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十九話

 

  光の矢を生み出す少年を気絶させ、入り口に隠れていたもう一人の生徒も気を失わせ行動を封じた伏見と龍宮寺は祠目と増援の到着を待っていたが、現れたのは祠目だけであった。


  「伏見さん、団長はどこかに出払っているみたいで連れてこれませんでした」


  祠目の報告は伏見と龍宮寺に衝撃を与えた。


  「出払ってる? いったいどこに行ってるのよ」


  「連絡してみたんですが、なんだか危ないことをしている女の子がいるらしくて、それを縛りあげてたところらしいです」


  「はあ!? 意味わかんないんだけど」


  思わず伏見は声を荒げた。自分たちが命をかけた戦いを繰り広げている間、団長は何をやっているんだ、と怒りたくもなる。

 

  「すぐに行くって言ってましたけど、いつになるのか……」


  「じゃあ、他の団員は?」


  「それが、街のあちこちで異能者が暴れているらしくて、それの鎮圧で動ける人が誰も……」

 

  「くそっ、こんな時に……!」


  伏見は焦りによる苛立ちに再度声を荒げた。だがイライラしていてもこの状況はどうにもならない。急ぎ気持ちを鎮め、祠目に指令を飛ばした。


  「いいわ、理子はそのまま本部で待機していて。誰か人が余ったらこっちに送ってちょうだい」


  「わかりました!」


  祠目は承諾ののち、すぐさま本部へと転移をした。彼女は戦闘面では使い物にならない。ならば支援の意味でも安全の意味でも、本部で待機してもらった方がやりやすい。


  いつ来るかもわからない応援を待っている時間はなかった。今この瞬間でもミスター・メイカーの異能で秋葉原学園の生徒は心を蝕まれているのだ。手遅れになる前にどうにかしなければならない。街に解き放たれ、狂人と化した生徒たちが人を殺してしまうより先に、彼らをミスター・メイカーから引き離さなければ二度と普通の生活は送れないかもしれないのだ。

 

  ビルの内部に侵入し、伏見と龍宮寺は探索を開始した。ただでさえ広いビルである。時間がかかってしょうがない。焦燥感は時間経過と共に強くなる。走り回り、フロアを巡り、階を上がり同じことを繰り返す。

  いくつか上の階から奇妙な、何かがのたうつような音が聞こえ始めたのは三階の探索開始からすぐのことだった。


  その音の発生源をたしかめようと伏見と龍宮寺は階段を駆け上がった。四階に着き、そしてもう一階と上がろうとして、彼らはそれを見た。


  壁と床、階段いっぱいに侵食する植物の蔓。視界を埋め尽くすようにそれらは伸びている。異能に違いない。おそらくミスター・メイカーの手によって異常な成長を遂げた異能によるものだ。となるとこの先に異能の大元たる生徒がいるはずだ。彼らは蔓に覆われた階段を一段飛びに上がり、五階へ到着した。


  五階はフロア全体がまるで別の空間かのように緑一色であった。これまで探索してきたコンクリートと大理石で形成されたそれと同じビルのフロアとは考えられない。伏見は息を呑んだ。龍宮寺はそんな悍ましい光景などお構いなしに先に進んだ。


  蔓は一つの部屋から発生していた。迷いなく龍宮寺はその扉を開けた。

  開けた瞬間に龍宮寺は中から触手のようにうねりながら伸びた大きな蔓に突き飛ばされた。


  「ぐおおっ!?」


  彼は向かいの壁にぶつかり、立ち上がろうとしたそこに追撃の手が襲いかかった。蔓が龍宮寺の身体を絡め取った。そのまま振り回し、窓ガラスめがけて投げつけた。勢いよく飛ばされた彼の身体はガラスを突き破り、外へと落ちていった。


  「あのバカ! ちょっとは警戒するってことを学びなさいよ!」


  五階から落ちたとはいえ、彼の身体は鋼鉄である。死ぬことはないだろう、と伏見は考え彼のことを一旦忘れることにした。助けになんか行っている場合ではない。

  彼の開けた扉の奥からは大量の蔓が這い出ていた。呼応して五階全体の植物が活動を活発にする。ガラスを破壊し、外へとその勢力図を拡大させた。

 

  伏見は剣を召喚し構えた。もう戦いは始まっていた。周りを覆う植物がいつ襲ってきてもおかしくはない。慎重に龍宮寺が開け放った扉へと近づいた。








 

  団長の鳥羽は二人の少女の手首と足首に手錠をかけ、自力では動けないようにその場に寝かせていた。

  零番地区のすぐ近くである。爆発したビルを目標に、そここそが赤髪の男の拠点に違いないと向かっていた沖影と東雲の二人であったが、それを見越して待機していた鳥羽が彼女たちを捕らえたのであった。


  「離しなさいよ! はーなーしーてー!!」


  沖影の訴えに聞く耳も持たない鳥羽は、先程連絡のあった通りクロであったそのビルへと向かおうとしていた。思っていたよりミスター・メイカーの異能による侵食は早い。猶予はなかった。


