第七話 勇者パーティー、窮地に立たされる
「うわあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
目の前に迫る雷光の恐怖に、ビルグは顔を歪めて叫ぶ。
瞬間、目の前の景色が消滅。サンダーブレスがかき消され、周囲のものが全て消える。
その現象とほぼ同時。
数日前に見たばかりの、謁見の間の光景が広がる。
「こ、これは……? 転移できたのか!?」
「わ、私たち、生きてるの……?」
「…………もう……絶対死んだと思った……」
サンダーブレスが当たる直前、限界ギリギリのタイミングでビルグたちは何とか逃げ延びた。転移結晶が咄嗟に発動。行き先を指定する余裕もなく、最後に立ち寄った王城へと帰還を果たしたのであった。
「よ、よかったぁ~! 私、本気でヤバイと思ったんだけど!? 何あのドラゴン! 強すぎない!?」
「……私たちの力が通じない。……明らかに異常な魔物だった」
ミーシィとケーネは腰が抜けたのか、ふにゃふにゃとその場に座り込む。
「……………………」
一方ビルグは立ちつくし、しばらくの間動かない。
そして、ふと彼女たちの方を向き、厳しい口調で問いかけた。
「…………おい、ミーシィ」
「え、何?」
「お前……。さっきのあの防壁は何だ?」
ビルグが言っているのは当然、サンダードラゴンの攻撃を防いでいた防壁のことだ。
「お前はいつから、あの程度の雷撃数発で壊れる結界しか張れない、無能な術者になったんだ?」
「む、無能……!?」
「それにケーネ……。お前、念で二分はドラゴンを止めていられるって言ったよな? どうしてすぐ術が弾かれた?」
「…………」
ビルグの言い方に、二人の表情が固くなる。
「だ、だからぁ! それほどあのドラゴンが異常だったって話でしょ!? それに、ビルグの剣だって全然通用してなかったし!」
「……私も、そう思う。魔王よりも、強かった」
「いいや、違うな。俺の見た所、あのドラゴンは魔王よりかは格下だ。魔王を仮に俺たちと同じSSSランクだとすると、あのドラゴンはSランクからSSランク。これは絶対に間違いない」
一魔族たるドラゴンが、魔物の王である魔王よりも強いなんてことがあるはずない。それに、サンダードラゴンからは魔王より強い圧は感じなかった。だからこそビルグは勝てると思い、戦いを挑んだのだから。
「アイツが強く見えていたのは、俺らの力がいつもより数段弱かったからだ。いつもなら俺の断罪刃は、確実にアイツの首を跳ねてた。なのに、今日は出来なかった……!」
魔王を倒したあの技が簡単に破れてしまったことを、ビルグはまだ受け入れられずにいた。
「何なんだよ! 訳分かんねぇ! 俺たちは勇者パーティーだぞ! ドラゴンごときに遅れをとってたまるか、クソが!」
「おお、勇者たち! いつの間に戻っておったのだ?」
ふと、上座から声がする。
ビルグたちの声を聞きつけたのだろうか、アレクセン国王が従者を連れて、玉座の側にある扉から出て来た。
ビルグたちは慌てて跪く。
「いやぁ、ドラゴン討伐お疲れ様! 首を長くして待っておったぞ!」
王は自らビルグへ近づき、彼の肩を親し気に叩く。
彼は完全に、ビルグたちがドラゴンを倒したと思い込んでいる。
「しかし、申しわけなかったな。魔王に引き続きドラゴンまでも。君たちには頼りっぱなしだ」
「い、いえ……。それは問題ないのですが……あの……」
「む? 大丈夫かねビルグ君。なんだか少しやつれているな。まるでキノコ(毒)でも食べたみたいだぞ」
――何なの、コイツ。心を読みとる能力者なの?
「よく見ると、みんなひどい格好じゃないか。まるで野営の準備を忘れるという冒険者としてはありえないほど馬鹿な失態をしでかした挙句、強引にドラゴン討伐を続け、結局死にそうになりながら転移結晶で逃げ帰って来たみたいだぞ」
――ホント何なんだよコイツは! 実は全部見てたんじゃねえのか!?
ビルグは必死に叫ぶのをこらえた。
「なんて、そんなわけがないか。失礼なことを言ってすまない。どうかな? サンダードラゴンの方は。正直、楽勝だったろう?」
「いえ、その……楽勝というか、何と言うか……」
「君たちのおかげで、クリアデスとの貿易もこれまで通りうまくいくだろう。あちらの王にも貸しが出来た。本当に君たちがいてよかったよ。お礼をしてもしきれんな」
「あ、ははは……。いや~、実はその……」
違うんですよ、と言おうとしてもなかなか口が動かない。
もっと別の場所に転移すればよかったと、ビルグは心底そう思った。
「おお、そうだ。お前たち! 勇者の方々にアレを差し上げろ!」
「え?」
王が言うと、従者の者がビルグたちの前に宝箱を一つずつ置いた。その中に入っていたものは、転移結晶を始めとする貴重なアイテムの数々だ。
「え、え……?」
「最近地下迷宮で見つかった物でな。どれも超がつくレアものだ。金の準備はもう少しかかるが、先にこれを受け取って欲しい」
「いやいやいやいや! こんなの無理です! 受け取れませんよ!」
「なんだ、遠慮する必要はないぞ。正当な報酬なのだから」
とても優しい笑顔を浮かべて、宝箱を勧める国王。
ミーシィとケーネは困り果てた顔でビルグを見た。
(ねぇ、どうする……?)
