
不意に母さんから声がかかった。
「まずは、食事にしましょうか。お父さんも直ぐ帰って来るだろうし先に始めちゃいましょ。昴は、この一週間まともに食事してないから消化の良い物からにしなさいね。それでね昴、チョッ~と聞きたい事があるんだけど……その碧いのにも食事が必要なのかしら? 昴なら話が出来るんでしょ?」
「ウッ、母さん、こんな立体パズルが物食べるはず無いじゃないか~、アハハハハ~……」 (不味い! これは絶対に疑ってるぞ)
「ハァ~昴、あなた鏡見て顔洗ってらっしゃい。それでも誤魔化せると思うならだけどね」
「ウェッ!?」 ガタッン、ダダダダー……。
俺は、洗面所に駆け込んで鏡を覗き込んだ。
そこには、すっかり贅肉が落ちてスッキリとした顔でこちらを見つめる俺が居た。
光に透けると碧く輝く少し伸びた黒髪に、黒目の底が銀色に瞬いている瞳の俺の顔があったのだ。
顔の中央にかけてそれなりにあった雀斑も綺麗さっぱり消えている。
「なんじゃ! こりゃ~~?」
俺は、トボトボとリビングに戻りながら、テレパシーでハコに愚痴ってしまった。
「(ハコ~、僕の見た目がずいぶんと変わっちゃってるんだけど、これってばどういう事さ?)」
[(肯定。マスターの外見に差異が見られるのは、今までの不摂生などで体に溜まっていた老廃物や無駄な脂肪、贅肉などがコーディネート用ナノマシンにより消費されたことにより排除され、最適な身体状態になった事で体型及びビジュアルが大きく変化した結果ではないでしょうか。超空間通信用の生体アンテナとして髪の毛も改良された為に蒼黒の見事な御髪に変わりましたね。そして、網膜投影用のナノマシンが光に反応して瞳に反射反応が起きている事ぐらいでしょうか……)]
「ううう~(こんだけ急激に見た目が変わってしまったら、どんな言い訳も出来ないじゃないか……)、ハコに食事は必要ないと思うけど、食べられない訳じゃないと思うよ。そうだよね? ハコ、もうしゃべってもいいから直接答えてあげて……」
昴のお許しが出たからだろう、これまで置物に徹していた『ハコ』がスィーっとテーブルから30cmほど勝手に浮き上がり、ゆる~く回転しながら明滅を繰り返し意思ある物として喋りだした。
ちなみにその外観は、最初の時にレリーフされていた金色の瞳は消え去り、蒼いクリスタルガラスで構成された多面体のオブジェの様である。
[肯定。(逆にお聞きしますが 言い訳をする必要が有るのですか? マスター) 発言をお許し頂きありがとうございます。私は、マスター昴の宇宙船、恒星間万能型移民船の管制自我意識情報体『ハコ』と申します。今後は、お母さまのマスター観察に私も参加させていただきますので、よろしくお指導をお願いいたします。さて、私には食物の摂取は直接必要ありませんが、マスターの摂取する食物に関する情報は大変重要です。私は、クルーの食生活にも責任がありますので、今後船内で生産し消費されるだろう食物情報の蓄積は、蓄積される情報の中でも最優先度の事項となります。可能であれば同じ食物を頂きたいと思います。お許し頂けるでしょうか? マスターのお母さま]
「フゥ~ン、やっぱりあなた喋れたのね。この一週間ず~っと昴の頭の上で置物してたからどうなのかなとは思ってたのよね。『ハコ』って言うんだ……。私は、天河 希美、昴の生物上の母親であり保護者よ。ハッキリ言っちゃうとこの一週間、何度あんたを表に放り出してハンマーで叩き壊してやろうかと思った事かしれないわ……」
ザック、ザック、ザック。 ←肉にナイフを刺す音。
「カッ、母さん、ちょっと落ち着いて……」
(色々心配かけたみたいだしさ~、穏便に済ませかったんだけどな~)
(マスターそこは、正直に事の経緯を説明して、素直に謝罪なさった方が御両親も納得するのでは有りませんか。ここは、私がある程度フォローしますのでマスターも話を合わせてください)
[肯定。マスターのお母さま、そしてお父さま。マスターの生体調整の間、ご両親の献身的なケアを直ぐそばで見せて頂きました。この数日間、大変ご心配をお掛けした事を私からも謝罪させていただきます。此の度、数奇な運命により私は、マスターと巡り合いこうして主従契約を結ぶことになりました。お父さま、お母さまには本当に不本意で納得の行かない事と存じます。ですが、マスター昴の将来、いいえ御家族みんなの未来をより良い物にする為、共に手を取って歩み協力して頂けないでしょうか?]
