第一話 建築士、ギルドも拠点も追い出される
魔王城建築、始めます。
よろしくお願い致します。
「ちょっと待って! それ、どういうこと!?」
冒険者ギルドで行われた魔王討伐の祝杯の席で、ヨハン・グリーシアは声を荒げた。
「言葉通りに決まってんだろ? お前は今日でクビだよ、ヨハン」
そう言うのは、彼の対面に座るビルグだ。
ビルグ・アンダーソン。ギルド最強の戦士にして、ヨハンの属するパーティーのリーダー。今日行われた戦いで魔王を倒したことにより、『勇者』の称号を得た人物だ。
ヨハンは今、そんな彼から直々にパーティーを抜けるよう言われていた。
「そーそー。ビルグの言う通り、アンタは解雇。目障りだからどっか行ってくんない?」
「同感……。私も辞めて欲しい」
さらにビルグに引き続き、同じテーブルについている二人の少女がヨハンを責める。
ミーシィ・パリストンに、ケーネ・リフネス。彼女たち二人も同じパーティーの仲間である。いや、あったという方が適切か。
全員がSSSランクの能力をもつビルグら四人のパーティーは、念願の魔王討伐を果たすのになくてはならない存在だった。そのメンバーの一人に数えられていることを、ヨハンは誇りに思っていた。
それなのに……どうしてみんなこんなことを言うのか……?
「な、なんで……? 僕、皆に何かした……?」
「なんでだぁ? テメエ……。自分のスキル何だか分かってんだろうなぁ?」
「う、うん……。『建築士』だけど……?」
建築士。これはヨハンのみが持つユニークスキルだ。好きな建物を好きな場所に建築できるという能力。これだけだと何が良いのか分かりにくいが、このスキルには冒険者にとって非常に捨てがたい利点がある。
一つ目は、どんな場所であっても拠点を確保できるということ。外を旅する冒険者にとって、雨風を凌げる拠点というのは何よりも有難いものだ。鍵をかけられる家があれば、睡眠中に魔物の襲撃を心配する必要はないし、中にはフカフカのベッドもある。最低限必要な家具も、スキルによって賄えるのだ。
その上拠点を使う仲間に、各種能力増強のバフを付与することもできるのである。中に入るだけでしばらくの間強くなれる建物。これほど有難い拠点はない。
二つ目は、その拠点に罠を仕掛けられる点だ。もしも魔族が中に侵入してきても、大量に用意されたトラップが自動で敵をやっつけてくれる。
さらにこの力には応用が効き、魔物が勝手に建物の中に引き込まれていくように、特殊な魔法で誘導ができる。建築したものを拠点としてでなく、トラップハウスとして使えるのだ。
ヨハンは数か月にも渡った、遠方での魔王討伐任務の際、一つ目の力でパーティーメンバーや他のギルドメンバー用の拠点をいくつも製造し、味方の支援的役割を果たした。さらにはトラップハウスで魔物を引き寄せ、皆が相手をする敵が最小限で済むよう調節。直接の戦闘はしてないが、裏方として誰よりも皆をサポートした。
しかし、ビルグは気に入らない。
「ああ、そうだ。お前のスキルは建築だ。戦闘にまるで役に立たない、クソみてぇな雑魚スキル!」
彼は今までの鬱憤を晴らすかのように、ヨハンに言葉を叩きつけた。
「テメエみたいに建築しか取り柄のない奴は、拠点が建ったら用無しなんだよ! それなのにスキルランクが高いだけで、俺の仲間を名乗りやがって。前から気にいらなかったんだ! ミーシィもケーネもお前と違って、最前線で戦ってんだよ! もちろん魔王を倒した俺もな! 役立たずのお前が俺らと同じ勇者として認められるなんて、許すわけにはいかねえんだよ!」
「そ、そんな……。僕だって、一生懸命みんなの役に立とうとしたのに……」
事実、ヨハンは誰よりも仲間達のために働いていた。
