第八話 建築士、約束をする
更新遅れまして大変申し訳ございません!
リアルの方が忙しくなってまいりまして……!
感想欄も、時間があるときにチェックさせていただきます。
「ふぅ……疲れた……」
超絶技巧スキルによって魔王城を無事完成させて、ヨハンは安堵の息を吐く。目の前のそれは、以前のものより二回りほど大きく立派で――その上大部可愛らしかった。
「うーーーーーーーーーーっ!」
「ぐっはァ!?」
突然フェルキアがヨハンの腹に飛び込んできた。頭突きを喰らう形になり、ヨハンはその場に倒れ込む。
「よはん、ありがとーーーーっ! このおしろ、ずっとだいじにするーーーーーっ!」
「あ、あはは……。喜んでくれてよかったよ」
ここまで全力で喜ばれれば、造ったかいがあったというもの。ヨハンの心も温かくなる。
フェルキアは城門と魔王城を色んな場所からくまなく眺める。しばらくすると、キラキラした目でヨハンに言った。
「なかも! なかもみてみたいー!」
「いいよ。それじゃあ、案内するね」
ヨハンがフェルキアの手を引いて、お城の内部へと入っていく。
魔王城は地上五階建て、地下二階建ての七階建てになっている。地上には次期魔王であるフェルキアのための玉座の間や、彼女の居住スペースがある。他にも貴重品を保管する宝物庫に、トラップルームとして使う予定の大小様々な大きさの部屋が、各階に構築されている。もっとも、フェルキアの趣味によって用途はかなり変わりそうだが……。
だがその中でも、ヨハンたちがまず訪れたのは、地下二階にある地下迷宮だった。
「じゃあ、地下から順番に見ていこうか」
「うー!」
地下迷宮の入口に立ち、フェルキアがぴょんぴょん飛び跳ねはしゃぐ。
新しい家を見て回ることは、大人でも楽しい体験だ。それが子供で、しかも家が巨大なら楽しさのレベルは青天井。探検みたい! と、テンションが上がっているようだ。
「この地下迷宮は、かなり複雑な造りになってるからね。フェルキアを狙ってやって来た敵は、まずここで苦労するってわけさ」
「うー? ちかなのに、てきさんくるの?」
「うん。そういう感じにしようかなって」
ヨハンは、魔王城の入口に一つ罠を仕掛けようとしていた。
それは、『侵入者が普通の入口から入った場合、必ず地下迷宮に飛ばされる』というもの。つまり、この罠だらけの迷宮をクリアしないことには、フェルキアを倒すことはおろか、外に出ることもできなくなる。
さらにこの迷宮、今はまだ形を造っただけでトラップは設置してないが、完成すればたとえ勇者でも突破できなくなるだろう。
「どうする? この地下迷宮、挑戦してみる? 今はただの迷路だけどね」
「うー!」
「分かった。でも、僕からあまり離れないようにね? 一人で先にいかないこと」
一応聞くと、とても嬉しそうに答えるフェルキア。
まだトラップがないため比較的安全ではあるが、迷う危険はかなり高い。念のため迷路の構造を知っているヨハンが付いているべきだ。
フェルキアが迷路の中に足を踏み入れ、ヨハンがその後について行く。
「うー?」
予想通り、フェルキアは早くも迷子になっていた。
迷路の中は序盤から幾つもの分かれ道が連なっていて、曲がり角も多いため、周囲の道を把握することすらとても困難になっている。景色もほとんど同じに見えて、次第に自分が今どちらに向けて歩いているかも分からなくなる。やみくもに歩けば、すぐ迷子になってしまうのだ。これだけでも足止めとしては十分すぎるほどである。
だがやはり、これではただの迷路である。地下迷宮と呼ぶにはふさわしくない。
最終的には、落とし穴とか色々置きたい。あと棘の出る床とか隠し扉とか中間にちょっと強い敵とか。それでちょいちょい宝箱、と見せかけてミミック置いときたい。これは魔王城を造るものとして、一つの大きなロマンだと思う。残念ながら自分のスキルでは魔物の創造は出来ないが。
トラップのプランを練りながら、フェルキアの後を歩くヨハン。
そして何十回目かの行き止まりのあと、フェルキアが「むーっ」と頬を膨らませた。
「よはんー。このめいろむつかしい」
「それはそうだよ。敵を撃退するための物だし」
「もっとかんたんなのにして」
「う~ん。今でも簡単な方なんだけどね」
トラップなどを置いていない分、難易度はかなり低いはずだ。
「もっとかんたんなのがいい。ずっとまっすぐだけがいい」
「それ迷路じゃないね。ただの道だね」
「あっ。ふぇるきあ、いいことおもいついたの」
フェルキアが小さな拳を握り、目の前の壁に振り下ろす。
「うー!」
ドゴオオオオオオオオオオン!
