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五話

 

  零番地区特有の、気がおかしくなりそうなほど静かな空間は、この時ばかりは伏見に味方した。


  音が良く響く。それは道を何本を挟んだ向こうの場所からのものでも、他に何の音もないこの場所では耳に素直に届くのだ。


  彼女が彼らのもとに辿り着くのにはそう時間はかからなかった。でも、既に全ては終わっていて、あまつさえ元凶たる男と、それを打ち負かしたはずの男がこうも親しげに話している姿は彼女にとって奇異に映る。

  ほんのすぐ前には命をかけていたはずではないのか。だというのに、なぜどうして。


  拳を合わせた者は、数年来の友人のように、場合によってはそれ以上にお互いを理解し合うことがある。言葉や時間を超越した、魂の結びつきである。それはそれらと違って切っても切れないような深い関係を時に育む。

  斎藤玲司と王斎はまさにそれだった。

  もっと言うのなら、王斎の方が斎藤に深く惹きつけられていた。


  その光景が、伏見には理解できなかった。

 

  今にも我様教のキッカケである男を見逃してしまいそうな雰囲気を漂わせる。それならそれでいい。伏見は騎士団にその男の身を預からせてくれるのなら、あの男が何をしようと構わなかった。


  問題なのは、彼女の手を阻む可能性が見えてしまったことだった。

  やれるか、と思う。伏見は自分の力量を理解している。

  騎士団の序列はただの数字ではない。自分が今どの位置にあって、どれくらいの事ができて、どれくらいなら勝てるのか、という指標でもあった。


  六位である。『千剣』と呼ばれ、数々の敵をその無数の剣で斬り伏せてきた彼女の今の実力だ。勝てるのか、と考える。勝てるはずだ。なぜなら私は、騎士団の六位なのだ。と結論をつけた。難しく考える必要はない。相手はただの一人の人間だ。どんな異能を使うかもわからない。けれど、まさか展開される無数の剣を捌けるほどのものでもない。彼女は自分の異能に絶対的な自信があった。


  それが間違いだと気づいた時は遅かった。

  彼女は六位なのだ。上から六番目。騎士団の中に、彼女より強い人間はあと五人いる。

  ならどうして、目の前にいる彼よりも強いなどと思ってしまったのか。騎士団の中ですら彼女より強い人間がいるというのに、この異能の街、シン・秋葉原で、彼女より強い力を持つ人間がどれほどいるのかと考えなかったのか。


  全ては、後の祭りだ。







  「待ちなさい!」という伏見の声は、二人の耳にも届いた。遠くない場所から彼女が現れる。

 

  騎士団には制服がある。特徴的な服だ。そのデザインは昔の軍服にも似ている。統制された集団は、それだけで周りから信頼される。騎士団の規律ある制服はそのためのものでもあった。

 

  斎藤は彼女のことを知っていた。


  「伏見つかさ。会うのは今日で二度目か」


  「あら、どうも私のことを知っているみたいね。なら話は早い。彼の身は今から騎士団が預かるわ。退いてくれるとありがたいんだけど」


  伏見はホッとした様子を見せた。

  彼女としてもできるなら戦いたくはない。嫌な予感がしてならないのだ。彼女の頭の中で警鐘が鳴っていた。勝てないぞ、と鳴り響く。不安を煽るだけのそれを頭から捨てて、気丈に見せる。侮られたら負けだ。騎士団は犯罪者や敵対者にとって、恐怖の象徴でなくてはならないのだ。


  斎藤はイエスでもノーでもなく、つらつらと言葉を続けた。


  「騎士団の期待の若手だと、そう言っていた。千の剣を操るから『千剣』。でも実際は一度に数十も操れたらいいところで、百単位となると途端に精度が落ちる。そうらしいな」


  「なんですって……?」


  彼の言葉に伏見は眉を顰めた。

  その通りだからだ。だけど、なぜ彼がそれを知っているのか。


  「違うのか? 俺は確かにそう聞いたんだが、まあいい。別に千を操ったところで俺には関係のない話だ」


  「誰に聞いたの?」


  「俺がバイトしてるコンビニに、一人嫌な客がいるんだ。俺とカウンターを挟んで話すだけ話して、何も買わずに帰る。後で言っといてくれ。今度来た時は、お菓子でもなんでも買っていけ、とな。お前の身内だ。騎士団の団長、鳥羽重郷」


