4-4-20 地球での後始末1
あけましておめでとうございます。
結局1ケ月ぶりの更新となってしまいましたが今年もよろしくお願いいたします。
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俺は、テントを背に小さな焚き火を前にして頭上の星空を見上げている。
テントの後ろには久しぶりに引っ張り出してきた望遠鏡が一つ。
周囲には、邪魔をする者は存在しない。
厳重に警備されているこの敷地内には、お邪魔虫の一匹たりとも入り込む隙は無いからだ。
俺の無駄に高性能になった目には、見上げた夜空から読み取れる各種情報が勝手に入ってくるが今はその情報を制限して星の瞬きだけが写し出されている。
こうやって1人のんびりするのは、何時ぶりだろう……。
8年前の今日、バクーンとの遭遇から俺の人生は予想もできない方向に加速を続けている。
これで良かったのかと何度も思い返しては来たが今更元には戻れないし戻す気ももう既に無い。
この手で出来ることも無数に増えたし、一声掛ければ大概のことはどうにでも成る。
それでも想いの全てを手にすることは出来ていないのが現状だ。
善かれと思って救いの手を差し伸べた事も、只の偽善でしか無いことは分かっている。
この宇宙は、どこまでも広大で果てが無く生命体には非情な世界だ。
138億2千万年前のビッグバンから始まったなんて言われてはいるが、そんなのは地球の科学者が稚拙な観測データから弾き出した想像の産物でしかない。
更に古い銀河や多数の空間が無限に存在するのだから……。
たかが一種族の頑張りなどその広さと時間からすれば、ほんの一瞬の星の煌めきにも似た所業だ。
それでも俺の目の届く場所ぐらいは、出来る限り平穏が続く様にしたいと思っている。
そんなことをボーッと考えながら星を見上げる。
パチッと時折爆ぜる薪の音を聞きながら……。
今見ているこの星の光は、いったい何万年前の姿だろうか……。
◆
焚き火の向こう、何もなかった空間に確かな存在感を伴って現れた者達が居る。
90度に頭を下げた状態のアルキオネと片膝をついたガブリエールだ。
[お寛ぎのところを失礼いたします。ご指示の有りました太陽系内の完全精密探査が完了いたしました]
「ご苦労さま。それで結果は?」
『ご報告は私から……、実際のところ今回の探査には難儀いたしました。オールドワンを始め各種の旧支配者が封印され眠るこの星には、対象の邪神眷属が隠れようと思えばいくらでも隠れられるだろう空間の歪みが多数確認されています。マスター昴はご存知だったのでしょう?』
「うん、一族の過去の記憶の中にこの地球を人が住めるようにするために彼ら旧支配者を異空間に封印した経緯も記録されていたからね。異物の一斉探査をするなら今の俺が地球に居るとき、このタイミングを逃すことは出来ないだろうと思ったんだ」
『謎が解けました。綻びかけていた封印が活性化して強固になっていたのはそれが理由なのですね。異物の探査活動は、どうしても封印されている旧支配者達を刺激してしまうことにもなりますからね……』
「一応はそれぞれ封印の番人が居るみたいだけど、完全に解き放たれてしまったら厄介な事にかわりはないからね。それに番人はこちらを余り良くは思っていないみたいだしね」
[それはどうしてでしょう? マスターに何か落ち度があった訳でも無いでしょうに]
「今更、のこのこと現れて元凶を始末してゆくならまだしも、そのまんま封印を継続されたんだから文句の一つも言いたくなるのは仕方がないさ……結局のところ、番人達もお役目からは開放されないって事だし……多少は恨まれてもしょうがないんじゃないかな。チョッと迷惑なのは、番人の中に俺を祭り上げようとしてる輩が居たりする事くらいだね」
『お役目が続くからと恨まれるのですか? 我々でしたなら仕事を取り上げられる事こそ恨まれると思うのですが、変わっているのですね』
「今どきの地球人は、古い事に拘束されるより新しい事に意義を求める方が多数派だからね。”温故知新”なんて言葉もあるけど今更だし、押し付けてる立場だしナントモね~」
[それを言ったらマスターも押し付けられた口では無いですか。何者にも文句を言われる筋合いはありません、いいえ言わせませんわ!]
