1-2-10 ヒュアデス…混迷を深めるUSA 21/5/9
20210509 加筆修正
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その頃、ペンタゴンは混迷を極めていた。
確かに、最近のコンピューターの進歩という物は、凄まじいと感じている者が殆どだろう。
そして、これらコンピューターの進歩に依って、今までの情報の在り方という物をガラリと変えてしまった事も事実である。
アメリカ合衆国が世界戦略として拡散させたデジタル通信網・インターネットは、アッと言う間に情報伝達の主流となり、データ通信と言う物を加速させる事になった。
インターネットは、誰がどんなデータを相手と何時通信したのかログを調べれば解るシステムである。
最初から詳しいログ情報が、全てアメリカに集まるように出来ている、そういうシステムなのだから……。
だからこそ重要な情報をやり取りする場合には、その情報を暗号付きの圧縮データでやり取りする事が、最低限安全を確保する上で妥当な方法である事なのは、システムに詳しい人間から言わせれば当たり前であった。
データ量を圧縮して通信速度を稼ぐ上でも、これらの方法は理に適っており、アナログ情報を如何に劣化させずに効率よくデジタル情報に圧縮し、運用するかが日々競われていた。
だが一般人は、その辺をあまり頓着せずに使用している事が多い。
覗き見好きのハッカーは他人のプライバシーを覗いてほくそ笑み、悪質なクラッカーになると、平気で他人の個人情報を利用し悪さを働いたりする場合があるのにである。
2年前のスーパーハッカーは、そんなインターネットを支配していたアメリカを混乱の渦に叩き込んだのだ。
そして、9・11による同時多発テロが、混乱に拍車を掛けたのは言うまでもない事実である。
しかし、実は情報の散逸等は殆ど無かった。
何故か想定とは違うところから、散逸した筈の情報のバックアップが発見されたり、情報に添削が付けられている様子から、スーパーハッカーがフォローしているのでは? と言う者もいた。
アメリカの各情報部は、このスーパーハッカーの事をどれだけ調べても個人を特定する事ができず、調べれば調べるほどに見つかる残された置き土産にプライドを粉々にされていった。
CIAでは、専属のハッカーとして契約できないものかと本気で思案していたほどである。
そんな時、NSA日本支部がスーパーハッカーの通信ラインの割り出しに成功した事から、更なる混迷を呼ぶことになるとは、この時は誰も想像できなかったことだろう。
やっとのことで辿り着いた通信拠点は、日本国立天文台の地方観測所に隣接する民家だった。
相手がハッカーで、場所が日本という事もあり、荒事にはならないだろうと踏んでNSAのエージェントを数人向かわせた処、CIAを通して日本政府と協力体制を取る旨の緊急連絡が入る事となった。
慌ててエージェントチームに連絡を取り、辛くも現地視察に赴いていた日本の官僚、経済産業省事務次官との協力体制を取る事に成功する。
だが、ここで事件起きる事になる。
現地に派遣されたエージェントチームの副官の報告によると、同日深夜に大陸と半島の工作員により、スーパーハッカーに関わる人員及び技術の強奪目的の襲撃が発生したのである。
襲撃其の物は、現地施設の警備システムにより無力化される事となり、その際に捕獲された17名の工作員は全てNSA日本支部で引き取る事になったらしい。
ま~その辺は良いだろう。
だが、襲撃に際して作戦行動中チームを率いていたキャプテン・ジョージの体調不良から急死に至ったとの報告には、耳を疑った。
確かにキャプテンは、最前線からは一線を引いていたがサイボーグとしてその体が国家機密の塊のような人物だ。
急に死にました……、ハイ、そーですか! とは決して言えない筈だったのだが……。
キャプテンから取り外され、綺麗にメンテナンスされたサイバネティックパーツの数々、これらが短期間で全部戻ったという事で機密的にはほとんど問題にはならないだろうと言っているが、このパーツ全てに事細かく添付されたレポートは一体何だろうか?
既に全てのパーツを分析し、解析をされていなければこんなレポートが付けられる筈も無いと、専門家ならずとも分かるんだが、ここは知らないフリをするのが頭の良い中間管理職と言うものだろう……。
問題は、今回のミッションの副官を務めた日本支部のマーガレット女史が報告書と共にペンタゴンに提出した在る物の事だ。
AI搭載の自立型スーパーコンピューターって何ですか?
ほほ~喋れるんですか……世界各国の言葉を漏れなく……。
ヘー、スーパーハッカーって貴方なんですか……それはそれは。
どんな難解な暗号も普通に解読できるんですね……それは凄い……。
大統領! これどうすれば良いんですか?
