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第二話 建築士、魔王の娘と仲良くなる 


「はぁ……。これからどうしよう……」


 ギルドから追放された後、ヨハンはしばらく途方に暮れて町外れの道を歩いていた。

 冒険者資格を剥奪され、今まで作った拠点も奪われ、スキルの使用も禁じられた。これほど行動を宣言されたら、彼にできることは何もない。


「とりあえず宿でもとろうかな? でも、多分お金が足りないし……」


 お金の管理は全てリーダーのビルグが取り仕切っていたため、ヨハンはほとんど持ち合わせがない。だが今更お金を取りに行っても、相手をしてはくれないだろう。


「しょうがない……。どこかで野宿でもするか……」


 今日はもう遅い。とりあえず、どこかで落ち着く必要がある。

 ヨハンはたまたま持っていた転移結晶を一つ使って、遠い場所へと移動する。

 やってきたのは、魔王城の付近。大きく開けた空間に、崖を背にして高く巨大な城が建つ。付近は森となっており、魔王城の周囲には断崖絶壁の山々がそそり立っていた。つい最近まで勇者パーティーの一員として、ヨハンが戦っていた場所だ。


「なんか……ここしか思いつかないな……」


 戦いの跡が色濃く残るこの場所に、ヨハンはなぜか戻ってきた。

 ビルグが魔王を倒すまで、ここは国中で最も危険な場所だった。悪の象徴たる魔王城が屹立し、見張りの魔王軍たちが常に周囲を警戒していた。

 魔王が倒れ、従属していた魔族たちも全て死んだ今は、実に静かなものであるが……。

 

 魔王城は戦いの余波でボロボロに崩れてしまっていて、虚しさだけが残っていた。


「なんか、ちょっと可哀想だな……」


 スキルがら廃墟と化した建物を見ると、いたたまれない気持ちになる。特に魔王城は、外から見ただけで分かるほどかなり立派な造りだったのだ。


 前に立つ者を威圧するほどの高く堅牢なその外観。禍々しい尖塔を有するそれは、典型的な魔王城サタニキア建築。赤黒く光る外壁が邪悪な雰囲気を演出している。主な素材である『メタル化石材』はこの周囲の魔素と合っていて、防音・耐熱・衝撃吸収のバフを自動的に受けることが出来るし、雨風による劣化を防ぐための特殊な魔法もかけられている。

 建物としてはあと千年……いや、二千年は寿命があったはずだ。激しい闘いがあってなお城が原型をとどめているのは、よほど強い造りだった証拠。そう思うと、本当にもったいない。


「直してやれればいいんだけど……。もう冒険者じゃないからなぁ……」


 ヨハンのスキルをもってすれば、建築物の修繕など一日もあれば終わるだろう。だが、資格を剥奪された自分が魔王城を直していたと知れたら、極刑に処されるかもしれない。残念だが、このまま放っておくしかなかった。


「って、僕はなにを考えてるんだ……。それより寝場所を探さなきゃ……」


 さすがにこの元・魔王城は寝床には使えないだろう。魔王たちとの戦いで、中は瓦礫だらけになっているはずだ。


 スキルを使えば一軒家くらい楽に建築することもできる。ヨハンは適当な広い場所に家を作ろうか考え、止めた。バレたらマズいというよりは、なんだか今はやる気が出ない。

 建築自体は大好きだが、仲間に裏切られた直後まで頑張ろうとは思わなかった。


――洞窟か木の洞を探して休もう。


 ヨハンは落ち着ける場所を求めて、城の近くに広がっている森の中へと歩いて行った。夜の森はかなり気味が悪いが、危険な魔族はいないと思うと幾分か気は楽だった。

 そうしてしばらく進んでいくと、小さな城のような建物が見える。

 ヨハンが作った拠点の一つだ。


 真っ白な外壁に、等間隔に取り付けられた双子窓。建物の上部にはクロスした剣の紋章が大きく取り付けられていて、お城らしい対塔も伸びている。全体的に左右対称。冒険者ヒロイック建築をやや応用したその建物は、ヨハンが自分の建築の中で一番気に入った作品だった。

