届いた黒歴史はテープに止まっているようです。(視点変更)
前半は彼女視点、後半はAくん視点です。
私には、小学校の卒業式が終わっても、なんだかモヤモヤしていることがありました。
同じクラスのAくんです。彼が私に気があるのは、なんとなく視線で気づいていました。でも、ウジウジしているだけで結局何も言ってこないまま、私たちは卒業してしまったのです。
「なんだ、結局何もなしか」
少し拍子抜けしていた数日後のこと。
家のポストに、とんでもなく不審な郵便物が入っていました。
季節外れの『年賀状』。
しかも、なぜか文字を書く面に、分厚い紙がセロハンテープで貼り付けられているのです。
そのテープはきちんと貼り付けられておらずほかのハガキと擦れたのか剥がれかけていました。
「……何これ、こわっ」
気味が悪くなった私は、リビングでくつろいでいた家族のもとへそれを持っていきました。
「お父さん、お母さん、なんか変な手紙きたんだけど……」
町で小さな医院を営む父は、こういう謎の出来事が大好きです。
「おっ、なんだなんだ? 爆発物じゃないだろうな? よし、剥がしてみよう!」
家族全員がテーブルを囲み、固唾を呑んで見守る中、父がペリペリ……とセロハンテープを剥がしました。
そこに書かれていたのは、たった一言。
『好きです』
リビングに、一瞬の静寂が落ちました。
そして次の瞬間、父がドカンと大爆笑したのです。
「ガッハッハ!! Yにラブレターだ!! しかもハガキ代をケチって、余った年賀状の使い回しの上にセロテープとは! こいつぁ大物になるぞ!!」
家族みんなでお腹を抱えて笑う中、私だけは冷ややかな目をハガキに向けていました。
(……告白の手紙でハガキ代をケチるって、どういう神経してるの?)
私には別に好きな人がいたので、お断りの返事を書くことにしました。
でも、普通にハガキで返すのはなんだかシャクです。自分の告白にはテープを貼って数円をケチったくせに、私だけが切手代を払うなんて。
「……そうだ」
私は便箋にこう書き綴りました。
『好きな人がいるのでお気持ちに答えることはできません。二度と出会わないことを祈っています。』
そして、それを封筒に入れ、迷わず【着払い】のハンコを押してポストに投函しました。
恋心をケチった代償は、きっちりお金で払ってもらおうと思ったのです。
数日後。
Aくんから何も音沙汰がないので、無事に有料でフラれたことを悟ってくれたのだと安心していました。
しかし、本当の悲劇は私の知らないところで起きていたのです。
ある日、私が実家の医院の受付を手伝っていると、壁に見慣れた「セロテープの跡が残る年賀状」が、ご丁寧に額縁に入れられて飾られているではありませんか!
「ちょっとお父さん! 何これ!?」
「おお、いいだろう? 仕事終わりにあれを見ると、娘の成長がカタチになったようで酒がすすむんだよ。ガッハッハ!」
父はすっかりあの年賀状を気に入り、来院する患者さんにも「いやぁ、うちの娘もとうとうラブレターをもらいましてね」と見せびらかしているようでした。
「もう、恥ずかしいからやめてよ!」と私は怒りましたが、内心(Aくん、風邪ひいてうちの病院に来たらどうするんだろう……)と少しだけ同情してしまいました。
でも結局、それからAくんがうちの医院に来ることは二度とありませんでした。
同窓会にも全く顔を出さなくなってしまったのです。
今になって思うと、少し可哀想なことをしたかもしれません。
でも、Aくん。ごめんね。
告白に年賀状の使い回しは、やっぱりナシだと思うの。
ーーーーーーーーー。
あれから十数年の時が経ちました。
小学生だったAくんも、今や立派な30代の大人です。
あの日のことを思い返すたび、Aくんにはどうしても一つだけYに言いたいことがありました。
「別に、ハガキ代をケチりたかったわけじゃないんだ……!」
そう、ただ手元にあったのが年賀状で、なんとか文字を隠そうと必死に厚紙とセロテープで工作しただけ。不器用な小学生なりの、精一杯のピュアな恋心だったのです。
しかし、結果的にそれは「着払いのフラレ状」と「院内での公開処刑」という最悪の黒歴史へと錬成されてしまい、Aくんは長年その呪いに苦しむことになりました。
そして現在。
どうしても心配な身体的異変があり、Aくんは意を決して、あの「医院」の扉を開けました。
カランコロン……。
(ああ、あの額縁、まだあるのかな……周りにニタニタ笑われないかな……)
胃をキリキリさせながら受付に目をやると、なんとそこには、大人になった「Yさん」本人が座っていました。
ドクンッ、と心臓が跳ね上がります。
着払いのハンコを押した、冷酷なる初恋の相手。
Aくんは顔を引きつらせながら、そっとマイナ保険証を差し出しました。
「あ、あの……お願いします」
Yさんはそれを受け取り、パソコンにカタカタと名前を打ち込みます。
そして、顔を上げてにっこりと微笑みました。
「はい、お待ちくださいねー」
……ん?
Yさんの目には、一切の動揺がありません。
それどころか、「完全に初対面の患者を見る目」でした。
カルテにもマイナ保険証にも名前は書いてあるのに…です。
Aくんの20年にわたるトラウマも、あのセロテープの年賀状も、彼女の中ではすっかり「忘却の彼方」だったのです。
(なんだ……俺、一人でずっとビビってたのか……)
拍子抜けと同時に、少しの安堵と、ほんの少しの寂しさを感じていたその時。
「……えっ?」
受付の奥から、Yさんのお母さんがひょっこりと顔を出しました。
お母さんは、Aくんの顔を見るなりピタッと動きを止め、目を見開きました。そして、みるみるうちにその目に大粒の涙を浮かべ始めたのです。
「Aくん……! Aくんだよね……!?」
突然のことに驚くYさんをよそに、お母さんはボロボロと泣きながら受付から身を乗り出してきました。
「久しぶりぃぃ! 大きくなってぇ……よかった、本当に元気そうでよかったわぁ……!!」
家族の食卓でセロテープを剥がされたであろう光景が脳裏を何度もよぎっていました。
でも、お母さんの中には「不器用で可愛らしかったAくん」の記憶が、まるで我が子のように大切に、温かく残っていたのです。
「え、お母さん? どうしたの?」
とキョトンとしているYさんの横で、涙ぐむお母さんと、照れくさそうに頭を掻くAくん。
こうして、Aくんの「悶えるような恋の呪い」は、お母さんの温かい涙によって、20年越しにようやく綺麗に浄化されたのでした。
めでたし、めでたし。