「まあまあ、……それじゃ話を戻すとしようか」
『調査の結果からお知らせ致します。まず、邪神の陽性反応については相変わらず確認できませんでした。ですがあらゆる痕跡等を辿ったところ複数の未発芽状態の胞子が確認されました。エリア51に邪神が侵食を始めてから数十年が経っています。関わった人間も多数にのぼります。そして少なからず我々の近くのも存在しました。こちらをご覧ください』
ガブリエールは、空間投影された情報を指して説明を再開したのだった。
潜伏している邪神の胞子は、万に届くほど発見された。
そして、同時に邪神の胞子を駆逐しているマクロファージを発見することになる。
これがどういう意味を持つのかご理解頂けるだろうか。
そう、邪神の浸食に対する免疫抗体が地球では自然発生していたのである。
『調査の結果、既に抗体を持った個体が数百人確認されています。イヤハヤ、地球では驚くことばかりです』
「まあ、伊達にここがウンサンギガの生体実験場じゃ無かったって事だよね。さっきも話に出たけど旧支配者が多数封印されているのも何か理由が有るのかも知れない……。兎に角我々にとってあかるいニュースだね。これで対抗策が格段に取りやすくなるよ」
[現在、対邪神部隊へのスカウト並びに検体などの協力を密かに進めております]
「十分安全には気をつけてね」
[その辺は、抜かりなく……]
『それにしても驚きです。わずか数十年という短い期間でアレに対する抗体を生み出してしまうとわ……普通では到底考えられません』
「それぐらいしないと此処では種としての生き残り競争に勝ち続けるなんて出来なかったって事さ。そう、蠱毒って言葉があるけど正にそれだよね」
『蠱毒とはまた……何の為にその様な事が行われていたのか不思議で成りません』
「結構つまらない理由なんじゃないのかな? 誰がいつ頃から始めたのかは定かじゃ無いけれど、実験室の試験管やシャーレとそう扱いは変わらないと思うんだよね。人類をはじめ地球に存在する命は、創られた物だったって言うのは定説みたいだし……今更だよね」
[マスターはご存じなのでは無いのですか? 唯一ウンサンギガ全ての記憶を継承した今ならば……]
「それこそ今更だよ。そんなの掘り起こしたところで何にもならないさ。誰も得しないだろうし、トラウマものだよ」
『トラウマとな……ほほう~』
「……」
『ウフフフ。これは、不用意に踏み込むのは鬼門ということですな。分かりました、この話は此処までと致しましょう』
「そうして置いてくれると気が休まるよ。アルキオネも良いよね」
[マスターの思し召しのままに……]
実は、アルキオネの言っていた事も少なからず核心に近づいて来ているのだが、その核心の部分がほとんど分かっていないと言って良い。
誰が生命の種をこの宇宙にバラ撒いたのかは未だ定かではないが、その後の進化の過程があまりにも似通っているところをから共通の種に行き着くのではないだろうかという仮説が成り立つのである。
この仮説は、生命の根幹といった部分に手を掛けた者には、永遠の課題であるのだから。
我々は、何処から来て何処へ向かうのだろうか?
そして何故に旧支配者達は、こんな所で惰眠をむさぼっているのか。
その訳は、自分達にとって此処がとても都合が良い場所だからだろう。
そして、そんな都合の良い居場所を提供したのが、封印とは名ばかりの寝心地の良いベッドを提供したご先祖様達だったという落ちであるのだが、これは黙っていた方が波風は立たないだろうと思う。
この宇宙の中でも生物の頂点である彼等、邪神と称される生命体である旧支配者達を表すとすれば、個にして全の存在であると言えるだろう。
同じ個体は既に存在せず、種族として最後に生き残った個体が彼等であるのだ。
旧支配者達は、はっきり言ってそれぞれの仲が良い訳では無い。
だから通常ならこんなに狭い所に複数が存在する筈の無い存在達であるのだ。
ところが実際にはどうだろう。
太陽系という小さな惑星系に複数が半覚醒状態で存在し、思い出した様に悪さをし、時たま気まぐれに加護と言ったら笑ってしまう程度の力を下位の生命体に貸し与えたりしている。
力その物には、善悪の区別は無いがそれを使う存在の在り方は千差万別だ。
彼等は、パスの繋がった邪神信者達の一喜一憂をまどろみの中から垣間見てはそれを楽しんでいるのだろう。
生かさず殺さずとは良く言った物だ。
彼等からしたら、人類は蟻やカブトムシのような存在なのかも知れない。
地上で勝手に暴れられても困る怪物達だが、当時は完全に滅ぼせない以上どこかで折り合いを付けなければ成らなかったと言う事なのだろうと思う。
ちなみに今ならば滅ぼすことはそう難しくはない、少々面倒なのでやらないだけであるのは秘密だ。
現時点ではデメリットのほうが大きいとだけ言っておこう。
結果、封印とは言っているが温和しく行動を制限して眠って貰っているのである。
こんな事、大っぴらに出来るはずが無いじゃ無いか!
兎に角、制御できている存在としてカウントできる内は、問題は無いだろう。
外から来てこちらで制御ができないイレギュラーには、俺達が此処を離れる前に全て消えて貰うしかない。
後顧の憂いは少ないに超したことはないのだ。
その後の事は、残った者達に丸投げになるだろうけれどそれぐらいは勘弁して貰おうと思う。




