5-1-10 遭難9日目
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さて、こうしてやっと動き出した宇宙船DSPAⅢだが、まだこの船も生まれたてである。
如何にハコ達が居てトラブルに即応できるにしても、ある程度の試験と完熟航行は、どうしても必要になる。
即応体制を取れると言うことは、そういったデータが有って初めて効力を発揮できるのであって、何の準備も無しに本番に突入するのとは意味が違ってくるのだ。
よく『こんな事も有ろうかと……』と言って謎のアイテムを引っ張り出すワードが有るが実際にあんな事をやっていたら、命のスペアーがいくつあっても足りる物じゃ無い。
命の掛かった案件なら尚更、いきなりの本番は無謀と言わざるを得ないのである。
それじゃ普段はどうしているのかと言うと、新アイテムや船舶の完成と同時にシスターズが酷使し乗り回して粗探しをするのだ。
今回そういった時間も余裕も取れていないので、俺達全員ですべてを同時進行させる事になる。
どう考えてもこのまま行き当たりばったりのままで、デス・ストリームに挑む事になるのは流石に恐ろしいし、やっぱり駄目だろう。
「今のうちに、補助エンジンの小型次元転換炉4基の試験を行うよ。サブは用意したけど火を入れて試験してる余裕も無かったからね。ハコは、外殻のトランスフォーム機構の試験をしながら完熟航行を続けて……」
[肯定。外装の稼働試験開始します。タイゲタは火器、ケラエノは各種センサー、メローペはダメコン用ドロイドの動作確認を行いなさい。各システムの干渉する部分の洗い出しを入念に……]
[[[はい、お母様]]]
「アルキオネは、俺の助手をお願い」
[了解しました]
「銀河達は今のうちに観測機器の取り扱いに馴れてね
DSPAⅢの試運転が始まった。
船は動き出したが、実は現在も我々は位相空間に潜伏中である。
周囲には、何処からこれだけ集まって来たのかと云うような巨大生物がウヨウヨと徘徊している。
最初の頃にチラッと見かけた宇宙船らしき物体も、今は姿を消していた。
だいたいその理由も想像が付く……この巨大生物達(コズミックドラゴンも裸足で逃げ出しそうな異型の奴等)が、ワラワラと集まってきたからだろう。
どうも重力波振動を好むらしく、僅かでも力場等のゆらぎを感知すると途端に寄せ集まってくるのである。
したがって、漂流当初周囲に射出しておいた観測用の自律航行型プローブ等は、全てコイツラに食われてしまった。
この調子では自律航行出来る存在は、よほど巨大な存在でないと餌にしかならないだろうと思う。
今は、原始的な小さな風船にパッシブセンサーを貼り付けた物を周囲に流しながら、ゆっくりと離脱しているところである。
これでも食い付いてくるようならば、ある程度範囲外までの距離をジャンプして煙に巻くしかないと思われる。
コイツラが何を目的に集まっており、俺達の何に引かれているのか……おそらく餌として捕食するためだろう事ぐらいは想像ができるが対策するにも情報が少なすぎる。
接触した場合、意思の疎通が出来る存在であるのか。
又、攻撃された場合撃退出来るのか、逃走する事はできるのか、それらを判断するにしても情報があまりにも少ないのだった。
余裕があれば腰を据えて調査活動と行きたいところだが、今はそんな事を言ってもいられない。
早いところDSPAⅢの試験データから帰還する為のエネルギー量と航海計画を作成しなければならない。
まだ何時になったら帰れるのか答えは出ていないのだから……。
その後、DSPAⅢはゆっくりと位相差ステルス状態で移動を開始した。
ところが、俺達の跡を着いてくる個体が複数存在したのである。
その数は、けっして多くはないのだが何を目標にして着いてきているのか皆目見当が付かない。
「俺達って何か良い匂いでも出してるって事?」
[肯定。おそらく高エネルギー反応を辿っているのではないでしょうか。我々は、位相空間に隠れてはいますが、根本的にこの船の保有する潜在エネルギー量は膨大です。何も無いところに灯りが点っているように見えているのではないでしょうか]
「うーん、確かめる方法は有るけどそれをすると、隠れていることも出来なくなるよね?」
[肯定。全動力炉を止めても非常用のバッテリーが可成りのエネルギーを保有しています。亜空間コンデンサーとの接続等のこともありますので、この環境下で一度に全ての動力炉の火を落とすことは事実上不可能です。安全なドック内か惑星上ででもないと無理ですね]
「こんな落とし穴があったとは……。これは、奴等との鬼ごっこを覚悟で逃げ出すしかなさそうだね]
[肯定。これまでの観察から分かるところでは、奴等はこの宙域の汎ゆる物質を捕食しています、可成りの悪食です。そして、我々がばら撒いた数千の観測用ポッドが甚く気に入った御様子ですね。飲み込んで体内で弾けたときの様子を観測しましたが、身震いして喜んでいる様にしか見えませんでした。ちなみに自壊時の衝撃は、およそ100メガトンの水爆に匹敵します]
「ふむ、それって嫌がらせだよね?」
[肯定。当然、手痛いしっぺ返しの筈が喜ばせてしまった様です。今後は、奴等を悪食Mと仮称いたします]
「そのココロは?」
[その物ズバリMです]
「ヤッチマッタナ~……」
[否定できませんね……ペットとして飼いますか?]
「無理! さっさと逃げだそう」
[肯定。ノーマルの亜空間航行では追ってくる可能性があります。ここは冒険をする事にしましょう。シンクロ開始、量子跳躍に移行します]
「えっ、いきなり!?」
[肯定。跳びます!]
「「「「「「「「キャー♪」」」」」」」」
そして群がる怪物達を置き去りにした俺達は、誰も知る事の無い虚空に消えたのだった。
母さんの出産予定日まで、残り後40日。
次回、新章突入です。