バタッン……ツカツカツカ……がたん……ドン。
「あらっ、あなた帰って来てたのね。お帰りなさい」
「とっ、父さん、おかえり……」
(うわっ、父さんの顔、真っ青で表情ないし……)
「ああっ、只今。昴、体の方はもう起きても大丈夫なんだな? その……碧いのは、俺がドアの向こうに居るのもわかってたみたいなんだが……一体何なんだ?」
[肯定。お帰りなさいませ、マスターのお父さま。私は、マスター昴の宇宙船・恒星間万能型移民船の管制自我意識情報体『ハコ』と申します。今後共よろしくお願いいたします]
◆
俺は、天河 譲、昴の父親だ。
昴が倒れた時に、これが普通の状態じゃないって事は、なんとなく分かった。
いつも沈着冷静な希美のあんな慌てた様子は、今まで見たことが無かったし、尋常な自体ではない事が犇々と伝わってきた。
仕事人間の希美が、仕事を放り出して俺に縋り付いてきて、直ぐ家に帰ると云い出した時には、いったい何事が起きたのかと不安にもなった。
急ぎ二人で車に飛び乗り朝焼けの山道をタイヤを鳴らしながら下ってゆく。
自宅の庭に飛び込んでまだ止まりきっていない車の助手席のドアを乱暴に押し開け、希美が転げこむ勢いで家に走りこんでみると、リビングには一人息子の昴が無残な格好で白目を剝き倒れていたのだった。
カロリ○メイトを喉につまらせ床にぶちまけたポカリ○エットで溺れていた……。
あれでよく窒息しなかったなと不思議に思ったくらいだ。
昨夜は星を見ていたのだろう、天体望遠鏡も庭に出しっぱなしで庭に面したサッシは全開のままだった。
一体何が起きたのだろう。
この近辺に病院は無いし、どうしたものかと思案した。
これは普通の状況じゃないだろうと思いドクターヘリを呼ぼうと俺が電話を掛けはじめたら、希美がいきなり受話器を引ったくって電話を切っちまいやがった。
どうしたっていうんだ?
何がなんだか分からなかった。
希美は、『私に任せて!』と、必死な様子で俺に訴えている。
しょうがない、昴は希美に任せる事にして俺はフォローに徹する事にしたのだった。
4日ほど経つと昴の熱は、嘘のように下がった。
だが昴の見た目は、倒れる前とは別人のように変わっていたんだ。
たしかに面影は有る。
俺の息子だ、いい男だ……じゃない……イヤイヤ、いい男なんだが。
普段はほとんど運動していないから、最近はコロコロしてきてメタボ小学生予備軍だった昴が、別人のように体が引き締まって顔の雀斑も無くなり、まだ10歳のはずなのに精悍な感じになっていた。
その後も目覚めない昴の面倒を見ながらジリジリとした時間をすごしたのだった。
もう、倒れて一週間が経つ。
この一週間は俺も仕事がろくに手につかず、度々うっかりを繰り返してしまった。
さっき、希美から昴が目を覚ましたとの連絡があった時には飛び上がるほど喜びが湧き上がってきた。
取るものも取りあえず、仕事を放り投げ車を飛ばして帰ってきたんだ。
しかし、リビングのドアに手を掛けて開けようとした時、隙間から見えた光景に俺は固まっちまったんだ。
あのテーブルの上に浮いている碧いのは、いったい何なんだ!
いや、見覚えがある。
いつの間にか昴の枕元に転がっていたのは知っていたが……、最初に見た頃と形が変わってないか?
それにあれ、テーブルの上に浮いてるよな?
今まで聞いた事の無い女の声が聞こえるし……あれが喋ってんのか?
昴の宇宙船って何なんだよ。
希美は、包丁持って般若一歩手前だし、俺はどうしたらいいんだ?
