1-2-07 招かれざる客…悲しきサイボーグ 21/5/2
20210502 加筆修正
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昴くんが勢いよく駆け込んできた。
手に、何か持っているようだが……。
「お待たせしました~俺が天河昴です。よろしくおねがいしま~す!」
挨拶をしながら、NSAの彼等にブレスレットを手渡しているようだ。
「そのブレスレットは、此処の通行パスになっています。これから招かれざるお客さんが来ます。セキュリティーレベルを上げますので、必ず身につけていて下さいね」
ジェニーが立ち上がって、いきなり昴に抱きついた。
「Oh~! プリティ・ボーイね♪」
「モガモガ……、俺は…一応ノーマル、苦しい……」
「問題ないね~、わたしガールね!」
「ジェニー、その辺で許してやれ。それ以上やると嫌われるぞ。ボーイ、勘弁してやってくれ。ジェニーは、可愛い物を見ると抱きつく癖があってな。それにジェニー、直ぐに離さないとお前大変なことになると思うぞ……」
いつの間にか碧い円筒が、ジェニーの横に立っていた。
今、キャプテンに指摘されて初めてその場の全員が、その事に気がついたようだ。
護衛の俺も全然気がつかなかった。
空気中から湧き出した様に、直ぐ側に現れたように見えた。
周りを見ると他にも黒、ムラサキ、レモンイエロー、ピンクの4色の円筒が立っている。
ゾッ、とした……これ、俺たち必要が有るんだろうか? 無いだろう……。
ジェニーは、やっとそれに気がついて昴くんが開放された。
「ソッ、ソーリー!」
「は~、びっくりした~。抱きつく時は言って下さい、逃げますから……」
「Oh~、イケ~ずね~」
バタバタしたが、皆落ち着いたところで話が再開された。
円筒達はそのままお茶を入れている、器用なもんだ。
「キャプテン・ジョージだ、よろしく頼む。ところでそれは何だね」
「彼女たちは、ヒュアデスの家族ですよ。俺たちの護衛もかねているので色々と特殊な能力を持ています。でも、ここでお披露目はしませんよ♪ CONFIDENTIALです。ヒュアデス、ごめんね、1人でアメリカに行かせる事になって。寂しくなったら何時でも連絡してね。(迎えに行ってあげるよ)」
[イイエ、スバルサマ。イツデモカアサマタチトハ、ツナガッテイマスカラ、サビシクナンカアリマセン。(私にも超空間通信が装備されましたので、どこにいてもお話できますよ)アメリカデ、カゾクニハズカシクナイヨウ、ガンバッテキマス!]
「うん、頑張ってね!」
《マスター、良からぬ客が来た! そっちでも見てみる?》
「タイゲタ、ありがとう。こっちにも映像をまわして頂戴。引き続きの監視と迎撃準備を宜しくね」
《了解! 防衛行動に入る。第一級防衛配備、セキュリティーレベルをマックスに移行します。屋外にいる人は、全員、館内に退避》
「キャプテン、他のエージェントも館内に移って下さい。まだ、あと5人車で待機されていますよね。巻き込まれたりするだけ損ですので中でコーヒーでも飲んでいて下さい。さっき、車の方にもブレスレットは、届けさせて頂きました。タイゲタ、NSAの人達がみんな中に入ったら全館クローズ、よろしく!」
《了解!1分後に全館クローズ、外にいる奴等は走れ! 遅れた奴は締め出すぞ!》
「ボーイ、敵には聞こえてないのかね?」
「外の人には、ブレスレット越しに本人にしか聞こえない様に通知してますから大丈夫でしょう。ただ、居眠りしてたりした場合は、タイゲタの事だから少しビリっとするかも知れませんが♪」 ……クスクスクス……
会議室に有ったホワイトボードが避けられ、壁全面にプロジェクション映像が流れ出した。
ターゲットは、まだ移動車両から降りたところのようで、装備の確認をしている。
もう日も落ちて暗くなるのに、映像は鮮明に敵の顔を捉えていた。
