第四話 建築士、魔王城を建てる(後編)
ブクマや評価、感想など、大変ありがたく頂いております!
精一杯頑張って書かせて頂きます。
「よはんー。みてみてー」
「う、うん……。何カナー……?」
非常に疲れた顔つきで、フェルキアから紙を受け取るヨハン。
これで三十七回目だ。お城のデザイン画を見せられるのは。
「こんどは、かっこいいのをつくってみたの」
「そ、そうだねー。すごく格好良いねー……」
彼女が描いてくるデザインは、どれも魔王城らしさがなかった。邪悪で堅牢な城というより、豪華で煌びやかなお城。そして、必ず猫がいる。
今フェルキアから受け取ったものも、いかにも子供が書いたようなイメージしやすいお城の絵。その真ん中に、巨大な猫の顔があった。魔王城の紋章として大きな猫を描いたのだろう。
その上、入り口で猫が寝ていたり、尖塔に猫が立っていたり、屋根で猫が寝そべっていたり、隙あらば猫を推してくる。
フェルキアちゃん……。これ魔王城ちゃう。猫屋敷や……。
そうツッコミたいのを必死にこらえて、ヨハンは笑顔でその絵を見つめる。
「う~ん……。それでもこれはなぁ……。お城の外壁に、でっかい猫の飾りはちょっと……。非常に景観を損なうというか……」
「……よはん、つくってくれないの……?」
「喜んで造らせていただきまぁす!」
あの潤んだ瞳で見つめられたら、断ることなどできなかった。
晴れて魔王城の外観が、猫屋敷風になることが決定。
……あれ? 僕、いま何を造ってんだっけ?
「っと……。もうそろそろ基礎は終わるかな?」
工事開始から三日が経った。大地育成による基礎工事は今日の昼には終わるだろう。
足りない分のメタル化石材も土人形たちがせっせと採掘してくれたおかげで、すでに大方揃っている。
残った作業は、実際の建築作業のみ。
だがその前に、ひとつ楽しみたいことがあった。
「ねぇ、フェルキア。ちょっとこれを見てごらん?」
「うー?」
大きな紙をフェルキアの前に広げるヨハン。それは、魔王城内部の図面であった。
「これを見て、一緒にお城の造りを確認しよう」
図面を見てあーだこーだと話していると、夢が膨らんでくるものだ。『この部屋は書斎として使おう』とか『テーブルや椅子はここに置こう』とか。家ができる前の妄想は、この世の中で一番楽しい時間である。
ヨハンはフェルキアにその楽しみを感じてもらおうと思っていた。
「うーーーーーーっ!」
思惑通り、フェルキアは図面を食い入るように見つめていた。これからのお城での生活に胸を膨らませているのだろう。依頼者のこういう表情を見ると、ヨハンはとても嬉しくなる。
ヨハンは日中、大地育成のために座っているしかやることが無い。その間、内部の間取りをどうするかしっかりと書いておいたのだ。
魔王城というだけあって、巨大迷路やマグマの池、魔導書庫に宝物庫など、さまざまなエリアを考えている。
もっとも、かつて魔王城に保管されていた貴重品の類は全て、勇者たちが押収している。せっかく宝物庫などを造っても、置けるものはないのだが……。
だが、こういうものは雰囲気も大事だ。とりあえずそれっぽい作りにすれば、宝などあとからやってくる……はずだ。
「じゃあ、ひとつずつ説明していくよ? まず一階の広場だけど、ここは魔王城らしくトラップルームにし
てるんだ。侵入者たちを追い返せるよう、難易度はかなり高めにして――」
「やだ」
ヨハンの説明を遮って、フェルキアが小さな声で言った。
「え?」
「それつまんない。もっとたのしいへやにする」
フェルキアがペンを手に取って、図面に何かを書き加えていく。
「ぬいぐるみおくの。くまさんの」
「あっ……」
トラップルームだった部屋が、テディベアのイラストで埋め尽くされた。
これじゃトラップ設置できない。フェルキアが楽しく遊ぶような場所に、そんなものを仕掛けるのは危険だ。
……ま、まあ。一部屋くらい、いいか。
「じゃ、じゃあ次は……魔導書庫だね。今は一冊も本ないけど、いずれは貴重な魔導書を集めてフェルキアが勉強できるように――」
「べんきょうきらい。むつかしいほん、ふぇるきあいや」
フェルキアがまたペンを取り、魔導書庫の部分に書き足していく。
「えほんにするの。ついでに、おやつとおもちゃもほしいの」
「…………」
雰囲気が、どんどん死んでいく……。
この子、趣味が完全に女の子だ。魔王らしさより年相応の女の子らしさが勝っている。非常に良いことだとは思うが、建築においては少々厳しい……。
「あと、ここー」
そう言ってフェルキアが指したのは、地下にあるマグマの池の予定地。
「まぐまきらい。あついから。かわりに、ねこさんかいとくの」
最後は猫のイラストで図面中を埋め尽くす。
これは、なんということでしょう。
侵入者にとって難関だったトラップエリアは、愛苦しいテディベアの間へと変貌。書物を管理する魔導書庫はただの託児所へと変わり、マグマの池は猫の池に。あれだけ恐ろしく、人っ子一人近づかなかった魔王城は、子供たちも親しみやすい憩いの場へと変わったのです。
……この悲劇的ビフォーアフターに、ヨハンは両手で頭を抱えた。
「イメージが……当初のイメージが……」
造ろうとしていたものとの乖離に、建築士としてのプライドが揺れる。これじゃ、本当に猫屋敷だ。本当にこのまま建築してもいいのだろうか……?