 魔王城に比べれば比較にならない程小さいが、内部の機能は申し分ない。中にいるだけで体力や魔力が回復するよう造られており、特殊なバフを付けることもできる。ギルドの作戦本部兼、冒険者たちの休憩所として重宝していた建物だ。


「ペェルフェクテーソ……」


 ヨハンは小さく、その建物の名前を呼ぶ。

 彼は自分の建築物に必ず名前を付けるのだ。ペェルフェクテーソの意味は『完璧』。ヨハンがどれほどこの建物を気に入っているか分かる名前だ。


 今回ヨハンが建てた拠点は、本当ならば全て彼の所有物になるはずだった。しかしビルグの手回しのせいで、ヨハンにはもうその権利はない。一歩でも中に踏み入ろうものなら、その時点で犯罪とみなされる。


「でも……少し見ていくくらいなら……」


 入ることは出来ずとも、せめてゆっくりと眺めたい。

 ヨハンは森を抜け、ペェルフェクテーソの建つ場所へ向かう。

 すると、窓から明かりが漏れているのに気づいた。誰かが中にいるようだ。


「ねぇ、ビルグ~。私、もう我慢できないんだけどぉ」

「……私も、早く抱きしめて……?」

「おいおい盛んなよ、ミーシィ、ケーネ。慌てなくても、まとめて相手してやるよ」


 聞こえてくるのは、馴染みのある声。

 どうやら拠点の中でも一番大きいペェルフェクテーソは、魔王を倒したビルグたちが報酬として得たようだ。

 彼らも転移結晶でここまでやってきたのだろう。そして、ヨハンが特別愛情を注ぐ建物の中で、いかがわしいことをしようとしていた。


「しっかし、うまくいってよかったよな~。ヨハンがいなくなったおかげで、俺たちの取り分かなり増えるぜ? 国王からの報奨金」

「やったぁ! 最高! アイツ追い出して正解だったね~。もとからいない方がよかったし」

「……お金ももらえて、邪魔者も消えた。一石二鳥で素晴らしい」


 しかも、建築者の悪口を言いながら。


「報奨金……? なんだそれ……」


 それは、ヨハンの聞かされていない話だった。


 おそらく魔王討伐の報酬として、ギルドの報酬とは別に国から大金をもらったのだろう。勇者パーティーのメンバーが。

 そしてヨハンは理解した。このお金の取り分を増やすことこそ、ビルグたちが自分を辞めさせた一番の理由であることを。

 冒険者ギルドの人たちも、ビルグたちから袖の下をもらって協力していたに違いない。


「くそっ……! なんて汚い奴らなんだ! あんな奴らが、ペェルフェクテーソを……!」


 ヨハンは何だか、恋人を寝とられた気分だった。非常に不愉快で、許せない。あんな奴らに大切なものを奪われて、何もできない自分が悔しい。


 こうなったらもう、アイツらが中にいる内にペェルフェクテーソを壊そうか? スキルで建物を倒壊させれば、ビルグたちを生き埋めにできる。そんな考えが頭をよぎる。

 ヨハンは建物に手をかざし、建築スキルの最上級、『崩壊クランブル』を使おうとする。

 ――が、直前に思いとどまった。


「……やめよう。ペェルフェに罪はない」


 建物への愛情は、ビルグへの恨みなんかより強い。

 ヨハンはペェルフェクテーソへの愛情のため、暗い気持ちを胸の奥にしまった。


「おしろ、いいなぁ……」


「!?」


 いきなり隣から声が聞こえた。

 ヨハンは驚き、慌てて飛びのく。

 まさか魔族の残党か!? と、反射的に声のした方を確認。そして、そこにいたものは――

 