落ち着けー、落ち着けー、俺……。
◆
「みんな揃った事だし、お料理が冷めちゃうから まずは食事にしましょう」
「そうだな、頂こうか」
「うん、頂きます!」
[肯定。頂きます]
「エッ! こいつも飯食うのか?」
[肯定。お父さま、差別はいけません。家族となったからには、一緒に食事を摂る事は、当然の行動かと思われます]
「父さん、一応は摂取した食物情報も宇宙船の食事にフィードバックするらしいから、色々経験させてあげてよ」
[肯定。より良い未来のために情報収集に励みましょう]
「『ハコ』って言ったわね貴方。さっき紹介の時に恒星間万能型移民船って言っていたわよね。その辺をキッチリと説明してもらいましょうか」
[肯定。私は、天の川銀河連合・宙域調査部、いわゆる辺境宙域の調査をしている部署ですが、そこで制式採用(バクーンが勝手に採用した)されました最新型の恒星間万能移民船の自立進化ユニットです。自立進化ユニットとは、使用される人種や種族に合わせて宇宙船を最適な形に建造するシステムです。本船は、特に恒星間万能型とうたっている事からも分かるように、他の星系へ安全にそして迅速に、さらに快適に移動及び調査開発を行える宇宙船として基本設計がなされています。本船の運行に当たりまして、クルーは恒星間航行に支障が無い様に生体調整が施されます。宇宙空間は過酷です。恒星間航行に至っては、長期間の亜光速航行や空間跳躍航法などの影響を鑑みて正式なクルーには、それに耐えられる様に生体調整が実施されるのです。移民船とありますが、移民船に使用出来るという事で移民しなければいけない訳ではありません。あくまでも新天地を見つけてゼロの状態からの文明の再出発を図れるだけのスペックが備わっているという事とお考え下さい。万能型の意味も追々分かって頂けるかと思います]
「『ハコ』はね『バクーン』って言う宇宙人から、食事とお土産のお礼にって貰ったんだけど、まさかこんなに凄い物を置いていったんだね?」
「あんた、あのヌイグルミに何を食べさせたら宇宙船がもらえるのよ、まったく……」
「え~と、確かカップ麺8個におみやげは、しょうゆ・みそ・ソース焼きそばの箱ごと3ケースかな……」
[肯定。監査官『バクーン』は、部署内でも無類の食いしん坊で有名ですので、地球の食事が随分と気に入ったのではないでしょうか。私を置いていったと言うことは、またここに来る気、満々でしょう、きっと!]
「ア~、あれってあの宇宙人が食べたのね。箱ごと無くなってたけど昴が食べたんだと思っていたわよ。そうすると、パントリーに積んであったカップ麺が宇宙船に化けたって訳なのね」
「昴! お前、スッゲー効率のわらしべ長者なんじゃねーの?」
「わらしべ長者って……。アッ、そのお肉こっちにも頂戴!」
「はい昴、あんまり食べ過ぎない様にね。病み上がりなんだしほどほどにしておきなさい。前も体を動かさないで食べる子だったけど、更に食べる様になったんじゃないかしら?」
「良いじゃないか、男はモリモリ食べて、大っきくなんないとな。但し、大きくなるのと太るのは違うからな。たまには、体を動かせよ」
[否定。マスターが今後以前のように太る心配は、絶対に無いと思われます。マスターは、本船で最高レベルの生体調整及び生体強化と延命調整を受けました。ゲノム異常による疾病の排除、対ウイルス体質、毒物等も強制的に体内のナノマシンにより分解浄化されます。宇宙空間での活動対策として放射線対策も万全です。今後は地球人としての最盛期まで体が成長した後、その状態がほぼ永遠に維持されます。さらに、本船完成後にマスターの完全な情報マッピングとシンクロが行われる事で、本船が消滅しない限りマスターの存在をどうこうする事は何者にも出来なくなりますので安心です。その他、正式なクルーや移民船内の乗客は、段階毎の生体調整が実施されますので、病気や肥満のほか身体の欠損等も修復されます。補足しておきますと、これらの生体調整で地球人としての遺伝形質が損なわれる事はありませんのでご安心ください]
「『ハコ』、僕もまだ聞いてない情報が沢山有るみたいなんだけども……