しかし、フェルキアの言うことに逆らう訳にはいかなかった。自由奔放な子供の前には、大人の計画性など無力。建築士としてのプライドも、彼女の前では捨ておくべきだ。
なにせこれは、フェルキアのための城なのだから。
「ねぇ、よはんー」
フェルキアが、弾んだ声でヨハンの名を呼ぶ。
「いっしょにねこさんかおうねー!」
ひまわりのような笑顔を向けて、ヨハンにぎゅっと抱きつくフェルキア。
「……うん。そうだね。きっと飼おう……」
フェルキアの小さな頭を撫でる。
彼女は目を細め、「うー♪」と、楽し気に声を出す。
フェルキアはもう、ヨハンと一緒にお城で生活するつもりでいた。
そんな彼女の様子を見て、ヨハンはどうしても思い出す。自分が勇者の仲間であったという事実を。
「………………」
まだ出会って数日なのに、ヨハンはすっかりフェルキアに愛着が湧いていた。事実を話し、この笑顔を壊すのが辛い。
しかし、隠したままにしてはいけない。
この城が完成した後で、必ず事実を伝えるのだ。
※
昼になり、ようやく大地育成が終了。メタル化石材も十分集まり、建築の準備が整った。
ヨハンは広場の端に立ち、フェルキアはその横でこれから起こる建築の様子を見ようとしていた。
「フェルキア。危ないから、終わるまでそこから動いちゃダメだよ?」
「うーっ!」
フェルキアにしっかり言い聞かせる。その後で、ヨハンは何度か深呼吸をした。
城を建てるのは久しぶりだ。フェルキアのためにも、ミスは絶対に許されない。
ヨハンが心を落ち着けて、右手を前に付き出した。
『永久強化!』
広場の中央。山のように積まれたメタル化石材を対象に、ヨハンがスキルを発動する。
それは、あらゆる強化効果を建築素材に付与するスキル。この効果は永続的で、建物自体が破壊されるかヨハンが取り消さない限り、決して解除されることはない。
「防御力強化、風雨劣化防止、自動修繕、デバフ無効、属性無効……」
いくつものバフを素材に付与し、これ以上ないほど強化する。
さらに、別のスキルを追加。
『物質変化!』
メタル化石材の性質が、固体から液体に変化していく。積み上げられた石材が、どろりとした銀色の液体に。その様はまるで、レアモンスターのメタルスライム。
そして、いよいよヨハンが言う。
「それじゃあ開始だ!『超絶技巧』!」
スキルが発動した瞬間、液状となったメタル化石材が一斉にその形を変えた。大量のメタルが二つに分かれ、片方が巨大なお城の形に、もう片方が城門の形をとっていく。
「ふおぉぉーーーーーーー!」
予想外の変化に、フェルキアが大きな歓声をあげる。
メタル化石材は丈夫かつ、ヨハンのスキルで自在に形を変えることができる。「石材」と言いつつ、柔軟性のある材料だ。この素材を使う場合のヨハンの建築手順としては、素材そのものにバフをかけ、その後全てを液体に――リキッドメタル状態にする。そして最後は建築スキルの中心である『超絶技巧』で形を造る。
超絶技巧は、素材を自由に操って建物を建造する能力だ。この力があればたった一人でも巨大な建物を造ることができる。それも、ごくごく短時間で。
さらに……。
「えーっと……。こっちに猫の顔があるのか……」
リキッドメタルとなった素材は、液体のため手軽に形を変えられる。すでに形が出来ているところを崩さないよう注意しながら、細部をいじることができる。
フェルキアが描いた城門やお城のデザインを見て、その通りの形を造るヨハン。
こうして、液体になったメタル化石材を操っていけば、魔王城は楽に出来上がる。
今回のメタル化石材は、素材の中でも特に扱い易いものだ。これが例えば木材やレンガなどになれば、別の加工法や組み立て方が必要になってくるだろう。液体のように自由に形を変えられない分、今よりもさらに集中して加工を行わなければならない。特に城などを造る場合は、スキルで素材を操るとはいえ、かなりの労力になるだろう。
今回の素材がメタル化石材でよかったと、作業しながらヨハンは思う。
次第に城の形が整い、細部の調整も終わっていく。
ヨハンが、仕上げに取り掛かった。
『硬質化&染色』
リキッドメタルが、調整された形を保ったまま固まる。さらに銀色だったそれは、みるみる内にパステルピンクへ変わっていく。
魔王城にふさわしくない配色は、当然フェルキアの好みである。
「うーーーーーーーーーっ!」
望んでいたものが形となり、フェルキアがピョンピョン飛び跳ねる。
以前の魔王城とは違い、禍々しさのない明るいお城。幾つもの塔が伸びている豪華絢爛たる様は、まるで王族の住む城のよう。その中心部には大きな猫の顔がつけられてトレードマークとなっている。お城の前に立つ城門にも、3匹の猫の顔があった。
フェルキア理想の魔王城が、ヨハンの手により完成した。
魔王城、ひとまず完成です。
次回からは、勇者のざまぁも進めていこうと思っております。