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十話

 

  「重力を操作する異能。その異能をどれだけ磨き上げたのかは知らないけど、こうも容易く私のぬいぐるみが壊されるなんて、少し驚いたわ」


  「驚くのはまだ早い。もっと色々ギミック盛りだくさんなんだ、……と言いたいところだが、なんていうか、いわゆる、ネタギレってやつ? 残念ながら俺の異能は重力を自在に操る以外はできない。嬢ちゃんのようにバリエーション豊かなぬいぐるみをけしかけるなんてことはできないのさ。それでも悪党ども相手には十分なんだけどよ」


  鳥羽はそう言っておどけて見せるが、重力を操る異能は強力無比には違いない。物質であれば誰もが持つ重さを、神の視点で悠々とその値を弄ることができるのだ。その異能は鳥羽をこのシン・秋葉原の番人にする。犯罪者達の恐怖の対象として降臨するに足りた。


  それでも未だ黒沼華曜は余裕を崩さない。


  「厄介な異能ね。でもそれほど知られた異能を相手にしようとしている私が、何の対策もなしにこんな騒ぎを起こすわけないでしょう?」


  「なんだ? まだ何かあるのか?」


  「ええ、勿論」


  黒沼の後方から、闇に隠れていた十数ものぬいぐるみが姿を現した。

 

  「俺の異能は数を揃えればどうにかできるもんでもないんだが?」


  「百も承知よ。これは私から貴方へのプレゼント。物足りないって顔をしないでちょうだい。まだまだおかわりはあるわ。これはほんの一角」


  次々と鳥羽のもとへと飛び出す。一体一体は小さな身体だが、速かった。一斉に襲われたら一筋縄で対処できるような数ではない。

  でもそんなものは鳥羽には関係ないのだ。重力を操る。触れる必要もない。ただ近づくそれらが勝手に自重に潰されるのを待てばいい。


  鳥羽に最も接近した一体が、一気に地面へと押し付けられる。潰れるのも時間の問題だった。だがそれよりも早く、そのぬいぐるみの身体が膨れ上がった。


  「な……!?」


  異変に気づきその場を飛び退こうとするが、それを予知していたように、ぬいぐるみの一体が背後に回っていた。そのどちらにも対処を講じる暇はなかった。異能で押し潰すが、やはりそれもさっきのぬいぐるみのように膨れ上がる。


  「チッ……」


  一瞬の後、最初の一体が爆発した。連鎖するようにもう一体も爆発する。それほど大きな爆発ではないが、人一人を飲みこむには足りる。満月の光以外は暗闇だけだった零番地区が、黒沼の邪悪な笑みが眩しく照らされる。


  夜に紛れた煙がその場所を隠した。わらわらと、残りのぬいぐるみがそれを取り囲む。

  黒沼とてあの爆発で仕留めきれたとは思っていなかった。相手は騎士団の団長である。この街で、ただ一人で犯罪を抑制していると言ってもいい。それだけ闇に生きる者の中では恐れられている。そしてそれに違わない確かな力があるのだ、と彼女も油断はしない。


  油断をしていたのは鳥羽の方であった。

  しかし、それだけの力を鳥羽は持っていた。


  煙が風で掻き消えた。冷たい風は黒沼の艶やかな黒髪も揺らした。

  そこには鳥羽重郷が立っていた。


  「ダメだダメだ。嬢ちゃんのプレゼントには愛が篭ってねえ。そんなんじゃ俺のハートを奪うことはできねーよ。あ、今のはハートと心臓、つまり命を掛けててだな……」


  「私だってこれで貴方を倒せるなんて思ってないわ。それにまだ二体だけよ。まだ私のプレゼントが残ってることを忘れないで!」


  号令が飛ぶ。それと同時に残った爆弾入りぬいぐるみが鳥羽へと襲いかかった。その全てが一度に起爆したら幾ら鳥羽でも少なくはないダメージを負う。だから鳥羽は異能の効果範囲を一気に広げ、近くより先に、


  「二度も同じプレゼントは受け取れねーな」


  全て潰した。

  離れた位置で爆発が連鎖するが、被害は彼まで届かない。

 

  「結構離れた位置まで届くのね。でもいいわ。私も同じ光景は飽きたの。爆発しちゃうと貴方の喜ぶ顔が見れないし」


  「爆弾なんて危ないもんどこで手に入れたんだ」


  「知ってるでしょ、ここは零番地区。犯罪者の最後の拠点」


  「選り取り見取りってわけか。嬢ちゃんみたいな子供がこうやって危ないもんに手を出してると悲しくなるね」


  「ふん、今に泣いて喜ぶわ。この私の、可愛い可愛い子供達にね!」


  零番地区の暗闇は狂気を隠す。黒沼華曜の歪んだ愛情も、何もかもを包んで隠す漆黒が、そのベールをはがした。


  そこら一体にそれはいた。

  黒沼華曜が従えるぬいぐるみが、鳥羽を見つめる。その数は数え切れないほど膨大で、彼女の命令一つで命を投げ打って突撃する彼らは軍隊とでも形容できた。狂った軍隊である。その異様な光景に思わず鳥羽の口から驚嘆の声が漏れ出た。


