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三話

 

  もぞり、と倒れていた男の一人が蠢いた。顔は苦痛に歪み、片腕は決して曲がらないはずの方向へ曲がっている。その男は部屋で立ち尽くしている伏見を見ると怯えたような表情を見せた。

 

  「ひ、ひっ、あの男の仲間かあんたっ!? もう許してくれ、いいだろ、な? 命だけは助けてくれっ!」


  ズリズリと、彼女から距離を取るように身体を後ろに引きずり、壁で阻まれるまでそれは続いた。

  恐怖に塗りつぶされた感情。何が彼らの身に起きたのかは想像に難くない。一人で、あの男は、これだけの数を圧倒したのだ。どんな異能が使われたのかはわからない。それでもその力が尋常のものではないことだけはわかる。

 

  伏見は壁を背に当てて怯えている男に近づくと、その男の服の襟を掴んで強引に立ち上がらせた。


  「言いなさい。あの男はどこに行ったの?」


  「教祖様んとこだ。いやちげえ、俺たちが勝手に崇めてるだけだからよぉ、教祖様なんて死んでも言えねーけど、とにかくそのお方のとこに向かったんだ」


  「そいつは何処にいるの?」


  「わからねえ。この地区の何処かにはいるとは思う。けど正確な場所は誰もわかんねぇんだ。さっきの奴にもそう言ったがよ、でもすぐに会えるって言ってそのまま出て行っちまった」


  「ちっ、本当に面倒なことをしてくれるわっ!」


  男を壁に叩きつけるように乱暴に離す。一瞬でも時間が惜しかった。もう今からではあの男に間に合いそうにないと伏見はわかってはいたが、ここで無駄に時間を食うよりかは建設的な行動をしなければならない。

 

  最近はイライラしっぱなしだ、と伏見は思う。今まではあまり悩むことも悩もうとも思わなかったが、今回ばかりは違う。

  後手に回っていた。あの男と目的は同じだが、だからといって好き勝手させるわけにはいかないのだ。

  騎士団は実績を挙げてきた。凶悪な犯罪者を捕まえ、暴動を鎮圧し、異能を持って異能を制してきた。

  そんな名誉ある騎士団が、このシン・秋葉原にて絶対でなければならない騎士団が、たった一人の男に遅れを取っていることが彼女には我慢ならないのだ。


  すぐに振り返って、男を探さんと走り出す。あわよくば男より先に教祖様とやらを見つけたいが、それも難しいだろう。そもそもどうして彼は「すぐに会える」なんて言ったのかはわからないが、何かそういう異能でも持っているのかもしれない。


  いや、ないな。と彼女は首を振った。

  探知系の異能を持っているならば、これだけの数を相手に勝利した方法がわからない。銃や武器でもない。銃痕は見当たらないし、剣で切られたような傷を彼らが負っているわけでもない。壁のそこらにナイフが刺さっているが、それは倒れている誰かの異能だろう。それとは違う、もっと打撃的で、暴力的な異能なはずだ。

 

  それも何もかもどうでもいい、と彼女は思考を斬り捨てた。まずは動かなければ。


  部屋から出ようとした彼女は、もう動ける者などいないのに、しかし突如発せられた殺気に反応して異能を発動した。


  背後に迫っていたナイフを、いつの間にか彼女が手にしていた長剣で弾き飛ばした。


  「なによ……?」


  「へへっ、俺だってただでやられるかってんだ。さっきは手も足も出なかったけどよぉ、女一人ぶっ殺すぐらいわけねえ」


  さっきの男だった。座り込んだまま、ナイフを投擲したのであろう腕を彼女に伸ばし、嫌に顔を歪ませた。怒りの感情だ。嵐が過ぎ去って、それまで恐怖だった感情が途端に憤怒へと変わったのだ。どうして俺らばっかりが被害を受けなきゃならないのだ、と。


  「俺の異能はナイフを自在に操る。そこらの壁を見てみろよ、たくさん刺さってるだろ? これが全部いっぺんにてめえに襲いかかってくるとしたら、……どうする?」


  「どうするも何も、残らず叩き斬ってやればいいじゃない」


  なんでもないように伏見はそう言った。焦りの表情は見えない。事実、彼女にとってはそれがどうした? というレベルの話なだけで、それが感じ取れた男は益々怒りを強くさせた。


  「ほざけ! だったらやってみろよッ!」


  男の声と共に一斉に動き出し、伏見に向かって飛来するナイフ。

  その全てを、自身は微動だにしないまま、彼女の周囲に突然現れた無数の剣が斬り落とした。


  一つとして彼女を傷つけることはできなかった。数十のナイフが一瞬にして地へと叩きつけられ、へし折られる。

  その光景を男は口を開け、驚愕をその顔に浮かべ、目を見開いて見ていることしかできなかった。


  「な、な…っ」


  「やって見せたけど?」


  空中に浮かぶ剣の群れを、今度は男の方へと切っ先を向けさせる。いつでも男を斬り刻むことができる。

 