「フェルキアーーーーーー!?」
フェルキアがその怪力で迷路の壁を破壊した。
「これですすめるの。ふぇるきあ、てんさい」
得意気にふんすと鼻を鳴らすフェルキア。
彼女はそのままのしのしと壁の向こうの道に進む。
「だ、ダメだよフェルキア! 今のは禁止! ルール違反!」
「えー」
「えー、じゃありません! もっと頭使って進めないと!」
「あたまー? あ、そっか」
フェルキアが目の前に立つ壁を頭突きによって破壊する。
「ふぇるきあ、わかった。これがせいかい」
「やめてー! とんち利かせないでー!」
その先もヨハンの静止を聞かず、どんどん壁を壊しながらひたすら直進していくフェルキア。
そんなやり方で進んでいけば、割とすぐゴールに辿り着く。
迷路を抜けて、フェルキアが両手を上げて喜んだ。
「うーっ! できたー! よはん、ほめてー!」
「ああ、うん……。そうだね……。えらいえらい……」
力のない手でフェルキアのピンクの髪を撫でるヨハン。
フェルキアは満面の笑みになり、とっても楽しそうにする。
でもさ、フェルキア……。さっきお城、大事にするって言ったよね……?
「ふぇるきあ、すごい。ふぇるきあじゃなきゃ、くりあできない」
「そうだねぇ……。すごいねぇ……」
後でちゃんと直さないと……。と、穴だらけになった迷路を眺め、つい苦笑いをするヨハン。
誰か僕にもえらいえらいしてくれないかな……とヨハンは遠い目をしながら思った。
※
地下迷宮を抜けだした後も、ヨハンとフェルキアは順番に魔王城の中を巡っていく。
「ここは魔導書庫の予定地だよ。フェルキアもしっかり勉強しようね」
「絵本とお菓子のお部屋ー! うー!」
「あれ、僕のお話聞いてない……?」
「こっちは捕らえた敵を入れる牢屋。一度扉が閉まったら、中からは絶対出られない――」
「よはんー。たすけてー」
「なんで勝手に入ってるのさぁ!」
「この広い部屋は、玉座の間さ。フェルキアのために立派な玉座を造ったよ」
「ぎょくざ、いや」
「え?」
「ふぇるきあ、これきらい。くっしょんつくってー」
「……………………………………」
新魔王城が広いと言っても、最低限の家具以外にはほとんど何もない状態だ。一通り見回るくらいなら、二時間もかからず終わってしまう。
今二人は、最上階にある居住区の一角。城の中でもかなりの広さを誇っている、フェルキアの部屋の中にいた。
フェルキアはヨハンがついでに作った天蓋付きのベッドに寝そべる。その隣に、ヨハンが座っていた。
「そう言えば、このお城に名前を付けてなかったね」
自身の作った建築物には必ず名前を付けるヨハンだが、フェルキアの子守りで忘れていた。
「どうしよう、どんな名前がいいかな……。魔王様にふさわしい、禁忌で邪悪で強そうな名前を――」
「ねこさんはうす」
「うん……。フェルキア的にはそうなるよね……」
フェルキアのセンスはそっち寄りである。強そうな名前は出てくるまい。
「じゃあ……『マルボーナ』とかどうかなぁ。そのままずばり『邪悪』って意味で」
「ねこさんはうす」
「でも、単語一文字じゃつまらないかな……。もっとこう、禁断の○○とか究極の××とか組み合わせた方が格好いいかも……」
「ねーこーさーんーはーうーすー」
無視していたら、ついにフェルキアが動き出した。ヨハンの背中にのしかかり、わざと体重をかけてくる。
「フェルキア、ダメだよ! 名前だけは譲れない! 建築士としてのこだわりなんだ!」
「ふぇるきあは、ねこさんはうすがいいの~」
「いーや今回はダメだよ、フェルキア。建築士として、納得のいく名前を建物につけないと!」
「むー」
フェルキアは考えるそぶりを見せて、言う。
「ふたりでつくったおしろだから、ふたりでなまえつけないとだめなの。ふぇるきあのいけんもとりいれるべきなの」
「いや、でも……。僕たちのセンス混ざりあうかな……?」
「じゃあ……。『きんだんの、ねこさんはうす』」
「き、禁断の猫さんハウス!?」
混ぜたら危険なセンスであった。
「これいじょう、ふぇるきあゆずれない。あまりわがままいわないでほしいの」
なぜかヨハンが迷惑な奴みたくなっている。
「禁断の猫さんハウスとか、絶対魔王城じゃないけどね……」