(……もう正直に、言うしかない……?)
(いや、だってこんなの言えねえだろ!)
ただでさえクエスト失敗の報告は何より気が重いものなのに、それをこんなに喜んでいる国王に直接伝えねばならない。冒険者にとって、ある意味死ぬより恐ろしいことだ。
(…………仕方ねぇ。こうなったら全部もらって逃げるぞ!)
(は、マジ!? そんなのさすがにマズいでしょ!)
(……絶対にバレる。サンダードラゴン生きてるし)
(問題ねぇ! これだけレアなアイテムがあれば、報奨金なしでも遊んで暮らしていけるはず! もらってさっさとズラかるぞ!)
ビルグは少し考えたあと、思い切って覚悟を決めた。
「ありがとうございます! では、アレクセン様、我々はこれで失礼します!」
「うむ、そうか? 何なら食事も用意するが……」
「いえ! 我々も急いでおりますので! それでは、失礼いたします!」
ビルグたちが最後に深く頭を下げる。
(本当に大丈夫なんでしょうね? ちゃんと逃げられるんでしょうね?)
(大丈夫だって! バレるまでには時間がかかるさ! すぐ王都を出れば問題ない!)
(…………分かった。そこまで言うなら信じる)
ビルグが宝箱を抱え、出口の方へ向かっていく。ミーシィとケーネもそれに続く。
その直後に、一人の従者が飛び込んできた。
「王! 大変です! クリアデスとの国境付近で謎の落雷が発生しています! 付近にいた我が国の貿易商人たちの多くが被害にあったという報告も!」
「なにィ!?」
明らかにビルグたちに関係のある話だった。
「商人は無事のようですが……。いくつかの馬車に分けて積んでいた各種アイテムや素材は全滅。被害額は甚大かと……」
「何だと……? ま、まさかサンダードラゴンか!?」
どうやら敵に逃げられて怒り狂ったドラゴンが、周囲に落雷を降り落とし、犠牲者を出していたらしい。
「どういうことだビルグ君! ドラゴンは倒したと言ったじゃないか!?」
「え、えっとぉ……」
一言も言ってねーよとは、さすがにこの状況では言えない。
「まさかお前たち、騙したのか!? さてはアイテムを盗む気だな!」
「ち、ちちちちちちちち違いますよ!? そんな訳ないじゃないですかぁ!」
「ではなぜ、宝箱を持っていこうとしたのだ!?」
「………………………………………………」
「ほら見よ! 言い訳出来ないではないかっ!!!」
王の怒号が謁見の間を揺るがせる。その迫力は、サンダードラゴンの咆哮にも引けをとらない程だった。
「勇者殿……。どうやら私は、あなた方のことを見誤っていたようだ。クエストに失敗しただけならまだしも、さらに私を騙そうとするとは……」
「い、いえ! 決してそのようなことは……!」
「悪いが、今回の損害は君たちに渡す予定だった報奨金から出させてもらう。よもや、文句は言うまいな?」
「そ、そんな!」
アイテムももらえず、報奨金も切られてしまう。ビルグにとって、それは最悪のケースだった。
「ち、違うんですよアレクセン様! 今回はたまたまうまくいかなかっただけなんですよ! 本当はサンダードラゴンなんて、片手で捻りつぶせます! ホントに!」
「ほう……? ならば、魔王討伐の功績に免じて、もう一度チャンスを与えよう。十日以内に必ずやサンダードラゴンを討伐せよ。もしもまた失敗するようなら、報奨金はこちらで使用させてもらう」
「はっ! 必ずや、今度こそ仕留めて見せましょう!」
※
「ねぇ、ビルグ! ビルグってば! あんなこと言って大丈夫なの!?」
「……あのドラゴン、とても倒せると思えない」
「うるせえな! あの場はああ言うしかなかっただろうが!」
王城を出て、言い争いながら街中を歩くビルグたち。
ミーシィとケーネは、これからまたあのドラゴンと戦わないといけないと思い、相当憂鬱になっていた。
「大丈夫さ。あの時は俺も疲れで万全じゃなかった。ちゃんと準備を整えて行けば、ドラゴン程度余裕で倒せる!」
その三日後、今度は万全の状態で山へと向かったビルグたちは、再びドラゴンに惜敗し王都へ逃げ帰るのだった。
応援ありがとうございます!
少しいつもより短めですが、キリが良いのでこの辺で。
次回から、また一度ヨハンのお話しに戻ります。