中国は7名、K国は10名、それぞれの顔がハッキリと確認できている。
壁には、確認された顔から個人の証明写真が表示され、下に所属と任務の記載が表示された始めた。
それらが、これまでの経歴や犯罪歴まで克明に記載され始めたところで気がついた、これは俺たちが見てる警察の情報じゃない。
「昴くん、この情報はどこの?」
「多分、今現在判明している各国の軍や警察機構のデータをうちの娘達がまとめた物だと思いますよ。国が分かってるので後は、顔認証と身長体型から個人を特定して、それぞれの国の情報も入ってると思いますけど。そうだよね? ケラエノ」
《そうよ~、マスターあったまいい~♪ 権藤さ~ん、あとでファイルにしてあげるわよ~》
「軍事情報も、丸裸か、まいったなこれは・・」
キャプテンは、鋭い目で情報に目を走らせている。
マギーさんは、メモりだした。
ジェニーは、ヨダレ垂らして寝てるな、肝が太い。
「マギーさん、資料が欲しいのでしたら後でお渡ししますよ」
「センキュー! スバル、助かるわ。何人かアメリカでも指名手配されてる奴がいるのよ」
「権藤さん、捕まえたテロリストどうします? 全員逮捕ですか?」
「17人か、多いな……どうせ外事3課辺りが出張ってきて禄に調べもせずに国外退去だろう。アメリカさんで引き取ってくれると助かるんだが……どうかな?」
「どうでしょう? マギーさん、権藤主任もこういってますけど……」
「キャプテン……?」
「分かった。捕獲したクズ共はこっちで引き受けよう、後は任せて貰おう!」
「ありがとうございます。ケラエノ、そういう訳だから後で資料よろしく」
《了~解♪ それじゃ最外苑に入ったら作戦開始、準備はいい~タイゲタ?》
《分かった。敵、最外苑に侵入と同時に、嫌気性強力封着剤散布。散布範囲・帯状に10m》
《散布範囲・帯状に10m、設定了解。指定圏内に侵入を確認しました……散布開始します!》
「昴くん、嫌気性強力封着剤って何かね? 聞いた事のない薬のようだが……」
「ああっ、あれは瞬間接着剤の一種ですよ。嫌気性、つまり空気の在る所では固まらないんです。でも金属の隙間なんかに入ると専用のクリーナー使わないと取れませんから、精密機械、特に銃器なんかしたら天敵になりますね。引き金も引けなくなるんじゃないかな。人体には無害で無臭の特殊配合にしてありますから彼らは気が付きませんし、溶剤等は使ってないので環境にも優しいんですよ」
《銃器類の無力化完了しました、第二ステージに移行します。敵性体、敷地防護柵の手前10 mに接近!》
《低酸素空気、投射開始! よく狙って顔に当てるよろし!》
《《《《《《了解》……》往生セイヤー!》このこの》……》ふふふふふ♪》
映像の中では、防護柵の要所々々に仕掛けられた、放水ノズルの様な筒から光の塊が敵に飛んでいくのが映し出されています。
「あの光る玉は……?」
「あれは、空気ですよ。俺達に分かり易い様に、映像に細工してくれてるんです。敵には風の塊が飛んできてる様に感じてる筈です。ま~お察しの通り、唯の空気じゃなくて低酸素の空気なので、一息吸い込んだら途端に気絶しますけどね」
唖然とした……、酸素ボンベ担いで来ないと此処は抜けられないってことか。
多分、他にも何か罠が在るような気がする……。
「キャプテン、手を結んで正解でしたね。私達でも多分抜けられません……」
「マギー、分かってる俺でも動けなくなるだろうな、多分……」
「ク~~~~♪……」
敵は全員、文字通りアッと言う間に無力化された。
タイゲタさんが、細工は流々仕上げを御覧じろと言った訳が分かった。
敵は、反撃も出来ずに、何をされたのかも知らずに昏倒し無力化されたのだった。
「権堂主任、敵の捕縛をお願いします。キャプテンもご協力願えますか?」
「「了解!」分かった。起きろジェニー!」
「Sir、イェッサー!……」
「まったく、この娘は……」
