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第十話 建築士、獣人メイドと戦う


「……人間。今、何をしたのですか……?」


 リネットがヨハンを睨み付け、尋ねる。

 先ほどの攻撃、彼女は完全にヨハンを殺すつもりだった。自慢の爪で体を切り裂き、一撃で彼を出血死させる。そんなビジョンが見えていた。


 だが、その攻撃は止められた。それも、普通のナイフによって。

 リネットの爪ならナイフごとき、簡単に切り裂くことが出来る。それが不可能だったのは、攻撃の威力を完璧に受け流されていたからだ。それはつまり、人間離れした素早さを誇るリネットの動きを見切ったということ。

 その上ヨハンは、リネットの隙をつき攻撃まで加えた。ここまでの動きを魔王軍幹部相手にするなど、間違いなく普通の人間じゃない。


 リネットが一気にヨハンへの警戒レベルを引き上げる。

 一方ヨハンは、心臓バクバクの状態だった。


「はあっ……はあっ……。初めてだけど……上手くいってよかった……」


 ヨハンがリネットを出し抜いたのは、彼自身の戦闘能力によるものではない。

 その力の正体は、土地にかけたバフだった。大地育成アースブリングスキルによってこの土地にかけられた強化効果は、地面の強度を強くするなど、建物のためであるものが多い。しかしヨハンはそれとは別に、『土地所有者戦闘力上昇』のバフ効果を用意していたのだ。

 ヨハンの戦闘能力は、この土地の中にいる限り爆発的に跳ね上がる。戦闘経験のない彼が、魔王軍幹部と渡り合えるほどに。

 ちなみにこれと同じようなバフは、魔王城にもかけてある。そのためヨハンが城の中で戦闘をすれば、バフの重ね掛けにより、さらなる強さを得ることができる。

 もっとも、フェルキアに危険がおよぶ可能性があるため、中で戦うつもりはないが……。


「でも、バフだけでもかなり強くなれるね。これなら、敵が来ても何とかなりそうだ」

「バフ、ですか……? まさかバフだけでそれほど強くなるとでも?」

「は、はい……。実際なってますし……」


 今まではこの強化能力を味方の支援に使うのみで、戦いが苦手な自分に試したことはほぼない。しかし、案外いけるものだ。

 それほどヨハンのバフ効果が強力であるということだが。


「なるほど……。あなたは私をからかっているということですね?」

「いや、違いますよ! 第一、僕は君と争うつもりは――」

「そっちがその気なら、私も本気を出すまでです」


 話を聞かずに、再びヨハンに襲いかかるリネット。先ほどよりもさらに爪を伸ばし、速度を上げてヨハンに迫る。そして、喉元へ突き刺そうとする。


「うわあっ!」


 右後方に下がることで間一髪回避するヨハン。

 しかしすぐにリネットの追撃。ヨハンの真正面に身体を寄せて、何度も爪での突きを繰り出す。ヨハンはギリギリのタイミングで、それらをナイフで受け流す。


「どうしました? 防いでばかりでは勝てませんよ?」

「ぐっ……!」


 ヨハンはなるべくリネットを傷つけないようにしたかった。

 おそらく彼女もフェルキアを助けに来たのだろう。その立場で見れば自分とリネットは仲間なのだ。少なくともヨハンには、彼女と争う理由は無い。リネットの方は自分が人間というだけで抹殺対象かも知れないが、フェルキアと仲良くしていると知れば、きっと仲間になれると思う。


 だが今、リネットと戦う意思を見せれば、そのチャンスすら消えるかも知れない。

 ヨハンは戦いを止めるため、爪を振るう彼女に呼びかける。


「リネットさん! 止めて下さい! 僕はフェルキアの仲間なんです! 戦う理由はないんです!」

「人間ごときが、姫様を呼び捨てにしないでください」


 ヨハンが必死に呼びかけても、彼女は少しも攻撃の手を緩めない。

 このままだと、さすがにマズかった。

 いくらバフによりヨハンの能力がリネットを上回っているとは言っても、戦闘経験が豊富なのは圧倒的にリネットだ。もし戦闘が長引けば、その差によってヨハンが死ぬことも十分有り得る。現にヨハンは慣れない戦闘に身体より心が疲弊していた。


「り、リネットさん! お願いです! もう、ホントに、止めてくださいいい!」

「さっきから弱音ばかりですね。では、そろそろ殺して差し上げます」


 リネットが鋭い一撃を、ヨハンではなくナイフに放つ。

 予想外の一撃に、ヨハンの対応がわずかに遅れて攻撃を受け流しそびれてしまう。

 結果、ナイフの刃は根元から吹き飛び、ヨハンの後方に転がった。


「しまった……」

「これでもう、あなたに武器はありませんね」


 急いで後ろに下がるヨハン。リネットはすぐには彼を追わず、ゆっくりと歩み寄っていく。強い自信の表れだろう。


「さて、最後に選ばせてあげます。どこを刺されて死にたいか」

「…………っ!」

「顔ですか? 喉ですか? 心臓ですか? ご安心ください。痛みは感じないように、一瞬で殺してさしあげます、の、で……?」


 急に、リネットの動きが鈍った。

 彼女はフラリと立ち眩みをおこし、その場に膝をついてしまう。


「お、おかしい、ですね……。体が、うまく、うごきません……!」


 もう一度立ち上がろうとしても、もたついて転んでしまうリネット。

 そんな彼女を見てヨハンは、


「ふぅ……。やっと効いてきたね……」


 緊張感の途切れた顔で、安堵のため息を大きく漏らした。


「人間…………。私に何を、したのですか……?」

「特別なことは何もしてません。ただ、デバフをかけただけです」


 この土地自体にかけている戦闘補助の力は二つだ。一つはヨハンの強化を行う『土地所有者戦闘力上昇』。もう一つは侵入者の弱体化を担う『部外者完全無力化補正』。ヨハンに対してバフがかけられているだけでなく、敵には能力全体が0近くまで弱体化する、強力なデバフがかけられるのだ。

