5-2-05 遭難14日目
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某銀河の自称同盟軍(反乱軍)旗艦艦橋。
『准将。この状況は、記録しているかね? 細大漏らさずに記録して持ち帰れるよう艦隊が何時でも逃げ出せる体制を取らせておいてくれたまえ。いざとなったら艦隊がバラバラに成ってもいい、一隻になってでもこの情報を持ち帰えらせるんだ……』
『了解いたしました、提督』
『……しっかし酷いもんだな。想定外だぞこんな事は。いったいどこの勢力の宇宙船なんだ、あれは……』
『同感です。いったい何なんでしょうね、あの球形の宇宙船は? 帝国軍が一斉に群がってますけど、ハエか蚊の様にあしらわれてますよ』
『あの様子からすると気にもしてないって感じだな。それで、観測班から届いたこのデータに間違いは無いんだな?』
『はい、あの球体からは一切攻撃らしい攻撃はされていないようです。帝国艦隊は、全て自らの攻撃によって行動不能に陥っているようなものです』
『未だに未確認船から攻撃する意思は見られませんが、このままでは帝国軍はたかが一隻の宇宙船を相手に、自滅することになります』
『今回、相手にもされてないのを幸いに捉えたほうが良いんだろうが……新たな未知の脅威が存在するって事を肝に命じなくてはならなくなったと言うことだな』
『提督は、あれが敵になるとお考えですか?』
『何事も最悪を考えて備えろって事だよ。最悪、敵対関係にさえならなければ私は良いと思っている。あんな化け物とはやり合いたくはないからね。私は、ゴメンこうむるね!』
その場に居る者たちもみんな同じ考えだったらしく、激しく首を縦に振って眼の前で起きていることから視線を外せずに居るのだった。
現在、眼の前で繰り広げられている状況があまりに異次元過ぎてまともな会話にもなっていないのだが、誰も気が動転しており気がついてすらいない。
実際に直に見ていても信じられるような物ではなく、この事実がいくら客観的な報告があったとしても普通に報告を聞いたら冗談か笑い話だと思うだろう。
目の前では、さっきまで敵対していた数千隻の戦闘艦艇がことごとく行動不能に陥っているのだから仕方のない状況ではある、夢か幻の様に感じているだろう。
もしも、今こちらから帝国艦隊を攻撃すれば一隻残さず殲滅も可能だろう。
しかし、この異様過ぎる状況にその判断も出来ずにいたのだった。
下手にしゃしゃり出ていって、もしもこちらにあの未確認艦の矛先が向けられた場合、同盟艦隊が帝国艦隊の二の舞いにすらなりかねないと考えての事だった。
出来る事ならば、こんな所からはサッサと逃げ出したいところではあるのだが、僅か一隻で数千隻の帝国艦隊を羽虫のようにあしらった未確認飛行物体をこのまま放置していて良いはずがないのだ。
出来れば穏便に接触できないものだろうかと、その機会を伺っていた。
かたや帝国艦隊旗艦の艦橋では……。
「……まさかそんな、我々の艦隊が一隻相手に全滅だと?」
司令官席からズレ落ちるような格好になっている帝国艦隊司令官は、その余りに酷い状況に目眩を覚えていた。
側では、二人の副官が矢継ぎ早に状況報告を行っている。
「司令官殿。未確認艦の形状は、直径およそ1000mの球型艦であります。我が方は、まだ全滅ではありませんが、既にほとんどの艦艇が何らかの損傷を受けて行動不能の状態にあります。幸いなことに今のところ撃沈艦は皆無、全てが小破から中破レベルです」
「現在、損傷艦艇の選別に入っております。幸いな事に先の未確認飛行物体及び後方に居座っている反乱軍艦隊からの攻撃は、未だ行われておりません」
「反乱軍め、後方で高みの見物とはいい御身分だな……畜生め!」
「司令官殿。速やかなる撤退を進言いたします」
「撤退!? この体たらくでどうやって帰れっていうんだ? 反乱軍に救助を求めるのか?」
「最悪……それも仕方がない事かと。現在応急処置は出来ても、ちゃんとした修理には数週間は必要です。まともな艦隊行動は、無理でしょう」
「現在、応急修理で帰還に耐えられる船を洗い出しておりますが、まずは今も攻撃を続けているあの貴族艦隊を黙らせるのが最善ではないでしょうか」
これだけの損害を出している帝国軍だったが、未だに攻撃を止めずに命令を無視し砲撃を繰り返し、自軍の艦隊に損害を与えている者達が存在した。
そうだ、先走った貴族艦隊の面々である。
どうも恐慌状態に陥っているらしく、こちらからの指揮命令等を全く受け付けない状態がいまだに続いているのだった。
「誰かあの馬鹿どもを何とか黙らせる事は出来ないのか……こちらの被害が増えるばかりなんだぞ」
「司令官殿……撃ってしまっても良ろしいでしょうか?」
「……かまわんから撃て! 責任は、俺が取る」
この後、味方残存艦からの集中砲火を浴びてそれまで執拗に攻撃を続けていた貴族艦艇は、物言わぬ残骸となった。文字通り沈黙することになったのである。
そしてこの時に撃沈された戦列艦が今回の戦闘での初めての撃沈判定となった。
これまでの様子を後ろで眺めていた同盟軍からは同情するような通信が入っており、司令官がプッツン切れて医務室に運ばれるというエピソードがあったらしい。
そして、それまでが嘘のように戦場は静かになったのだった。
◆
「やっと静かになったみたいだね。丸一日追いかけ回されたわけだけどこちらに損傷は無いよね。先方からは何か言ってきてるの?」
[肯定。こちらに損傷は有りません。色々と貴重な情報収集が出来て私は満足です。周囲の帝国軍及び後方の同盟軍から絶えず交渉を求める通信がきております。当初の方針通り無視しておりますがいかがいたしますか?]
「関わると面倒だろうな~、今更挨拶ってのも変だよね? されても迷惑だろうから俺達は、さっさとお暇する事にしようか」
[肯定。位相空間へ転移ののち亜空間航行で目標の銀河中心部に向かいます]
昴達は、大騒ぎをして自滅した艦隊を置き去りにして幻の様に亜空間に消えていったのであった。
母さんの出産予定日まで、残り後35日。