魔王討伐の今回の任務で彼がギルドから求められたのは、かなり無理のあるスケジュールだった。『一週間で全パーティー分78個に及ぶ拠点を魔王城の近郊に建築せよ』。いくらSSSランクの建築スキルをもってしても、普通は不可能なレベルの注文。
しかしヨハンは何日も寝ずに作業して、他の仲間達のために一生懸命拠点を作った。そのおかげで敵に気づかれる前に魔王城に侵攻出来たのだ。
その上彼は、味方の負担を軽くするためにトラップハウスまで用意した。
しかし、ビルグは彼の役割が無意味だったかのように扱う。
「そんなの関係ねぇんだよ! 俺らが必死に戦っている時、お前は一体何をしていた? ずっと拠点に引きこもって戦いを見ていただけじゃねぇか!」
「ち、違うっ! それは違うよ! 僕は罠を仕掛け直したり、壊れた場所の修繕をしたり、やるべきことをやっていたんだ! 決してサボってたわけじゃない!」
「ハッ! 言い訳なんていくらでもできるぜ? それにお前、あのトラップハウスとか言うのですら、数体の敵しか倒せていなかったじゃねーか!」
「そ、それは……!」
「数か月の戦いの中で拠点が重宝したことだけは多少認めてやらんでもないが、お前が魔族との戦闘で全く貢献してないのも事実! どうせ拠点のバフ効果だって、大した強化じゃないんだろう? そんな役に立たねえ奴を、仲間と認められるわけねぇだろ!」
そーだそーだ! よく言った! と、冒険者たちから歓声が上がる。どうやら他のギルドメンバーも、ビルグと同じ気持ちだったようだ。
自分たちが命がけで戦っている中、ヨハンだけは一人楽をしている。そんな風に思われていた。
さらに、ビルグは右足に浮かんでいる大きな痣を見せながら続ける。
「しかも、見ろよこの痣を……。テメエが作った魔物用のトラップのせいで、俺まで怪我しちまったじゃねえか!」
「あっ! それ私も! 落とし穴にはまりそうになった!」
「……私も、一回落とされた」
「いや、それについては事前に説明したはずだよ!? トラップの位置と内容を!」
それは魔物の侵入防止で用意していたトラップだった。当然ヨハンは口を酸っぱくして注意を呼びかけていたのだが……。
「テメエの話しなんかいちいち聞くか! 第一テメエなんかいなくても、拠点くらい皆で作れんだ! 魔物相手に直接戦力にならない上に、俺たちに危害を加えるテメエは、ただの邪魔者なんだよぉ!」
冒険者は敵を倒してこそ一人前。それはビルグたちだけでなく、全ての冒険者が共通に思っていることである。
しかしヨハンはまだ一度も、その手で魔物を倒してはいない。そんな戦力にならない彼を、ビルグたちはかなり嫌っていた。
「要するに、お前は何かしたんじゃない。何もしないのが問題なんだよ」
「ホント、ニートの世話までできるほど私たちも暇じゃないんだから」
「すごく不愉快……。今すぐ消えて……」
信頼していた仲間からの罵声が、ヨハンの心を容赦なく抉る。
確かに、自分が戦闘においてまるで役に立たないのは事実。スキルが戦闘向きではないためそれも仕方ないことではあるが、今更そんな言い訳をしてもビルグの機嫌は直らないだろう。
「拠点を立てた功績に免じて今までは何も言わずにおいたが、俺が魔王を倒した今、お前を置いとく理由は無い。よって、今すぐここから出ていけ。二度とその不快な顔を見せるな」
「うっ……」
どうやら仲間だと思っていたのは、ヨハンだけだったということらしい。
彼は涙をこらえながら、小刻みに肩を震わせる。
「分かったよ……。僕はもう、二度と君たちの邪魔はしない……」
ビルグに嫌われてしまった以上、冒険者としてこの町で生きていくことは不可能だ。
とりあえず、今日はどこかに泊まってこれからの事を考えよう。
そう考え、ヨハンが立ち去ろうとする。
その時、さらにビルグが言った。