 リネットもこのデバフを受けて、立てないほどに弱体化していた。


「そんな……これほど強力なデバフを、人間如きが使うとは……」

「まあ、正確には術をかけた土地の力を借りて、効果を発動しているんです。僕一人では、ただのデバフすら使えませんから」


 普通ならばもっと早く、デバフがリネットにかかるはずだった。それをおしてここまで彼女が戦えたのは、彼女の耐性が並外れて強いからだろう。


 だがデバフが発動すると同時に、彼女の体に蓄積されていた疲れが一気に主張を始める。この戦闘での疲れではなく、もっと以前から溜まっていた疲労。

 その結果、反動で動けなくなった。


 これでもう彼女に殺されることはない。

 ヨハンは彼女に少し近づき、しゃがんで目線を合わせつつ言う。


「リネットさん。話を聞いてください。僕はフェルキアの敵じゃありません。むしろあなたと同じように、彼女を守ろうとしてるんです」

「そんな話は信じられません。私の――我々の魔王城をこんな風にしておいて」

「いや、だから。この魔王城はフェルキアの趣味で――」


 そうヨハンが説明しかけたとき。


「よはんー。ごはんー。おなかすいたー」


 フェルキアが魔王城から出て来た。

 お腹が空いて起きて来たらしい。


「ふぇ、フェルキア様!」


 それにいち早く反応したのは、ヨハンではなくリネットだった。

 彼女はフェルキアの姿を見るなり、動かなかった体を立たせて彼女のもとへ駆けていく。


「フェルキア様! よくぞ今までご無事で! 私、とても心配しました!」

「うー? りねっとー?」

「はい、そうです! フェルキア様のメイド、リネットです!」

「うー! りねっとー!」


 フェルキアが喜びの声を上げ、リネットの胸にギュッと抱きつく。やはりフェルキアはリネットにもかなり懐いてるようだ。


「申し訳ございません、フェルキア様。本当はもっと早くここに戻る予定だったのですが、勇者どもから受けた傷が深く、治療に時間がかかりまして……」

「うー!」

「しかし、もう問題はありません。このリネット、今後は一生フェルキア様の側に仕えます」

「うー!」


 どうやらリネットは戦いの途中で城を離れていたようだ。何か事情があったのだろう。そのおかげで傷を負いながらも、勇者に殺されることはなかった。

 二人は再会に喜ぶあまり、ギュッと強い抱擁をする。


 その光景を、ヨハンは微笑ましいものを見る目で眺めた。魔王以外にもフェルキアのことを大事に思っている者がいた。そのことが彼の心を温める。しかも彼女はヨハンとは違い魔族である。きっと彼女と同じ立場で支えることができるだろう。フェルキアにとって、これほど嬉しい存在はないはず。


 と、その時。

 フェルキアがリネットの猫耳を掴んだ。


「ねこー!」

「ひゃあんっ!?」


 驚きからか、リネットが濡れた声を出す。

 フェルキアはそんな反応も気にせず、片手で両耳を交互に触った。


「みみー!」


 ふさふさの毛が映えている、柔らかい感触を楽しむフェルキア。さらに彼女は余った手を、尻尾の方へと持っていく。


「しっぽー!」

「ふわあっ!」


 リネットの猫っぽい部分を触り、フェルキアは目を輝かせている。

 それと反対にリネットは、顔を真っ赤にして逃げようとしていた。


「あ、ダメですフェルキアさま! そんなところを触っては、ああっ――」


 見てはいけないような気がして、ヨハンはさりげなく目を逸らす。どうやらリネットは耳や尻尾が弱いらしい。おそらく、ちょっとエッチぃ意味で。


「でもフェルキア、本当に猫好きなんだなぁ……」


 フェルキアがリネットを慕っているのは、猫の獣人だからかも……。なんて考えが頭をよぎった。しかし本人にはとても言えない。もしそうならリネットはフェルキアにとって、ペットのようなものだからだ。さすがに、ちょっと気の毒である。

 しばらく矯正が聞こえたあと、ようやくリネットがフェルキアから離れる。


「はあっ……はあっ……。フェルキア様、もうこれくらいにしてください……」

「えー、もっとー」

「そうだ! それより、あの不埒ものを排除しなくては!」


 ヨハンの事を思い出し、話を逸らす口実に利用。


「うー? なんでよはんをはいじょするの?」

「当然のことです。あの男は人間。魔族にとっては敵なのです。おまけに、あの立派だった魔王城をこんな間抜けな姿にして――」

「うー! まえのより、すごくよくなったー」

「え……?」


 魔王城に対するフェルキアの評価に、リネットは耳を疑った。


「これねー。ふぇるきあがかんがえたの。そしたらよはんが、いっしょにつくってくれたのー」

「え……?」

「よはんー。ありがとー」


 そう言い、ヨハンの足元に飛び付くフェルキア。


「ふぇるきあ、ねこすき。だからねこさんのおしろうれしい」

「あ、フェルキア様、猫好きですか? ……ふふっ」


 リネットがちょっと喜んでいた。


「って、そういうことじゃなく……。じゃあ、あなたは本当に敵ではないと……?」

「あはは……。分かってくれたかな?」


 フェルキアが懐いているということは、少なくとも危険な存在ではない。

 ようやくヨハンへの誤解が解け、リネットが彼に謝罪した。





評価、感想、ブックマークなど本当にありがとうございます!

魔王城の住人が増えました。もうそろそろトラップも考えていきたいです。


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