  「私も力になるわ! これでも学園では最強の異能者として生徒会長をやっていたの!」


  「わ、私も! あ、いや、戦闘面でなくて便利方面で役に立つと思うから。だから手錠を解いてってば!」


  「うるせーうるせー。子供が入ってこれるような事件じゃねーって何回言えばわかるんだ。実力云々じゃなくてだな、ちょっとでもお前たちが傷ついてみろ、俺たちに非難殺到よ。どうして子供を現場にいれたのかってな。頼むから少しは俺たちのことも考えてくれよな」


  んじゃ、そういうことで、と足早に鳥羽はそこから去っていった。

  彼の言う通り一般人に好き勝手をさせて何かあったものなら、世間から非難をかうのは彼ら騎士団の方だった。それに彼女たちはまだ子供である。騎士団は今は公認されているとはいえ、もとは私設の自治団体に過ぎない。あまり下手なことをするわけにもいかなかった。


  そんな大人たちの気持ちなんて汲んでる場合ではないのが彼女たちである。考えてたまるか、とも思っていた。友のため、または守るべき学園の仲間のためならばどんなに人に迷惑をかけても命懸けで助けにいくという覚悟があった。その後にどんな叱責や処分があろうとも、ここで動かなきゃ嘘だ。


  だが、現実問題立ちはだかる拘束という壁が、彼女たちの動きを封じる。東雲はどうにかならないかと考えを巡らせるが一向に解決策は出てこない。


  その横でガチャリと音がした。手錠が落ちた音だ。東雲が沖影の方を見ると、彼女の手首と足首の手錠は外れていて、自由になったその身体で立ち上がっていた。


  「やってみればできるもんね」と沖影は自分でも驚いているようだった。


  「どうやって外したの!?」


  「異能を使ったの。私の異能は一瞬で着替えることができる能力。触れているものならどんな服でも瞬きより早く着れるし脱げる。いや、正確には脱ぐというより外すって感じかな。今回は服じゃなくて手錠を脱いだってわけ。手錠にまで効果が及ぶとは思ってなかったからダメ元だったけど」


  ほんの試しで発動したが、思いのほか簡単に出来てしまった。沖影はこんなところで役に立つなんて思いもしなかった、と呟いた。新たな使い所は判明したが、そもそも手錠をかけられることなんて珍しい。手錠を脱げることがわかったってあまり意味はないだろう。でもこうやって思いもよらないところで活躍するのが異能の可能性であった。


  「お、お願い沖影さん。私のこれも……」


  「わかってる。どうせ私一人じゃどうにもできないと思うし」

 

  しかしどうやって外そうか。と沖影は悩んだ。彼女の異能の効果は自身に限定されている。自分で脱いだりすることはできても、東雲の手錠を脱がすことはできないのだ。

  だがその問題もすぐに解けた。沖影は東雲の手錠を着ることによってそれを自身に移し、その後で自分に着けられた手錠を脱いだのだ。

 

  「よし。じゃあ行きましょ」


  「ありがとう沖影さん」


  「いいって。困った時はお互い様ってこと。それより早く向かわないとね」


  「……ええ、そうね」


  一度は沖影をこの一件から遠ざけようとした東雲である。それが今は彼女のおかげで動くことができるのだ。もう沖影を力不足だと言うことはできなかった。けれども彼女の異能が戦闘向きでないのは確かだ。手錠を一瞬で脱ぐことができたからって、相手を倒せるわけでもない。

 

  だから私が彼女を守らないと、と東雲は決意した。受けた恩は必ず返す。そうでなくとも沖影は東雲にとって保護対象でもある。秋葉原学園の生徒には何人たりとも傷つけさせないという覚悟が東雲の意思を固くする。


  二人は走った。休む暇なんてなかった。息を切らして、目的のビルに辿り着いた。

  入り口には騎士団の姿はない。団長である鳥羽もいなかった。彼はもう中にいるのだろう。代わりに秋葉原学園の二人の生徒が倒れているのを彼女たちは見つけた。気を失っているようだが外傷はない。命に別状もないようだ、と東雲は安心した。捕らえられた生徒はまだ二人残っている。それに犯人である赤髪の男を逃すわけにもいかない。

 

  そうして二人でビルの中に入ろうとした時だった。ビルの五階のあたりが激しい音を出し、窓が割れた。彼女たちのすぐ目の前に人が落ちてきた。


  「うわっ!? ひ、ひと!?」


  「生きているみたいね。気を失ってるようだけど」

 

  全身を鋼色に染めた大男である。あの高さから落ちたというのに傷はないが、衝撃で気絶してしまったのか目を覚まさない。そのすぐ後に中から大量の蔓が這い出し、ビルの外面の一部を覆った。

  その蔓が異能によるものであることも、それが友禅の異能であることも沖影は何故かわかってしまった。沖影の焦りを加速度的に増加させる。東雲も嫌な予感を感じ取って、その五階部分をキッと睨んだ。

  すぐそこに彼女たちの守るべきものがあった。


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