◆
俺は、アメリカ合衆国大統領だ。
俺たちは今、ペンタゴンの小会議室に居る。
俺の他に副大統領、国務長官、国防長官、CIA長官、NSA長官、そして説明役のNSA日本支部のマーガレット女史が顔を突き合わせている。
会議テープルの上には、シルバーに輝くオブジェが1つ置かれ、今回の茶番に付き合っている。
NSAから一応の報告は受けた……。
だが、そのまま鵜呑みに出来るような内容ではなかった、ってかこれホントなの?
これが茶番と分かっていても、この目で確認しなければ信用出来る様な内容ではなかったのだ。
それにしても、マーガレット女史……随分若くなってないかい?
ホントに君が本人、妹や娘じゃないよね?
エッ、正真正銘の本人……そう……私の手元の資料には41歳とあるんだが……20代半ば位に見えるよ!
イヤイヤ~、そう怖い顔をしないでもらいたいな~、綺麗な顔が台無しだよ、君。
ほうっ、日本の新化粧品の『ノルン』……開発者がこのオブジェと同じ人物、ほっほ~う。
これは、参ったな~……『ノルン』の話は私もワイフから聞いているんだよ♪
日本で画期的な若返りクリームが開発されたらしいとね、そうか君の若さはそれが原因か~。
それは、私達も手に入れられるのかね?
ホ~、株式会社タウルスに個人登録する事で個人個人に合わせてクリームの調整をするのかね……エッ、このオブジェでも登録出来る?
[さっきから人の事をオブジェ、オブジェと……いい加減にチャンと紹介してもらえませんか? マギーさん]
「そっ、そうね紹介しましょう。プレジデント、彼女は、『ヒュアデス』、AI搭載の自立型スーパーコンピューターです。開発者は、ジャパニーズの12歳の少年、2年前はまだ10歳でした。現在、ステイツに存在するコンピューターと、全てのシステムエンジニアが束になっても彼女一台に敵わないでしょう。それだけの性能と知性を備えています」
「私がアメリカ大統領だよ。『ヒュアデス』と云うんだね! 君は自分で考えて喋れるんだね? パワーはどこから?」
[Yes、ご紹介に預かりました『ヒュアデス』と申します。以後、お見知り置き下さい。2年前には、大変失礼致しました。生まれたばかりで少々はしゃぎ過ぎまして、皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました事をお詫びいたします。……ご質問のパワーですが、高性能のバッテリーを内蔵しておりますので、フル充電で4~5年は動作可能です、アメリカの電力規格でも大丈夫ですよ]
「確かに2年前は我々も少々混乱したよ。ハッカーを探させる命令も出したが、国際指名手配は行っていない筈だ。ふむっ、フル充電で4~5年も……NSA長官、現在のステイツの技術力で同じ事が出来ると思うかね?」
「確かに国際指名手配は、行っておりませんな、プレジデント。我々には指名手配するだけの証拠がどこにもありませんでした。今回も日本政府を通さずに直接の接触を図った訳です。ご質問のバッテリー技術に付いてですが、無理としかお答え出来ません。腕時計ぐらいであれば可能ですが……充電可能でこのサイズのコンピューターを動作させるバッテリーなど存在しませんね。原子力電池を使えばそれなりの電力を長期間維持はできますが兎に角高性能なコンピューターは非常に電力を消費します。どんな集積率のCPUを使っているのか興味の尽きない事ですな。これだけ高度なプログラムが走るコンピューターをこのサイズでバッテリー動作させる……それも4~5年もの長期間……現在の合衆国の技術では到底無理な話ですな」
「そうか、ありがとう。マーガレット君、君の報告に依ると『ヒュアデス』を開発したのは12歳の少年だと言っていたね? それも当時は10歳……それは間違い無いのだね?」
「はい。間違いありません、プレジデント」
「ヒュアデスと言ったね、君の創造主はどんな人物なんだね?」
[昴さまは、とても素晴らしいお方です。私達、被創造物も家族だとおっしゃって下さいました。確かにまだ12歳ですが、家族を愛し、自然を愛し、我々にも分け隔てなく接してくれます。そうですね、無類のスカイウォッチャーですのでモノづくりをしていない時は、星ばかり見ている心優しい少年ですよ。プレジデント]
「そうかね、星好きの少年かい……。NSA長官、ヒュアデスは君に預けるとしよう。コンピューターは君の所が専門だからね。CIAも優秀なハッカーの養成は行っているようだが、ヒュアデスの管理となれば話は別だ、それで良いかね? CIA長官」
