第十一話 建築士、トラップを考える
リネットと和解したその後、ヨハンたちは三人で食事をとることにした。
食堂としてヨハンが作っておいた部屋には、数十人は一緒に食事ができそうな長方形の大きなテーブルが真ん中に用意されている。そのテーブルに置かれているのは、魚やキノコ、薬草などを焼いて料理したものだ。そして皿やフォークなどの食器類は、ヨハンが木材で作ったもの。スキルでは通常、家具しか作ることはできないが、手作業と細かいスキルの応用で何とか形にした物である。
「しかし、信じられませんね。この城をほぼ一人で建築するなんて」
魚を口に運びながら、リネットがヨハンに向けて言う。
ちなみに彼女の隣にフェルキアが、向かいにヨハンが座っている。
「まあ、当然だよ。それが僕のスキルなんだから」
もうリネットともすっかり打ち解け、ヨハンは敬語を止めていた。
「そんな一言で片づくレベルじゃありません。落ち着いてよくよく見てみると、この城はとんでもないです
よ。まず建物自体にかけてある強化効果が多すぎます。具体的にどんな力を込めているかは分かりませんが、周囲の魔素の濃さから見るに、十数個にはなるでしょう。おそらくこの中で戦争が起きても、建物はビクともしませんね」
さすがは魔王軍の幹部である。見ただけである程度のことは分かるらしい。
「この土地の強化効果だけで私を倒したのも脅威的です。それが事実なら、この土地の所有権さえ得れば、誰でも魔王になれますよ」
「そ、そんなにすごいかなぁ……?」
「すごいです。この城はもはや無敵でしょう。もし魔王様たちが攻められたときに、この城と土地の力があれば余裕で撃退できたでしょうね。……外見はまぁ、アレですが……」
「あ、やっぱりそう思う?」
「それは、正直……。フェルキア様の好みなので、特に文句はありませんが……」
魔王城にはもっと威厳と禍々しさを。その意見においてヨハンとリネットは一致していた。
「おいしかったのー。りねっとー、あそぼー」
食事を終えたフェルキアが、リネットを揺らして遊びをせがむ。
「あっ、フェルキア様。まだダメですよ? 薬草もちゃんと食べてください。立派な魔王になれませんよ?」
「ぶー。ふぇるきあ、これいらない」
「我が儘を言ってはいけません。薬草は栄養価抜群で、体力も回復する良いものなんです」
「じゃあ、あげるー」
フェルキアがリネットに薬草の炒め物を差し出した。
「はい、りねっとにぷれぜんとー」
「ふぇ、フェルキア様のプレゼント……?」
きゅん、と胸をときめかせるリネット。彼女は案外チョロかった。フェルキアからもらった薬草を、とても嬉しそうに噛みしめる。
「ねぇ、フェルキア……。食べる気がしない物をプレゼントするのはどうかなぁ……?」
「んー?」
フェルキアが小首を傾げ、とっても純粋な瞳でとぼける。
「でも、毎日同じようなメニューだし、ただでさえ嫌いなものだと飽きるか……。やっぱりそろそろ町へ買い出しに行きたいなぁ。お金、全然持ってないけど」
外に行きたくても、ヨハンは一文無しなのだ。
フェルキアを見ていてもらうのはリネットに任せればよくなったが、お金がないと何も買えない。冒険者の資格を失ったヨハンは人前でスキルを使えないため、建築で稼ぐこともできない。
どうしようか悩んでいると、リネットが食事を終えて言った。
「お金ならば問題ないと思いますが?」
「えっ?」
リネットが立ち上がり、虚空に向けて手を伸ばす。
「メイド流収納術。『異次元保管庫』」
すると手をかざした先の空間に、大きな穴が発生する。そして中から大量の金貨がとめどなく流れ落ちてきた。
「えぇーーーーーーーーっ!?」
ドザーーーーーッ! と音をたてながら金貨の山が出来上がる。
「うーっ! おかねーっ!」
フェルキアが金貨の山に飛び込んで遊ぶ。この歳でお金に目が無いのか、それとも単純にキラキラしているのが好きなのか。
「り、リネットさん! これは一体……」
「魔王城で保管していた金貨のほんの一部です。本来ならば、魔王城を再建するために使うはずだったものですが」
ヨハンは、魔王城にあった財宝は勇者たちが押収し、ギルドに渡されたと聞いていた。しかしそれはほんの一部でしかなかったようだ。