  彼女の異能は「剣を操る」。それは文字通り手の触れていないものまで自由に動かすことを可能にし、それを別の場所から召喚させることも出来た。

  その上限はおよそ千。『千剣』の名は、千の剣を手足の如く操る様から付けられた名前だ。とは言っても千の数をいっぺんに操るには体力も精神も消耗する。今のように、必要な分だけを召喚して操ることの方が多い。


  騎士団序列六位、『千剣』の伏見つかさの名前は伊達ではない。こんな名も知らないような男に負けるはずなんてないのだ。


  「これ以上下手なまねをされると困るわ。今すぐここで殺していこうか」


  「ヒイイッ! や、やめてくれ! もう何もしないし何もできねーよ! お前、騎士団の『千剣』だろ? 知らなかったんだ、許してくれ!」


  「ダーメ。もう遅いわ」


  伏見はそう言って彼の懇願を斬り捨てると、周囲全ての剣を彼へと飛ばした。


 


 

 

  「無駄な時間を過ごしたわ。今からでも間に合えばいいけど」


  伏見は建物から外に出て、辺りを見回す。当然ではあるが、入る時に会った男はいない。

  手がかりも何もないまま探さなければならない。はぁ、と彼女は肩を落とした。


  ここが零番地区でさえなければ、まだ手はあっただろう。騎士団の名を使って聞き込みでもなんでもできた。それでも何の情報も得られないことは多いが、手段があるだけマシだ。


  この場所は騎士団とは相性が悪いのだ。それどころか、ここと相性の良い人間なんて犯罪者か、それに近しい者だけ。


  たった一人だけが住んでいる場所、零番地区。表向きにはこの地区の管理者のみがここに住んでいるはずだ。けれど我様教のように、正式に記録されていないだけでここを拠点とする人間は多くいる。形としてはスラム街のそれに近い。建物やインフラがしっかり整備されているからぱっと見は普通の市街に見えるが、車通りもなければ人通りもない。シン・秋葉原にあってここだけ異質な場所だ。


  空虚な空気が漂う、空っぽの街。伏見はこの場所が嫌いだった。


  「それにしても、私もまだまだ甘いわね」


  そう言って彼女は歩き出した。


  我様教本部、大部屋では無数の剣が突き刺さっていたが、その全ては誰の身体も傷つけてはいなかった。




 


 

  「我は、我様教などというものは知らぬ。大方、我の知り得ぬところで勝手に作り上げたママゴトの類いだろう。そもそも我一人だけで完結しているというのに、どうして宗教などを作らねばならんのか」


  零番地区。一人の壮年の男が斎藤にそう言った。


  ボロ布を纏った、汚らしい男であった。それでも口にし難い神性の気をその身から溢れ出させている。

  例えるのなら仙人とでも言おうか。人とは乖離したナニカ。俗世とは切り離された場所で暮らしているような、そんな人間。


  その年にして白髪。邪魔にならない程度に切られているが、人目を気にしないような風貌の男である。

 

  そして彼は事実、誰の目も気にしてはいなかった。


  「そうか。俺もお前を見て、そうだとは思っていた。ただ実際お前の口から聞かないと安心できないかったんだ。万が一があったらいけない。バイトリーダーは完璧でなくてはならない」


  もう用はない。と斎藤はその身を翻して去ろうとした。

  その彼を引き止めるように壮年の男は声をかけた。


  「お前、強いな」


  「……バイトリーダーだからな」


  「ならばやるぞ。我とやるぞ。我が強くなるために、我と戦うのだ。なに、返事はいらん」


  既に、その男の拳は斎藤の頭部数センチ前にあった。


  二メートルはあった距離を、一瞬で詰め寄られていた。超速の拳、それを斎藤は身を屈むようにして避けると、地面に手をついて、男の腹部へと蹴りを放つ。


  クリーンヒット。吸い込まれるように綺麗に鳩尾へと入った蹴りは男を後方へと吹き飛ばした。


  大の大人を容易く宙に回せる蹴り。それを食らってなお、男は何事もなかったよう立ち上がった。


  「フハハハハハ!! 強いなぁ、強い強い。我の想像を越えてくるかお前」


  「……やはりここで潰すべきだな。いつかはシン・秋葉原、そして萌え萌えワンダーマートの害になる存在だ」


  「害すつもりはない。ただ我が我のために動く結果、そうなるかもしれんが」


  我は我のこと以外に興味はない、そう言って男は拳を構えた。


  我流の拳法である。そもそも拳法ですらないのかもしれない。ただ、殴り蹴るだけの動作に名前をつけるのだとしたら拳法に分類されるのかもしれないが、それがどんなものであろうと彼には興味がなかった。


  ただ、自分が強くなるのなら、それでいい。彼の根本にはそれしかない。


  気を膨らませる。唯我独尊を貫いたあまりに、神の領域にまで足を突っ込んだ神性の魂が、男の中で鼓動する。


  我がために。


  「我の糧となれッ!!」


  その拳は音よりも確かに速く、斎藤へと迫った。

 

 

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