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本当にありそうでなかった怖い話  作者: 久悠ふみ
さぁお立合いお立合い、真夜中の訪問者の続編があらわれたよ♪

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秋取れきゅうりと墓参り

春の風は、武家の薫りを残す古びた屋敷の門を叩き、少女・安芸(あき)穫久理(とくり)を旅へと駆り立てた。

彼女が背負い、自転車の荷台に溢れんばかりに積んだのは、色とりどりの供花。亡き人へと捧げるための、命の輝きだ。


「もう少し、あと少しだからね」


穫久理は細い足でペダルを漕ぎ続けた。野を越え、いくつもの山を越える道中、彼女は星空の下で野宿を繰り返した。その健気な姿は、まるで時代から取り残された一枚の絵画のようであった。


目的地の霊園は、もう指呼の間にあった。

三月三十一日の夜。穫久理は安堵感から、最後の一夜を野外で過ごすことに決めた。


「明日には着くわ。今夜はゆっくり休みましょう」


冷える夜気をしのぐため、彼女は小さな焚き火を熾した。パチパチとはぜる薪の音が、彼女の疲れを癒やすはずだった。

しかし、それが全ての分岐点となった。

2026年4月1日。

自転車の積載制限を厳格化する改正道路交通法が施行される。彼女が運ぶ大量の花は、明日になれば「違反」の対象となるのだ。

「……いたぞ、あそこだ!」

突如、静寂を切り裂く怒号。近隣住民の通報により、駆けつけた警官たちのライトが穫久理を照らし出した。


「待ちなさい! 焚き火は危ない、それにその荷物——」

「いけない!」


穫久理は反射的に自転車に飛び乗った。時刻は午後十一時過ぎ。

あと数十分で、世界が変わる。

彼女は暗い夜道を、民家の間を、必死に駆け抜けた。心臓の鼓動が耳の奥で鐘のように鳴り響く。


ゴーーン!ゴーーーン!

うぅーーーーーー!

どこかの建物から大きな日の変わりを知らせる鐘の音とサイレンが響き渡った。


「止まりなさい! 今、日付が変わったぞ!」


無情にも、時計の針は午前零時を指した。2026年4月1日。

逃走の最中、狭い路地でバランスを崩した穫久理を、無慈悲な法と現実が捕らえた。


「この積載量はルール違反だ。没収させてもらうよ」

警官の手によって、彼女が何日もかけて運んできたお花——亡くなった人のために守り抜いてきた唯一の宝物——が、無残にも取り上げられて無くなっていく。

彼女の手元に残ったのは、土に汚れた空っぽの自転車と、震える拳だけだった。


「そんな……せめて、これだけは……」


穫久理は縋るような手つきで、自らの靴下の中を探った。警官の厳しい目を掻い潜り、肌身離さず隠し持っていた最後の希望。

……お線香だ。

折れずに済んだ数本の香を、彼女は宝物のように抱きしめた。

亡くなった人のために、無くなってしまった供花の代わりに、せめてこの香煙を届けたい。

涙が頬を伝い、地面に落ちる。

穫久理は手ぶらのまま、朝霧に包まれた墓前に辿り着いた。供える花も没収された今、彼女の手元にはこの数本の線香しかない。

だが、彼女は愕然と膝を突いた。


「火が……ない」


焚き火を咎められ、必死に逃げ出した代償。ライターはおろか、マッチ一本すら持っていない。

すぐ傍らには、古びた木の墓標が立っている。こすり合わせれば火は起きるかもしれない。けれど、そんな不謹慎な真似、武家の誇りが許さなかった。

立ち上るはずの香りは、冷たい風にかき消される。


「供えたい」想いはあるのに、形にできない。まさに生殺しの状態だった。周りの人たちはみんなきちっとお参りしてそそくさと帰っていく。


「カァ、カァ」


空を見上げれば、一羽のカラスが彼女の失態をあざ笑うかのように鳴き静寂。

鳥の声も羽音も消えた。霧はさらに濃くなり、湿った土の匂いが鼻を突く。

彼女は、亡き人の墓石の前で、ただじっと冷たい線香を握りしめていた。

「火さえあれば、煙だけでも届けられるのに……」

その時だった。

カサ……。

背後、あるいは足元から、微かな音が聞こえた。

風ではない。何かが土を掻き分けるような、湿った音。

穫久理は動けなかった。恐怖で体が石のように硬直する。

音は、彼女が跪く、そのすぐ目の前の土から聞こえていた。

ゴソッ、ゴソソ……。

古い、名もなき墓標の根元の土が、盛り上がっていく。

彼女の目は、その一点に釘付けになった。

やがて、土を撥ね退けて、そこから「何か」が這い出してきた。

それは、白く、ひどく痩せ細った、人間の手だった。

「……あ」

悲鳴さえ出ない。


手は勢いよく獲九理へと迫ってきて手首を掴んだ!


「は、はなすにゃー!」


おもわずふかー!っと叫んでしまった。


次の瞬間、のそりともう一本の腕が手首まで土から這い出すと、何かを掴むように指を曲げた。

そして、泥にまみれたその掌を、穫久理の方へとゆっくりと差し出したのだ。

掌の上には、古びた、プラスチック製の使い捨てライターが乗っていた。

(……使いなさい……)

声は聞こえない。だが、頭の中に直接、湿った声が響いた気がした。

穫久理は、まるで何かに操られるように、震える手でそのライターを受け取った。

泥だらけのライター。

彼女は、それが「ガス欠」であることを直感的に悟った。

それでも、カチリ、と着火レバーを押し下げる。

火は点かなかった。

ただ、小さな火花が散っただけだ。

だが、その火花が、彼女の顔を、そして土から出た「手」を一瞬だけ照らした。

その手は、指先からゆっくりと、まるで砂のように崩れ落ちていく。

ライターを渡すという、その一瞬の目的のためだけに、この世に留まっていたかのように。


「……ありが……とう……」


穫久理は、崩れ去った土の上で、ガス欠のライターを握りしめたまま、朝日に照らされた。

結局、線香に火は点かなかった。

けれど、彼女は、法改正よりも、カラスの嘲笑よりも、遥かに重く、冷たいものを、その未明に受け取ってしまったのだ。

あの日以来、彼女は自転車に乗らなくなったという。

そして、彼女の手元には、今も泥にまみれた、決して火の点かないライターが残されている。

四月の未明の話である。

あの日、墓地で起きた「引っ張り合い」の感触は、今も穫久理の右手に残っている。

土の中から差し出された、あのガス欠のライター。

火は点かなかった。煙も届かなかった。けれど、あの死者の手は確かに、何かを自分に託したのだ。


「……火を点けるんじゃなくて、『火を点けるきっかけ』を伝えろってことよね」


穫久理は、古びた武家屋敷の門を後にした。

自転車はもう乗らない。代わりに彼女が手にしたのは、最新のノートPCと、あの泥のついたライターだ。


「新生活、雑誌のライターとして頑張るぞ!」


四月の爽やかな風が、彼女の新しい門出を祝うように吹き抜ける。

かつて花を運び、お墓を失った少女は、今、言葉を運び、誰かの心に火を灯す仕事を選んだのだ。

「……ま、まずは『2026年、厳しすぎる自転車法改正の裏側』って記事からかな」

空を見上げれば、あの時のカラスがどこかで飛んでいる。

もう笑わせはしない。

彼女のペン——いや、キーボードを叩く指先が、今度こそ真実を「点火」させるはずだから。

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地震からめざめると男性だけの異世界でした!

田舎の怪盗夫婦。消えた財布はどこへいった!

上記連載の2作品も、どうぞよろしくお願いいたします♪

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