◆
会議室に入る前、昴とハコは……。
「ハコ、キャプテン少し歩き方が変だけど、どっか悪いのかな?」
[肯定。キャプテンは、半機械人間、所謂サイボーグですね。事故もしくは、軍事目的で体を機械化したものと思われます。既に耐用年数を過ぎているのではないでしょうか。ちゃんとしたクリーンアップをしないと数ヶ月以内に動けなくなる恐れがあります。動力に使用されている原子力電池は、深宇宙探査機用の物の様ですが、人体への移植によって、此方も耐用年数が想定の20 年より短くなっておりますね。すでに15年は経過しているものと思われますので、人体への影響も少なくないハズです]
「修理は、可能だよね?」
[肯定。でも宜しいのですか? 敵になるかも知れない人物ですよ]
「そん時は、そん時だよ。ハコ達がいれば、誰が敵になって出て来たって大丈夫でしょ♪」
[肯定。マスターには、指一本触れさせる事などありません。でも多分マスターが本気になれば地球製のサイボーグなんて、素手でも相手にならないと思いますよ]
「俺は、喧嘩はしない主義なの。でもどうやって切り出そうね?」
[そうですね、標準装備のブレスレットを譲渡すれば良いのではないですか? 自動的に登録と同時に自己診断モードが起動しますので、自分の状態が解るんじゃないでしょうか]
「そっか! その手があったね♪」
◆
捕獲された襲撃者達は、言い逃れの出来ぬよう映像資料と共に、NSAが引き取っていった。
そして、NSAのあの3人は、まだココに居たりする。
温泉から上がって来て涼みながら、ほとんど半裸でビールを煽っているのはジェニーだ。
もう少し周りの視線を気にしやがれ、子供もいるんだぞ。
マギーは、希美さんと何やら話し込んでいる。
そこにうちの嫁さんも混ざって、かなり姦しい状況だ。
男連中は、一段落ついたので部屋の隅に集まって今後の打ち合わせだ。
『ヒュアデス』の護送には別の車を用意するそうで、姉妹達もまだヒュアデスを囲んでコミュニケーションを取っていた。
その時、聞き慣れない音が大音響で鳴り響いた。
ピピピピッ……ピピピピッ……ピピピピッ……。
けたたましく鳴り出したのは、キャプテンの着けているブレスレットだった。
普通じゃない様だな、シスターズがキャプテンを囲んで集まってきた。
レモンイエローの円筒が喋りだした。
[わたくし、皆さまの健康をお守りしておりますアステローペと申します。キャプテン・ジョージ、貴方の体には、重大な損傷が見受けられます。急ぎ救護室への移動を要請します。周囲への人的被害も考えられますので、速やかに移動をお願いします。要請を拒否される場合は、強硬手段を取らせて頂きますのでご了承下さい!]
「まてまて、俺の体はアメリカの国家機密だ。勝手に治療行為を行うことは、出来ない。専門のスタッフにメンテを頼むから勘弁してくれ……」
[この段階で、そんな事は言っていられません。キャプテン、貴方はそう言いますが最近まともなメンテナンスを受けていませんね。貴方の手術を行ったウェルズ博士は、3年前にお亡くなりになっていますし、既に5年近くメンテナンスを怠っているのでは在りませんか? 左目はもう殆ど見えていないと推測いたします]
「……既に、そこまでバレているのか……。確かに左目は、殆どピントが合わない。極力パワーを使わないように、この極東にいるんだが……」
[ポディー各パーツの耐用年数に反して、かなり以前から劣化が進んでいるようです。特にジェネレーターの原子力電池には、重大な侵食が見られます。生体移植用の物では無く、深宇宙探査機用の物を使用している様ですが、パワーを出すにはペースメーカー用の物は使えなかったのだと予測されます。想定外の腐食と侵食が進行していますね。このまま放置しますと重篤の金属中毒及び放射線による内部被曝が起こってもおかしくありません。すでに自覚症状が出ているのではありませんか?]
