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第九話 建築士、獣人メイドと出会う


 深夜の森を、一人の少女が走っていた。


「私としたことが……すっかり遅くなりました……」


 空色のロングヘアーを揺らし、一心不乱に足を動かし続ける少女。そのスピードはすさまじく、しかも決して木々にぶつかることもない。辺りは真っ暗であるというのに、周囲の様子を把握している。

 そんな彼女が着ているのは、ボロボロになったメイド服だ。黒のロングドレスに白いエプロンはところどころが裂け、破れ、大きな穴も開いている。


 そして彼女の体には、普通の人間には無いものが――耳と尻尾が生えていた。

 魔族の一種、獣人の証だ。

 さらにその瞳は釣り目がち。尻尾は細めだがそこそこ長く、猫の獣人だと分かる。


「姫様、どうか……どうかご無事で……!」


 祈るように呟きながら、少女はさらに速度を上げた。

 魔王城へと向かうため。


               ※


 魔王城きんだんのねこやしきができた日の翌朝、ヨハンはフェルキアを起こすため、彼女の部屋を訪れていた。


「おーい、フェルキアー! もう朝だよー!」

「うー……」


 立派な天蓋付きのベッドの上で、フェルキアが眠たそうに寝返りを打つ。

 ヨハンは結局、自分が勇者パーティーにいたことはまだ話せずにいた。

 フェルキアは今、ヨハンにとても懐いている。そんな彼女の気持ちを考えると、真実を告げてここを去ることはできないと考えたのだった。騙すような気がして心苦しいが、魔王を無くして傷心のフェルキアを守るためには、隠すしかない。

 そして彼は城の空き部屋を使い、フェルキアと一緒に住んでいた。


「う~……。よはん~。まだねるの~……」

「ダメだよ、フェルキア。もう朝だからね」


 フェルキアは起きると、いつもと変わらない様子を見せた。昨日大泣きしたのがウソのようなマイペースぶりに、ヨハンは少し拍子抜けする。

 それと同時に、安心した。


「さ、ちゃんと起きて。僕も忙しいんだからね? ちゃんと一人で起きないとダメだよ?」

「う~……」


 寝ぼけ眼をこすりながら、もぞもぞと布団から這い出すフェルキア。その芋虫のような動きを眺め、ヨハンは思わず笑みをこぼす。


「さて、と。それじゃあ、今日はどうするかな……」


 やるべきことはたくさんある。

 たとえば城中の必要な場所にちゃんとトラップを仕掛けたり、今後生活に必要な家具を建築のときに余った材料――木材などから作ったり。

 だが、その前に一番重要なのは……。


「やっぱりまずは、食料とかかな……」


 ちゃんとした食べ物も、そろそろ調達しないといけない。今までは近くの川を泳ぐ魚や、食べられるキノコや野草などを探してとったりしていたが、サバイバルが続くとさすがに疲れる。やはり一度は町に出て、ちゃんと食料の買い出しがしたい。そしてついでに日用品や、フェルキアの必要とする物があれば一通り揃えておきたかった。

 しかし、そうなると二つ問題がある。


「お金が、全然ないんだよなぁ……」


 ヨハンはお金を持っていない。自身が稼いだ分のお金は、ビルグに預けているままなのだ。これではたとえ町に行っても、何も手に入れることが出来ない。

 それに、まだトラップが完成していない状況で、城を空ける訳にもいかない。ここから町までは距離があるため、フェルキアは城に置いていくことになるだろう。そうすると、彼女を守る者が誰もいなくなってしまうのだ。それは大変危険な事だ。


 遠くから城が見つからないように防音結界サウンドプルーフ隠密結界ステルスは常時発動し続けたままで、さらに侵入阻止の結界もこの土地自体にかけてはいる。だが万が一にもビルグのような強敵がフェルキアの存在に気づけば、対応しきれるわけがない。