[肯定。マスターは、睡眠学習にて既に習得済みの情報ですが、意識が覚醒してからまだ然程時間が経っていないのでまだ実感がないだけだと思われます。思考を船内クルーに対する生体調整に関する事柄に絞っていただければ、自然と関連情報や必要な知識が湧いてくると言っておきましょう]
「『ハコ』さん、その生体調整は、私達も受けられるのかしら?」 キラン……
[肯定。お母さまは、現在優秀なシステムエンジニアとお聞きしております。電波望遠鏡の解析技師ということは、レーダー手としても大きな期待が持てます。メインクルーとしてマスターと同じ生体調整レベルを保証されるものです。そして、お父さまも光学望遠鏡の技術者であり、天体観測の専門家ですね。宇宙船の航行には無くてはならない専門職種ですので、同じくメインクルーとしての生体調整対象者です]
「メインクルーレベルってどれ位なの? 早く説明しなさい、ハリー!ハリー!ハリー!」
「母さん、チョット落ち着いて……」
[肯定。ご両親はそれぞれ肉体の最盛期である、20歳前御ぐらいの肉体年齢まで若返りが可能です。メインクルーは、船からのパワーライン及びデータラインのフィードバックを受けられ更に延命調整に依ってほとんど不老に近い状態になります。マスターと同じく副頭脳の増設により情報処理系と通信系の強化が施されます。クルーには、段階的に生体調整のレベルは変わってゆきますが最低でも恒星間航行に支障のない乗客と同じレベルが最低限となります。それ以外ですと、生体調整というよりは、短期的なアンチエイジングや部分的な身体の欠損の修復、ゲノム異常による疾患の治療などが該当しますがこれだけでも寿命が倍ほどには伸びると思います]
「あんた、どんだけオーバーテクノロジーなのよ。でも、私は若さを取り戻すわよ~~。サヨナラ・アラフォー。こんにちは20代」
盛り上がった母さんのテンションに唖然とする父さんをよそに、黙々と食事を続ける俺と『ハコ』がそこにはいた。
ちなみに『ハコ』は、流暢に解説を入れながらでも食事ができるらしく、その時に出されていた料理のほかにも、調味料やデザートに菓子類などを尽く制覇していった。
そして翌日、うちの両親は溜まりに溜まっていた有給を使い、一ヶ月の長期休暇をもぎ取ってきた。
職場の天文観測所としても、二人同時に長期に渡って休まれるのは非常に困るらしく、ヘルプの人員が手配出来るまで一週間は、これまでに無いデスマーチ状態だったと、所長の長谷川さんが泣いていた。
この一週間のデスマーチの間、俺と『ハコ』も遊んでいた訳ではなく、自宅のワークステーションとサーバをハコが使えるようにするための接続ユニットをナノ造成したり、俺の生体調整情報を参考にして、大人用の生体調整用調整ポッドを二人分用意したりと、色々と能力の実証を行ったのだった。
俺は、丁度夏休みに入ったばかりで寝込んだので両親の生体調整に付きっ切りで立ち会った。
子供だった俺の体の生体調整には4日間と必要な情報の睡眠学習に3日間ですんだが、父さん達大人は、生体調整には14日間を必要とした。更に睡眠学習にも10日を費やす事になったのだった。
調整ポッドから出てきた両親の見かけは、髪と目の色は俺とほぼ一緒だったが20歳ぐらいの頃にまで若くなっており、親子と言うより歳の離れた兄弟の様だった。
実際、悪い部分が綺麗に無くなっているので、大学生の時には目の下に隈があって常時疲れた様だった頃よりもずっと若々しく見えたのは、俺の目の錯覚では無いと思う。
目が醒めてからの母さんは、それはもう凄いハイテンションで、着る物が無いからと洋服や小物を買い漁ったり、化粧品やメイク用品の変更などで有給の残り一週間はアッという間に消えていったのだった。
この間、父さんは通帳とにらめっこしながら母さんの荷物持ちに徹するのだった。
◆
少し時間は遡る……。
母さんの暴走が始まった日から、デスマーチの一週間の事である。
デスマーチが始まったのは、天体観測所だけではなかったのだ。
俺はまず、『ハコ』から要望のあった情報収集用接続ユニットの構築に取り掛かった。
『ハコ』のコミュニケーションユニット(形が変わる)がすっぽりと収まる形の非接触コネクターを作る所から始めた。
材料は、『ハコ』から提供されたナノマテリアル。
船体建造用の素材だけど僕の能力でどんな物質や形にでも自由に変える事が出来る優れモノで、自分で思った通りの物を創る事が可能だ!