 小さな女の子であった。


「え………………?」


 歳は5歳くらいだろうか。腰まで伸びた煌めくピンクのロングヘアーに、仄かに赤く光る瞳。豪華なドレスを見に纏うさまは、どこかの国の姫のよう。その顔立ちも整っていて、思わず一瞬見とれてしまった。

 こんな夜の森にいるのはふさわしくない、非常に可愛い幼女である。

 彼女は大木の後ろに隠れ、小さなお口に人差し指を入れながらヨハンの造った城を見ていた。


「いいなぁ……おしろ、いいなぁ~…………」

「ね、ねぇ……君……。こんなところで何してるの?」


 ヨハンはつい声をかけてしまった。

 すると幼女は『はっ!』と、ヨハンの存在に気が付く。


「……おじさん、だぁれ~?」

「お、おじさん……」


 ヨハン(18歳)のガラスのハートにヒビが入る。


「ぼ、僕はヨハン・グリーシア。元冒険者の建築士だよ。君は、何て名前なの?」

「ふぇるきあー」


 あどけない声で幼女が言う。


「フェルキア、ちゃん? こんなところで何をしてるの……?」

「おしろ、みてたの。あのおしろ」


 言いつつ、フェルキアがペェルフェクテーソを指差した。


「ふぇるきあも、あんなおしろほしい。ふぇるきあのおしろ、さっきなくなっちゃったから……」

「フェルキアの、お城……? 君、お城持ってるの?」

「うん。あっちにたってる、おっきいのー」


 彼女が指差した方向は、明らかに魔王城のある位置だった。


「え……?」

「あのおっきなおしろ、ふぇるきあのだよー。まおーじょうって、ぱぱいってた」


 まおーじょう=魔王城。


(この子、明らかに魔族じゃないか!)


 やはり、まだ残党がいたようだ。

 しかもこの子、ただの魔族ではない。魔王城を『自分のお城』と豪語する幼女。しかも彼女の頭部を見ると、小さな角が二つほどニョキッと顔を覗かせている。

 魔王の一族であることを示す、漆黒の鋭い角だった。


(や、ヤバいぞこれは……。どうしよう……)


 ヨハンはこれまでの人生で一番頭を悩ませる。


(この子、多分魔王の娘だーーー! なんてこった! こんな隠し玉がいたなんて!)


 魔王の娘ということは、いずれ彼女が魔王になるということだ。人類にとって大きな脅威となり得る存在。この目で彼女を見た以上、このまま放ってはおけないだろう。


 ではどうするか? 今の内に息の根を絶つか?

 いくらその手で魔物を殺したことのないヨハンも、こんな小さな女の子ならば容易に倒してしまえるだろう。下手に力をつけられる前に、子供の内にこの魔王を……。


「……ダメだ! できないっ!」


 ヨハンには、やはり無理だった。

 たとえ魔王の血を引くものでも、幼女をこの手にかけるなど無理だ。


(だってこの子、見た目はマジで天使なんだよ!? 天使を殺せる奴いる? いないよ!)


 子供らしい小さく可憐な顔つきは、相手が魔族と分かっていても保護欲をかなり刺激してくる。それがこの子の能力なのかと疑いたくなるほどに。

 それに自分は冒険者じゃない。たとえ魔族を見つけたとしても、戦う義務はもうないのだ。それなら、放っておけばいいんじゃ……?


(いや……でも……。そうは言っても、魔王だし……)


 言うまでもなく、魔王は人間の仇敵である。冒険者かどうかは関係なく、倒せるならば倒すべきのはず。

 いくら見た目が可愛くとも、心は悪に違いない。そう思って彼女を見ると、天使の皮を被っている死神にすら見えてきた。


(そ、そうだ……。僕がやらなきゃ、この先死人が出るかもしれない……)


 資格こそ剥奪されてしまったが、冒険者としてのプライドは心の中に残っている。

 ヨハンは人々を守るため、フェルキアを倒す覚悟を決める。護身用で腰に差していたナイフを、生まれて初めて抜く時がきた。


「ふぇるきあ、いまね。ひとりなの」


 ふと、フェルキアが声をかけてくる。


「ぱぱがね。ひとと、せんそうしたんだって。それで、ふぇるきあに「にげろ」っていった。だから『ちか』にかくれてたの」

 