 そうなると、やはりヨハンが城を離れるのは厳しい。町に出ることはできなかった。


「……しょうがない。今日も食事は近くで調達してくるか」


 そしてなる早でトラップを作り、一日くらいヨハンが城にいなくても問題のない状況にする。町に出るのはそれからだ。お金のことは……さらにその後で考えるしかない。


「…………すやぁ」

「って、フェルキア! 二度寝しないでよ!」


 いつの間にか布団に戻っていたフェルキアを、ヨハンが何度も揺すって起こす。


「今日はフェルキアにも手伝ってもらうよ! トラップ作り、色々相談しないとだからね」

「う~……。ふぇるきあもいそがしい。あとごじかんはねむらないと……」

「それって絶対忙しくないよね!?」

「こどもはねるのがしごと……すやぁ」


 そのまま、フェルキアは就寝しゅっきんした。


「ああもう……。しょうがないなぁ……」


 こうなったらしばらく起きそうもない。昨日泣き疲れたのかも知れないし、しばらく好きに寝かせてあげよう。


「じゃあ、しばらく一人で作業するかな。っと、その前に朝食だった」


 とりあえず何か食べないと力が出ない。

 食料を調達するために、ヨハンは外に出ようとする。

 その時。

 彼の中に電流が走った。


「!」


 この感覚、土地にかけた侵入阻止の結界に何か反応があったということ。

 つまり、何者かが敷地内へと足を踏み入れようとしている。


「まさか、勇者パーティーか……?」


 嫌な汗がヨハンの背中を伝う。もし勇者がこの城の存在に気づき、大勢のパーティーで攻めてきたとしたら。かなり危ない状況だろう。トラップが完成していない今、すぐに逃げた方がいい。


「でも、逃げる場所なんて……」


 この魔王城は周囲を森に囲まれていて、後ろは崖になっている。もし勇者たちが攻めて来たとしたら、崖以外の全方向から囲むように来るはずだ。

 崖から飛べば逃げられるが、それで無事に済む高さではない。間違いなく死んでしまうだろう。

 要するに、逃げ場なんてない。


「こうなったら、やるしかないか……」


 フェルキアの健やかな寝顔を見て、ヨハンはそう決意を固める。

 ここで自分が立ち向かわねば、フェルキアを守る者はいない。

 それに……。

 この城の武器は何もトラップだけではない。建築と同時にしっかり準備が完了している、強力な切り札も存在するのだ。


「…………やってやる。今の僕ならできるはずだ。たとえ、勇者が相手でも……」


 フェルキアといることを決めた時から、そういう覚悟はできている。

 ヨハンは護身用のナイフを手に持ち、急いで外へ向かって行った。


               ※


「くっ……! 簡単には入れないようですね」


 魔王城の建つ広場の前で、少女が苛立たしげに唇を噛む。

 昨晩森を走り抜けていた、メイド服を着た獣人の少女だ。彼女は何度も広場の中に踏み入ろうとしては、謎の結界に阻まれている。


「魔王城はこの広場にあったはず。そしてこの結界、人間の仕業……?」


 オマケに、広場には何も無いように見える。そこにあったはずの魔王城は綺麗さっぱり消えていて、ただただ広場とその先の崖が見えるばかり。

 おそらくそう見えるようにする結界が、広場一体に張られているのだ。


「舐めたマネを……。ならば、無理やり入って確認するまで」


 少女が両手の指に力を込める。すると、彼女の爪が鋭く伸びた。


「はああっ!」


 腕を上げ、気合いと共に振り下ろす。一閃。ひっかく様に結界を斬る。

 ところが、結界は壊れなかった。その表面に細い切り傷ができただけだ。


「なるほど……。鋼をも切り裂く私の爪でも壊せませんか。ですが、いつまでもつでしょう?」


 何度も連続で爪を結界に振るう少女。次第に幾つもの裂傷が結界の表面に刻まれていく。爪が結界を傷つける度にキイィィィンという金属が磨れ合うような音がし、火花がチカチカと周囲に飛び散る。

 次第に攻撃は速くなり、一秒間に数十回もの斬撃を放ち続ける少女。

 そして,結界は壊された。

 度重なる鋭く堅い爪の猛攻に、音を立てて砕け散る。


「壊れるまで、ちょうど三十秒……。やはり魔王様の結界ではない……。となると、やはり人間ですか……!」


 侵入阻止の結界が消え、少女は急いで広場に入る。


「姫様! どこです!? ご無事です……か…………?」


 そこで彼女が見た物は。

 変わり果てた城の姿であった。


               ※


「まさか、結界が破られた!?」


 結界の消滅は、術者であるヨハンには分かる。

 だがおかしい。大地育成アースブリングで土地自体に張ったあの結界は、そう簡単には破れないよう、かなり強固に作っておいた。

 たとえ勇者パーティーと言えども、こんな短時間で破壊することは不可能なはずだ。

 間違いなく相手は相当の強者。

 急いで扉を開け、外に出るヨハン。


「……誰だっ!?」


 ヨハンが叫び、外にいた人物に目を向ける。

 敵は一人。そして、見知った勇者でもない。

 そこにいたのは、メイド服を着た獣人の少女だ。


「ま、魔族……?」


 その姿を見た瞬間、ヨハンは少しだけ安堵した。

 なぜならこんなところに来る魔族は、はぐれではなく魔王の手下である可能性が高い。それは要するに、フェルキアにとって味方だということ。下手な人間が来るよりは、ヨハンにとっても都合がいい。