「……ムウッ…」
「ジョージ、貴方の体はそこまで深刻だったの? ……具合が悪そうだとは思っていたけど、どうして話してくれなかったの?」
「隠していてすまん。君も聞いていたと思うが博士が亡くなってからは、まともな検診も受けていない。事実上、メンテナンス出来る人間がいないんだよ」
[ここならば、完璧なメンテナンスが可能です。キャプテン個人だけの問題では無いでしょう。周りに被害が出る前に、決断していただけますか?]
「キャプテン、パワー出る様にしてもらうのがナイスね。アーミーは体が資本よ!」
「このバカ……、ジョージはエア・フォースよ!」
「……分かった。これも何かの縁だ、済まないがお願いするとしよう」
[了解しました。責任を持ってフルメンテナンスを行わせていただきます]
「わ~~い♪ 頑張ってリニューアルしようね~。骨格は~繊維強化セラミック辺りでいいかな? 金属より生体との馴染みが良くて拒否反応も出にくいし軽くて丈夫だよ」
「スバルボーイもメンテナンスに加わるのかい?」
「うん! 任せて~、全然痛くしないからね~♪」
「「「「「「「「……」」」」」」」
「昴くん、唯の義手を作るのとは訳が違うんだよ」
「もちろんさ、冴島先生も一緒にする? 今、ハコ達の義体作ってる所だから大丈夫だよ~……多分。どっちかって言うとキャプテンが今まで使ってたパーツの接続部分が生体にどれだけダメージを与えてるかの方が心配かな~」
「そういう事じゃないだろう。君はまだ、12歳なんだよ?」
「俺が12歳なのと、キャプテンの体を治すのになんの関係があるの? 世界のどこを探してもキャプテンの体を治せる人は俺以外には居ないと思うよ。病院に行けばお医者さんが治してくれるって訳じゃないよね。冴島先生が代わりにやってみる?」
「ウッ、そっそれは……。俺では無理だ……」
「昴、すこし自重してくれよ。父さん達にも立場ってもんが在るんだ。国際問題にもなるだろう。そうですよね、先輩」
「う~ん、国際問題以前の問題だな。多分世界一の天才少年とアメリカのサイボーグ、どっちも重要な国家機密だ。超法規的な取扱として此処にいる人間に箝口令を敷く。これからここで起こる事は、誰も聞かなかったし、見なかった。何も起きなかった。すべて忘れるんだ! いいな! これでいいかい? 昴くん」
「先輩、甘すぎですよ~!」
「譲、俺達大人にも出来る事をしよう。ここで、足踏みをするのではなく、より良い未来を掴むためにも出来る人間をフォローしようじゃないか。どうせもう止まれないだろう、彼女たちも既に動き出しているぞ……」
見るとアステローペ達AIがすでにキャプテンを医務室につれ出していくところだった。
良し俺も一仕事するか……後始末はチャンとしておかないとな……。
◆
先ず俺は、警視庁警備部へ連絡を入れた。
上の方には、荒垣事務次官から手を回してもらい、今回行われた襲撃の事実は無かった事にされた。
俺たちは、無事任務完了と警護打ち合わせの終了を報告した。
ただし、引き続き何人かが警護役として残り連絡を常に行う事となったのだが、ここで問題が発生した……。
「なぜお前らは残りたがる、よし分かったクジ引きでローテーションを組め、今日来ているメンバー以外には伝えてはならんぞ」
エーイ、ここは保養所では無いんだぞ……まったく。
たしかに周りは山林と渓流、広大な敷地内はやろうと思えば何でも出来る。
上げ膳据え膳で温泉があり、健康管理までしてくれる。
実質の警護は、AIたちが24時間監視してくれていて何かあっても事前に対応可能……確かに保養所だな、此れは……。
5日3交代制で月2回10日の現地勤務。
14名のメンバー中に女性警護官が1名ということで、女性警護官だけは、月20日の現地勤務となった。
……泣くほど嬉しいのか? そうか、そんなに嬉しいのか!