  「な、なんで団長が……!?」


  鳥羽重郷。騎士団を統べる団長だ。一位の座に君臨し、誰にもそれを譲ることのない力を持つ、騎士団最強の人間。

 

  ますますわからない。団長の迷惑行為も大概だが、それ以上にこの男の正体が掴めなかった。


  団長はいい加減な人間ではあるが、ただの一般人に騎士団の実情を明かすような人間ではない。そもそもそうやってわざわざコンビニに出向いてまで誰かと話すような男でもない。むしろ話したい人間がいるのなら、自分のところへと呼びつけるだろう。


  わからない。この男は一体なんなのだ。混乱する。伏見の、お世辞にも良く回るとは言えない頭が理解を放棄した。


  とりあえず、を考えた。今は倒れている男を回収するべきだ。その男がどうなるのかどうかも騎士団の裁量の下で決めるべきだ。それがシン・秋葉原を取り締まるということである。不安な芽は早々に摘んでおかなくてはならない。


  「いいわ。この際団長が貴方とどう関係があるかとか、そういうのはどうでもいい。貴方が騎士団に逆らうというのなら、ここで眠ってもらうだけよ」


  「逆らうつもりはない」


  斎藤はそう言った。

 

  「え、じゃ、じゃあ、その男は私に譲ってくれるのね?」


  予想外の言葉に伏見は驚いたが、そうじゃない、と斎藤が首を振った。


  「この男は我様教とは関係ない。退くのはお前の方だ。逆らうつもりはない。けど、どうしてもというのなら、騎士団と事を構えるのも、まあ、仕方がない」


  「待て。我はお前に守ってもらわなくとも、我一人でなんとでもなる。この女がお前ほどの者であるのなら話は別だが。そうお前のような人間がいるわけでもないだろう」


  王斎が斎藤を止める。

  事実、彼一人でこの場はなんとでもなった。彼の力は、斎藤には及ばぬまでも、シン・秋葉原の地でトップレベルである。それに超再生の異能を合わせれば、彼を捕まえるのは騎士団では困難だ。


  「こうなったのは俺の責任だ。バイトリーダーはアフターケアまで万全でなくてはならない。もう俺とお前は敵ではない。ここでそれじゃあ、と帰るのは俺が納得できない」


  「むぅ。お前も中々に難儀な男だ。我も人のことが言えた義理ではないが」


  そう言って王斎は黙った。


  彼らは互いの名も知らぬ同士であるのに、一戦を交えた後はこうも語り合える仲にまでなっていた。


  伏見はそれが不可解でならない。


  「やるのね。私とやろうって言うのね?」


  「仕方なしだ。俺だってすすんで騎士団とやろうとは思わない。俺の敵はいつだってシン・秋葉原の害虫だった。同じそれらを駆除するお前たちと闘おうなんて、誰が思うか。だが、この男を持っていくというのなら、やるしかない」


  「私は貴方と闘うのに躊躇はないわ。勝手に動き回られるのも面倒なの。後始末だけ私たちに任せて、自分は好き勝手なんて許されるわけない。こっちがキチンと手順通り、法に気をつけてやってるってのに、そっちはお構い無しでドカンとやって、そのままどこかに行っちゃうのよ。貴方のコンビニでうちの団長が迷惑行為をしているのは謝るけど、貴方だって十分私たちの迷惑なのよ!」


  十の剣を周囲に展開した。彼女の両手にも一本ずつ剣が握られる。剣の達人である。異能で剣を操るだけでなく、彼女自身も剣を扱う技量が備わっていた。


  隙はない。どんな攻撃も防ぐ自信もあった。剣の特性上、当たればそれだけで致命的な傷を与え得る。拳や蹴りではないのだ。斬ってしまえば、気合いだのなんだのも関係なしに動けなくなる。場所によっては、即死だ。


  殺すつもりはない。けど、多少の傷は仕方ない。伏見は剣を彼に向けた。


  「あまり動かないでくれると助かるわ。いくら騎士団とは言っても、人を殺しちゃうと後々面倒なのよ」


  「随分と安く見積もられたな。……バイトまではまだ時間がある。遊んでもいい。そうだ、鳥羽にあと一つ言っておいてくれ」


  斎藤は剣の群れに怯えた様子も見せない。


  「団員に、俺とは関わるなって教えろってな」


  「どこまでもふざけたことを言ってッ!!」


  伏見の怒りの叫びと共に、斎藤に向かって剣が放たれた。

 


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