というかよくよく考えれば、この外観の魔王城に格好いい名前とか似合わない。こういう造りにした時点で、ある意味手遅れなのであった。
「ま、いっか……。それじゃあ、『禁断の猫さんハウス』でいこう!」
「うー!」
ヨハンが高らかに宣言する。
するとフェルキアも納得し、ヨハンに体重をかけるのを止めた。
そして、彼の隣に座る。彼の身体にもたれかかって。
「ふたりのおしろー! よはんとふたりでつくったおしろー!」
理想のお城の完成に、とてもご機嫌になるフェルキア。
ヨハンとくっつき、彼に甘える。
そんな彼女に、ヨハンは柔らかい笑顔を浮かべた。――どこか寂しさを隠すような笑顔を。
――もうすぐ、言わないといけないな……。
『二人のお城』という言葉で、ふとそんなことを考える。
魔王城がほぼ完成し、ヨハンの役目はほとんど終わりだ。
後はキチンとトラップを設置し、侵入者を撃退できるようにすれば、彼にできることはなくなる。そうしたらちゃんと、ヨハンや彼の仲間の勇者が魔王・魔族を追い詰めたことを、説明しておかないといけない。
たとえ、フェルキアに恨まれても――。
「ねぇ、ヨハンー」
不意に、フェルキアがヨハンに話しかける。
「これで、ぱぱもかえってくるかなぁ……」
「え?」
フェルキアが行った『ぱぱ』という言葉に、ヨハンの心臓がキュッと縮んだ。
「ぱぱ、いったの。かならずかえってくるからって。それまで、おしろをたのむって」
それは、勇者との戦いで命を落とす直前だろう。
フェルキアを安心させるため、そんな約束をしていたのだ。
「ぱぱ、ぜんぜんかえってこないの。ふぇるきあがいいこでかくれてたら、すぐかえるっていってたのに」
「それは……」
「でも、りっぱなおしろつくったから、かえってきたくなるよねー…?」
いつもとは違う、寂しそうな声。
表情もさっきまでの笑顔とは違い、不安をそうな顔になっていた。
「…………」
ヨハンは、咄嗟に答えられなかった。
もう魔王である彼女の父は、退治されてこの世にはいない。そのことをハッキリ言ってしまえば、間違いなく幼い彼女は傷つくはずだ。
だが……。
「…………多分、それは無理だと思う」
ヨハンは、あえて真実を告げる。
多少ぼかしながらではあるが、彼女の父がもう帰ってこないということを伝えた。
ここで嘘をついたとしても、魔王が死んだと分かった時に余計辛くなるだけだ。言うなら、早い方がいい。
ヨハン自身、フェルキアに自分が勇者の仲間であったことを説明しないといけないのだから。
「…………そっかぁ」
フェルキアは、落ち込んだ様子でうつむいた。
しかし、涙を流すことはない。彼女自身、薄々分かっていたのかも知れない。魔王である父が命を狙われ、危険な戦いに身を投じたことが。それとも魔族の本能として、そういったことを感じていたのか……。
「よはんは、どこにもいったりしない……?」
泣く代わりに、フェルキアはヨハンの服の裾をつまむ。そして力強く、ギュッと引っ張る。
先ほどよりも、さらに不安そうな表情で。
「フェルキア……」
もしヨハンがここを出ていったら、このだだっぴろいお城の中で彼女は一人になってしまう。今よりも、余計に寂しくなってしまうだろう。
彼女にはもういないのだ。魔王である父親も、他に頼れる存在も。
そして、そのことをとても悲しんでいる。魔族とは言えまだ子供。それは当然の心情だ。普段はとてもマイペースで平気な顔をしていても、傷ついているに決まってる。
そう分かった途端、ヨハンの口が勝手に動いた。
「……安心して。僕は、どこにも行かないから」
「……ほんとに?」
「うん、もちろん。君のパパがずっと帰ってこないなら、僕が新しいパパになる」
僕は、何を言っているんだろう……。
もともとは魔族の敵だったのに。直接的では無いにしろ、フェルキアから魔王を奪ったのに。
彼女のパパになるなんて、自分にそれを言う資格は無い。そう、頭では分かっている。
しかし、言葉が止まらなかった。
「約束する。だから、安心していいよ。ずっと一緒にいよう。フェルキア」
「………………よはんーーーーーっ!」
フェルキアはヨハンに抱きついて、その胸の中ではじめて泣いた。
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