「あ。あと、お前が作ったギルドの拠点。あれは俺たちがもらうからな」
「え……?」
「腐ってもテメエはSSSランクの建築士。罠さえなければあの拠点はかなり快適だったからな。俺たちがもらっておいてやる」
なんて勝手な……とヨハンは思った。
ヨハンは自分の作った建築物に、誇りと愛着を持っていた。建築スキルで城すら三日で作れるとはいえ、何か建物を作る際は一流の大工と同じほどこだわる。外観の見栄えから、内装の細かい部分まで、決して手を抜いたことが無い。罠として作る建物は敵がトラップに引っかかるよう一生懸命間取りを考え、逆に味方のための拠点では皆がリラックスできるよう、魔素の質がいい土地を選んで、光の入り方さえも緻密に計算して造る。
それほど苦労して作ったものだ。ヨハンにとって自分の造った拠点たちは、息子とも言える存在である。それを手放せと言われても、おいそれと許可できるはずがない。
それに、ビルグは拠点を作った自分のことを邪魔者と言って罵った。そんな奴には渡したくない。
さすがにムッとし、文句を言おうとするヨハン。しかしその前にビルグが言う。
「言っとくが、俺にイチャモンつけても無駄だぜ? これは俺たちの一存じゃない。ギルドの正式な決定だ」
「ギルドの……?」
その時、ガタイの良い白髪のオヤジがヨハンのもとに歩み寄った。
この町のギルドマスターだ。
「悪いな、坊主。お前が立ててくれた拠点は、魔王討伐の功労者たちに報酬として分配する。これはもう変更できねえぜ。ギルド職員の総意だからな」
「そ、そんな……。どうして勝手にそんなこと!」
「勝手じゃないさ。俺はちゃんと許可をとったはずだぜ? お前んとこのリーダーに」
「!?」
見ると、ビルグが神経を逆なでするような挑発的な笑みを浮かべていた。全ては彼の差し金だった。
「ちなみに、今回の任務におけるヨハン・グリーシアの功績だが……」
ギルドマスターはなにやら一枚の紙を取り出し、ヨハンの胸につき付ける。
「おめでとう。冒険者資格の剥奪だ。お前はもう魔物と戦わなくていい。引きこもりにピッタリの報酬さ」
「嘘……でしょ……?」
冒険者資格の剥奪は、極めて悪質な冒険者にのみ課せられるような最大の処分だ。この処分を受けた者は二度と冒険者としては活動できなくなってしまい、スキルも使用できなくなる。許可なくスキルを使っていいのは、魔族と戦う義務を背負った冒険者たちだけなのだ。
この時、ヨハンは理解した。
このギルドにいる全員が、自分の敵だということを。
本来冒険者を守るべきであるギルドの職員たちですら、ヨハンを見てニヤニヤ笑ってる。
「さて。資格剥奪っていうことは、もうこいつはいらねえな?」
「えっ?」
ビルグがヨハンのポケットから冒険者カードを奪い取る。
自分の身分と実力を証明するために必要な、冒険者にとって大切なカード。
ビルグは、それを真っ二つに割った。
「ああっ!」
綺麗に真ん中で折られたカードがビルグの手を離れ床に落ちる。さらにビルグは、それをグリグリと踏みつけた。
「ぼ……僕の冒険者カードが…………」
「さ、これでテメぇは部外者だ。ギルドは冒険者の人間以外、立ち入り禁止だからなぁ」
ビルグがヨハンの襟首をつかみ、勇者らしい強靭な力によって彼を出入口へ引っ張っていく。
そして、背中を蹴って外へ出した。
「ま、お前はどっか遠い場所で得意のボロ屋でも建築してな」
扉が締められ、ガチャリと鍵がかけられる音。
ヨハンは、帰る場所を失った。
※
このとき、ビルグたちはまだ微塵も分かっていなかった。
ヨハンの造ったトラップハウスが、どれほどの強敵を倒していたのか。
彼の拠点が付与するバフが、魔王討伐任務においてどれだけ重要なものであったか。
次回、幼女ヒロイン登場です。
いずれは鬼畜な魔王城で勇者たちをハメたいと思います。