  「おおう。中々の眺めだ。これ全部俺へのプレゼント?」


  「そうよ。だから全部受け止めてね」


  黒沼の白く細い腕が指揮するように頭上に掲げられる。そして少しの時を待たずして、鳥羽に向かって振り下ろされた。


  一斉にぬいぐるみが動く。それはさながら零番地区の夜の闇そのものがごそりと鳥羽へ向かって蠢くようにさえ見える。それほどの規模が、一人を轢き潰さんとしていた。


  「だから数揃えても……」


  しかし鳥羽には異能があった。圧倒的数に優位さを覆すだけの異能に力が。それを忠告しようとした鳥羽の言葉を黒沼は遮った。


  「重力を操るんでしょ。でもそれは対象にそれだけの重さがあって初めて成り立つ」


  「……どういうことだ」


  黒沼は嘲るように笑った。


  「この子達は全て空っぽなの! わかる?この意味が。つまりはね、この子達に重さはない。ほぼゼロに等しいの。貴方がどれだけ重力をかけることができるかは知らないけど、この子達を自重で押し潰すことはほぼ不可能なのよ!」


  空っぽのぬいぐるみ。それにしては形がしっかりと整っているが、それもこれも異能の為せる技だ。彼女の異能はぬいぐるみを操る異能だが、それと同時に自分の思うようにその形態を変化させることもできた。街を襲った五メートルものぬいぐるみもそうだ。腹のなかに収まるはずもない数十のぬいぐるみ達も、元々更に小さかったそれを母体のぬいぐるみが倒されると同時に巨大化させていただけだった。

 

  「やってみないとわからねーよ」と鳥羽は強がるが、恐らく無理なのだろうという予感はしていた。

  重力を加算させることはできる。しかし、元の重さに比例して効果が肥大化する彼の異能と相性は悪い。彼らが人並み以上の力を異能によって齎らされていたのなら、彼らを押し潰すのは不可能に近かった。

 

  結果は少し動きを鈍らせただけで、殆ど効果はなかった。鈍らせたといっても本当に少しだけで彼らの行軍に支障はないほどの微弱な効果しか発揮できない。


  これだからインチキくせえ異能は嫌なんだ、とインチキなほど強力な異能を持つ鳥羽は心の中で愚痴った。


  「ふふっ、どう? 私のプレゼントは。貴方を満足させることはできたかしら」


  「ああ、泣けるほど嬉しいよホント。でも大きすぎてこれじゃ持ち帰れねーわ。分割で受け取っても構わない?」


  「ダーメ。一括で受け止めて。そうでなきゃ、死んじゃえ」


  ぬいぐるみの軍はスピードを早めた。もうすでに鳥羽のすぐ近くだ。本来ならば潰されるはずのそこを軽々と越えている。

  第一陣。先頭のそれらが手の届く範囲にまでたどり着いた時だった。


  「仕方ねえ」


  鳥羽が呟く。そして一閃。

  三日月状の軌跡を辿り、斬撃が走った。

  遅れて数体のぬいぐるみが半身を断たれる。綺麗に裂かれたその身体には、彼女の言う通り何も入っていなかった。


  「久々だ。刀を抜くなんてよ。大したもんだぜ嬢ちゃん」


  「ただの飾りじゃないのね」


  「当たり前だ。そもそも俺はこっちが専門だからよ。異能こそ飾りみたいなもんだ。最近は飾りにやられる輩ばっかだったけど」


  喋りながら、黒沼では視認できないほどの速度で刀が振られる。瞬きの間に前線は崩壊していた。毛糸の骸が積み上がっていく。

  ただそれでも、膨大な数のぬいぐるみは減る様子をみせない。余りにも多すぎた。幾ら鳥羽でも一人では対処できないほどの尋常でない数が迫っている。一対一の戦闘を得意とする男である。数を頼みに襲いかかる輩は全て異能を使って制圧してきたせいか、一対多は苦手だった。


  動けば疲れる。当たり前の話である。そんな当たり前に苦しめられるのが孤立無援での長期戦の常だった。他の騎士団の団員は街に散らばらせて、同じようにぬいぐるみが突然襲っても対処できるようにしていたせいで、今ここで動けるのは団長しかいなかった。


  けれど、騎士団でなければ。


  「随分と息があがってきたようね。もうお終い?」


  「バカ言え。まだまだこれからだっつーの」


  嘘ではない。だが、いずれ限界は訪れる。無尽蔵とも言えるこの波をどうにかするには一人では足りない。


  「一人でここに来たのは本当に愚かだったわね。でも、貴方一人でここに来させるために、街のそこらにぬいぐるみをばら撒いたわけだけど。今頃その対処に騎士団は必死に街を駆け回っているわ。信頼する団長が、こうも劣勢に立たされているとも知らずに」


  「……まだ動けるやつがいたとしたら」


  「……え?」


  「好き勝手動き回れて、それでいてお前のぬいぐるみなんてすぐに片付けられる奴がいたとしたら……」


  「何を言って……!」


  「それでそいつがここのことを知ったとしたら……」


  「ありえない!」


  鳥羽の言葉に黒沼は困惑を隠せない。力強く否定するが、今日の昼間、この零番地区で起きた騒ぎが脳をよぎった。

  一人いたはずだ。黒沼でも危ないほど強力な力を持った男を、その手で倒した男が。

 

  背後で大きな音がした。空から何かが降ってきて地面を砕いたような、そんな音だ。


  まさか、そんなはずは、と恐る恐る黒沼は振り向いた。嫌な予感は当たるものだと相場は決まっていた。そして信じられないものを、しかし振り返る前からそうなのだろう、と予期していた現実が彼女の目に映った。


  「街を壊しているのは、……お前か」


  バイトリーダーが、そこにいた。


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