お前の気持ちは、分かり過ぎるほどに分かるが周りの目がある、抑えろ! 良いな。
そして、他の野郎共、そんな羨ましそうな顔をするんじゃない。
他の課の人間から刺されるぞ。
何かあった場合は、支給されたブレスレット経由で連絡と情報がリアルタイムで入ることになっているので、現地要員以外は、応援の要請や各種手続きに就くことになった。
今は、夏休み中だ。
学校が始まる前に、通学路や村の中の警護体制を整備できる。
ま~タイゲタさんと打ち合わせたら実際には半日で終わったんだが、こりゃホントにこの仕事、保養所生活になりそうだな。
警視庁警備部警護課・SPの任務は過酷である。
いつも怪我や体調不良に悩みながら、厳しい任務をこなしている。
殉職や怪我での入院、後遺症やPTSDによるリタイアによる転属願い等が発生するのが常である。
だが、権堂班の14名はこの後3年間、ほとんど怪我も入院も殉職も無く、転属をしなかった。
イヤッ、転属願いも出なければ、上からの転属命令も全て断り……常に14名がツヤツヤで病気知らずで、禄に歳を取らず若々しかった。
この間、当然出世も出来ないのだが文句を言う人間は一人も居なかった事を報告しておく。
他の課も薄々情報は掴んでいたが、国家機密の拡散を防ぐためと誇示され、ほぞを噛んでいたという。
◆
それにしても一日で色々な事があったが、今夜はぐっすり眠れそうだ。
今夜は、ゲストルームに泊めてもらい、明日帰る事になった。
妻の美郷は、隣ですでに夢の中だ。
今日は、随分と興奮していたし、疲れたのだろう。
一夜明けて早朝の5時半、会社の表に人の気配が多数するようだが……。
カーテンを開けて外を伺うと、村の大人やお年寄りに子供達も……、多分村の人間がほぼ全員集まっているんじゃないだろうか。
これから、何が始まるのかと思っていたら、何てことは無いラジオ体操の様だ。
警護官も全員参加しているようだが……、5時半は少し早いんじゃないだろうか?
ラジオ体操は、6時半からのはずだよな……。
昴くんが台の上に上り、挨拶をしている。
村に居残る警護官の紹介をする様だ。
マギーさんとジェニーさんも混ざっているな。
そして、話も終わり続いて柔軟体操を始めた昴くん……。
結構ハードな柔軟体操……ヨガにも見える運動をユックリと30分ほど行うと皆それぞれに温泉への入り口に移動していくようだ。
ユックリに見えるがかなりのハードな運動だったのか、マギーさんとジェニーさんに警護官たちだけが、大汗を掻いてその場へへたり込んでいる。
ノロノロと立ち上がって、マギーさんたちも温泉で汗を流すようだが、常に体を鍛えているはずのマギーさんやジェニーさんと警護官たちがあれだけヘロヘロになるとは……。
でも、村人は普通に温泉に入りに行った……、よく見れば80過ぎくらいに見えるお年寄りも普通に子供達と混ざっていた。
そういえば腰の曲がった人など1人もいないのに気がつく、何だこの村……。
6時半、ひとっ風呂浴びてスッキリした村人が再度集まり、ラジオ体操を始める。
これは普通だ。
5分間の体操が終わると、大人たちは自然と解散していった。
子供達は、社屋の食堂に駆け込んできた。
何人かのお年寄りも、一緒に朝食を取るようだ。
俺は、夢を見ている様な気がした。
過疎が進む田舎の村、全村民でも40数名くらいだろう。
それが家族のように接しているし、すこぶる健康そうに過ごしている。
て、いうか見掛けは年寄りなんだが、動作がスポーツ選手のように洗練されている。
「昴くん、おはよう。今日もいい天気のようだね」
「おはよう御座います。荒垣さん、いい天気ですよ」
「「「「「「「おはよう御座いま~す」」」」」」」