ここで自分に備わった力の使い方を習いながら、試しに色々な物を作ってみた。
『ハコ』からの情報支援を受けながら非接触コネクターの部品を一つずつ構築していく。
俺の手のひらの星型のアザは、聖痕というらしく俺だけに使えるパワーアンプのような器官らしい。
俺の意思によって星型に集積したナノマシン群から各種波長のマイクロウエーブを発信し、ナノマテリアルを自由自在にコントロールして好きな形に変形させたり、必要な各種材質に変性させて色々な物を成形することが可能だ。
『ハコ』が次の段階に移行するまで、あと12日。
今のうちにこれらのチート能力で実現可能な事を検証して、親が居ない間にも色々とやってみないといけないだろう。
非接触コネクターとワークステーションの強化ユニットはあっさりと完成した。
そして、調子に乗って殺ってしまいました……、テヘッ♪。
うちのワークステーションは、アックルのPowerーBC1000の2ギガヘルツCPUをデュアルプロセッサーにして特注した物で最新式だ。
サーバは、ヨンテルのPendulum4の2ギガヘルツCPUをこちらもデュアルプロセッサーにした代物である。
これ、かなりのお値打ち品で個人で使ってる人はそういないっていう一品である。
母さん、張り込んだよな~……って、ほとんど俺が使ってるんだけどね。
俺は、早速『ハコ』からの情報支援を受けながらCPUコアに直接手を入れてしまったんだ。
まずそれぞれのCPUの集積度と構成を弄って、大きさはそのままにシングルコアだったCPUコアをクアッドコアに改造したのだ。
これでクアッドコアのデュアルプロセッサー仕立て(オクタコア相当)の出来上がりとは行かず……。
肝心のCPUコントローラーとマザーボードも複数コア対応に改造してっと、更についでだからベースクロックもアップさせてみた。
さて、スイッチONと同時に唸りを上げる電源ファンとCPUクーラー……そして、ボゥ~ン!っと電源とCPUからは盛大に上がる煙と炎……、火を吹いたワークステーションは灰となって敢えなく昇天したのだった。
ワオ~ゥ!、燃えちゃった~よ~……、ア~ハハハ~~♪、ハァ~……。
母さんになんて言い訳しよう。
[否定。マスターが手を入れた情報端末ですが、元の構成素材がスペックに耐えられなかったようですね。電気抵抗が激しすぎてメルトダウンを起こしてしまったようです。今後の課題となりますが熱が発生するということは、そこに無駄が多すぎて余剰エネルギーが熱に変換されているということです。そのままの素材で構成するのであれば強力な排熱システムが必要になると考えられます。しかし、無駄の極致だと断言しておきましょう]
結局のところ、ワークステーションもサーバもハコ謹製のブラックボックスを燃える前そっくりのケースに入れてエミュレートさせる事になった。
……なったんだけど、これエミュレーターなんだよね?
何ナノこのとんでもないオーバースペック!?。
熱も出なければ音もしない……音がしないって事は無駄な振動も出て無いって事だよね。
消費電力を測ってみたら乾電池並みだし……。
それなのに、これどこのスーパーコンピューターって処理速度と情報容量……ウ~ン。
そう、完成したワークステーションとサーバの強化ユニットは、見かけだけは元のワークステーションとサーバだかど、中身は俺がナノ造成した謎宇宙産の電子頭脳であるところのオーバーテクノロジーの塊だった。
[肯定。こんな物は出来て当たり前の児戯の様なものです。マスターも直ぐに片手間に作れるようになりますよ。私の見たところ、マスターはマイスターとしての素質がとても豊かです。では、次のステップに進みましょう♪]
次に俺は、『ハコ』の指導で大人サイズのナノマシン生体調整用ポッドを2基造成する事になった。
こちらは、完全にハコ監修の技術だけど、俺の生体調整データを元にして地球人用に最適化した一品だ。
母さんと父さんは観測所でデスマーチの後、揃ってこの調整ポッドに入ったのだった。
そして、この調整ポッドがまたチートだったのだ。
ハコの管理の元で、なんと完全看護・介護フリーですよ、奥さん!。
俺は、コーディネイトが完了するまで横でただ見ている事しか出来なかった。
そう、結局俺は、全てが終わるまでポッドのそばから離れる事も出来ず、終始二人を眺めて過ごしたのだった。
両親が生体調整を受けていた期間、俺はずっと2つの調整ポッドの間に入り込み寝袋で寝ていたのだ。
昼間は、ポッドの見える所で色んなオーパーツを造成し、夜は二人の眠るポッドの間で過ごす。
両親が生体調整を終えてポッドから出た時、素知らぬ顔で迎えたのだが、ハコが俺の暮らしぶりを二人に全部バラしやがった。
俺は、暫くの間二人に揉みくちゃにされてその日は一日、親子三人でずっと引っ付いていたのだった♪。
何故かハコも俺の腕の中で一緒に揉みくちゃにされていた。
キャ~♪キャ~♪と一緒に転げ回り嬉しそうだったのは、俺の気の所為じゃないと思う。
今年の夏休みももうすぐ終わる。
今年の夏休みは、すご~く濃厚で記憶に残る、とっても素敵な夏だった。
あっ、宿題をまだやってなかった……まっ良いか!。
※ モレキュール・マテリアル・マシン(MMM)
:原子まで分解したマテリアルを分子変換し操作可能な素材として還元するマシン。