「魔王様は、あの戦いで魔族が負けることをある程度覚悟しておりました。ですからフェルキア様を地下に隠し、幹部の一人である私には、戦いの後で魔王城を再建できるよう、十分な財産やアイテムをもって逃げる様にと命じたのです。将来、フェルキア様が大きくなった時のために」
リネットが魔王城を離れていたのは、これら魔族の財宝を隠し通すためだったらしい。
「そうなんだ……。でも、さすがは魔王だね。この金貨の量、人生を何度も遊んで暮らせそうだけど……」
「これだけではありません。他にも各種アイテムや貴重な財宝も持っていますので、お金には一切困りませんね。といっても私は、町に出る必要すらないと考えておりますが」
「え?」
「私は異次元保管庫の中に、フェルキア様との生活に必要なだけの日用品、フェルキア様が愛用しているオモチャなど、あらゆる物をしまっております。足りない物は無いでしょう。また、食事に関しましても私のメイドスキルを使えば、たとえ乏しい食材からでもあらゆる料理を作れます。わざわざ遠い町まで行って、買って来る必要はありません」
「す、すごい! すごいよリネット!」
ヨハンにはリネットが神に見えてきた。
「魔王城での生活は、このメイドに全てお任せください」
「うん! 頼りにさせてもらうよ!」
これで当面の問題はほぼ全て解消されただろう。食事も問題ないようだし、最低限生活に必要なものは全てリネットが持っている。家具はヨハンが作ればいいし、たとえ足りない物があっても、あれだけの金貨があれば買える。
残りの問題は、たった一つだ。
「あのさ、リネット。早速頼って悪いんだけど……。一緒にトラップ作ってくれない?」
※
食事の後、ヨハンとリネットは地下二階の地下迷宮へとやって来ていた。ちなみにフェルキアが壊した壁は、すでに修復済みである。
今フェルキアは自分の部屋で、リネットの出したぬいぐるみたちと遊んでいる。そのため、ここには二人きりだ。
「と、言う訳で。お城の各階に侵入者撃退のトラップを仕掛けていきたいんだよね」
「まだこの建物を強化していくつもりですか……」
よっぽど大丈夫だとは思うが、もしかしたらこの城の存在に気づいて攻めて来る者がいるかもしれない。その時フェルキアを守り抜くため、やれることはすべてやっておきたい。
ヨハンはこの城の構造と、罠を仕掛けたい場所を説明。そしてどのような罠がいいか相談したいと持ちかけた。
「作るのは僕一人でもできるんだけど、なにせ広く作り過ぎちゃって。考えるのがちょっと大変なんだよね。それに、こういうのは魔族の方が得意かもって思ってさ」
「なるほど……。確かに嫌いじゃありませんね。こういった罠を仕掛けておいて、人間どもが無様にもがき苦しむのを離れた所で眺めるのは」
「うん、ちょっと言い方が凄まじいね。まあ、でもそういうことになるかな……? 確か前の魔王城にも、いくつかトラップはあったんでしょ?」
ビルグたちから聞いているが、以前の城にも『突然床が消えて針山に落ちる』『スキルが発動できなくなる部屋』などのギミックがあったようだ。
「はい。確かにありましたが……。どれも私好みではありませんでしたね。ちなみにヨハン。あなたはどんなトラップを設置するおつもりですか?」
「えっと……。この地下迷宮には主に、落とし穴や棘の出る床とかを考えてるね。あ、あとミミック置きたいな!『ポーションと思いきや敵だった!』とか、仕掛ける側になってみたい。その他は、可能なら魔物を置くとかかな……」
現在考えている案を残さずリネットに投げてみる。
すると彼女は、真剣な目つきになって言う。
「なるほど。確かにトラップと言えばそういう物が定番でしょうね。しかし。まだまだ甘いです。所詮は人間ということですか」
「あ、甘い……?」
「こういったものは普通、相手への肉体的なダメージを狙って作られるものです。しかし、それではダメなのです。もし肉体的なダメージを与えるような罠だけならば、スキルやポーションで回復をして無理やり進むこともできます。最悪の場合、転移結晶で逃げ帰り、すぐに体制を整えてから再び挑むことも可能です。それではせっかく罠を張っても、ほとんど意味がありません。ですから私は、従来の罠には内心辟易しておりました」
確かに、リネットの言うことももっともだ。強引に先へ進まれたり、罠で致命傷を負わせる度に町へと逃
げられたりしたら、全てが無駄になってしまう。
「じゃあ、どうすればいいと思う?」