「みんな、元気だね~。俺は、昴くんのお父さんの大学の先輩で荒垣って言うんだ。よろしく頼むよ」
「「「「「「「よろしくお願いしま~す」」」」」」」
「ところで昴くん、アレは何かな?」
指差すと、そこにはテーブルに突っ伏した護衛達とマギーさんとジェニーさんがいた。
死屍累々といった感じだが、どういった訳だろう。
「あ~~~、アレは、村人とやってる健康体操の後遺症ですよ。入門編をすっ飛ばして鍛錬編を皆んなと一緒にやったからですね。普通は、入門編を10日はやらないと鍛錬編は、相当きついですから……」
「その健康体操っていうのは、どういった物なんだい? 見ればお年寄りがスポーツ選手の様に体を動かしているんだが……」
「何ていうのかな~、前に説明された時は仙人になるための体操だって言ってましたよ、アステローペが。聞けば詳しく教えてくれると思いますけど、たしか長生き出来るようになるんだっていってましたね」
なっなんだって……仙人、長生きできる……だって。
そんな御伽話のような説明が……。
だが、村のお年寄りは皆元気だ、鍛えている警護官がへばるような運動を平気でしていた。
俺は朝食をとった後、アステローペさんに話を聞こうとしたが、キャプテンの治療に掛り切りらしく手が離せないらしい。
彼は、相当の重症のようだ。
見れば、碧い円筒がまっすぐ近寄ってきた。
[荒垣さま、何かアステローペに御用でしょうか?]
「ああ、ハコさん。実は今朝の体操の事を聞こうと思ってね」
[早朝の健康体操ですね?]
「そうそう、村の人達はあの体操をいつ頃から始めたんだい? 随分と体が軽そうだが……」
[肯定。ここが一般公開されて直ぐですね。当時は、腰の曲がった方や温泉に入りたいのに寝たきりの方などもいらっしゃいましたから、温泉治療と共に健康体操でリハビリをして頂きました。ですから、ここには診療所代わりの医務室と宿泊施設も兼ねています。あの体操はインドのヨガに近いですね。チャクラを開き、プラーナのバランスをコントロールするための鍛錬になります。現在の昴さまは、チャクラで言えば、第1と第7と第8が開いている処ですね。村の方たちは、第1から第2のチャクラのバランスを取っているところです。多分、護衛の皆さんは5日もすれば第1のチャクラを開く事が出来るのではないでしょうか]
「昴くんが仙人になるって言ってたがその事かい?」
[肯定。昴さまは、すでに第7のチャクラが開いておりました。いわゆる天才でしたので、私達はなぜ昴さまがそうであるか調べました。そして、昴さま並とまでは行きませんが、低階位のチャクラならば効率的に活用できるだろう法則を探り当てたのです。現在、村のお年寄りが若々しく振る舞えるのは、その証明でも有るのです。多分寿命も伸びているんじゃないでしょうか]
「なんだって、それは本当なのかい? まさか本当に仙人になるなんて」
[肯定。日本にも昔、役行者という方がいらしたらしいですね。調べた処では、それよりもずっと昔、国生みの頃にはチャクラの開いた方々が沢山居たようです。神話にもなっていますがチャクラを開いた方の能力なら、その階位によって示した力が違っていたという解釈ができます。多分、これらの詳しい情報を今も保持しているのは、日本の天皇家とヴァチカンくらいだと思いますよ。低位階のチャクラは、古代ヒンドゥー教の教えに有るものと似ていますが、一緒ではありませんし、チベット密教でいう聖人とも違うものですね]
「古代の神々は、チャクラの開いていた人間だったって事かい? 」
[肯定。それで概ね間違っていないと思っていますよ。そうすると昴さまは、先祖返りといった処でしょうか]