 とはいえ、警戒を解くことはできない。

 彼女も魔王が敗れたことは、確実に把握しているはずだ。人間全体に敵対意識を燃やしていて、襲いかかってくるかもしれない。それに彼女が何らかの理由でフェルキアを狙っていることも有り得る。だとしたら勇者と同じくらいには厄介だ。

 ヨハンはしっかりと距離をとったまま、彼女の様子をじっと見つめる。

 一方彼女は城門の前で、震える声で呟いた。


「……なんですか」

「え?」

「なんなのですかこの城はぁーーーーーーーーーーっ!」


 少女が叫ぶのも、無理はなかった。

 彼女が想像していたのは、以前の邪悪で禍々しい魔王城である。


 しかし今そこに立つ城は、豪華で煌びやかな城だ。猫の描かれた城門に、巨大な猫の顔が目立つお城。尖塔や玄関、壁のいたるとこにも、猫がたくさん描かれている。

 人間の女児が憧れるような形の城に、散りばめられた猫の群れ。かつての威厳がまるでない、可愛らしすぎるこのお城。

 そのギャップに、彼女はひどくショックを受けた。


「あ、あの……。大丈夫ですか……? 魔族の人……」


 いきなり叫んだ彼女を訝しみ、ヨハンが離れたまま声がけをする。

 その声で、少女はようやくヨハンに気付いた。


「人間!? ……なるほど、あなたが我々の魔王城を、こんな形にしたのですね……?」

「あ、はい……。一応、そうですけど……」


 彼女が醸し出す圧倒的な雰囲気に、ヨハンは吞まれそうになる。


「許せませんね……。我々の城を、こんな間抜けな形にして……!」


 違うんです。これは僕の趣味じゃないんです。なんて、この空気の中では言えなかった。


「いや、それよりも……。城を改造したということは、その地下にいた姫様は……?」

「姫様? それってまさかフェルキアのこと……?」

「! フェルキア様のことを知っているのですか!?」

「え、ええ。僕、フェルキアと一緒に住んでますから」

「な……っ!?」


 わなわなと肩を震わせる少女。


「ひょっとして、あなたもフェルキアを探しに? それなら、安心してください。あの子はちゃんと無事ですから。今は、中で寝ています」


 お城を大事にしているところや、フェルキアを『様』付けで呼ぶことから、ヨハンは彼女を味方と判断。敵意が無い事を伝えるためにも、フェルキアの無事を隠さず伝える。


 するとそれをどう曲解したのか、少女が鋭くヨハンを睨む。


「…………なるほど。つまりはあなたが姫様を、このおかしな城に監禁してると……」

「どうしてそんな解釈に!? 違います! 僕は彼女を守ってるんです! 確かに僕は人間だけど、魔族と戦う意思はないです!」

「そんな言葉には惑わされません。やはり人間は許せない……! あなたはこの私、魔王軍幹部のリネットが、責任をもって殺します!」


 獣人の少女、リネットが再び爪を尖らせた。


「えっ! 幹部!?」


 魔王軍の幹部と言えば、通常の魔族よりはるかに強力な戦闘能力を持つ者の集まり。その中にはギルドメンバーが百人単位で束になってかかり、連日の戦闘で疲弊させた後ようやく倒せたという者もいる。

 その化け物と同じ階級ということは、間違いなくリネットも相当な手練れだ。


 彼女は尖らせた爪を構え、まっすぐヨハンに迫ってくる。そのスピードは獣人らしく、残像が発生するほど速い。十メートル以上は空いていたヨハンとの距離を一気に詰める。


「死んで償ってもらいます。人間」 

「…………っ!」


 ヨハンはこれまで、直接的に魔族と戦ったことはない。戦闘は全て仲間が行い、自身は建築スキルでの支援でその戦いに貢献してきた。最弱レベルのスライムですら、その手で狩ったことは無いのだ。

 そんな彼が、魔王軍幹部である彼女と一対一で戦うなど、もはや勝負にすらならない。ただのリネットの殺人行為。瞬きをする暇もなくヨハンが死ぬのは明らかだ。


 だが、ヨハンは受け流す。

 ナイフで彼女の鋭い爪を。


「なっ……!?」


 驚き、リネットが目を見開く。

 防御されたことがよっぽど意外だったのだろう。一瞬だが、彼女の動きが完全に止まった。

 その隙に、ヨハンがリネットの懐に踏み込む。


「はあああああああっ!」

「ぐ……っ!?」


 ヨハンがリネットの腹を押し、元の位置まで吹っ飛ばした。




評価や感想、ブックマークなど本当にありがとうございます!


新キャラ登場です。少しずつ掘り下げていきたいと思います。


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