「肉体ではなく、心を攻撃するのです。あまりの難易度やトラップの意地悪さによって、精神面から追い詰めます。彼らが自分から出してくださいと請い願うように。彼らがこの城に近づくことすら嫌になるように。冒険者たちは肉体的な痛みには十分慣れているでしょう。しかし精神的なダメージはおそらく耐性がほとんどない上、ポーションやスキルでは回復することが出来ませんので、非常に有効だと思います」
「な、なるほど……」
「その点ミミックはとてもいい線だと思いますが、それだけではやはり甘いですね。もっと決定的に冒険者連中の心をポッキリ折るような仕掛けをいくつも用意したいです。その方が痛めつけるよりはるかに効果的ですし。それに……」
「それに?」
「すぐ死んでも、つまらないじゃないですか」
口角を吊り上げ、ヨハンに微笑みかけるリネット。こういうところは、やはり彼女も魔族である。
「フェルキア様を襲う者など、その罪は万死に値します。一度肉体を壊して終わりなど、私の気が済みませんからね。二度と立ち直れないようになるまで、徹底的に心を破壊。死よりも辛い人生を歩ませてやるのが一番です。もしそれでもまだ歯向かうようなら、その時殺せばいいのです。一番惨いやり方で」
リネットが吐く人間への、冒険者や勇者への言葉。そこには彼女の明確な恨みや憎しみが込められていた。
「あなたの建築スキルなら、それができるのではないですか?」
「………………」
ヨハンはその問いを聞きながら、別のことを考えていた。
それは、今の話とは直接的には関係のないこと。しかし、絶対に話しておくべきことだった。
「……ねぇ、リネット。一つ聞いてもらいたいことがあるんだ」
「なんでしょう? いきなり表情が変わりましたが……何か重要な話でも?」
「うん。実は――」
そしてヨハンは、彼女に語った。
自分が冒険者ギルドに所属し、魔王との戦いにも支援役として参加していたということを。その上魔王を討伐した、勇者のパーティーにいたということを。
リネットは、人間たちを恨んでいる。魔王を殺され、大事にしているフェルキアまで危険な目に遭わされたのだ。その感情は当然である。
そんな彼女と仲間として一緒にいるためには、自分の素性を明かさないといけない。その上で、彼女に認めてもらわないといけない。そうヨハンは感じたのであった。
フェルキアだけでなくリネットにまで、このことを隠しておくことはできない。
たとえ恨まれ、殺されても。
「――だから僕は、本当は君たちと一緒にいられる資格はないんだ。とても謝って済むことじゃないけど……本当に、ごめんなさい……」
「……なるほど。そういうお話しですか……」
リネットは一度目を閉じて、彼の話を頭の中で咀嚼する。
そして彼を見て、こう言った。
「まったく、くだらないお話しですね」
「ええぇっ!??」
ヨハンの心にリネットの言葉がつき刺さる。せっかく覚悟して話したのに、バッサリ切り捨てられてしまった。
「確かに元勇者パーティーのあなたには、少しだけ思うところはあります。しかし話を聞く限り、あなたも彼らに裏切られているじゃないですか。むしろ同じ被害者ですね」
「だ、だけど……。僕が皆にバフをかけたりトラップハウスで魔族を倒したりしなければ、もっと犠牲は少なかったかも知れないし……」
「そうですね。でもそれ以上に、私はあなたに感謝しています。私が傷の回復に専念している数日間、フェルキア様を見て頂き、今後の一番の大仕事であった魔王城の再建もして頂いた。それも、こんなに強い城を」
リネットは自慢の爪を伸ばして、城の壁を全力でひっかく。しかし、傷一つ付けられなかった。
「これを見れば、あなたがフェルキア様を守るために一生懸命なのは分かります。ですから、あなたにどんな過去があろうとも、今は私たちの仲間です。魔族というのはあなたたちが考えているより、仲間を大切にするのです」
リネットはすでに、ヨハンを仲間として受け入れていた。そしてそれは、ヨハンの話を聞いた上でも変わらない。
「さて。くだらない話はここまでにして、早くトラップを考えましょう。あなたのお仲間の勇者とやらが、攻めてこないとも限りませんよ?」
「……う、うんっ!」
ヨハンはその気持ちに応えるためにも、全力で罠を考え始めた。
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