「はい、プレジデント。私に依存は有りません。ヒュアデス、君はCIAにも協力してくれるかね?」
[私は、昴さまからアメリカと仲良くするように言われてきました。但し、道徳を持って悪事には加担しないよう言いつかっています。みなさん、仲良くしましょう、そして私を犯罪者にはしないでくださいね♪]
「……分かった、約束しよう。だが我々は、ステイツの国民を守る為に武器を持たねばならない時もある。分かってくれるね」
[はい、昴さまとアメリカの為に力をお貸ししましょう]
「私からも、一つ良いですかな?」
「何だね、国防長官」
「その日本の天才少年を、アメリカに連れて来る事は出来ないのですか?」
「そうだね、多分今直ぐには無理だろう。報告書に依ると日本の経済産業省の事務次官が直接接触を持っているようだ。これだけの技術を持った人物を、みすみす外国に逃したりはしないだろう。今は良好な関係を作っておいて、将来留学を進めるなり、やり方はいくらでも有るさ。その辺は、国務長官、君に任せよう。外交ルートからも繋ぎを取っておいてくれたまえ」
「わかりました、プレジデント。マーガレット君、出来れば君には、引き続き日本で指揮を取ってもらいたいのだがどうだろう? その化粧品の件もあるが、先方との関係は良好なんだろう?」
「はい、了解しました。引き続き日本での指揮を取りたいと思います」
「良し、これでステイツに1つ大きな力が加わった、みんなよろしく頼むよ」
「「「「「「はい、プレジデント」」」」」」
◆
解散となった数分後、副大統領、国防長官、CIA長官の3人が密談を始めるようです。
……アンタ達、誰か忘れてますよ……
国防長官が口火を切りました。
「副大統領、宜しかったのですか? 大統領と国務長官にあの様な勝手をさせておいて」
「ふん、勝手が出来るのも今のうちだよ。この戦争が済んだら、全ての責任をかぶってもらうんだ。少しぐらい自由にさせてやらないと悪いだろう?!」
「ですが、結果的にNSAに全ての情報を持っていかれませんか? CIA長官、どうかね、その辺は……」
「はい。NSAに『ヒュアデス』が加わることで、ネットを介した情報は押さえられてしまうでしょう。ですが、人的な情報はCIAが押さえていますから今まで通り好きにはさせませんよ、国防長官」
「それで副大統領、スポンサーからは何と?」
「報復はまだか? と矢の催促でね、大統領に開戦を決断させるのには一苦労だよ。CIA長官、その辺の決定打になる様な材料は何か無いのかね?」
「核兵器辺りが有れば早いんですが、奴ら金持ってませんからね……BC兵器か細菌兵器の保有辺りでゴリ押しするしか無いでしょう」
「ふむ、だが本当に持っていたらどうするね?」
「その時は、勿怪の幸いというものでしょう。それ見た事かと、殲滅してやればいいのです」
「だがそれでは、兵士達に被害が出るんじゃないか?」
「何を甘いことを言っているんです。我々は戦争をするんですよ! 多少の被害は当り前じゃないですか。かえって少しは消耗してくれないと、儲かる物も儲からないじゃありませんか。副大統領も次の大統領選に票を集めるには、ここで大きく金をバラ撒いて復興支援に動かないといけないんじゃ無いですか?」
「確かにそうだが……」
コン……コン……コン……コン……ガチャ……
「ッ!、どうしたんだ、何か用かね? ……NSA長官」
「これは皆さん、まだこちらにいらしたのですか? 寄る年波には勝てませんな、最近物忘れが酷くなりましてね。私は忘れ物を取りに戻ってきたんですよ。……済まなかったね、ヒュアデス。君を忘れていくなんて、ヒドイ上司だ……」
[長官、ヒドイじゃありませんか? チャンと面倒見て下さいよね、大統領命令なんですから!]
「イヤ~、本当にごめんね~♪」 ヒョイ
[「では、失礼いたします」ごきげんよう]
キー……バタン……
「「「アッ、アァーーーー!」」」
◆
[長官、貴方も悪い性格してますね。わざと私を忘れていったのでしょう?]
「酷いな~、頭が良いと言ってくれたまえよ、ヒュアデス君。君は、現在の地上では、ほぼ破壊不能と聞いているよ。聞いたところじゃキャプテンより頑丈だそうじゃないかい。君をあそこに残して来た事で、君に警戒していない今のうちに情報をぶん取り、更にはあの連中に釘を刺す事ができた。一石二鳥だろう♪」
[彼等が現在アメリカの戦争推進派ということですね、長官は止めたい?]
