5-1-04 遭難3日目
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俺が一人呆けて苦悩に沈んでいる間にも、情報の山は積み上がってゆく。
解析は、ハコ達がいつも通りにやってくれている。
嫁達は、長丁場を考慮して出来るだけストレスフリーな環境づくりに専念するようだ。
説明していなかったが、今回ハコが装備していた外殻艦は、機動工作艦(1km)である、普段着と言っても良い。
結婚式当日は、情報指揮型艦隊旗艦(3km)を着込んでいたが地球人類に対する示威行為の意味合いが強かった。
プライベート、少数で旅行に行くなら、一番着慣れた普段着が良いだろうと機動工作艦と相成ったわけである。
そして、幸いなことに俺とハコがフルシンクロして一番実績が有るのもこの外殻艦である事だった。
運が良かったのだ。
それで俺は、今何をしているのかというと……相も変わらず工房に籠もってウジウジしている。
無意識にでも何か弄っていないと落ち着かなかったのだ。
「ハァ~、少し落ち着いてきた。この後はどうしたもんかね~。こうしてみんな集まって来たところを見ると考えている事は一緒なのかな? どう思う、みんな」
「難しいことは分かんないけど帰れる道の算段はついたんでしょ? 昴のしたい様にすれば良いよ」
「然り、妾が思うに主様は色々と気にしすぎでは無いのかのう。我等風情が多少チョロチョロ動いたところで如何ほどもこの世は変わりはしないのではないかのう? さりとてこの宇宙に銀河がどれほど存在するか主様ならよく知っておろう……たしか我等が確認出来るだけでも2兆個を越えておるはずじゃ……たかが中規模銀河の辺境種族の一個人戦力、それも一隻の宇宙船が飛び回ったところでどうなるものでも無かろう。それでどうこうなる様な代物なら、今頃こうして存在などしておらんよ」
「そうです、旦那様の行動がもしも何かの切っ掛けになったとしても、それは蝶が羽ばたくような物です。その可能性は無限に存在するはずです」
「失敗したら、とりあえず謝っとけば?」
「双葉は軽いのう、しかし其のくらいの気持ちで良いのではないかのう? みなもそう思うじゃろう」
「『下手の考え休むに似たり』とも言うしさ、ここは行動有るのみだよ」
[肯定。やらなければ何も始まりません。みな、こう言っています。マスターは何を迷っておいでですか?]
「……アァ~もう、分かったよ。みんなで太陽系に帰ろう」
方針は、決定した。
俺達は、何が何でも故郷に帰る。
使えるものは何でも使う、それがたとえ創造主であったとしても。
そしてその結果、何が起ころうともみんな一蓮托生だ。
たとえこの宇宙が消えて無くなることになったとしても、その時はどうせみんな一緒だろう。
ここまで考えて心配するだけ無駄なような気がしてきた……。
兎に角、無事に帰る努力がどの様な結果に終わっても、俺達は後悔しないことにしたのだった。
[現在我々の存在する座標は、周囲に見たこともない銀河の存在する見知らぬ宇宙空間です。マスターも御存知の通り、この宇宙では物体の間隔が145億光年以上離れた場合、宇宙の膨張するスピードが光の速度を上回ってしまうことから、光学や電波等の観測は事実上不可能となります。今も我々は故郷から光速以上のスピードで離れているわけですが、一昨日弾き出した相対座標からおよそ347億1800万光年の距離が予測されます。今後、宇宙の中心を絶対座標としてAZと呼称致します]
例の亜空間流だけど、何と呼べばいいだろうか。
アザトースの血管に相当する物だと仮定して、それに因んだ名称を当てようかと思っている。
こういう事って結構大事だったりするんだよね。
血管の直訳だとブラッド・ヴェスルだけどピンとこないよね。
血流だとブラッドフロウかブラッドストリーム……ストリーム……。
亜空間は、ラテン語ならスブルスパティウム、英語ならサブスペース……これも違うな~。
流れる亜空間は、フローイングサブスペース……これじゃない感満載だ。
サブスペース・ストリーム……激流ならラピッドかな、う~んそのまんまだな……何かしっくり来る名称はないものだろうか……。
あれこれと余計な事を考えながら、重要なポイントをまとめてゆく。
まず、この亜空間の激流と言うか潮流は、一方通行だということ。
この辺も、人の血管と似ている。
外に向かっている流れと中心に向かう物とに分かれている。
当然枝分かれして細くなる物も有れば合流して太くなる物もある。
それら結節点では、流れや勢いが変わるかと言うとそんな事はなく、ほぼ一定である事だった。
物理空間では、宇宙の膨張によって中心から3分の1を過ぎると外周に向かうに従ってそのスピードは光速を超えてしまう。
外周から中心に光速で飛んだとしても、膨張のスピードのほうが早いのである。
従って宇宙空間の膨張のスピードより速くなければ、外周域から中央方面へはいつまで経っても移動できないのである。
これは、空間そのものが膨張している事を意味するので、通常光速航行に使用している亜空間も同様に膨張していることを意味するのだ。
どれだけスケールが大きいのか……想像を絶する距離感であるのだった。
しかし、アザトースの血流に乗ることが出来れば、これらの空間的スピードの弊害をキャンセル出来るのである。
物理学でスピードの基準は、光速である。
しかし、光速より速いのが先に説明した宇宙の膨張速度だ。
そして、更に早いのがビッグバン時に引き起こされたインフレ-ションの原子重力波の速度だと言われている。(一説には、光速の10の22乗倍)
そして、それらを引っ括めても、一番早いのが量子もつれに依る量子間の相関の関係を利用した情報伝達であるわけだ。
量子もつれがなぜ速いのか……それは相関する量子間には距離の遠近が当てはまらないからである。
どんなに離れていても一瞬で反応するという性質を持つ量子の振る舞いは謎に包まれているが、これを使えないわけではない。
実際に、俺は量子ジャンプを成功させている。
しかし、ジャンプと呼称される通り跳んだ先を観測するか最低でもマーカーに相当するものが必要である。
情報を飛ばすだけならばそれほど膨大なエネルギーは必要としないが、質量を送ろうと思えば当然分解と再構築が必要となるのだから当たり前である。
これには、想像を絶する膨大なエネルギーが必要となるのだ。
量子もつれを利用すれば、2点間の距離が関係ないという所を利用した通信機が作れるのではないだろうか。
誰でも思いつくアイディアではある。
だが、今までの空間スケールでは超空間通信で事足りていた。
近傍の銀河間……20万光年程度であればノイズは多少有ってもタイムラグのほとんど無いクリアな通信が出来ていた。
是迄は、使用するに必要十分な性能が有った事で、それ以上の物を欲しなかったのである。
しかし、今回は話が違った。
流石に億光年単位で距離が離れてしまうと、超空間通信機をもってしてもノイズも入ってこない有様である。
まさかこんな急に必要に成るとは、欠片も思ってもいなかったのだ。
これから俺達が挑むのは、そういう気の遠くなるような遠距離に挑む挑戦だ。
準備の段階で用意して置くに越したことは無いだろう。
情報は集まってきたが、まだまだ準備が足りていない。
母さんの出産予定日まで、残り後46日。