 パパとは、魔王のことだろう。どうやら魔王は娘だけでも助けようと、彼女を隠していたらしい。その気持ちは敵ながらあっぱれだ。


「それでおそとにでてきたら、ぱぱも、けらいも、みーんないなくなってたの」


 当然である。魔王はビルグが倒してしまった。

 他の魔族も、ギルドメンバーやヨハンのトラップハウスの餌食に……。


「それにね、おしろもぼろぼろなの! ふぇるきあ、もうあそこいられない。だから、あたらしいおしろほしいの」


 確かに、魔王城は住めるような状態じゃない。そこで彼女は休める場所を探そうと、森を歩いていたのだろう。……今のヨハンと同じように。


「っ…………!」


 ヨハンはフェルキアの境遇に、自分を重ねずにはいられなかった。

 たった一夜で、仲間も帰る場所も失ってしまう。死別か裏切りかの違いはあれど、状況は二人とも同じであった。

 魔王を倒した側のヨハンには、同情する資格は無いかもしれない。それでも彼は、フェルキアのことを可哀想だと思ってしまった。申し訳ないと思ってしまった。

 自分は、さっきビルグにされたことと同じようなことを彼女にしたのだ。そんな思いが、彼の覚悟を大きく揺るがす。ナイフへ伸ばした手を戻させる。


 第一、冷静に考えたら、こんな小さな女の子が人に害なす訳がない。この子よりもビルグやギルドメンバーの方が、よっぽど邪悪かつ危険である。


 それに、何よりこの女の子は……。


「あのおしろ……すっごくすてきなの……」

「え……?」

「ああいうおしろ、ふぇるきあもほしい……」


 赤い瞳を輝かせ、前のめりになってヨハンの造った城を見るフェルキア。憧れと羨望の詰まった眼差し。心の底からペェルフェクテーソを欲してくれている眼差しだ。

 自分の愛しい作品にあんな目線を向けてくれる者を、手にかけるなんて出来なかった。


「………………!」


 ヨハンは目をつむり、覚悟を決める。

 彼女を殺す覚悟ではない。これは、自分自信を殺す覚悟だ。

 冒険者としての自分を殺し、これまでとは全く違う別の人生を生きる覚悟だ。


「…………ねぇ、フェルキア」

「うー?」


 ヨハンはしゃがみ、フェルキアに目線を合わせて言う。

 小さな瞳がヨハンのことを映していた。


「実はあのお城、僕が作ったものなんだ」

「うー……? ほんとに?」

「もちろんさ。ほら」


 ヨハンが地面に手を触れる。

 するとフェルキアの足元に、ボコボコと土が盛り上がってきた。土は次第に形を整え、やがて小さなお城になる。ペェルフェクテーソのミニチュアだ。

 決まりを破って、ヨハンが建築スキルを使った。


「うーーー! おしろーーーっ!」


 両手をあげて喜ぶフェルキア。彼女は土でできた城を持ち上げ、「ふおぉぉぉ……!」と感動している。


「これはただの見本だけど、本気を出せばもっとすごい物も作れるよ」

「うーーーーーーーーっ!」


 フェルキアがくるくると回り出す。喜びを全身で表現していた。


「じゃあ、あのおしろ、ふぇるきあにちょーだい! たくさんつくれるんだから、いーでしょ?」

「ごめん。それはむりなんだ」


 あの城は、もうヨハンの物じゃない。フェルキアには譲れない。


「えー……」


 途端にがっかりした顔になり、分かり易く肩を落とすフェルキア。

 ヨハンはそんな彼女の頭に、ポンと優しく手を置いた。


「その代わり、もっといい物を造ってあげるよ。フェルキアのための特別なお城を」


評価やブックマーク、大変嬉しく思っております!

ありがとうございます!

頑張って続けていきたいと思います。

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