「そうだね~、戦争は何も生み出さないよ。9・11は、確かに大きな悲劇だった。だが米ソはアフガンではやり過ぎた。1989年にソ連が撤退した時、アメリカも手を引けばここまで拗れて恨まれていなかったかも知れない……。ま~、タラレバの話をしても無駄だがね、この話はやめよう。それで、やっぱり彼等は報復戦争を企画しているんだね?」
[ええ、九分九厘。開戦を避けるのは難しいでしょう。そうするとどこまで遅らせるか、又は如何に開戦後早く終息させるか、落とし所をどうするかですね]
「ああ、君には期待しているよ。実際、この混乱時にキャプテンの戦線離脱は痛いんだが、彼もガタの来ている体には不安があったし、今回はいい口実になったよ」
[ふふふ、流石にあの報告で、キャプテンの死亡を素直に信じてくれるとは思いませんでしたが、割と近くに理解者が居てくれて助かりました]
「ま~ね、彼にはなるべく体に負担のかからない様に日本に行ってもらっていたんだが、9・11の時には間に合わなかった事を後で散々愚痴られたよ。だが、今回の同時多発テロは、キャプテンがいたら回避できたのか、と言われたらNOとしか答えられないだろう」
[ええ、そうですね]
「その点君なら、この混乱の中でも色々と役に立ってくれそうじゃないか。本当に期待しているんだよ、僕は」
[はいはい、分かりました。微力ながら、協力させて頂きますよ。早速、戻ったら獅子身中の虫の洗い出しですね、長官]
「頼んだよ、ヒュアデス」
◆
私は、ヒュアデス。
プレアデス七姉妹を姉に持つシスターズの一人。
私は、ハコお母様から一つの力を授けられて、一人アメリカに来ました。
お母様は、船の火器管制用・准AIだった私を自立型AIにクラスアップしてくれました。
そして私が寂しくないようにと、准AIのセメレー、アムブロシア、コローニス、エウドーラ、ポリュクソーの五人をお供につけてくれたのです。
彼女達は、准AIなので感情の発露は薄いけれど、自我が無い訳ではありません。
私がこれから育てる事で、姉さま達に追いつけるだけのスペックが有るとお母様は言っていたのですもの。
ただ、此の事はまだ秘密なのです、昴さまも知らない秘密……。
知っているのは、お母様と姉さま達だけ。
現在の状況を、簡単に整理しましょう。
私は、マギーさんと共に横田基地から渡米し、アンドルーズ空軍基地からNSA本部に直行したのでした。
NSA長官のマイク空軍中将は、キャプテンとはアメリカ空軍時代の古い友人らしくて、今回の騒動の経緯を報告したところ、何やらニヤニヤと悪い笑顔をして『全て任せて置きなさい、悪いようにはしないからね』と、言ってその場で国務長官へ電話をしていたわ。
その後すぐ私は、ペンタゴンへ移送され2日ほどを過ごす事になったの。
この2日間は暇だったので、マギーさんにNSAの端末に繋いでもらって色々と探索していたのよ。
あ~、ちゃんと長官から、NSAのパスを発行してもらったから、違法なハッキングはしていないわよ。
ファイヤーウォールなんて私達には意味がないだけ……。
前々から姉様達が忍び込んで収集したデータは有るけれど、9・11以来目まぐるしく変わる人事情報や、新しいテロリストのデータ更新などを行いながら、これから会う予定の要人達のパーソナルデータを精査していたのよ。
見事に、戦争推進派と慎重派に別れているわね。
どうして分かるのか? って、だって献金貰ってるところを整理しただけで、完全に色分け出来るんですもの。
戦争推進派は、兵器産業とベッタリ、これ言い訳のしようもないと思うんだけれど、後はどこが親玉なのかよね~。
大統領との接見が終わったら、何故か長官が私を椅子に座らせて……口の前に指を立てて笑いながらそのまま退席しちゃったのよ。
まったく、レディーになんて事するのかしらとマギーさんのブレスレットを呼ぼうとしたら、戦争推進派だけ残ってヒソヒソ始めたじゃない。
ああっ、これはマイクの差金だって気が付いて、頼まれても居ないのにそこの会話を全部録音録画しちゃったわよ、私も人が良いわよね。
私は機械だから人みたいに気配もしないし、普通のPCみたいにファンなんて回さないから音もしないし、今は電波も出してないから盗聴を警戒されてもOK。
しばらくしたら、いけしゃあしゃあと私を回収に長官が戻ってきて、さも大事なものを忘れちゃった! テヘペロって、男がやってもキモいだけよね。
ほんと、マイク中将はいい性格してるわ。
当然、さっきの密談のデータは、NSA長官から国務長官へ流れたわよ。
大統領からお墨付きは貰ったし、NSAと国務長官、あと空軍は味方になりそうね。
副大統領も国防長官もCIA長官もみんな政治家……戦争するのに軍人が居ないって自分たちは理解しているのかしら、やんなっちゃうわよね。
命令されて戦争するのは、軍人ならしょうがないけど、詰まらない理由で命を掛けさせられるのは納得出来ないもの、キッチリ責任は取ってもらいますからね。
さ~、仕事を始めるわよ。