「そうか、何で昴くんの様な天才が生まれたのかが謎だったんだ。でもそうすると、第2第3の昴くんが生まれてくる場合も有るのかい? 」
[否定。昴さまは、レアケースでしょう。ソレが証拠に昴さまは、低位階のチャクラは開いていませんでした、最近、村人と一緒に第1のチャクラを開いたところですよ。それに、努力したとしても第7第8のチャクラまでたどり着けるかは神のみぞ知るというところでしょうか]
「ふ~む、だが努力すれば可能性は有るということだね、俺でもなれるかな?」
[肯定。可能性は、全ての者たちに開かれていますよ、荒垣事務次官]
◆
本当は、脳強化の副作用で第7のチャクラが開いていたんだけど、私達もびっくりしたわ。
バクーン達は、種族的に第7と第8と第9チャクラが開いて生まれてくる種族で、次空間やアカシックレコードなんかへのアクセスを生身でやっちゃうような反則な生物だったらしいわ。
だから次元転換炉なんていう物も弄れたのね。
生身で高次元の存在を認識したり、空間やテクノロジーに関する記録にアクセス出来るんですもの、これを反則と言わずして何が反則なのか知りたいところだわ。
でも、本当にびっくりしたのは、昴さまを強化した後、バクーン達のようにチャクラが開いていることに気がついたからよ。
普通の生物は、強化したからってバクーン達のように、チャクラが開いて、生物としての階梯が上がる者なんていない筈だわ。
もともと、その階梯にいた生物が退化したのなら考えられるけれど、宇宙にはそんな生物は存在しないはずなの。
通常は、階梯を上げたり下げたりなんて出来ないし、その階梯によって種族のランクも決まってしまう。
もし、確認されている15のチャクラのうちで、今よりもっと上のチャクラが開いたら、地球人類の種族としてのランクは、バクーン並かそれよりも上になる、これ報告したら天の川銀河連合は、地球を消しに来るんじゃないかしら、教えてはあげないけれど。
チャクラが開いた生物っていうのは、その開いた階位と数によって存在の階梯というものが変わってくる。
全く違う生き物になると言ってもいい。
私達は、地球の歴史や文献を片っ端から調べたんだけど、現在存在する地球人でチャクラを完全に開いている人類は、昴さまだけだった。
厳しい修行や鍛錬、突発的な体験などで開きかけている人は、何人かいるわ。
そういう人は、歴史に残るような偉人や賢人、指導者や犯罪者にもいるわね。
ということは、元々地球人には、生物としての階梯を上げられる余裕があるって事よ。
ほんとにビックリな生き物ね、地球人て……。
でも、このままだと昴さまが成長するには、環境が悪すぎる。
完全な鬼子として、地球人類からも違う生き物として排除されかねない。
昴さまを抑えるにしても限度がある、それならいっその事、周りの階梯を上げてしまえばいい、と言う結論に達した。
どうせ船が完成した時のクルーも養成しなければならないし、一石二鳥、いや三鳥にも四鳥にもなるはず。
天河家お三方の完全なデータが揃っている私達にかかれば、どうやれば効率的に地球人のチャクラを開き、何処を鍛錬すれば階梯を上げられるかなんて朝飯前よ。
村の人には、悪いけど実験に付き合ってもらったわ。
健康になったから良いわよね、多分寿命も伸びてるはずよ。
そうそう、キャプテンもチャクラが開いていました。
いいえ、チャクラが開いていたからサイボーグとして存在できたのね。
多分、どんな適合率の高い人間でも、あんな粗雑なレベルのサイボーグなんて生存する事そのモノが無理なのよ。
多分、第1第2第3まで開いていたチャクラが存在を下支えしていたんだと思うわ。
サイボーグになる前、余程壮絶な体験をしたのかしら……。




